宇多田ヒカルの40歳の誕生日である2023年1月19日に、イギリスはロンドンのメトロポリス・スタジオから生配信が行われた。ゲストに吉高由里子や佐藤健を迎えたトーク・パートと、ライブ・パートで構成。ライブ・パートでは、新たにアレンジした「First Love」、イタリア語と英語と日本語を織り交ぜた新しい歌詞による「Rule(君に夢中)」 、バッド・バニーのカバー曲「Me Porto Bonito」を披露した。ステレオのほか、アプリ“360 Reality Audio Live”を使った、世界初の360 Reality Audioでのリアルタイム生配信が行われ、360 Reality Audioのオブジェクト配置を含むすべてのミックスを、エンジニアのスティーヴ・フィッツモーリスが手掛けた。
Text:Kanako Iida Photo:Lawrence Watson(*を除く)
Metropolis Studios Studio A 〜スタジオ全体図
1989年の設立以降、クイーンやオアシス、マイケル・ジャクソンなど世界的アーティストも多数愛用してきたメトロポリス・スタジオ。今回の配信は、中でも最大のStudio Aで行われた。まずは下記の全体図で360 Reality Audio、ステレオ、映像信号のそれぞれの流れを紹介しよう。次項からは、スタジオ内各ポイントでの使用機材や設備紹介を通して配信システムの詳細に迫る。
【信号図の見方】各信号の流れは下記のカラー別で番号順に図示した。バンドの音声信号❶からスタートし、❹以降は360 Reality Audioとステレオで信号が分かれる。
ライブ・ルーム & デッド・ルーム
ライブ・ルームでは、宇多田ヒカル(vo)、ベン・パーカー(g)、ロッコ・パラディーノ(b)、ルース・オマホニー・ブレイディ(k)が演奏し、アッシュ・ソーアンのドラム・セットはその横のデッド・ルームに設置された。
Vocal|宇多田ヒカル
宇多田のボーカル・マイクにはAEA KU5Aを採用。マイクプリはPRQ500、コンプはINWARD CONNECTIONS The Bruteが使われた。エフェクト類は、リバーブBRICASTI DESIGN M7のプレート・セッティングのほか、コーラスのROLAND SDD-320 Dimension Dを少しかけた。360 Reality Audioではこれらのリバーブ/コーラス成分を、ボーカルと別オブジェクトとして配置している(*)
セッティング中の様子。写真手前にあるように、宇多田をはじめとする各奏者の横にはモニター用キュー・ボックスのALLEN & HEATH ME-1がセッティングされた
Drums|アッシュ・ソーアン
キックのマイキングは、NEUMANN U47FETに加え、YAMAHA NS-10Mのウーファー・ユニットをサブマイクとして使用(*)
スネアはトランプなどでミュート。上にはAKG C451BとBEYERDYNAMIC M 201 TGをテープでまとめて立て、C451BはPADで−10dBに。スネアのボトムにはAKG C414を立てた。タム、フロア・タムはSENNHEISER MD 421、ハイハットはNEUMANN KM 84、ライドはC451Bで収音
オーバーヘッド・マイクはCOLES 4038×2を設置。アンビエンス・マイクは前後に設置し、後方はNEUMANN M 50、前方はSENNHEISER MD441-U(写真右)で収音した(*)
Guitar|ベン・パーカー
TOKAIのギターを使用(*)
ギター用ライン・ドライバー・システムのRADIAL SGI TX(写真左上)で信号を送出。その右下にはパワーサプライのVOODOO LAB Pedal Power 2 Plusがスタンバイ。エフェクト類は左から順に、STRYMON BigSky(リバーブ)、J. ROCKETT AUDIO DESIGNS Archer(オーバードライブ)、ELECTRO-HARMONIX Holy Grail(リバーブ)、IBANEZ TS9(オーバードライブ)、KEELEY Dark Side(マルチエフェクター)、BOSS TU-3(チューナー)と並んでいる(*)
Bass|ロッコ・パラディーノ
LAKLAND(写真左)、YAMAHA(同右)のベースを使用(*)
