APIのコンソール、1608を国内初導入したことで知られるレコーディング・スタジオ、STUDIO Wakefieldが開業の地である川崎・登戸から同じ川崎の溝口へと移転し、2022年8月にリニューアル・オープンした。本稿ではチーフ・エンジニアのアンドリュー氏、運営会社リバーランズの代表取締役である安斉龍介氏、設計/施工を担当したアコースティックエンジニアリングの入交研一郎氏に、同スタジオの音響面における工夫や併設されたリハーサル・スタジオなどについてお話を伺った。
バンドマンの2人がスタジオをスタート
アンドリュー氏はレコーディング/ミキシング・エンジニアとしてのみならず、FUCK YOU HEROES、FULLSCRATCH、BBQ CHICKENS、RISEのドラマーとして知られ、さらにさまざまなバンドのPAエンジニアとしてツアーにも参加するマルチな才能を持つ人物。そして安斉氏もまたLAST ALLIANCEのボーカル&ギターとして活躍するアーティストだ。そんな二人が出会ったのは今から25年前のこと。「僕が18歳で安斉君が22歳のころでした」とアンドリュー氏。
「当時、僕はライブ・ハウスでPAエンジニアとして頑張っていたんですけど、そのお店がレコーディング・スタジオも持っていたので、同時にレコーディング・エンジニアもやらせてもらっていました。16歳のときに先輩から4トラックのMTRを貸してもらってから、ずっとレコーディングに興味があったんです」
ちなみに、そのころのアンドリュー氏はバンドではボーカル&ギターで、ドラマーではなかったそう。
「ギターもかっこいいし、弾けた方がいいかなくらいの感じで始めたんですけど、本当はドラムをずっとやりたかったので、2000年にドラマーへ転向しました」
その後、LAST ALLIANCEの専属PAエンジニアとなったアンドリュー氏は、帯同しているツアー中に安斉氏から驚きの言葉をかけられる。
「四国を回っているときだったかな、安斉君から“スタジオやんない?”と言われ、僕は“えっ……?”って(笑)」
この構想が実現したのは2006年。「リハーサル・スタジオ、studio NiDO調布がスタートでした」と安斉氏。
「その3年後の2009年、登戸に初代STUDIO Wakefieldを作ったんです。僕はバンドマンだから、バンド9割スタジオ1割というスタンスでしたけど(笑)。それでもスタジオが稼働するように、いろいろ考えてやっていたら10年以上たっていました」
ところが、STUDIO Wakefieldは地域の再開発事業のため立ち退きを余儀なくされてしまう。そこで安斉氏は、以前より注目していた溝口で物件を探した結果、新たなSTUDIO Wakefieldが、リハーサル・スタジオのstudio NiDO溝の口を併設する形で誕生することとなった。
高い解像度と奥行きのある音を両立
新STUDIO Wakefieldは9畳のコントロール・ルームと11畳の録音ブース=E studioで構成されている。また、studio NiDO溝の口には7部屋あり、そのうちピアノ常設で2.5畳のP-2 studioと32畳のA studioには録音用回線が引かれているため、最大で3部屋を録音に利用できる。アンドリュー氏は設計にあたり、入交氏に対して「以前のスタジオよりもう少し音を締めたい」という要望しか伝えなかったとのこと。というのも、入交氏からの提案をとても気に入ったからだそう。そして、完成したスタジオで音を聴いたとき、それは完壁と感じられたそうだ。
「スタジオに入ったときに耳に感じる圧みたいなものがありますよね。まずそれが好みの感じでした。そして実際に音を出してみたら、“あれ? こんなに変わる?”と思うくらい解像度が高く、ピントの合う音になっていました」
では、入交氏はどのような提案を行ったのだろうか。
「設計前に旧STUDIO Wakefieldで音を聴かせてもらったのですが、すごくいい音でした。天井が高く針葉樹の板をふんだんに使っていて、それがスタジオの音色的なカラーになっていたんです。新スタジオはその良さを踏襲しつつ、アンドリューさんが手掛けていらっしゃるジャンルで、APIの卓であれば、もう少しソリッドでエッジのある音でもいいのでは?と思いました。そこでコントロール・ルームのフロント中央には、適度な吸音と硬質な反射音を得られる木毛セメント板を配し、その両側と下はグラスウールで吸音するというハイブリッドなバッフル仕様を提案したんです。これには一次反射音を吸音して解像度を上げつつも、デッドすぎない奥行きのあるソリッドな音にするという意図がありました」
この策は見事に功を奏したが、同時に入交氏はE studioで乾式の浮き床を採用するという提案も行ったそう。
「一般的なレコーディング・スタジオの床はコンクリートの浮き床ですが、新スタジオは建物の構造上、あまり重くできないという制限がありました。また、あえて乾式の浮き床にすることで低域が少々ブーミーで柔らかい音質の空間になりますが、それによってキックやその他の楽器の低音成分によりパワー感を出せればと考えました」
この提案も確実に的を射たようで、アンドリュー氏はE studioについて「すごく好きな音」と語る。
「PAエンジニアだからなのか、デッドすぎるのはあまり好みではないんです。ドラムをたたいても、スネアならスネアの音しかしなくなるので気持ちよくないんですが、E studioは思っていた以上に響く仕上がりでした」
今後の展望についてアンドリュー氏は「外部エンジニアの方が使いやすいスタジオにしていきたい」と語る。
「エンジニアの方が増えれば、バンドも増えていくと思うので。僕自身も若い世代とつながっていきたいですね」
studio NiDO溝の口に関しては、「ウクレレやコーラスのサークル、それにダンスなど、さまざまな用途で使っていただきたいです」と安斉氏。
「配信設備もあるのでライブもできますし、無観客だけでなく有観客でも可能です。空間としてフィットしそうであれば、音楽以外の利用法もぜひご相談ください」
溝口は電車で渋谷と川崎の両方から約20分という交通至便の地。今後は多様な音楽好きがSTUDIO Wakefieldとstudio NiDO溝の口を目指して集まることだろう。