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【特別企画】奥行きと広がりで立体感を操る 空間デザイン(土岐彩香 編)

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楽曲のクオリティを決定付ける重要な要素の一部、奥行きと広がり。この2つは周波数特性や倍音、空間系エフェクトの使い方といったさまざまな要素が絡んでくるため、コントロールには高い経験値と感性が求められます。そこでエンジニアの土岐彩香氏を講師に迎え、奥行きと広がりを作る手法、すなわち空間デザインについて解説していただきました。空間をつかさどるヒントを得ていただければ幸いです。

 

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エンジニア 土岐彩香

【Profile】青葉台スタジオを経てフリーのエンジニアに。Lucky Kilimanjaro、女王蜂、SANABAGUN.、Nulbarichといったアーティストの作品を手掛けてきた。ミニマル・テクノのDJとしても活動し、バイナルでのプレイにこだわりを持つ。

 

教材となった楽曲

みゆな 「mylife」(A.S.A.B)

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Technique 01
コンプをかけても近くならない場合サチュレーターで倍音を付加する

 奥行きと広がりは、すべてのパートによる相対性から生まれます。近くに聴こえる音があるから、遠くに聴こえる音が存在するのです。特に奥行きは複数のトラックに似たような処理を施してしまうと飽和しやすく、正しく前後感を出さないと立体的に感じられません。なので、まず近くで鳴るパートを作る必要があります。

 

 ということで“近く聴こえる音”の作り方を見ていきましょう。この用途でポピュラーなエフェクトといえばコンプですね。アタックの速い音色やサステインが短いものは近くで聴こえる傾向にあるので、近くに聴かせたい音はアタックが見えやすく、サステインが膨らまないよう意識して処理しましょう。最初に鳴る音が速いと近くに感じる、という理論です。例えばスネアだったら打面のアタックを強調して、その後胴に響く音を短くします。

 

 ですがコンプだけでは対応できないケースが多々あります。強くコンプレッションしても音が近くに感じられない場合は、そもそもコンプでは解決できないソースという可能性が高いので、アプローチを変えてみましょう。それにしても、なぜコンプでは音を近付けることができなかったのでしょうか? 原因はまちまちなので一概には言えませんが、倍音成分が少ない音色だとそうなることが多いです。なのでこのような場合、私はサチュレーターで倍音を付加することで、近くで鳴っているようなサウンドに仕上げています。サチュレーションを加えることによって不足している周波数帯域が増強されて音の密度が増すので、近くに聴こえてくるのです。あくまでイメージですが、私はEQとコンプを同時にかけているような感覚で使っています。この手法は、金モノやアコースティック・ギター、パーカッションのアタック音を持ち上げる際に有効です。

 

 サチュレーションが欲しいときにお薦めなのは、5種類のキャラクターを持った備えたプラグイン・サチュレーターSOFTUBE Harmonics。ひずみの量はもちろんひずみ方も変えることができるので、さまざまなソースに対応することができます。特にTUBEモードが特徴的で、周波数帯域が狭く硬いサウンドが欲しいときは最適です。

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コンプをかけても音が近付いて来ない場合、サチュレーターが有効。サチュレーションを付加して音の密度を上げることによって、音が近くで鳴っているように感じられます。私がよく使うのは、5種類のキャラクターを持つSOFTUBE Harmonics。ナチュラルな変化をもたらすSOLID/TRANSF/MASTER/MODERNに加えて個性の強いTUBEもそろえ、対応力に長けたプラグインです

Harmonicsだけではなく、SOUNDTOYS DecapitatorやFABFILTER Saturnといったプラグイン・サチュレーターも使っています。

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SOUNDTOYS Decapitatorを使うことも多いです。このプラグインもHarmonicsと同様に、アナログ・テープ/コンソール/真空管など、音色変化が5通り用意されています。Harmonicsに比べるとキャラクターが強めで、思い切りの良い設定が可能です

