こんばんは、作曲家のこおろぎです。今回も、普段から愛用しているPreSonus Studio Oneを通してストレート・プレイ(セリフや演技によって進行する演劇)の舞台音楽制作について書いていきます。
大量のソングも管理しやすいスタートページ
プロデューサーや演出との打ち合わせが終わり、きっかけ台本や選曲リストをもらったら、演劇の稽古映像を見たりしながら全曲のソング・ファイルをざっくり作成します。
舞台ではシーンごとに異なる曲を使用するため、各曲を独立したソングで作るのが基本です。ソングはテンプレート化していますが、ほぼまっさらな状態なので、“こんな楽器が入りそうだな”とか“こんなフレーズかな”と考えつつ全曲分をスケッチし、全体の流れをイメージします。1つの舞台のために作成するソングは20〜40程度です。
ソングの数が膨大で混乱するのでは……?と言われそうですが、Studio Oneのスタートページでは各種ファイルの名前を閲覧でき、そのうち重要なものをピンで固定したり、更新日時を確認したり、ソング名で検索したりというのが可能。大量のソングが相手でも管理しやすいのです。
Studio Oneでは、複数のソングを立ち上げて、それらを画面右上の“ドキュメント”ボタンで瞬時に切り替えて表示できます。
これは、近いシーンに配置された複数の曲を並行して作る場合、または同じ楽曲モチーフを再利用する場合などに便利で、複数のソングを行き来して作業できるのが効率的。また、曲作りに行き詰まったときに、その曲のソングを立ち上げたまま別曲に取り掛かり、アイディアが浮かんだら元の曲に戻って続きを作る、というのも素早く行えます。
このように、シーンごとにソングを分けて作っていくわけですが、1曲の中でも雰囲気を切り替えることがあります。切り替えるポイントは、演出や音響の方々からのリクエストに沿ったり、自ら考えたりして作ります。“音楽をどう変化させていくか”には決まった答えがなく、物語や演技、演出を見ながら臨機応変にオーダーメイドで考える楽しい部分です。また、舞台の場合は演技の尺がその時々によって伸び縮みするため、音楽が演技とズレてしまった場合にも成立するように展開を作らなければいけません。演技の心情よりも音楽が先に展開していくのは良くないことが多いので、やや遅めに音楽がついていくように設計します。
曲の尺は、稽古映像を見ながら作曲するタイミングで大まかに決めます。稽古が進行すると演出が変更になったり、演技の間が変わったりするため、それに合わせて尺を調整します。尺は舞台演劇において超重要な要素なので、納品直前まで確認しながら随時変更します。変更がしやすいようにソングを作っておくことも重要で、ハードウェアによる音作りやレコーディングも納品直前まで行いません。
構成の組み替えや尺の調整にはアレンジトラック
尺や構成の調整に重宝しているのが、Studio Oneのアレンジトラックです。アレンジトラックは、専用のイベントを使って曲のセクションを指定する機能で、イベントをドラッグ&ドロップして動かすだけでセクションを組み替えられます。
全トラックのMIDIやオーディオを一括選択して、手動で動かそうとすると選択漏れが生じがちですが、そうしたミスもアレンジトラックを使うことで防止できます。また、イベントをコピペすると尺を伸ばせます。MIDIやオーディオだけでなく、オートメーション・カーブなどもコピーされます。尺を削りたければ、削りたい範囲にイベントを置いて右クリック・メニューから“範囲を削除”を選ぶことで間を詰められます。
ここで注意すべきはビデオ・トラック。筆者は稽古映像をソングに読み込み、それを見ながら作曲するため、アレンジトラックの変更によってビデオ・トラックの音声や尺まで編集されてしまわないよう、事前にロックをかけておきます。
左右のどちらかに偏った音はパンではなくDual Panで補正すると音の芯を保てる
“トラック系の機能”と言えば、コードトラックも活用しています。これは、コード・ネーム入りのイベントを用いて、曲のコード進行を指定する機能。
既存曲をアレンジする場合やフレーズ・サンプルのコードを知りたい場合、オーディオ・イベントをコードトラックにドラッグ&ドロップすればコード・ネーム入りのイベントが生成され、簡単に解析できます。解析の精度は完璧ではないものの、とにかく処理が速いので、とりあえずやってみて損はありません。
また、イベントをコードトラックからインストゥルメント・トラックにドラッグ&ドロップすると、イベントに書かれたコードがMIDIデータに変換されます。そのMIDIデータはすべてベロシティ80のベタ打ちですが、シンセのシーケンスやアルペジオなどのフレーズ作りにおいて即戦力になります。
さて、曲作りに関連するネタとして、よく使う標準搭載エフェクトにも触れておきましょう。まずはDual Pan。
LとRの各成分を独立してパンニングできるエフェクトで、筆者は素材の定位が左右のどちらかに偏っている場合に使います。ステレオ素材に通常のパンを使うと、音そのものが移動するのではなく、左右の音量のバランスを変えるように動作します。それだと、例えば録音の時点で右に偏っている音源の場合、中央で鳴らそうとしてパンを左へ動かすと右の音源そのものの音量が下がり、左側のアンビエンスの音量が相対的に大きく聴こえるので、全体として芯のないサウンドになります。Dual Panでは、L/Rのそれぞれに独立したパンニングを施せるので、先述の場合はRのパンのみを中央に寄せることで音の芯を保ち、ステレオ感も維持したまま中央付近に定位させることができます。
Pro EQ3も、よく使うエフェクト。
自分で録音した金モノのローをいったんざっくりと切っておきたいときなどに重宝していて、操作のしやすさ、周波数アナライザーの見やすさ、負荷の軽さが魅力。そして標準搭載品なので、動作への安心感もあります。また、後段にインサートするエフェクトへの下ごしらえとして、Pro EQ3のGainツマミで音量を上げておくこともあります。
そのほか、Tunerもたびたび活用しているプラグイン。録音時はもちろん再生時にも動作しますので、録り音に対してピッチの確認をするときにも使えます。
次号は、筆者の連載の最終回となります。テーマは“VRアトラクション音楽とサラウンド”。お楽しみに!
こおろぎ
【Profile】宮崎県出身。ギター演奏から音楽の世界へ入る。バンド活動のほか、フリーのBGMを配布して知名度を高めるという手法を経て、プロの音楽家として活動するようになる。舞台を中心にドラマ、CM、ゲーム、アトラクション、ストック・ミュージックなど幅広い分野の音楽を制作。生楽器、シーケンス、サンプリングなど、あらゆる手法を駆使してサウンドを構築する。
PreSonus Studio One
LINE UP
Studio One 6 Professional日本語版:52,800円前後|Studio One 6 Professionalクロスグレード日本語版:39,600円前後|Studio One 6 Artist日本語版:13,200円前後
※いずれもダウンロード版
※オープン・プライス(記載は市場予想価格)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14以降(64ビット版)、INTEL Core i3プロセッサーもしくはAPPLE Silicon(M1/M2/M3チップ)
▪Windows 10以降(64ビット版)、Core i3プロセッサーまたはAMD A10プロセッサー以上
▪共通:4GB RAM(8GB以上推奨)、40GBのハードドライブ・スペース、インターネット接続(インストールとアクティベーションに必要)、1,366×768pix以上の解像度のディスプレイ(高DPIを推奨)、タッチ操作にはマルチタッチに対応したディスプレイが必要