シンセウェーブとは1980年代のシンセ・ミュージックをはじめ、当時の映画やドラマ、ゲーム音楽などに影響を受けた電子音楽のこと。10年ほど前から小さなコミュニティで盛り上がっていたが、年々人気が上昇し、2021年にはメインストリームでも聴かれる音楽にまで成長した。この企画では、早くから国内でシンセウェーブを取り入れ、同ジャンルの重要プロデューサーの一人=ミッチ・マーダーともコラボを果たした3人組ユニットSatellite Youngのプロデューサー、ベルメゾン関根を講師に迎え、シンセウェーブの歴史や制作テクニックについて解説してもらおう。輝かしい時代のサウンドを昇華し、自身の音楽制作に取り入れてみるすべがここに!
ベルメゾン関根
【Profile】ジャパニーズ歌謡エレクトロ・ユニットSatellite Youngのメンバーで、作曲を担当。情報学の分野で博士号を有し、教育者/メディア・アーティスト/インタラクティブ・エンジニアの顔も持っている。近日Satellite Youngの新曲を公開予定。詳しくはTwitterアカウント:@SatelliteYoungをチェック!
What is Synthwave? 〜世界的な大波 “シンセウェーブ”とは!?
Satellite Youngのベルメゾン関根です。近年、至る所で“シンセウェーブ”という言葉を聴くようになりました。そうで無い人でも、ピンクや紫などを基調とした1980年代風のゲーム/CGデザインを見ると、ピンと来る人も多いのではないでしょうか? ここでは“シンセウェーブって何?”という人のためにも、その歴史や音楽的な特徴についてお話ししましょう。
1980年代のさまざまな電子音楽を現代のクリエイターたちが再解釈
まずは“シンセウェーブの定義”から。シンセウェーブとは1980年代のディスコやエレクトロ、ニューウェーブのほか、映画やビデオ・ゲームなどのサウンドトラックをインスパイア源に、現代のクリエイターがそれらを再解釈して作り出した音楽のことです。
そのため、昨今皆さんが聴いている“シンセウェーブ”のソースは、ほとんどが1980年代の電子音楽にあるのです。注意すべきなのは、1980年代のさまざまな電子音楽のことをシンセウェーブと言うのではなく、それらを“古き良き音楽”として現代のツールで復活/進化させたものを指すということです。
シンセウェーブの起源は10年以上前、フランスを拠点とするエレクトロ集団VALERIEにあると言われています。彼らは音楽レーベルというより、80'sのシンセ・ミュージックやビジュアルを愛する集団で、ブログやイベントから自然派生したとのこと。ここには、当時アノラークやカレッジ、ミニテル・ローズなどが所属しており、彼らがシンセウェーブの第1世代だと言われています。
ちなみにフランスのカヴィンスキーやジャスティス、カナダのエレクトリック・ユース、スウェーデンのミッチ・マーダーらも、同時期に80'sシンセ・ミュージックを取り入れた楽曲をリリースしているのも興味深いです。
2010年ごろになると、シンセウェーブを専門に取り扱うレーベルやWebメディアを兼ねたレーベルが登場し、それまで世界各地でバラバラに活動していたシンセウェーブ系アーティストたちのハブ的な役割として機能しはじめます。当時の代表的なレーベルは、カナダのRosso Corsa Records、アメリカのNewRetroWaveやFuture City Recordsなどです。
特にNewRetroWaveは、世界中から送られてきたシンセウェーブの楽曲を自身のYouTubeチャンネルで次々と配信し、2013年にはチャンネル登録者数が10万人に登ります。2021年1月現在では登録者数が112万人を誇り、いかにNewRetroWaveがシンセウェーブ・シーンを牽引しているのかが分かるでしょう。
また、シンセウェーブの大きなターニング・ポイントの一つとなったのが、ライアン・ゴズリング主演のアメリカ映画『ドライヴ』(2011年)。この映画のサウンドトラックには、先述したカヴィンスキーとラヴフォックスの楽曲「Nightcall」や、カレッジとエレクトリック・ユースの楽曲「A Real Hero」が収録されています。これまでニッチなリスナーの間でしか聴かれていなかったシンセウェーブが、初めてメジャーなエンターテインメントにフィーチャーされたという意味で、このことはシーン初期の最も重要な出来事と言えるでしょう。この映画の影響で、2010年代初頭からSoundCloudやBandcampでシンセウェーブの楽曲を発表するインディー・ミュージシャンが急増することになるのです。
ザ・ウィークエンド「ブラインディング・ライツ」が世界中の国と地域でランキング1位を獲得
その後2015年には、クラウド・ファンディング・サービスのKickStarterで当初の目標額である20万ドルをはるかに超える、63万ドルを集めて話題となった映画『カン・フューリー』がYouTubeで公開されます。同作は1980年代カルチャーをふんだんに取り入れたSFアクション/コメディの短編映像作品で、サウンドトラックには先述のミッチ・マーダーのほか、ロスト・イヤーズなどが参加。さらにこの映画の主題歌「True Survivor」では、1982年から放送された特撮テレビ・ドラマ『ナイトライダー』の主演俳優=デビッド・ハッセルホフをボーカルに起用したこともあり、『カン・フューリー』は公開後大人気となります。なお、YouTubeにおける『カン・フューリー』の再生回数は、現在3,700万回を超えています。
