7月初旬にオープンした栃木県下野市のsound studio Remy。レコーディング・スタジオとリハーサル・スタジオを併設し、ロビーにはアコースティック・ライブ用のスペースも設ける。元はカーテン・ショップの倉庫だったそうだ。スタジオ設立の経緯をオーナーの岩瀬晃二郎氏と、アコースティックエンジニアリング代表の入交研一郎氏に聞いた。
Text:Yuki Nashimoto Photo:Takashi Yashima
日常を忘れて音楽に没頭できる空間
オーナーの岩瀬晃二郎氏は、ロック・バンドSHIT HAPPENINGで10年間ギタリストを務めていた。30歳を迎えた昨年、6月にバンドが解散。それを契機に、レコーディング・スタジオの設立を決心したと岩瀬氏が語る。
「19歳のときに、BAZOOKA STUDIOで初めて本格的なレコーディングをしたんです。北口“Patch”剛史さんに録ってもらったのですが、そのときの仕上がりがあまりにも良くて、まるで自分たちの曲に魔法がかかったようでしたね。この経験が今までの音楽人生で鮮烈に刻み込まれていました。バンドの解散を機に、今度は自分のレコーディング・スタジオを造って、魔法をかける側になろうと思ったのです」
テーマは“日常を忘れて音楽に没頭できる異世界”。それを具現化すべく、アコースティックエンジニアリングに設計/施工を依頼した。岩瀬氏がその経緯について話す。
「さまざまな建設会社に見積もりや相談をした中で、理想のスタジオを実現してくれそうだったのがアコースティックエンジニアリングでした。代表の入交研一郎さんにわがままをたくさん聞いてもらって実現したスタジオです。“海外のスタジオのように重厚感のある感じにしたい”と伝えると、壁に使う石材を選ぶためにショウ・ルームへ連れて行ってもらいましたし、スピーカー選びはInter BEEも回って納得のいくまで相談させてもらいました」
それに対して入交氏は「さまざまなケースに対応してきた弊社に合っているお客様だと思いました」と言う。
「sound studio Remyはレコーディング・スタジオとリハーサル・スタジオ、そしてライブ・スペースの3つのエリアで構成されています。当社ではレコーディング・スタジオ以外に町場のリハーサル・スタジオやライブ・ハウスの施工事例が多く、こういった複合施設も問題無く設計できます。それに倉庫をレコーディング・スタジオにするというのも一般的にはまれなケースです。こちらの倉庫は鉄骨造で外壁が金属サイディング、屋根がスレートとなっていて、遮音的な問題もクリアする必要がありました。我々の施工実績にはそういった事例もあり、岩瀬さんの依頼にお応えすることができたんです」
岩瀬氏はアコースティックエンジニアリングに部屋鳴りの具合を委ねた。それぞれどのようなルーム・チューニングを行なったのか、入交氏に聞いていこう。
「スタジオの使い方を岩瀬さんからヒアリングして、レコーディング・スタジオとリハーサル・スタジオで異なる観点からルーム・チューニングを施しました。レコーディング・スタジオのコントロール・ルームは岩瀬さんが感銘を受けた、新宿御苑にあったころのBAZOOKA STUDIOをモデルにしました。今ある高田馬場のスタジオは僕が設計に携わっていて、新宿御苑のスタジオへ打ち合わせによく行っていたので、そのイメージを思い出しながら設計しました。コントロール・ルームはプランニングする過程で奥行きに対して間口が広めになりましたが、結果的にその音場に近くなったと思います。また針葉樹系の木材をふんだんに使っていたり、インテリアも近似させて音場を近付けました。ボーカル・ブースは用途的にデッドな音場とし、メイン・ブースは弦楽器、管楽器などにも対応できるように自然なアンビエンスを生かしています。コントロール・ルームと通じているガラス窓の周辺には石材を設置することで、複合的な反射音による豊かな響きを実現しました。一方、リハーサル・スタジオはさまざまな人に気持ち良く使ってもらえるように、ラウド・ロックからアコースティック系までオール・ジャンルで使える響きを狙っています。
Pro Tools|MTRXの圧倒的な解像度
それではレコーディング・スタジオのコントロール・ルームの機材を見ていこう。中核を担うオーディオI/Oは、AVID Pro Tools|MTRX(24イン/16アウト)。同社のフラッグシップ・モデルを選んだことについて岩瀬氏が語る。
「最後までPro Tools|HD I/OやPro Tools|MTRX Studioと悩んでいたのですが、本当にPro Tools|MTRXを選んで良かったです。入出力ともに圧倒的な解像度で、まさにレコーディング・スタジオにふさわしい機器だと思います。もうこれ無しのシステムは考えられません」
モニター・スピーカーはニア・フィールドにGENELEC 8341A、ラージに1237Aを選択。個人的にスピーカーの選定に関しては最も力を入れました、入交氏が明かす。
「GENELEC 8341Aは岩瀬さんとハウス・エンジニアの方の希望で入れました。スピーカーの設置位置とオペレーションの位置を特性を見ながらベストなポジションに決めたので、8341APはDSPによるGLM補正を行っていません。一方1237Aは、僕の推薦で決めたという経緯があります。コントロール・ルームの正面がガラス窓なので、僕としてはバッフル・マウント(編注:壁に埋め込む方式)を導入したかったんです。そうすれば良いサウンドで鳴らせる自信があったので、かなり岩瀬さんを説得しました」
岩瀬氏にスタジオ設立にあたって導入した機材を聞いていくと、真空管マイクのNEUMANN U67 Setが最も気に入っていると答えてくれた。
「数々の作品に使われてきた名機のリイシュー品ということもあって、耳なじみのあるサウンドに感動しました。音色が美しいことに加えて、部屋の空気感がリアルに録れるんです。うちのスタジオの顔となるマイクですね」
実際に営業が始まり、利用者からの好評に一安心だと話す岩瀬氏。今後はラウンジでドリンクの提供も行い、ライブも積極的に開催したいと語る。
「音楽好きがくつろげるたまり場のような存在になれば良いなと思っています。“栃木に良いレコーディング・スタジオがあるらしい”と県外からもミュージシャンがレコーディングに来てくれたらよいですね。そのコミュニティから新しいものが生まれてくればうれしいです」
関連記事