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Pro Toolsでボーカル・ミックス〜ブレスはクリップゲインで調節|解説:Ryosuke "Dr.R" Sakai

Pro Toolsでボーカル・ミックス〜ブレスはクリップゲインで調節|解説:Ryosuke “Dr.R” Sakai

 こんにちは、音楽プロデューサーのRyosuke “Dr.R” Sakaiです。最終回となる今回はミックスについて説明していきます。

リード・ボーカルはコンプで前に出す

 今回も題材はMs.OOJAの「Open door」です。歌が入っている楽曲のミックスでは、大きく“バック・トラック”と“ボーカル”の2つに分けて考えていきます。一気にすべてをうまくミックスしようとすると焦点がぼやけてしまうことも多いので、まずは2つに分けてミックスを捉えてみてください。基本的なことですが、この2つのバランスをどのように取っていくのか、がミックスの鍵と言えます。ちなみに欧米では、ボーカル・ミックス専門の方もいるので、バック・トラック部分とボーカル・パート部分で分業制が成り立っていることも多いです。

 バック・トラックのミックスは、どういった音像で音楽を鳴らしたいのかを明確にイメージすることから始まります。どの楽器をメインに据えていくのか、リズムの聴かせ方はどのくらいを目指すのか、などなど。「Open door」では全体的なトーンとして、往年のソウル/R&B感と現代のトレンドとのブレンド感をしっかり打ち出したい、という思惑が最初からありました。もちろん、ピアノをメインに据えましたが、ベースで奏でるローエンドはリッチに、またバース2から登場するリズムはヒップホップ/ソウルのテイストをきっちり演出する方向でミックスしていき、当初から頭に描いていた音像を具現化しています。

 バック・トラックのミックス・テクニック的なことは連載の第1回でも触れているので今回は割愛しますが、各スピーカーの性能の最大値を引き出すような意識も重要です。スピーカーの最大値を引き出す、ということはスピーカーの存在を忘れるような音像に仕上げる、ということと同意義になります。複数台のモニターを使用している場合、極上のミックス状態になるとどのスピーカーで再生しているか分からなくなる瞬間が出てきます。いかにしてサウンド・キャンバスを無限に向かって拡張させていけるか、ということがミックス・テクニックの神髄だと思いますので、そこに向けて試行錯誤を繰り返し、自分自身の手法を確立していくことがミックス上達への最良の方法です。

 次に歌のミックスについて細かく見ていきます。センドで使用するエフェクトを除くと、Ms.OOJAのリード・ボーカルにはSLATE DIGITAL Virtual Mix RackとFABFILTER Pro-Q3の2つだけを挿しています。

Ms.OOJA「Open door」のリード・ボーカルのトラック。アクティブになっているプラグインは2つ。“VMR”はSLATE DIGITAL Virtual Mix Rack、“Pro-Q3”はFABFILTER Pro-Q3

Ms.OOJA「Open door」のリード・ボーカルのトラック。アクティブになっているプラグインは2つ。“VMR”はSLATE DIGITAL Virtual Mix Rack、“Pro-Q3”はFABFILTER Pro-Q3

 僕は歌には必ずVirtual Mix Rackを使用しますが、Rack内では基本的にFG-401、AirEQ、FG-Nの3点セットを使用します。

Virtual Mix Rackは往年の名EQ、名コンプをラック・モジュールのグラフィックでプラグイン化した製品。「Open door」のリード・ボーカル・トラックではコンプのFG-401、EQのAirEQとFG-Nが使用されている

Virtual Mix Rackは往年の名EQ、名コンプをラック・モジュールのグラフィックでプラグイン化した製品。「Open door」のリード・ボーカル・トラックではコンプのFG-401、EQのAirEQとFG-Nが使用されている

 特にコンプのFG-401は必需品となっていて、−10dBほどの深いコンプがかかるようにスレッショルドを設定していきます。このくらい容赦なく歌をたたきつぶすと、必然的に歌がバキッと前に出てきますので、オケに埋もれることのない歌の下地を作り出すことができます。

FG-401では、−10dBほどもリダクションさせるような深いコンプをかけて、オケに埋もれない歌となる下地を作る

FG-401では、−10dBほどもリダクションさせるような深いコンプをかけて、オケに埋もれない歌となる下地を作る

 この設定を他社のコンプで行うと、さすがにやりすぎになってしまう場合が多いのですが、FG-401はかなり音楽的にかかってくれるので非常に重宝しています。ただし、このくらい深いコンプをかけるとブレスもかなりの音量に引き上げられてしまいます。それを回避するために、Pro Toolsのクリップゲインを使用して、ブレス部分のみを−10〜−15dB程度ゲインを下げて、聴感上、自然なブレスの状態を作っていきます。

