2024年6月6日、神奈川県横浜市に誕生した体験型ブランドショップ“ヤマハミュージック 横浜みなとみらい”。今回、我々は同施設の1階に設けられたアート空間“Music Canvas”を訪れ、Yamahaの技術力によって生み出された音楽体験コンテンツ“Music Canvas Show”を取材した。イマーシブ・オーディオと楽器の自動演奏システムを組み合わせたこの体験は、一体どのようにして実現しているのか。早速、紹介しよう。
イマーシブ・オーディオが体験できる空間 それを実現した技術AFC Image
音楽と楽器の魅力を伝える多彩なコンテンツが用意されているヤマハミュージック 横浜みなとみらい。その中で本誌が注目したのは、これまでにない音楽体験を提供するアート空間“Music Canvas”で1時間に1回行われる、イマーシブ・オーディオを用いた“Music Canvas Show”だ。
“フロア全体が連動して、1つの音楽を奏でる”というコンセプトで約5分間の上映が行われるMusic Canvas Show。Yamahaの立体音響システムAFC Imageと楽器の自動演奏システム、さらに大型ディスプレイに映し出される映像を組み合わせることでそれを実現している。核となるAFC Imageについて、システムのプランニングとチューニングを手掛けたヤマハ プロフェッショナルソリューション事業部 空間音響グループの橋本悌に解説してもらった。
「AFC Imageは、いわゆるイマーシブ・オーディオで、オブジェクト・ベース方式を採用しています。オーディオ・トラックの一つ一つに3次元の位置情報が付加されていて、オーディオの位置情報と設置されたスピーカーの位置情報を基にプロセッサーで音像の定位と移動を行う仕組みです。スピーカーは、23台のNEXO ID24を床付近から空間上部の柱や壁まで、空間を囲むように設置しています。LFE用にNEXOのサブウーファーIDS108を2台、そのほか簡易的なイベント時の拡声用にコラム型のYamaha VXL1をL/Rで2台、計27chを使って音像をコントロールしているんです」
主力となるNEXO ID24の選定理由を橋本はこう話す。
「建築との兼ね合いで施工できるスペースは限られます。また、意匠的にもスピーカーは露出させたくないので、できるだけコンパクトなモデルが良いのですが、ある程度音量が出せないと没入感が作れないためパワーも必要です。加えて指向特性が極力広いものが好ましいので、ID24はベストなスピーカーだったのではないかと思います」
この点に、技術面でのサポートを行なったヤマハミュージックジャパン 音響事業戦略部の宮下亮も同意する
「ID24はNEXOのスピーカー・ラインナップの中でも、多用途にわたって活躍するモデルです。スピーチの拡声やBGMの再生に加え、サブウーファーとの組み合わせでライブ・パフォーマンスにも対応します。この空間の大きさを考慮すると、まさに最適な選択と言えるでしょう」
AFC Imageのプロセッサーからのオーディオ信号は、Danteインターフェース・カードを介してシグナル・プロセッサーのYamaha DME7に送られ、Dante対応パワー・アンプからスピーカーへ出力される。一方、AFC Imageのプロセッサーに入力されるオーディオ信号は「コンピューター内のDAWで再生された信号がプロセッサーに入力されている」と橋本。
「DAWはSteinbergのNuendoを使っていて、オブジェクト・ベース方式で音に位置情報を付けて動かしています。具体的には、Nuendo付属のVST MultiPannerを使って位置情報の記録、再生を行います。Music Canvas Showで流す約5分の曲は110trくらいあり、トラックごとに3次元のパンニング情報が付いているんです。Danteインターフェース・カードで最大128chまでAFC Imageのプロセッサーに送れるので、それに収まる仕様です。27chスピーカー用のミックス・ダウンはAFC Imageのプロセッサーで行っています」
自動演奏システムや空間への響きの付加などYamahaの先進的な音/音楽の技術が結集
先述したように、Music Canvas ShowではAFC ImageとYamahaの自動演奏システムを組み合わせることで没入感のある音空間を演出。特に弦楽器やドラムの自動演奏システムは非常にユニークな技術で、電気信号を振動に変換するデバイスを楽器に取り付け、あらかじめ収録された演奏データに従って自動演奏を行う。Music Canvasにはピアノ、コントラバス、ドラム、バイオリン、ビオラ、チェロが置かれており、自動演奏中の楽器に触れて楽器そのものの響きを感じることもできる。
「自動演奏システムを組み合わせることでAFC Imageだけではできないことが実現できた」と橋本は語る。
「マルチチャンネルのスピーカー・システムだと音像が遠くなりがちですが、生楽器がすぐそこで鳴っていることで音の近さも加わり、新しい楽しみ方が生まれたと思います」
同施設の音楽体験としては、2階に併設された“ライブ&カフェ”で使用されているAFC Enhanceも要注目だ。これは、その空間特有の音響特性を基にした響きを加える技術で、マイクで拾った信号にEQやエフェクト処理などを行い、スピーカーから出力した音をさらにマイクで拾うフィードバックを活用した仕組み。カフェ営業時は響きを抑えた空間だが、ライブ時には演奏内容に合わせてAFC Enhanceによる響きが加わり、カフェ内での演奏をホールのような音響で聴かせることも可能となる。
AFC Image、AFC Enhance、自動演奏システムという技術、そしてそれを支えるYamahaのプロセッサーやミキサーなどの機材、さらには、グループ・ブランドであるNEXOのスピーカー、SteinbergのDAW。Music Canvasで展開されるかつてないイマーシブな音楽体験は、Yamahaの総合力で実現されたと言えるだろう。ヤマハミュージックジャパン 音響事業戦略部の石橋健児はこう話す。
「このイマーシブな音楽体験を実現するための空間作りに必要なプロフェッショナル向けのツール、コントロールする技術を含めてイマーシブ・ソリューションと呼んでいます。グループ内ですべてがそろうことがわれわれの強みであり、サポートなど、お客様にとってもメリットの大きい部分でしょう」
イマーシブ・コンテンツに関心のある人たちはもちろん、イマーシブによる新たなビジネスを模索しているプロフェッショナルにも、ぜひ訪れてほしい空間だ。