人気アニメやゲームの楽曲制作を数多く手掛け、コンテンツの質を“サウンド”で押し上げ続ける気鋭集団、Arte Refact。桑原聖が率いるクリエイター・チームであり、2020年1月号では彼らが作品を日夜生み出す素晴らしいスタジオも披露してくれた。そんなArte Refactが活動範囲を広げるべく、新たにMulberry Studioを完成させた。彼らのフラッグシップとなる豪華仕様スペースの誕生だ。
重視したのは天井高による開放感。電源周波数も60Hzにこだわる
東京・四谷のArte RefactのMulberry Studioは、彼らの事務所を併設した物件内にある。全体的に落ち着いたモダンな内装で、リラックスした雰囲気。6月に完成し、この3カ月でテスト運用/チューニングを重ね現在に至っている。Arte Refact代表の桑原聖にスタジオ設立について聞く。
「おかげさまで案件もかなり多くなりまして、前回造ったスタジオだけだと少し手狭になったため、ここを造りました。プリプロもレコーディングもミックスもできて、たくさんのクライアントの方が来ても十分なスペースがあるような……それこそ空間の高さも重要なので、物件探しの際はひたすら天井高を測るという不思議な行動をしていました(笑)」
そんな彼が設計パートナーとして指名したのが、前回のスタジオ造りでも共に仕事をしたアコースティックエンジニアリングの入交研一郎だ。桑原は「一緒にスタジオを造らせてもらったときに、僕の細かい相談にもしっかり応えてくれたんです。入交さんとであれば、前回のスタジオ以上のものが造れると思いました」と語る。その期待を受けて設計に取り掛かった入交は、どんなことを考えていたのだろうか。
「前回造らせてもらったスタジオの延長で、完全にデッドな空間にするのではなく、長時間のプリプロから商業ベースのミックスまで対応できる音響を想定しました。部屋のサイズに合わせてディフューザーの本数を増やしたり反射面も作り調整し、床は前回と同様に無垢材のウォールナットになっているので、時間の経過とともにエイジングが進んで部屋鳴りの良さが出てくると思います。設計前から前回のスタジオ以上のクオリティを持った機材が入ると聞いていたので、こちら側も負けないようにすべての面でスペック・アップし、前回のスタジオの延長上にある空間になったと思います」
スタジオ内の機材については、前回のスタジオから持ってきたものはほとんどなく、新たに導入したものがメイン。後に紹介する通り海外メーカーの人気機材もあるが、それ以外の部分では「国産メーカーに頑張ってほしいので、なるべく日本の製品を選びました」と桑原が語るように、OZ DESIGNのモニター・コントローラーやアウトボードをはじめ、見えない部分のワイアリングも国産中心にしたそうだ。
「ケーブルはMOGAMIにしています。また、電源は117Vか240Vかといった話を超えて周波数に着目していて、KOJO TECHNOLOGYの電源装置を入れて60Hzにしました」と桑原。エンジニアの菊池司もその効果をこう語る。
「他社のクリーン電源もテストしましたが、KOJO TECHNOLOGYの製品が一番良かったんです。ただ、すべての機材を60Hzで動かしているわけではなく、中には50Hzのままでも良い製品や、同じ60Hzのグループにすると逆効果になる製品もあったので、一つずつ検証を重ねました」
ワイアリング全般を手掛けたのはスタジオイクイプメントの稲田敏広。この仕事への熱意をこう語る。
「近年、電源周りはほかのスタジオ案件でも非常に注目されており、音が変わるのは間違いないのですが、好みの部分も大きいので、桑原さんのこだわりを正確に形にすることが何より重要でした。計画性を持ってコネクターや線種を選んでいく、ラックの裏側を開けたときに作業しやすい状態にするなど、本当に基本的なことなのですが、そこは会社の伝統として守り続けています。また、最終的な施工図面を作ってお渡しすることも大切で、将来的なメインテナンス性も含め状況が把握できるようにする。そうした目立たない作業を確実に行うことが必要なのです」
PRISM SOUNDの新鋭I/Oを導入。シビアなモニター環境でクオリティ向上へ
機材周りに目を移そう。スタジオの顔となるスピーカーはAMPHION Two18+Base Two25 System。前回のスタジオでも使っているAMPHIONだが、サブウーファーとのコンビネーションが決め手だと桑原は説明する。
「僕自身はほかに好きなスピーカー・メーカーもあるし、AMPHIONが絶対というわけではないんです。ただ、仕事で使うならこれ一択でした。サブウーファーとセットで聴くと、低域の細かいところもバランス良くモニターできるんです」
輸入代理店であるミックスウェーブの古賀龍治も「低域の解像度に関しては、多くのお客様から高い評価をいただいています」と付け加える。さらに、オーディオI/OはPRISM SOUND Dream ADA-128を導入。ご存じの通り発売前から話題となっていた製品だ。桑原が語る。
「僕は音楽業界に入ったときからPRISM SOUNDの製品を使い続けていて、その音が基準になっているんです。このDream ADA-128は以前の製品と音の違いはもちろんありますが、一言で表すならものすごく“ジューシー”なんです」
エンジニアの菊池がより詳細に分析する。
「中域の量が必要以上に多いわけでもないのに密度感があって豊かなんですよね。ひずみやサチュレーションでそうなっているのではなく、解像度も高い。それから、これは好き嫌いもあるでしょうけど、同クラスの製品と比べて明らかに奥行きがあります。解像度が低い部分は如実に見えてしまうので、エンジニアの情報処理能力が試されている……このスタジオの音響とAMPHIONも相まって、“中途半端なものを作るな”とPRISM SOUNDに言われている気がします(笑)」
このように充実した設備の反面、スタジオはモダン×トラッドな内装でマニアックさを感じさせないのも特徴。そして天井にトップライトがあるかのごとく、自然な明るさが部屋全体を包み込む。最後に桑原がこう締めくくってくれた。
「多くの人が使う場所なので、長時間いても苦にならない空間にしたかったんです。皆がコミュニケーションを取りながら仕事をするため、お互い気持ち良い環境にしたくて。そういう人間的な部分を僕は一番大切にしたいと考えています」