国立音楽院 KMAパラダイスホール|音響設備ファイル【Vol.80】

国立音楽院 KMAパラダイスホール|音響設備ファイル【Vol.80】

全22学科を擁し、授業の自由選択を可能とするオープンシラバスなど独自の教育制度で知られる音楽学校、国立音楽院。その本校地下1階にKMAパラダイスホールは存在する。授業や発表会はもちろん、新木場FACTORYを運営するGARDENの三宿BRANCHとしてもライブが催されているほか、一般貸し出しも行われている。このホールのメインスピーカーシステムがL-ACOUSTICS A15 Focus、A15 Wide、X8、KS21に一新され音響面の強化が図られた。本稿では、LUNA SEAなどのPAを手掛けるサウンドデザイナーで、同音楽院の音響デザイン科講師を務める小松久明氏と広報・総務部長の勝田幸一氏、そして同ホールでのライブを控えてサウンドチェックに訪れていたアーティストの[ kei ]氏にお話を伺った。

Photo:Takashi Yashima

フラッグシップ的な施設を目指して新スピーカーシステムを導入

 小松氏が音響デザイン科の講師に着任したのは2023年4月のこと。スピーカーリニューアルのプロジェクトはその翌月、[ kei ]氏が三宿BRANCHとしてのKMAパラダイスホールでメリーとの対バンライブを行い、そのPAを小松氏が手掛けたころから始まったという。[ kei ]氏はBAROQUEのギタリスト兼コンポーザーとして活動中の2016年以降、小松氏にPAを依頼しており、現在のソロ活動でもその関係性は変わらないという。「ですから、小松さんが講師になったばかりで、その学校のホールに出演したのはたまたまなんです。すごいタイミングだなと思いましたけど(笑)」と[ kei ]氏。

 「そのときに、このホールはキャパシティの割に天井が高くて、音の広がり方がすごく気持ち良かったんです。それがすごく印象に残っていたので、機会があればまたぜひここでやりたいということを小松さんと話していたんです」

 小松氏も、PAを担当したことで、「このホールは絶対に外貸ししたほうがよい」という思いを深めたと語る。

 「コンサートにおけるミキシングの授業を行った際、このホールがとても良い音だということは感じていたのですが、実際にPAしてみて、何とも言えない良い鳴りの音だなと思いました。だから外部の方にどんどんライブをやってもらうといいのではと思ったんです。ただ、スピーカーシステムが古くなっていたので、外貸しするのであれば新しくしませんか?と学校に提案したところ、あっという間に予算が通りました。普通なら“では来期で”となりそうなのに、物流の関係で多少の遅延はあったものの10月にはスピーカーが納品され、12月にフライング用の架台が届いたんです。トントン拍子に進んだので驚きましたね」

 勝田氏によれば、これまでも外部貸し出しは行っていたものの、よりホール利用の活性化を図り、国立音楽院のフラッグシップ的な施設として打ち出したいと考えていたところへ、小松氏からの提案が重なったという。そこで勝田氏は、新スピーカーとしてL-ACOUSTICS導入の検討を始めた。

 「近年、新たに造られたホール、あるいはリニューアルされた会場の多くで、L-ACOUSTICSが採用されていることを知り、小松先生に相談したんです。クラシック系ホールでの実績もあり、生楽器へ対応できそうな点も魅力でした」

 これを受けて小松氏も「僕自身、L-ACOUSTICSのスピーカーでたくさんライブをやってきましたから、全く問題ありませんでした」と語る。しかも、以前のスピーカーはグランドスタックされていたが、今回は小松氏の要望によりフライングでのセッティングとなった。

 「天井高が8mあるので、それを生かしたかったんです。グラウンドスタックだと、スピーカーに近すぎて耳が痛いと感じるお客さんが出てくる懸念があります。そうならないように高い位置から音を降らしたかったんですよ」

左からサウンドデザイナーでK.M.D Sound Design Inc.代表取締役の小松久明氏、アーティストの[ kei ]氏、国立音楽院の広報・総務部長の勝田幸一氏

