理想のルーム・チューニングを自ら創造
インディペンデントな音楽活動の拠点
心地良いグルーブと開放的な音楽性、さらにライブ・パフォーマンスにおいても高い評価を得ているシンガー・ソングライターのCaravan。そんな彼の制作拠点が、Studio BYRDである。今回はそこへ赴き、自ら施工したという当時のエピソードや空間のこだわり、制作プロセスについて話を聞いた。
Text:Mizuki Sikano Photo:Yusuke Kitamura
反射音の質が異なる2つのエリアを
響きの特性によって使い分けている
「自身のレーベル=Slow Flow Musicの設立など、人生の転換期をStudio BYRDとともに歩んできました」とCaravanは話す。ここが完成したのは2011年8月ごろで、現在に至るまでレコーディングやミックス、ライブのリハーサルや配信ライブなどのために使用してきたそうだ。
「本当の意味でインディペンデントになって、自分で何でもできるようになりたかったんです。BYRDを構えてからは、マスタリング以外のすべての作業を自ら行っています。最近はミュージック・ビデオの編集も手掛けました」
BYRDは、JR茅ヶ崎駅から程近いスナック街の雑居ビルにある。物件を見付けてスタジオを造るまでは、自宅で制作をしていたそうだ。
「宅録を続けた結果、もう少し近隣への騒音や時間を気にせず音楽に没頭したい気持ちが高まっていました。この周囲は全体的に騒がしいので、迷惑をかけることは少ないかなと……下階のカラオケ・スナックの方と階段ですれ違ったときに“盛り上がってたね!”みたいなことを言われたことはあるんですけど(笑)。お互いに温かい目で許し合っている感じですね」
スタジオの施工は知り合いの大工や友人に手伝ってもらいながら、ほぼすべて自分で行ったのだという。
「既存の石膏ボードのような壁を自分たちではがして、遮音のために5mm程度のゴム・シートを張り、その上に吸音のための有孔ボードを張っています。床は本来の位置よりも7cmほど高くしていて、間にグラスウールを敷いた空気層、その上にベニヤ板と足場板を張っているんです。空気層を設けると、防音に良いというのをサンレコで読んだことがあったんですよ(笑)。また、天井も当初は低かったので、打ち抜いて高くしています。鉄骨の梁(はり)がむき出しになるので、サビ止めの塗料を使ったりもしました。扉や窓も二重にして、防音効果を高めています。東日本大震災などの影響もあり施工が頓挫することもありましたが、最終的には7カ月ほどで完成しました」
ルーム・チューニングは施工しながら行ったという。こだわりは“デッドにし過ぎないこと”だったそうだ。
「静かなスタジオの緊張感に、苦手意識を持っていました。自分の音楽は、自宅のように生活感のある空間でリラックスして生み出されるものだと思うんです。なので、天井に吸音材を張るのはやめにして、壁も有孔ボードのままにしました。デスクの向こうの壁だけ一部追加で板を張っていて、その周辺だけ音の余韻が控えめです。ドラムはそこで録った方がパキッと引き締まりますよ。プライベート・スタジオらしく、自分がやりたいことだけできる空間を追求しました」
レコーディングで理想の音を作り
ミックスでは最低限の処理にとどめる
他方、ギターやボーカルなどは、部屋の中央のデスク周りで録音することが多いという。
「この辺りの壁は有孔ボードのままなので、音の余韻などが比較的柔らかくフワッと広がります。僕はこの部屋鳴りも生かした音楽作りが自身の個性だと思っているので、後処理でも過度なことはしないようにしています」
そう語るCaravanのメイン・システムは、APPLE iMac+AVID Pro Tools。デスクは、反射音の質が少し異なる2つのエリアのちょうど真ん中に設置されている。
「最近、最新のPro Toolsに買い替えました。Pro Toolsは12~13年前から使っているので、かなり使い慣れています。マイクのNEUMANN TLM102も、ボーカルと楽器録音に長年使っていてお気に入りです。明るくて、抜けの良い音がします。僕はミックスの段階で、EQを使って明るくしたりといった処理は極力したくないんです。TLM102は、僕の理想に近いサウンドで録れるので重宝しています」
デスクの脇のラックの中では、チャンネル・ストリップのUNIVERSAL AUDIO LA-610 MKIIがお気に入りだという。
