どんなミュージシャンも経験した、音楽を作る礎となった作品との出会い。名盤を聴いて花開いた感性がやがて新たな名盤を生み、また次の世代の礎へとなっていくのです。あなたの礎となった名盤は何ですか?
Photo:Yoichi Kawamura(メイン)
- a2c(MintJam)
- tofubeats
- 坂本英城
- 照内紀雄
- NAOKI(LOVE PSYCHEDELICO)
- 神前 暁
- Nao(アリス九號.)
- RIMAZI
- 佐藤純一(fhána)
- 西川文章
- Dazzle Drums(Nagi & Kei Sugano)
- 荒木正比呂
- D.O.I.
- DJ WATARAI
a2c(MintJam)
<BIO>作編曲家/ギタリスト。参加作品はflipside「only my railgun」など。音楽ユニットMintJamメンバーとして活動し、YouTubeの個人チャンネル“aのアジト”も運営中
“音が見えるサウンド”に先進性を感じた
RELEASE:1996年(ソニー・ミュージックダイレクト)
当時10代の僕は、4trカセットMTRのYAMAHA MT50を手にしたばかりの宅録ビギナーでした。このアルバムはSBM(Super Bit Mapping)技術で制作されていて、CDの包装フィルムには“音が見える! ボリュームアップしてお聴き下さい”と記載があり、先進性を感じたのをよく覚えています。演奏はもちろんトラックの分離感、立体感、奥行き、クリアさ……すべてが素晴らしい作品です。特にM⑧「SUNSHINE SHOWER」が大好きで、今でもよく聴きます。そしてこの原稿を書きながら24ビット/96kHzのリマスター版を購入! さらに“音が見えるサウンド”になっていました。
名盤に近付けたツール
サミング・ミキサー群(API 8200A 、TUBE-TECH SSA2B、AMS NEVE 8816)と、RUPERT NEVE DESIGNS Portico II Master Buss Processor
tofubeats
<BIO>1990年生まれ、神戸出身のプロデューサー。2020年は『TBEP』、シングル『I CAN’T DO IT ALONE』、リミックス盤『RUN REMIXES』をリリース
シンプルながら十分な仕上がりのヒップホップ
- アーティスト:BUDDHA BRAND,BUDDHA BRAND,BUDDHA BRAND,BUDDHA BRAND,BUDDHA BRAND,BUDDHA BRAND
- 発売日: 1996/05/29
- メディア: CD
RELEASE:1996年(カッティングエッジ)
自分にとって音楽を作りたいなと本格的に思うきっかけになった楽曲です。ネタ使いながらファットなトラックと、ほぼシングルながら要所要所でのディレイが効いているボーカル。それだけなのに十分な仕上がりでヒップホップの格好良さを理解した一曲でした。昔のサンレコでD.O.I.さんもかなり試行錯誤したとおっしゃってますが、一つ一つの音色の選定がやはりこの見事な仕上がりを体現しているのだなと……。
名盤に近付けたツール
NEVE 8816
坂本英城
<BIO>作曲家。ゲーム音楽制作会社ノイジークローク代表。ゲーム音楽のみならず映画『前田建設ファンタジー営業部』、アニメ『文豪とアルケミスト 〜審判ノ歯車〜』などの音楽も手掛ける
音楽って自由でいいんだと再認識した
RELEASE:1996年(ユニバーサル)
リバーブ至上主義とも言える1980年代の“奇麗”な音楽から、1990年代に入って1970年代回帰を含む“あえて汚す”音楽が中心になっていきました。サンプリングにみんなが夢中になっていた時代です。その先頭を走っていたベックに、とにかく夢中になりました。ひずみ、ノイズ、モノラル……そういった時代と逆行するローファイな要素を最新の技術で、しかも狭い部屋で1人だけですべて作り上げている、そのスタイルにあこがれましたね。音楽ってこんなに自由でいいんだ、と再確認しましたし、私の会社ノイジークロークの社名の由来でもあります。ノイズは究極の音楽だと思っています。中でもM①「デヴィルズ・ヘアカット」、M④「ザ・ニュー・ポリューション」は傑作です。
名盤に近付けたツール
MOTU Digital Performer、AKAI PROFESSIONAL S5000
照内紀雄