左からサウンドデザイナーでK.M.D Sound Design Inc.代表取締役の小松久明氏、アーティストの[ kei ]氏、国立音楽院の広報・総務部長の勝田幸一氏。小松氏はいれいす、大黒摩季、河村隆一、手嶌葵、にじさんじ、吉澤嘉代子、BAROQUE、INORAN、[ kei ]、LUNA SEA、Tourbillonなどのコンサートエンジニア、プランニング、サウンドデザインなどを手掛けてきた人物。2023年4月より国立音楽院の音響デザイン科講師も務めている。[ kei ]氏はBAROQUE(無期限活動休止中)、kannivalismのギタリスト兼コンポーザーとしてキャリアを重ね、現在はソロアーティストとして活動中。ギター/ボーカル/作詞・作曲・アレンジ/プロデュース/エンジニアリング/アートワークなどを手掛けるマルチな才能の持ち主

KMAパラダイスホールは、収容人数がスタンディングで300人という中規模のライブハウス的な空間。8mという天井の高さが大きな特徴だ。この会場へ新たに導入されたのがL-ACOUSTICSのスピーカーシステム

KMAパラダイスホールは、収容人数がスタンディングで300人という中規模のライブハウス的な空間。8mという天井の高さが大きな特徴だ(詳細は下記リンクよりWebサイトを参照してほしい)。この会場へ新たに導入されたのがL-ACOUSTICSのスピーカーシステム。特注の架台にフライングされているのは、上からA15 Focus×2とA15 Wide。フロアにスタックされているのはサブウーファーのKS21×2。中段に見えるのはインフィル用のX8。架台は小松氏が細部にわたって指示を行い製作された

ナチュラルで上下のつながりの良い音 ジャンルを選ばないスピーカー

 では、スピーカー構成を紹介しよう。上からミディアムスローの2ウェイA15 Focus2台とA15 Wide1台をフライングし、ステージとほぼ同じ高さに小型同軸2ウェイのX8を設置、そしてフロア上にはサブウーファーKS21を2台スタックという布陣。3台のパワーアンプLA4Xで左右計12台をドライブしている。その狙いを小松氏に聞いた。

 「一番上のA15 FocusはPA席の上にある2階席を、またA15 Wideは客席前方を狙っていて、真ん中のA15 Focusが客席中盤から後方のPAブース辺りまでをカバーしています。X8は中抜けを防ぐためのものです」

フライングされたAシリーズ

フライングされたAシリーズ。いずれもミディアムスローの2ウェイパッシブタイプだ。上段2台のA15 Focusは垂直角10°で、水平角はエルフィンと呼ばれる構造により70°対称、110°対称もしくは90°非対称を選択できる。KMAパラダイスホールでは客席側に向けた90°非対称で設定されている。最上段のA15 Focusは2階席、その下のA15 Focusは客席後方のPA席から客席中央辺りまでをカバー。最下段のA15 Wideは垂直角30°で、水平角はA15 Focusと同様に変更可能で110°に設定。客席最前列から中央辺りまでを狙っている。取材当日の試聴では、DSP内蔵パワーアンプのLA4Xのプリセットを使用し、卓のEQには手を加えず、ユニットごとの音量バランスを調整したのみで再生。小松氏は「何もEQしていなくても非常に完成度が高くて驚きました」と語る

写真上部に見える小型スピーカーのX8は1.5インチのコンプレッションドライバーと8インチウーファーで構成される同軸2ウェイのパッシブ型。フロアに2台スタックされたサブウーファーのKS21は、21インチのトランスデューサーを搭載

写真上部に見える小型スピーカーのX8は1.5インチのコンプレッションドライバーと8インチウーファーで構成される同軸2ウェイのパッシブ型。客席側に向けて中抜け防止用のインフィルとして用いられている。フロアに2台スタックされたサブウーファーのKS21は、21インチのトランスデューサーを搭載。小松氏によれば、「バックロードホーンの位置をセンターに合わせるなど、サブウーファーの重ね方をいろいろと試しました。それだけでも音は随分変わりますからね。その結果、メーカー推奨の今の形になりました」とのこと。また試聴の際に[ kei ]氏から、低域の中抜けが若干気になるということで、KS21の向きに微調整が加えられた

上段3台がL-ACOUSTICSのDSP内蔵パワーアンプ、LA4X。その下に収納されているのはYAMAHAのパワーアンプPX5×4とP3200

上段3台がL-ACOUSTICSのDSP内蔵パワーアンプ、LA4X。4chのアナログ入力とAES/EBU入力、4ch×1,000W(8Ω/4Ω)の出力を備える。24ビットのADコンバーターを搭載し、130dBのダイナミックレンジを確保。DSPエンジンはサンプリングレート96kHzで動作する。各出力にはIIR/FIRフィルターと最大1,000msのディレイを装備。同社スピーカーシステムのプリセットライブラリーが用意されている。その下に収納されているのはYAMAHAのパワーアンプPX5×4とP3200。これらはサイドフィルやウェッジモニターを駆動するために用意されている