エフェクト・ボード上段にはBOSS TU-3(チューナー)、下段はBOSS CE-2W(コーラス)、DARKGLASS ELECTRONICS Microtubes X7(ディストーション)、MXR M280:Vintage Bass Octave、M288:Bass Octave Deluxe(いずれもオクターバー)がラックされている(*)
DIはACME AUDIO Motown D.I. WB-3が採用された(*)
Keyboards|ルース・オマホニー・ブレイディ
MIDIキーボードのAKAI PROFESSIONAL Advance 49でコンピューター内のソフト音源を演奏。スタンド上は左下から時計回りに、CRITTER & GUITARI Organelle M(シンセ)、ROLAND SP-404MKⅡ(サンプラー)、STRYMON BigSky(リバーブ)、CHASE BLISS Mood(グラニュラー)、Blooper(ルーパー)、OLD BLOOD NOISE ENDEAVORS AB/Y Switcher(スイッチャー)、TEENAGE ENGINEERING OP-1 Field(シンセ)。スツールの上にはTEENAGE ENGINEERING OP-1(シンセ)やAPPLE MacBookが置かれていた(*)
スツール下段にはオーディオI/OのRME Fireface UCXがスタンバイ(*)
コントロール・ルーム
55㎡の広さを持つコントロール・ルーム。前方にはメイン・コンソールSOLID STATE LOGIC SL9072J、中央にはアウトボード一式と360 Reality Audio用システムを配置。後方には、ステレオ・ミックスと360 Reality Audioによる配信業務が行われていた。
SL9072Jを操作するスティーヴ・フィッツモーリス氏。右後方がスティーヴ氏の持ち込み機材を含むアウトボード一式、左後方が360 Reality Audioの立体配置を行う制作システムとなっている
Studio Aのメイン・コンソールSL9072J
モニター・スピーカーのKRK 9000BとAURATONE 5C(*)
2台のコンピューターにPro Toolsをインストール。右がコンソールに立ち上がっているセクションだ。コンソールで作られた音は2系統に分かれ、1系統は360 Reality Audioミックス用に、左奥のコンピューター内Pro Toolsへパラデータで送信され、もう1系統は2chのままステレオ配信用コンピューターへ送られる
ラック内の2段目が360 Reality Audioへ送信するためのPro Tools用オーディオI/OのAVID HD MADI。ここから、各フェーダーの音声を360 Reality Audio制作ツールが入ったWindowsへMADIで送信する(*)
360 Reality Audioの制作ツールを使い、調整を行うスティーヴ氏。左横に置かれたメモには、それぞれのオブジェクトの配置が記録されている。Windowsはサブ機とバックアップ機の2系統が用意されていて、トラブルなどがあった場合には切り替えられるようになっている
スタッフはヘッドホン・アンプART HeadAmp 6 Pro経由でモニタリングしていた(*)
オーディオI/OはRME MADIFace XT。写真はバックアップ機用だが、メインも同機種を採用(*)
数種のモニター・ヘッドホンを使用。左はSONY WH-1000XM5、右はAPPLE AirPods Max(*)
マシン・ルーム & ストーン・ルーム
Studio A内に2カ所あるマシン・ルーム。1つはクロック・ジェネレーターのAVID Sync HDとPRISM SOUND ADA-8XR×5台が稼働するサーバー・システム、もう1つはネットワーク用システムが収納されていた。石壁でできたStone Roomには、映像配信用のディスプレイやスイッチャーが集約され、カメラ・クルーが作業を行っていた。
Stone Roomはカメラ・クルーの拠点となり、スイッチャーやディスプレイなどの映像関連機材が集約されていた
最上段はAVID Sync HD。その下はPRISM SOUND ADA-8XR×5台で、Pro Toolsに入力し、SL9072Jへ送る(*)
コントロール・ルーム奥のマシン・ルームには、ネットワーク関連機材などが置かれている(*)
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