こんにちは、音楽プロデューサーのRyosuke “Dr.R” Sakaiです。前回はトラック作りに関してお話しましたが、今回は歌の部分=トップ・ラインのレコーディングについて説明していきます。僕がAVID Pro Toolsをメインに使う理由はさまざまありますが、その中でも大きいのがオーディオ・データの取り回しの利便さ。オーディオを非常に細かいところまで編集しやすいので、歌録音にも最適です。それではレコーディングについて掘り下げていきましょう。
セッションのテンプレートを作りレコーディングをスムーズに
まず、レコーディング時のプレイバック・エンジンについて見ていきます。僕はPro Tools|HDXを使用しており、H/Wバッファ・サイズは256サンプルに設定しています。
セッションは32ビット/48kHzで作業することがほとんどです。レコーディングは、専用テンプレートの読み込みをするところからスタートします。録音中に新規トラック作りやパンを振るなどの作業を行うと、毎回レコーディングを中断してしまい、アーティストのテンションを下げてしまう場合があるからです。良いテイクが頻発している瞬間でアーティストの熱量を失わないようにすることは非常に大事。そのため、リード・ボーカルやコーラスのパンニング/ボリュームを事前に調整したテンプレートを作っておくと、レコーディング中の作業効率が上がります。海外や日本の第一線で活躍するプロデューサーやエンジニアは各自のテンプレートを持っている場合がほとんどです。自分でテンプレートの作成をしてみるとワーク・フローが改善される場合があるので、ぜひトライしてみてください。
僕のテンプレートを見ていきましょう。最上段の“ALL VOX”には、エフェクト成分以外のすべてのボーカル信号が最終的に入るように設定します。少し飛ばして“REC CH”は録音用トラック、“MELODY”はピッチ・エディットのCELEMONY Melodyne用トラックになっています。そして“SCRATCH”は作曲段階で使うラフ・スケッチ用トラック、“LD”はリード・ボーカル用、“W”“DOUBLE”はその名の通りダブル用のトラック、それ以下の“Cho”はコーラス用のトラックです。
紫色のトラック=FXセンド・トラックについても見ていきましょう。“MonREVERB”はモノ・リバーブ、“HallREVERB”はホール・リバーブ、“1/4 Delay”、“SLAP”はスラップ・ディレイ、“STEREODEL”はステレオ・ディレイという構成で、普段第一選択で使うエフェクトを用意しています。特によく使うのがホール・リバーブのAVID D-Verb。多様なリバーブを持っていますが、歌にはD-Verbを使用することがほとんどです。いつもはディケイ7.5秒とかなり長めの設定にして、その後EQでリバーブ成分の上下の帯域をガツッとカット。7.5秒はとんでもなく長いリバーブなので、EQ処理しないと全くオケになじみません。このリバーブ設定はミックスでも使いますが、レコーディング時のアーティストのモニター・ミックスにも使用しているので、完成品と同じようなリバーブ感で歌えます。気分よく歌に集中できる環境作りもレコーディングでは大事なので、ぜひ使用してみてください。
録音ボタンを押していなくても自動バックアップで録れている
次にテンプレートのパンやボリュームの設定についてです。リード・ボーカルに関しては、パンはセンター、ボリューム・フェーダーは0の状態が基本になります。ダブルやコーラスのトラックは、パンが左右完全に振り切り、ボリュームは−6dBで設定。もちろんミックスではもっと細かく処理しますが、ここではスピード感が大事なので、録音したらその素材を各々のターゲットとなるトラックに入れ込んで大まかなバランスで録音を勢いよく進めます。僕はレコーディング専用トラックの“REC CH”に歌を録音していき、ターゲットである各トラックのプレイリストにテイクをドラッグ・ダウンして放り込んでいく形でやっています。レコーディングの際は必ず、Iボタン=インプット・モニター・ボタンもオンにするようにしています。こうすることで、アーティストがそれまでの歌のテイクを聴きながらリアルタイムで出している自分の声も同時に聴けるのです。別途レコーディング専用トラックなどは設けず、設定したトラックに直接録音するスタイルもありますが、パンチ・インのときなどは直前のテイクも聴きながらリアルタイムの歌も両方確認しやすいので、僕はこのスタイルを採用しています。
ちなみにPro Toolsの録音で便利なのが、万が一押しそびれなどで録音ボタンを途中から押しても、自動バックアップによって、そのテイクの最初から録音してくれている機能です。これは本当に重宝しています。例えば、練習程度に軽く歌っているときに、突発的に良い歌が出る場合がありますよね? ここで歌っている途中から録音ボタンを押しても、録音停止後にリージョンを左に引っ張ると、しっかり一番最初からデータが残っています。偶発的に出る素晴らしいパフォーマンスを逃さないためにも、非常にありがたい機能です。また、地味に便利なのがトラック・ネーム横のCOMMENTS欄。レコーディング時に使用したマイクや、良かったテイク番号などをメモできるのでとても便利です。ぜひ活用してみてください。
コライティングでのアイディアをつなぎ合わせてコンピング
最後に、実際にMs.OOJA「Open Door」を作ったときのレコーディングの流れについてお話します。僕は通常アーティストやトップ・ライナーを交えたコライティング形式でセッションしているため、まずトラック上にメロディのアイディアを録ることから始めます。このときは、共作者のMs.OOJAとYui Muginoにそれぞれ10本ずつアイディアを出してもらい、その後にテイクをコンピングしてメロディを固めていきました。コンピングの際には使いたい部分を選択した後、control+option+V(Mac)でプレイリストに張り付けていきます。単純に楽曲のパート内でコンピングする場合が多いですが、時にはサビで歌っていたテイクをバースに持ってきたり、一部分のフレーズをリピートさせたり、Melodyneでメロディ自体を変えていったりと、比較的アグレッシブに編集しながら最良のメロディ・ラインを作るようにしています。メロディが決まった後は歌詞作りに移り、歌詞完成後に今回紹介した方法で本チャンをレコーディングしていく、という流れです。
Ryosuke "Dr.R" Sakai
【Profile】ちゃんみなやmilet、AK-69、Ms.OOJA、UVERworld、東方神起など、数多くのアーティストを手掛けるプロデューサー。2021年からはDr.Ryo名義でアーティスト・プロジェクトをスタートした。また、レーベルのMNNF RCRDSを主宰する。
【Recent work】
『Open Door』
Ms.OOJA
(ユニバーサル)
AVID Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Artist:12,870円、Pro Tools Studio:38,830円、Pro Tools Flex:129,800円
(いずれも年間サブスクリプション価格)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)