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ABFILTER Saturnを使用することもあります。こちらもさまざまなシミュレーションがあり、DYNAMICSノブが、音像の近さ/遠さのコントロールに有用です

Technique 02
リバーブの出力をモノラルにして奥にのみ残響音を飛ばす

 さて先述の通り、近くで聴こえる音に遠く感じられる音をミックスすることで、奥行きが生まれます。この“遠い音”を作る最もシンプルな方法が、原音に対してセンド&リターンでリバーブをかけることです。私の場合、遠近感を付けるためのリバーブをかけるならセンド&リターンで処理しますが、音色の一環として考えるときはトラックにインサートして個別に調節しています。

 

 リバーブと聞いたときに、原音に対して扇状に残響音が広がる音像をイメージしませんでしたか? それはリバーブをステレオで出力したときの効果で、モノラルで出力すれば残響音が横に広がりません。“リバーブを使って奥行きを出したいけど横には広げたくない”といった場合はモノラルで出力するとよいでしょう。シンプルな解決方法ですが、案外盲点だった方もいるのではないでしょうか?

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リバーブは、広がりと奥行きの双方を表現できるエフェクト。リバーブを使って奥行きを出したい場合、左右への広がりが不要になることがあるので、出力をステレオからモノラルに切り替えると良い

 もしモノラルで出力できないリバーブを使っていた場合、リバーブに搭載されているWIDTHなどのパラメーターで残響の左右幅を狭くすれば同じ効果が得られます。リバーブをセンド&リターンでかけた場合には、IZOTOPE Ozone Imagerといったステレオ感を制御できるプラグインをリバーブの後段にインサートするのもよいですね。リバーブは広がりだけではなく、奥行きにも作用するということを意識してみてください。

 

 幾つかのお気に入りのリバーブの中で、特徴的でお薦めなのがAVID Revibe IIのプリセット、Andy Hall。もちろんソースに応じて各パラメーターを調整します。キックやベースなどにリバーブをかけると重心が高くなってしまうことがあるのですが、こちらは低域に特化しているプリセットなのでその心配がありません。

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愛用のリバーブ、AVID Revibe II。重心を保ちながらリバーブをかけられるAndy Hallのプリセットが気に入っています

Technique 03
異なる音色をレイヤーして立体感をコントロールする

 サビの3連符で鳴っているハイハットにうっすらとディレイ(センド&リターン)をかけて、2発目から原音にディレイ成分が重なるようにします。いわゆる反復音を得るためにディレイを使ったのではなく、“ハイハットにレイヤーする素材”として原音と同じタイミングでディレイ成分が鳴るようにしているのです。それって原音を重ねているのと同じなんじゃないの?と言われそうですが、ディレイを通した音色変化が起きているため、原音とレイヤーの距離感が生まれるのです。もしアレンジの段階なら別の音色をレイヤーしても同じ効果を得ることが可能ですし、アーティストからハイハットのMIDIをファイルで送ってもらえたなら、別の音色を鳴らして重ねても良いですね。なるべくキャラクターの異なる音色を重ねた方が、原音とレイヤーの距離感を出せます。この手法を応用して、全く違う音色をレイヤーして距離感をコントロールすることも可能。例えばピアノをもっと近くに聴かせたい場合は、グロッケンを薄く重ねます。そうするとグロッケンのアタックがピアノのアタックのように聴こえ、ピアノがより近くに聴こえるのです。

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ハイハットと同じタイミングでディレイ成分を鳴らすのに使った、VALHALLA DSP Valhalla Delay。原音と異なる音色をレイヤーすることで、原音に立体感を演出できます

【Column】
選択肢の多さは効率化を生む

 先ほどサチュレーターを何種類か使っていると書きましたが、空間系エフェクトやコンプなど、ほかのエフェクトも数種類のプラグインを使い分けています。プラグインが1つしか無くても音色のバリエーションは得られるものですが、そうするよりも複数のプラグインを使った方が簡単に、そして素早く狙いの音にたどり着けるからです。選択肢の多さは迷いを招くと感じる方も居るかもしれませんが、私はプラグインやプリセットの個性を理解しておくことで、欲しいサウンドに対してどのプラグインを使うか瞬時に判断できると思っています。