<BIO>青葉台スタジオ所属のエンジニア。Vaundy、ザ・リーサルウェポンズ、ヒプノシスマイクなどを手掛ける。サウニスト集団SOTのメンバーとしてブログ“Saunaで数えるOneからThousand”を主宰。フィンランド大使館公認サウナ・アンバサダー
メドレーを統一感持ってまとめあげたミックス
RELEASE:1996年(ビクター)
嘉門達夫さんは僕の音楽の原体験。初めて自分のお金で買ったCDです。当時大ブームだったTKファミリーの替え歌をつなぎ合わせた構成になっており、一聴するとただのネタ曲に思えるのですが、オリジナルのサウンドを踏襲しつつ歌詞もしっかりと韻を合わせてあったり(masquerade→カツカレーなど)、聴けば聴くほど実は音楽レベルが相当高いことが分かります。まだPro Toolsが普及してない時代に、目まぐるしく変わっていくアレンジと打ち込み、結構なトラック数がありそうな歌のレコーディング、それをしっかり統一感を持ってまとめ上げるミックスの作業はすごく大変なものだったのではないかと思います。もし現存していればぜひトラック・シートを拝見したいものですね。
名盤に近付けたツール
DIGIDESIGN ProTools|HD 6 Software。レコーディング・スタジオで働き始めたころ、スタジオに入っていたバージョンです。当時のPro Toolsは今ほど気軽に導入できるものでは無かったので“これはプロっぽいな!”と思いながら触っていました
NAOKI(LOVE PSYCHEDELICO)
<BIO>KUMI(vo)とのユニット、LOVE PSYCHEDELICOのギター担当。昨年デビュー20周年を迎えた。レコーディングに明るく、ビンテージ機材も多数所有
すべてのトラックに存在理由が感じられる
RELEASE:1994年(P.R.A.)
ケヴィン・ギルバートは僕が学生時代最も聴いていたアルバムの一つでした。すぐそこで触れることのできるかのようなアコースティック・ギターのマイキングや、脚色は少なくとも決して裸ではなくよく聴くとステレオ感のある1990年代らしいボーカル・トラックは、恐らくはエンジニア/プロデューサーのビル・ボットレルによるものだと思いますが、すべてのトラックに存在理由が感じられるこの作品を通じて、楽曲や歌詞だけでなくサウンドにも哲学的アプローチがあることを教わりました。僕の教科書ですね。もう一作、ボブ・ディラン『追憶のハイウェイ61』のタイトル曲のボーカル・トラックは僕にとってパーフェクトな存在。トーン、EQ、その“時”を封じ込めたようなマイキング技術、ミックスにおけるトラックのあり方、すべてにおいて常に僕の目標でもあります。
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MANLEY Stereo Variable MU Limiter Compressor、GML8200 Parametric Equalizer。真空管の音の立ち上がりとGMLならではの倍音のトーン・コントロールからは、ミックス作業中にもさらなるインスパイアを受け取れます
神前 暁
<BIO>作/編曲家。MONACA所属。『涼宮ハルヒの憂鬱』『化物語』など劇伴からアニメ・ソング、アーティストへの楽曲提供を幅広く手掛ける。デビュー20周年を記念した『神前 暁 20th Anniversary Selected Works “DAWN”』が発売中
多彩なジャンルを取り入れつつ一貫した世界を表現
RELEASE:1994年(ビクター/フライングドッグ)
名実ともに日本のアニメ音楽家の最高峰と呼ぶに相応しい菅野よう子氏のアニメ初担当作品にして、アニメ音楽の歴史を変えた一作。ブルガリアン・ボイスやアンビエントなど当時のアニメでは珍しかった多彩なジャンルを取り入れ、どの曲も“本物”のクオリティを誇りつつ、トータルでは一貫した世界観を感じさせるという天才的な職人技を披露しています。オーケストラやピアノ曲もフランス和声を取り入れた大人な響きで、当時作曲を初めたばかりの学生だった私には大変衝撃的でした。“いつか自分でも作りたい”とあこがれ続けた作品です。今聴いてもスコアリング能力とジャンルのおいしい部分を抽出/再構成するサウンド・メイクのセンスに圧倒されます。
名盤に近付けたツール
SPECTRASONICS Omnisphere 2
Nao(アリス九號.)