「LA-610 MKIIは、すべての楽器とボーカル録音に使用していますね。基本的にはかけ録りすることが多いですが、ドラムに限ってはパンチを出すために録音してから通すこともあります。LA-610 MKIIの音が本当に大好きなんですよ。骨太で、抜けが良い音になります。内蔵EQのノブはステップ式で微細な設定はできませんが、その分悩まずに思い切りよく作業できるんです」
インディペンデントなスタイルを貫いて約10年が経とうとしているが、その中でも自身の音楽活動に対する考え方はさまざまに変化があったという。
「これまではCDにこだわって、知り合いのお店、ネット・ショップ、ライブ会場でのみ販売する活動をしていて手応えもありました。しかし最近は、自分のファンの方々が子供を持ったり仕事が忙しくなったりとライフ・スタイルを変化させていて、気軽にライブへ来られなくなってきているのを感じたんです。時代へのアンチテーゼのつもりが、逆にリスナーを限定してしまっていたと思いました。僕の音楽を皆が平等に聴けるようにするために、これからは配信にも積極的に取り組んでいこうと思っています」
Close up
レコーディング人生の原点となったMTR
自身のレコーディング人生で一番使い込んだという、ミキサー一体型マルチトラック・レコーダーのROLAND VS-1824CD。最高24ビット/48kHzに対応し、最大8trの同時録音が行える。アルバム『Wander Around』まで使用していたが、本機からDAWへ1つずつトラックを送る必要があったため、何度もスタジオ・エンジニアの顔を曇らせてきたそうだ。「最終的には舌打ちをされたため、MTRを卒業してPro Toolsを導入しました」とCaravanは言う。
Equipment
[DAW System]
Computer:APPLE iMac
DAW:AVID Pro Tools
Audio I/O:FOCUSRITE Scarlett 18I20
[Recording & Monitoring]
Mixer:SOUNDCRAFT Notepad-12FX
Monitor Speaker:YAMAHA HS7、TANNOY Reveal 402、CLASSIC PRO CSP6
Headphone:BEYERDYNAMIC DT 770 Pro
Monitor Controller:ORB LS-X0 Nova
Microphone:NEUMANN TLM102、ASTON MICROPHONES Aston Spirit、RODE NT3、AUDIX OM6、AUDIX FireBall、SHURE 520DX
[Outboard & Effects]
Channel Strip:UNIVERSAL AUDIO LA-610 MKII
Echo:GUYATONE EM-808D
Amp Simulator:STRYMON Iridium
Pedal Effects:GURUS Sexy Drive MKII、BEARFOOT GUITAR EFFECTS Pale Green Compressor、STRYMON Timeline、Flint
[Instruments]
Keyboard & Synthesizer:RHODES Suitscase、YAMAHA Motif-Rack
Guitar:MARTIN 000-17、GIBSON ES-330、GOLD TONE Banjitar、GUILD D-25M、VINCENT VN-30 Blues、GRETSCH Resonator Guitar
Bass:TOKAI Hard Puncher
Amp:FENDER Princeton Reverb、SUPRO 1605R Reverb、AIRLINE 62-9060、PEAVEY Delta Blues
Caravan
【BIO】シンガー・ソングライターとして、2005年に『Wander Around』でメジャー・デビュー。2012年には、インディペンデントな音楽活動にシフトするため、プライベート・レーベルのSlow Flow Musicを設立した。これまでに、YUKI、SMAP、渡辺美里などへの楽曲提供も行っている
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