『ホームワーク』がリリースされた1997年に生まれ、トラック・メイカーとしての頭角を現すMATZ(写真左)。今やダンス・ミュージックとポップ・フィールドをつなぐ重要な存在となったTeddyLoid(同右)。1990年代中盤にパリで興ったとされるハウス・ミュージックのムーブメント=フレンチ・タッチに多大なる影響を受けたというこの2人が、ダフト・パンクを語り合ったらどうなるのか……? 両者の化学反応は、現代のエレクトロニック・ミュージックの基礎にダフト・パンクがあるという独自の解を導き出した。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara Cooperation:マジコンスタジオ(仮)
MATZ
【BIO】15歳より楽曲制作を開始。デビューEP『Composite』以降、Enhanced Music(英)やMedia Records(伊)からリミックスを発表するほか、和田アキ子や倖田來未らのリミックスもこなす。Ultra Japan 2017に出演。昨年はアルバム『TIME』をリリース
TeddyLoid
【BIO】m-flo、中田ヤスタカ、ゆず、HIKAKIN & SEIKIN、DAOKO、アイナ・ジ・エンド(BiSH)など、さまざまなアーティストとのコラボレーションやプロデュースを展開。DJとしては2017~18年にワールド・ツアーを敢行し、国内外から注目を集めている
2ミックスをサンプリングしてカットアップで構築したのが斬新だった
ーお二方の目から見て、ダフト・パンクのどのような部分が興味深いのでしょうか?
Teddy 僕がダフト・パンクを知ったきっかけは2005年のアルバム『HUMAN AFTER ALL~原点回帰』で、当時は中学3年でした。2~3歳からエレクトーンをやっていたので主にクラシックを聴いていて、ほかにはヒップホップを好んでいたくらいだったから「ロボット・ロック」を聴いたときに“何だこれ!?”と思って。ロックっぽいけどダンサブルだし、聴いたことのない音楽だなと。あと、自分の培ってきた“音楽は譜面に表すもの”という概念が覆されたんです。ダフト・パンクの曲って、昔の音楽からサンプリングして作ったフレーズに新しく音を重ねたりしているので、実はディスコードしている部分もあるんですよ。楽典的には御法度なんでしょうけど、それさえも気持ち良く聴かせる音作りがすごいというか、当時の自分には新しくて。
MATZ 「ロボット・ロック」は、僕がダフト・パンクに出会った曲でもあります。13歳くらいのころに後追いで聴いて、ひずんだサウンドに“めちゃくちゃトガっているな”と。それに電子音楽というものを知ったばかりだったので、フレーズ・ループ自体が未知の領域でした。YMOとかは知っていたんですけど、エレクトロニックながら演奏を中心に構築された音楽だと思っていたので、そういうものとは違う何かをダフト・パンクには感じていました。あと、今になって思うとサンプル選びのセンスが半端無いですよね。
ー1970年代のディスコなどをサンプリングしているわけで、手法の面ではガラージ・ハウスやニューディスコなどとよく似ていると思うのですが、どこかフランスの音楽らしいヌルっとした湿度の高さみたいなものを感じます。
MATZ 僕はダフト・パンクのボコーダー・サウンドにそれをすごく感じていて。英語をネイティブで話すミュージシャンのボコーダーとは、聴こえ方がちょっと違うんですよ。フレンチのアクセントが効いているし、ザ・ウィークエンドの「アイ・フィール・イット・カミング feat.ダフト・パンク」とかを聴いても顕著だなと。
Teddy ユニークな部分としては、2ミックスをサンプリングして使っていることも挙げられます。サンプリングはヒップホップでも古くから実践されてきましたが、スネア一発を抜き出しワンショットとしてシーケンスに取り込むような手法が多かったはずで……。でもダフト・パンクをはじめ、フレンチ・タッチの人たちは2ミックスのサンプルを解体/再構築して、そこにシンセやリズム・マシンを乗せたりする。ヒップホップと似ていながらも、少しアプローチが違うと思うんです。