<BIO>2004年に結成したアリス九號.のメンバー(ds)。日本武道館公演や3度のアジア・ツアーを成功させ、多種多様なライブ形態や全国ツアーの実施など精力的に活動中
ドラム全体が戦車のように迫る重厚感
RELEASE:1994年(SPIRITS 1993)※上はリイシュー版
初めて聴いたのは学生のときでした。楽器を始めたばかりでまだ右も左も分からない感じでしたが、初めて聴いたとき、特にドラムのサウンドに衝撃を受けました。重くて芯があってとても派手でメチャクチャカッコいいと心躍らせたのを今でも覚えています。キックとスネアがカッコいいのは当たり前ですが、タムのサウンドまでカッコいい。どうたたいたらこんなカッコいい音になるのか……何と言ったらいいのかドラム全体が戦車のように迫ってくるような重厚感……。こんなドラムをいつかたたきたいとずっとあこがれていました。そして今聴いても色あせることなく胸が高鳴ります。
名盤に近付けたツール
UNIVERSAL AUDIO UAD Lexicon 480L Digital Reverb。また、ドラムのチューニングを見直しました。しかしタムの音だけは名盤に近付くことはできません。どなたか教えてください(笑)
RIMAZI
<BIO>愛知県出身のトラック・メイカー/プロデューサー/エンジニア。AK-69の数ある代表曲を制作し続けているほか、DOBERMAN INFINITY、MC TYSONの作品に携わる
ループと抜き差しだけで成立していることに衝撃
RELEASE:1993年(Violator)
中学生のとき、兄が流してたミックス・テープ。ラップや歌よりインストに衝撃を受けました。ヒップホップを何も知らなかったので、ループと抜き差しだけでインストが成立していること自体が衝撃でした。その中でもG-FUNKはメロウで聴きやすくてツボでそこが入り口に。サンプリングのことは当時知らなかったので、まずシンセを買って、音色の配置、弾き方、抜き差しをとにかく同じようにまねて、弾き直して勉強してました。
名盤に近付けたツール
PLUGIN ALLIANCE Black Box Analog Design HG-2での倍音処理、WAVES Center&FABFILTER Pro-Q3でのM/S処理、IZOTOPE Tonal Balanceでの全体のバランス管理を覚えたことで、こんなにもまだキャンバスとして余白があったんだと気付きました
佐藤純一(fhána)
<BIO>4人組グループfhánaで、キーボードとコーラスを務める中心人物。2021年に新曲「nameless color」のリリースが決まっている。作編曲家としても幅広く活動する
甘くゴージャスな唯一無二のソウル
RELEASE:1994年(ユニバーサル)
弦管楽器にハープと、とにかく甘くゴージャスなアレンジ。ドライで太いサウンドでありながら、すごく素直な音です。現代でもこういったサウンドの作品は見当たらず、またソウル・ミュージックの名盤でも類似のミックスはありません。好きな曲はM⑦「ぼくらが旅に出る理由」、M②「ラヴリー」、M⑤「ドアをノックするのは誰だ?」。一聴してものすごくお金がかかっていそうな感じも含めて、あこがれです。
名盤に近付けたツール
UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Teletronix LA-2A。太さや熱さに感動しました
西川文章
<BIO>大阪を拠点に活動するPA/レコーディング・エンジニア。大小さまざまな会場を回り、豊富な経験を持つ。かきつばたやブラジルなどのプロジェクトで、ギタリストとしても活躍している
宅録であんな音を作りたい!と勤しんだ思い出
RELEASE:1994年(ユニバーサル)
M①「ルーザー」のルーズな感じのサウンドとグルーブがクールで衝撃でした。当時ディスク・レビューに自宅録音から生まれた……といったことが書かれており、宅録した音をそのままリリースした!と勘違い(もしくは本当?)した私は当時所有していたカセット4trMTRで、自分もあんな音を作りたい!と必死で宅録に勤しんでいた思い出です。当時18歳。スライド・ギターのカッコ良さも初体験で、真似をしまくった記憶があります。シタールという楽器の存在を知らず、シタールの音を必死でアコギで作り出そうともしていましたねー。ニルヴァーナも好きでしたが、このアルバムを聴いてからオルタナティブ沼にハマっていきました。
名盤に近付けたツール
なかなか名盤に近付けたと思うことはないですが、オープン・リール・レコーダーでレコーディングしたとき、そのサウンドが自分のイメージする音に近いのかなと感じました
Dazzle Drums(Nagi & Kei Sugano)
<BIO>Gator Bootsよりエディットをアナログ・リリース。コンピレーション『Night Jungle』を昨年末に発売。DJはジャイルス・ピーターソン主宰Worldwide FMや、自身主催のMusic Of Many Colours(渋谷Contact)、Block Party(青山Zero)など精力的に活動中。www.dazzledrums.com