ちなみに同年には、私の所属する3人組エレクトロ・ユニットSatellite Youngの楽曲「Dividual Heart」がNewRetroWaveのYouTubeチャンネルで取り上げられ、世界中のシンセウェーブ・フリークに知られるようになったのですが、このことがきっかけでSatellite Youngはミッチ・マーダーとのコラボレーション曲『Sniper Rouge』をリリースすることができました。
2016年には、1980年代を舞台にしたアメリカのSFホラー・ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』がNetflixで大ヒット。テーマ曲「Stranger Things」は、1980年代SF/サイバー・パンク映画の雰囲気が漂うシンセウェーブとなっています。
この辺りからアメリカのアーティストを中心に、1980年代ディスコやエレクトロ・ポップに影響を受けたような楽曲が徐々に増え、2019年にはシンセウェーブを全面的に取り入れたザ・ウィークエンド「ブラインディング・ライツ」がアメリカやカナダ、イギリスを含む世界中の国と地域でランキング1位を獲得。ザ・ウィークエンド自身も、80'sミュージックのファンだとインタビューで話しています。
そして2020年に入るとデヴィッド・ゲッタとシーアの「レッツ・ラブ」、レディー・ガガの「ステューピッド・ラヴ」、マイリー・サイラスとデュア・リパの「プリズナー」、TWICEの「I CAN'T STOP ME」などビッグ・アーティストがシンセウェーブを本格的に取り入れた楽曲を続々とリリース。
一連の流れを受けてか、国内でも中田ヤスタカがプロデュースするPerfume「Time Warp」をはじめ、三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE「RISING SOUL」やeill「Night D」など、ますますシンセウェーブ・アレンジの楽曲が増えてきています。ここまで来ると、もうシンセウェーブの大波は誰にも止められないでしょう!
Synthwave SOUND STYLES 〜代表的なスタイルとそのルーツを知る
既にお伝えしたように、シンセウェーブは1980年代の電子音楽にインスパイアされたもの。1980年代の電子音楽と言っても幅広く、現在のシンセウェーブを聴くと多種多様なスタイルが存在しています。これらを整理すると、3つの代表的なスタイルを挙げることができるでしょう。各スタイルの参考曲と、それぞれのルーツとなったであろう楽曲を併せてご紹介します。
サイバー・パンク系
サイバー・パンクとはSF(サイエンス・フィクション)のサブジャンルで、1980年代に流行した世界観の一つ。映画『ブレードランナー』などの劇伴にインスパイアされたスタイルです。スペーシーなシンセを重ねたり、ギラギラしたシンセ・ベースを多用するのが特徴的。近年皆さんがシンセウェーブと呼ぶ音楽は、このサイバー・パンク系が多いと思います。
※参考曲:レイザーホーク「Visitors」
※ルーツ曲:ヴァンゲリス「Blade Runner(End Titles)」など
シンセ・ポップ系
一番聴きやすい、歌モノを中心とした80'sシンセ・ポップのスタイル。8ビートのドラムに8分音符刻みのシンセ・ベース、FM由来のシンセ・ベルなどが特徴的です。
※参考曲:カレッジ&エレクトリック・ユース「A Real Hero」
※ルーツ曲:リマル「Never Ending Story」など
クライム・ドラマ系
刑事ドラマ『マイアミ・バイス』や映画『ビバリーヒルズ・コップ』など、クライム(犯罪)/サスペンス系の映像音楽にインスパイアされたスタイル。エレキギターやシンセ・ブラスがよく使われており、ロックの影響も大きいです。
※参考曲:ダンス・ウィズ・ザ・デッド 「Only a Dream」
※ルーツ曲:ヤン・ハマー「Miami Vice Theme」、スチュー・フィリップス「Knight Rider Main Theme」など
ホラー系、ゲーム系
ホラー系は、1980年代ホラー映画の劇伴に影響を受けたスタイル。マイナー・コードを多用し、現代ではダークウェーブと呼ばれる音楽ジャンルに発展して、メタルなどを混ぜるクリエイターも居ます。ホラー系のルーツ曲は、ジョン・カーペンター「Prince of Darkness」などです。
また、シンセウェーブは別名“アウトラン”とも呼ばれており、これは1986年に発売されたSEGAのアーケード・レース・ゲームの名前が由来。同年代のアーケード・ゲームのサウンドもシンセウェーブに強い影響を与えています。
このように、現在シンセウェーブと呼ばれている音楽はさまざまなスタイルとルーツを持っています。後半では、シンセウェーブの中でも人気が高く、代表的なスタイルの一つであるサイバー・パンク系に焦点を当て、その制作テクニックをお伝えしていきましょう。