 

Technique 04
ディレイで複数の音を広げるときは反復音の周波数帯域をすみ分ける

 複数のパートをディレイで横に広げると、ディレイがぶつかり合って特定の周波数帯域が飽和し、にじんでしまいがちです。そのような事故を防ぐために、プリセットやプラグインそのものを変えてみましょう。ディレイはテープや真空管といった特徴のあるプリセットが用意されていることが多いので、それらをうまく活用してすみ分けをしていきます。上に飛んでいくのか、または下に逃げていくのかという周波数的な動きを把握しながら、ディレイ同士がぶつからないようにしましょう

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1曲の中でさまざまなディレイを使い分けることによって、特定の周波数帯域に音が集中してしまうのを防いでいます。画面は「my life」で使ったディレイで、左上から時計回りにWAVES H-Delay、VALHALLA DSP Valhalla Delay(Ghost&Hi-Fiモード)SOUNDTOYS PrimalTap

Technique 05
ローファイな質感を与えてコンパクトな広がりを演出

 異なるフレーズの同じ楽器を左右に置いた場合、ステレオ感の調節にはパンをセンターの方に寄せるだけではなく、音色をローファイにするという選択肢もあります。音色をローファイにして周波数帯域を狭めることによって、ほかの広がっているパートとの差を付けることができるのです。「my life」ではインタールードの左右に定位するアコギへ使用し、リバーブをかけたビッグ・ドラムなどとの対比を作りました。

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今回ローファイ感を得るために使ったプラグインは、XLN AUDIO RC-20 Retro Color。極端にラジオ・ボイスっぽくするだけではなく、レコードやVHSの特性もシミュレートできる、多機能で便利なプラグインです

Technique 06
左右の逆相成分を増やしてギターをスピーカーの外側へ

教材となった楽曲

『邂逅ノ午前零時』「僕ラノ承認戦争 feat. majiko」CIVILIAN (ソニー)

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 全く同じ音をL/Rに配置するとモノラルになり、そこから逆相成分が増えるほど音が広がっていきますよね。左右でユニゾンしているギターをスピーカーの外から鳴っているような音像にしたい場合、左右のギターの音色に差を付ければいいのです。実際に私がレコーディングを行ったCIVILIAN「僕ラノ承認戦争 feat. majiko」では、左右で異なるギターを録音しています

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左右にギターを配置する場合、逆相成分が多い方がスピーカーの外側から聴こえてくるように感じられます。図ではギターを変えていますが、リアンプで異なる音色を重ねるという手段も有効です

 ちなみにラウドな楽曲の場合、左右2本ずつ(もしくはそれ以上)重ねるという方法が採られることもあります。多くのトラックを配置することで、逆相成分がさらに増えますよね。それだけの本数を重ねるとプレイのズレも想定されるので、リアンプしてアンプのセッティングをそれぞれ変える、といった手段がよいかもしれません。

 

【優れた空間デザインのポイント】
瞬間的なバランスだけではなく時系列でも空間にメリハリを付ける

 2ミックスにおける音量や周波数帯域というフォーマットについてはみなさんピンときやすいかと思いますが、空間のコントロールにも同じことが言えます。すべてのパートをぼやかせたり広げたりするのではなく、楽曲の中で広げるべきパートを見極めてメリハリを付けることが大切です。全パートにおける相対性でその瞬間の広がりは生まれますが、さらに時間軸でもメリハリを付けると奥行きと広がりが際立ってきます。どの時間帯に最も広く、そして奥行きのあるサウンドにすれば楽曲が良くなるのか考えながらミックスしてみてください。主役と脇役をしっかりと定めてそれぞれに役割を持たせるミックスをすれば、きっと楽曲の仕上がりが変わってくるはずです。

 

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