MATZ そう考えると、カニエ・ウェストやファレル・ウィリアムスがダフト・パンクに関心を持ってコラボレーションしたのにもうなずけますね。Teddyさんの言った“解体/再構築”に関しては、やっぱりサンプルのカットアップの仕方が独特だったと思うんです。マデオンやポーター・ロビンソンのカットアップを聴くと、“ダフト・パンクに影響されたフレンチ・タッチ勢からの影響を受けたサウンド”みたいな感じがするんですよ。
MATZ:フィルターで周波数特性をいじり回すことにより
コード感をリアルタイムに変える手法が新鮮でした
MATZ's Favorite Tune
「ローリン・アンド・スクラッチン」
(『ホームワーク』に収録)
極端に音数を絞り、縦ノリのビートとひずんだシンセを押し出した初期作。4つ打ちだが、ハウスというよりロックなフィールだ
「Mothership Reconnection(Daft Punk Remix)」
(スコット・グルーヴス『Mothership Reconnection』に収録)
スコット・グルーヴスの楽曲のリミックス。演奏陣として招かれたPファンク勢のプレイを低重心なフィルター・ハウスに昇華
「タッチ」
(『ランダム・アクセス・メモリーズ』に収録)
ポール・ウィリアムスをボーカルに据えるメロウなディスコ・トラック。8分以上という長尺で、めくるめく展開を見せる
EDMのビルドアップやダッキングもダフト・パンクが源流か
ーDAWによるモダン・エレクトロのカットアップと、ダフト・パンクらがハードウェア・サンプラーで行っていたカットアップは、手法的にも意味的にも似ていますよね。
Teddy そう。簡単にできるようになったのが今、という感じです。フィルターでグルーブを作っていたのも、現在に影響を与えた部分だと思いますね。特にEDM以降のビルドアップの基礎になったのではないでしょうか。
MATZ ループの音楽って同じフレーズの繰り返しだから、その中でいかに緩急を付けるかが大事です。ひとつは打ち込みなどによるアレンジなんですけど、ダフト・パンクらのループはサンプル・ベースだったので、ネタの中のノートは基本的にエディットできなかったわけです。
Teddy あくまでサンプルの上からどうにかしなくてはならなかったから、フィルターを使ったという。
MATZ フィルターでリアルタイムに周波数特性をいじり回すと、“ピッチとして感じられる部分”と“鳴ってはいるけど感じられない部分”が刻一刻と変化するじゃないですか。あの感じが実験的で格好良く聴こえたんです。ダフト・パンクって、手法的にはアカデミックじゃないというか、やってはいけないことを正解にした部分もあったのかなと思っていて。例えば、そもそもエンジニアリングのツールであるコンプをあれだけ積極的にグルーブの創出に使うというのも、彼らが切り開いたテクニックなのかなと。
Teddy がっつりダッキングすることでグルーブを作る、というのは前例が無かったと思いますね。EDMのトレードマークとなったサイド・チェイン・コンプは、ダフト・パンクに源流をたどることができるのかもしれません。
MATZ 実は僕がTeddyさんに衝撃を受けたのは、独特のコンプ感だったんですよ。
Teddy TeddyLoidというソロ・プロジェクトを始めた2008年……18歳のころにMIYAVIさんのワールド・ツアーへ参加させていただき、フランスへ寄れるタイミングがあったので1カ月ほど滞在したんです。その際、Ekler'o'shockというレーベルの周辺のアーティストと交流する機会があり、フレンチ・タッチの作り方を教わったんですね。それこそコンプの使い方から何から何まで、基礎をたたき込んでもらいました。あと“何でお前、タバコ吸わねぇんだよ?”って勧められたり(笑)。フレンチ・タッチの人たちは曲を作りながらタバコを吸うんですよ。帰りの空港でも言われましたね、“絶対吸えよ。でないとフレンチ・タッチでは無いからな”って(笑)。
ーシンセにエグめのディストーションをかけるというのもフレンチ・タッチとTeddyさんの共通点だと思います。
MATZ ひずんだシンセをフィーチャーするような作りは、スクリレックスなどにも影響を与えたと思うんです。
Teddy そうだね、エレクトロ・ハウスとかダブステップの基盤になっている感じがする。
ーああいったロック的なテイストが幅広い層にリーチした要因だったのでしょうか?