ブレス部分のみを切り分けて、クリップゲインで音量を下げている。上の画面では最初のブレスを−10.3dB、2つ目のブレスを−14.4dB下げているのがわかる

ブレス部分のみを切り分けて、クリップゲインで音量を下げている。上の画面では最初のブレスを−10.3dB、2つ目のブレスを−14.4dB下げているのがわかる

 あえて積極的にブレスをカットしていく場合も多くなっています。本楽曲でも幾つかの場所でブレスを抜いていますが、抜くポイントは適宜、試しながらトライしてみてください。

赤枠がブレスをカットした部分

赤枠がブレスをカットした部分

 一方、Pro-Q3の方では、歌のEQとしてはもちろんのこと、必要な帯域ではダイナミックEQモードを設定し、ディエッサー的な使い方やマルチバンド・コンプ的な使い方もしています。Pro-Q3はかなり自由度が高くフレキシブルに調整できるので、どのEQを使うべきか悩んでいる方がいましたら、ぜひお試しください。

FABFILTER Pro-Q3。単なるEQとしてのみでなく、ダイナミックEQモードを利用して、ディエッサーやマルチバンド的な使い方もしている

FABFILTER Pro-Q3。単なるEQとしてのみでなく、ダイナミックEQモードを利用して、ディエッサーやマルチバンド的な使い方もしている

 歌のボリュームのオートメーションに関しては、個人的には必要最低限の付与が良いと思っています。過剰にオートメーションを書き込むと人工的な歌になってしまうこともあり、逆に感動の度合いが減ることもあります。どうしても素材のテイクよりも大きな抑揚が欲しい場合には、1音単位での細やかなフェーダー・オートメーションを設定することもありますが、今回のMs.OOJAの楽曲ではセクションごとのボリューム調整のみの至ってシンプルな調整で完了しています。 

下段がオートメーション。セクションごとに音量変化を付けている

下段がオートメーション。セクションごとに音量変化を付けている

 全体的なミックスがある程度まとまってきたらアナライザーなどを使って客観的に自分のミックスを分析していくこともとても大事です。僕はIZOTOPE Tonal Balance Controlをよく使用します。設定はBass Heavyを使用し、基本的には指示される枠内に収まるように微調整していきます。

IZOTOPE Tonal Balance Control。12の異なるジャンルをターゲットに設定することができ、そのターゲットと自分のミックスを比較することができる

IZOTOPE Tonal Balance Control。12の異なるジャンルをターゲットに設定することができ、そのターゲットと自分のミックスを比較することができる

ミックスとマスタリングは密接な関係

 ミックスは楽曲のクオリティを大きく左右する工程ですので、最も集中力が要る作業とも言えます。日本では1〜2日程度とかなり少ない時間でミックスをする場合が多いですが、僕は1日の大半の時間を使って2日間程度ミックスを行い、そこから1週間くらいかけて客観的な角度からミックスを分析して細かくアップデートを重ねていく手法を採っています。最近はマスタリングまで手掛けることも多く、本連載の題材に取り上げた「Open door」でもミックスとマスタリングの両方を担当していますが、ミックス段階からマスタリング領域まで踏み込んで作業をすることにより、精度の高いミックスが可能になることを痛感しています。そもそもミックスとマスタリングは切っても切れないくらい密接な関係にありますので、ぜひマスタリングまで自己完結するようなスタイルでミックスに取り組んでみていただけると、ミキシング部分でも新たな発見があると思います。いったん自分ですべてを完結し、あらゆる角度から自分のミキシングの欠点を洗い出すことができれば、確実なスキルアップにつながっていくと思います。

 以上、4回にわたり駆け足ではありましたが、Pro Toolsを使用した楽曲制作方法を紹介いたしました。Pro Toolsは作曲段階からレコーディング、ミックス、マスタリングに至るまで、すべてをプロフェッショナルなレベルで完結できますので、一つのDAWで完結したい方にはお薦めです。

 

Ryosuke "Dr.R" Sakai

【Profile】ちゃんみなやmilet、AK-69、Ms.OOJA、UVERworld、東方神起など、数多くのアーティストを手掛けるプロデューサー。2021年からはDr.Ryo名義でアーティスト・プロジェクトをスタートした。また、レーベルのMNNF RCRDSを主宰する。

【Recent work】

『Open Door』
Ms.OOJA
(ユニバーサル)

 

AVID Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Artist:12,870円、Pro Tools Studio:38,830円、Pro Tools Flex:129,800円
(いずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools|Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools|Ultimate搭載の機能を継続して利用可能

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

製品情報