歌ものハウスの特徴的な要素を網羅
RELEASE:1991年(A&M)
Def Mix Productionsの代表作で、特に12" Choice Mixは現在もフロア・アンセムとしてプレイされる傑作。ポップスのようにキャッチーな構成にもかかわらず、ディスコをシンプルに削ぎ落とし洗練させたサウンドに感銘を受けました。ROLANDのリズム・マシンを使ったシンプルなビートが120BPMで鳴ることで生まれるグルーブ、ハウスの代名詞とも言えるピアノのコード・リフや、メイン・ボーカルのフレーズをサンプリング/加工して間奏に組み込む手法など、歌ものハウスの特徴的な要素を網羅。素晴らしい歌は、ハウスの形式に当てはめることで疾走感や力強さが追加され、より情感を引き立たせることが可能です。そんな理由で、自分たちは好みの歌に出会うと、DJプレイするためにハウス・ミックスを作ります。
名盤に近付けたツール
ABLETON LiveのWarpの性能の良さに出会ってから、歌ものハウスが格段に作りやすくなりました。そしてROLAND TR-8Sした
荒木正比呂
<BIO>三重県在住のプロデューサー/作編曲家。ポップス・バンド“レミ街”や中村佳穂バンドでの活躍のほか、CM音楽制作、ドレスコーズ、Attractionsなどの作品でも手腕を奮う
自分でも何か作ってみたいという衝動に駆られた
RELEASE:1993年(ポニーキャニオン)
M①「RUNNING MAN」を聴いた瞬間、20歳の僕が人生で初めて“このアルバムのエンジニアは誰だろう?”(編注:ZAK氏)と思った作品。どの国を見渡してもこんなユニークなバランスのサウンドを作っているバンドはありませんでした。楽器として存在するポップなリバーブやディレイが面白かったり、この中毒的なシンセはなんだろう、なぜこのタムの音を選んだんだろう……と、とにかく自分でも何か作ってみたいという衝動に駆られた楽しさのあるアルバムでした。音楽は魅力の詰まったクラフトでもあり、今でも聴いた人が中に手を突っ込んで眺めていたくなるような音を作りたいと思っています。
名盤に近付けたツール
BITWIG Bitwig Studio。じっくり時間をかけて音や質感、音が鳴る仕組みを構築することを楽しめると思えた初めてのソフト
D.O.I.
<BIO>ミキシング・エンジニア。BTS、EXILE、三代目J Soul Brothers、amazarashi、三浦大知、AI、KOHH、Chelmico、Creepy Nuts、ヒプノシスマイク、JJJ、Campanellaなどの作品に参加
ヒップホップにおけるサウンドの革命
RELEASE:1993年(ソニー・ミュージックインターナショナル)
ア・トライブ・コールド・クエスト(ATQC)は1st〜5thアルバムすべてがヒップホップにおけるサウンドの革命をその都度起こしたように思います。実際2000年代初頭、NYのエンジニアが“ATCQのアルバムを順に聴けばヒップホップのサウンドの歴史がすべて分かるよね”と言っていたのが印象に残っています。曲的にはインタールードも含めてすべて好き。本アルバムのサウンドはすべてといって良いほど古いレコードのサンプリングで作られていますが、その質感をちゃんと維持しつつも、ローエンドの豊かさ、ワイドな音像、立体感、ナチュラルな高域などが付加されていてもはや神業領域。空間系処理がほぼ聴こえないドライな印象も素敵でした。
名盤に近付けたツール
初めてSSLコンソールでミックスした際、そのEQとコンプレッサーのサウンドはびっくりするくらい自分の好きな作品の音でした。またSPL Classic Vitalizerで合成したローエンドのナチュラルさも感動レベルで求めていた音でした
DJ WATARAI
<BIO>DJ/トラック・メイカー/プロデューサー。MUROやNitro Microphone Underground、MISIAやDOUBLE、AIなどへ楽曲提供。渋谷HARLEM「MONSTER」のレギュラーDJとしても活動
飛び抜けた黒さとリズムの太さにくらいました
RELEASE:1992年(ワーナーミュージック・ジャパン)
当時、大ヒットした「ゼイ・レミニス・オーヴァー・ユー(T.R.O.Y.)」が収録されているアルバムで、当時ア・トライブ・コールド・クエストやショウビズ&A.G.などと並んでかなり影響を受けました。特に、当時まだあまり制作のノウハウが全然分からない10代の自分には、全体的に飛び抜けた黒さと、リズムの太さ、スクラッチ、ラップを含めこのアルバムの雰囲気にかなりくらいました。加えて当時MTV『Yo! MTV Raps』でピート・ロックのスタジオに取材に行く回があって、細かい描写はありませんでしたが、そこでの制作風景がカッコ良過ぎてかなりあこがれました。
名盤に近付けたツール
いまだに近付けたという自信は全く無いですが、当時は少しでも近付きたくて、AKAI PROFESSIONAL S950、E-MU SP-1200を使っていました
特集「私の礎となった名盤」