MATZ ロックに限ったことではなく、ダフト・パンクの音楽的な多様性が要因だったんじゃないでしょうか。ダンス・ミュージックって、ポップスとは大きく違う世界だと思っていて……クラブやフロアにフォーカスする分、クローズドな面もある気がするんですけど、ダフト・パンクは“自分たちが幼少期に聴いていた音楽を否定したくない”と公言している。そのスピリットがあるからこそ多彩で開かれた表現ができたのでしょうし、なおかつ“ポップなのを狙ってみました”という作為性の無い、自然な感じが出せたのかなと。
Teddy 「ワン・モア・タイム」とかはポップスとしても聴けるし、ダンス・ミュージックの機能も果たしますからね。フレンチ・タッチのシーンには当初から強固なコミュニティがあったようで、ダフト・パンクがワールド・フェイマスになってからも、元マネージャーのBusy PがED BANGERというレーベルを作ってジャスティスやセバスチャンら後進を輩出しました。誰かがDJすると、そこには必ず仲間が集まるようなファミリー感があったのだと思います。映画『EDEN/エデン』(※本記事の最後で紹介)でも振り返ることのできる風景ですね。
TeddyLoid:“音楽は譜面に表すもの”という概念が覆されました
ディスコードさえ気持ち良く聴かせるのが衝撃的で
TeddyLoid's Favorite Tune
「ロボット・ロック」
(HUMAN AFTER ALL~原点回帰』に収録)
ひずんだギターとうねるシンセが印象的な一曲。アルバム・セールスは苦戦したそうだが、ダフト・パンクらしさが詰まった名作だ
「所詮人間(セバスチャン・リミックス)」
(『Human After All~原点回帰 -Remixes-』に収録)
ダフト・パンクが認めたクリエイター=セバスチャンによるリミックス。原曲よりタイトで、カットアップ感が強めのフロア仕様
「ギヴ・ライフ・バック・トゥ・ミュージック」
(『ランダム・アクセス・メモリーズ』に収録)
メロウな和声で聴かせるアルバム冒頭曲。ダンスのための機能性を捨て去り、自らの音楽の本質を突き詰めた一曲と言えるだろう
自宅で作品が作れることを示したように各アルバムが“音楽の何か”を刷新した
ーアンダーグラウンドなコミュニティからメインストリームへ接近できたところにシーンの懐の深さを感じます。
Teddy 『ランダム・アクセス・メモリーズ』に至ってはグラミーを受賞していますからね。
MATZ あのアルバムは、本人らがルーツをたどって“最終的にこういうのがやりたい”というのを具現化したものだと思うんです。自分たちの大好きな音楽の作り手……それこそナイル・ロジャースなどを起用していますし、音楽をやっている人にとっては夢みたいな話ですよね。一体、その先に何があるんだろう?という次元だと思います。
ーだからこそ解散を選んだのかもしれません……。
MATZ 振り返ってみれば、彼らはダンス・ミュージックのクリエイターというより“表現者”としての道をまい進していたのかもしれません。各アルバムが、それまでの音楽の何かを刷新していますよね。『ホームワーク』によって自宅でも音楽が作れることを提示したし、『ディスカバリー』ではダンス・ミュージックであってもポップスとして聴かせられることを証明した。『HUMAN AFTER ALL~原点回帰』は電子音楽におけるディストーションをポピュラーにしたわけで、それぞれにクリエイティブなトピックがあります。
Teddy MATZの言う通りで、ダフト・パンクは自己模倣せず、常に新しい表現を追求してきたと思います。本来、ダンス・ミュージックのアーティストは斬新な音を作り続けなければならないので、彼らはお手本の一つですよね。だからこそ、そのマインドを自分たちが引き継いでいこうっていう気持ちがあります。解散直後はダフト・パンク・ロスにもなりましたが、今は彼らの遺してくれたものを絶やさず、アップデートしていきたいという思いが強まっていますね。
Check Together!
フレンチ・タッチがテーマの映画 『EDEN/エデン』
MATZ 2015年に公開された映画で、フィクションなんですがフレンチ・タッチのシーンに居た一人のDJの栄枯盛衰を描いたストーリーです。劇伴としてダフト・パンクの「ダ・ファンク」や「ワン・モア・タイム」が使われているんですけど、主人公がプレイし続けているのはガラージ・ハウスで。フレンチ・タッチがガラージの流行を出自としているのが分かりますね。
Teddy 僕は公開当時にOIRAN MUSICのカワムラユキさんと映画のアンバサダーを務めていました。本作を見ればフレンチ・タッチの概観がイメージできるでしょうし、この対談と併せてぜひ一度、チェックしてもらえたらと思います。
YouTubeのトレーラー映像。本編はDVDやBlu-rayのほか、Amazon Prime Videoなどでも見ることができる