 実際にそのサウンドを試聴した[ kei ]氏によると「自分でミックスやマスタリングを手掛けた音源を再生したのですが、ナチュラルに聴くことができたので、とても安心しました」と納得の様子。

 「レコーディングやマスタリングでのモニタースピーカーとPAとでは、再現性という意味で全く別物という印象があったのですが、今日の試聴では定位感や周波数レンジ感などに違和感がなく、上から下までのつながりも良かったですね。インフィルを用意していただいているのもうれしかったです。ツアーでは、会場によって最前列のお客様にボーカルが聴こえていないのではと感じることがあり、別途インフィルを用意してもらうこともあるので。このホールで2月から、4カ月連続でワンマンライブを行うので、いろいろと試して、お客様の満足度を上げていきたいと考えています。もし可能なら、ここでライブのリハーサルも行いたいですね」

 小松氏も「余裕のある音ですよね」とL-ACOUSTICSのクオリイティを高く評価する。

 「大音量のロックから質感を重視した音楽まで、ジャンルを選ばないスピーカーだと思います。近いところで聴いても、2階席で聴いても同じように良い音がする。そういう意味で“ちょうどよい”スピーカーと感じました。授業においても良い耳が育つと思うので、このリニューアルをきっかけに、PAを学びたいという方が増えてくれるとうれしいですし、優秀な人材を業界へ輩出していきたいと考えています」

 勝田氏も、ライブハウスとしてのKMAパラダイスホールのみならず、国立音楽院の生徒に向けた教育施設としての同ホールの役割に期待を寄せている。

 「外部への貸し出しはもちろんなんですけど、同時に一人でも多くの生徒の皆さんに、本物の音に触れられる環境を用意したいという思いがあります。国立音楽院はオープンシラバス制度(自由履修)を採用しているため、音響を学びたいと思って入学する方だけでなく、演奏系の学科であっても音響デザイン科の授業を取ることができます。そういう生徒の皆さんの中から、KMAパラダイスホールで学んだ経験を持つプロが生まれることが一番の願いです」

客席後方のPAブース

客席後方のPAブース。メインコンソールはSoundcraft Vi3000。奥のラック上段にはSENNHEIZERのワイアレスレシーバーXS WIRELESS 1。ラック内は上からClassic Pro PDM/R(安定化電源)、Lexicon PCM 91(リバーブ)、t.c. electronic D・TWO(ディレイ)、DENON DN-300Z(メディアプレーヤー)、TASCAM CD-500B(CDプレーヤー)

アナログ卓のMIDAS VERONA 320

アナログ卓のMIDAS VERONA 320。小松氏の授業では、アナログ卓で信号経路やミキシングの基礎を習得してから、デジタル卓の操作も並行して教えていくとのこと

ラック内上段はDanteシステム用L2スイッチのYAMAHA SWP1-8で、その下はDante対応I/OラックのRio3224-D2。下段はVi3000用のステージボックス、Soundcraft Co mpact Stage box

ラック内上段はDanteシステム用L2スイッチのYAMAHA SWP1-8で、その下はDante対応I/OラックのRio3224-D2。KMAパラダイスホールにはデジタル卓のYAMAHA QL5も用意されているため、これらの機器もセットアップ。下段はVi3000用のステージボックス、Soundcraft Co mpact Stage box。LA4Xへはここからアナログ出力されている

ウェッジモニターはElectro-Voice TX1152FM

ウェッジモニターはElectro-Voice TX1152FM

サイドフィルにはElectro-Voice TX2152を採用

サイドフィルにはElectro-Voice TX2152を採用

 

 [ kei ] LIVE Information 

本文内でも触れた通り、[ kei ]氏のマンスリーライブが、KMAパラダイスホールにて5月まで開催されている。また8月にもワンマンライブを予定。詳細は以下オフィシャルWebサイトの情報を確認してほしい。

  • 「-148」:3月17日(日) KMAパラダイスホール
  • 「-107」:4月27日(土) KMAパラダイスホール
  • 「-78」:5月26日(日) KMAパラダイスホール
  • 「0」:8月12日(月・祝)coming soon...

施設情報/関連リンク

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