直感的な操作性を実現する
タッチ・ディスプレイ&カラーLED
まずはQuantumの概要をざっくりと説明します。8ボイス・ハイブリッド・シンセサイザーのQuantumは、ウェーブテーブル/ウェーブフォーム/パーティクル/レゾネーターの4種類の音源アルゴリズムを選択できるオシレーターを3基装備。またアナログ・ローパス・フィルターを2基と、デジタル・フィルターやビット・クラッシャーなどを20種類以上を搭載するDSP処理のデジタル・フォーマーを1基備え、それらを組み合わせることでサウンド・バリエーションはより広がります。さらにQuantumはエンベロープとLFOをそれぞれ6基、加えて43種類のソースで170種類ものパラメーターをモジュレーションできるモジュレーション・マトリクス、最大32ステップまでのシーケンサー、デジタル・エフェクトなどを内蔵。本体中央のディスプレイはタッチ・パネルとなっており、まさに近未来のシンセサイザーとも言えるでしょう!
Quantumの電源を入れると、フロント・パネル中央にあるタッチ・ディスプレイとほぼすべてのノブに備えられたカラーLEDが点灯してお出迎え。基本的にLEDの配色はオシレーターやフィルター、エンベロープ、LFOなどのセクションごとに分けられていますが、自分の好きな色にカスタムすることも可能です。“俺は機能別なんてどうでもいいから、とにかく全部のLEDを紫にしたい”なんてこともできるわけですね。また3つのオシレーターのLEDは、選択した音源アルゴリズムによってそれぞれ4色に変わる仕組みになっていて便利です。“この音色はどうやって作っているのかな?”と想像する癖が付いている人にとって、とても役立つ機能でしょう。筐体はしっかりとした作りで、サイド・パネルには木材が使用されています。個人的にはプロ品質とも言えるFATAR製鍵盤の絶妙なタッチ感がお気に入りです。
フロント・パネル上段には、左からLFOやオシレーター・セクション、タッチ・ディスプレイ、その下には選択ダイアルと8つのモード・スイッチを装備。ディスプレイの右側にはオシレーター・ミキサーやグライドのほか、フィルターやコンプレックス・モジュレーター、エンベロープ、エフェクトなどのセクション、そしてワンノブ・タイプのコンプレス・ノブとマスター・ボリューム・ノブが配置されています。またフロント・パネル下段の左端には、ピッチ・ベンド・ホイールやモジュレーション・ホイール、オクターブ・コントロールなどがあり、カラフルなLEDやタッチ・ディスプレイとともに直感的操作が可能です。
リア・パネルにはヘッドフォン出力やメイン出力L/R、AUX出力L/R、オーディオ入力L/R、ペダル入力、MIDIコントローラー接続用のUSB Type-A端子、コンピューターと接続してMIDIの受け渡しなどを行うためのUSB Type-B端子、音色プログラムや後述するオシレーター用のプリセット、オーディオ・サンプルなどをインポート/エクスポートするためのSD/SDHCカード対応スロット、MIDI IN、THRU、OUTなどを備えています。
ウェーブテーブルは85種類を用意
ウェーブフォームは8波形を同時発音可能
Quantumの音色プログラムを呼び出すには、選択ダイアルの左側にあるLoadボタンを押します。次に選択ダイアルを回し、タッチ・ディスプレイに表示されたプログラム名をタップするのが一番簡単な方法でしょう。ちなみに音色プログラムは工場出荷時で約1,500種類あり、最大10,000種類まで保存することが可能です。
オシレーター・セクションを見てみましょう。冒頭で述べたように3つのデジタル・オシレーターは、それぞれ4種類の音源アルゴリズムを選択可能です。
まずウェーブテーブルは85種類が用意され、タッチ・ディスプレイに3D表示されます。また、ウェーブテーブルの開始ポジションの設定や移動法則の制御など、さまざまなパラメーターを搭載しているのでより細かなウェーブテーブル・シンセシスが可能でしょう。個人的には波形移動時の補間品位が設定できる“ステップ”というパラメーターがお気に入り。補間処理をしてスムーズな音にするのはもちろん、あえて処理をせずに粗い音にしたり、2/4/8ステップごとに処理するということができます。
2つ目の音源アルゴリズムであるウェーブフォームは、サイン波、ノコギリ波、矩形波、パルス波、三角波、ピンク・ノイズ、ホワイト・ノイズといった基本的な波形を生成することができ、最大8つまで同時発音が可能です。お薦めのパラメーターは“ワープ”。波形を変化させて音にひずみを加えることができるので、アナログライクな質感が欲しい人はぜひトライしてみるといいでしょう。
サンプルのグラニュラー再生が可能
独特な響きを持つレゾネーターも内蔵
3つ目の音源アルゴリズムはパーティクルで、オーディオ・サンプルをベースにしたサウンド・ジェネレーター。サンプル再生とグラニュラー再生の2つのモードがあります。読み込むオーディオ・サンプルの数は1つから複数まで対応し、複数の場合はそれぞれ鍵盤に振り分けて使用可能です。
サンプル再生モードの場合はQuantumに付属するサンプルを使うのもいいし、自分で作成したサンプルをSD/SDHCカード対応スロット経由で読み込むのもいいでしょう。
グラニュラー再生モードは想像以上に面白いです。オーディオ・サンプルを部分的に選択して再生させるのですが、再生ポジションの開始位置や移動速度、ランダマイズの度合いなどさまざまなパラメーターを駆使することで、再生するサンプルは同じでも全く違う結果が得られます!
最後の音源アルゴリズムはレゾネーター。一般的には短いノイズ・インパルス信号とバンドパス・フィルター・バンクの組み合わせで音を作りますが、オーディオ・サンプルをソースとして使うことも可能です。デフォルト設定では琴のような音が鳴るのですが、各パラメーターをいじると金属系や木管系など多彩な音に変化するので面白いです。
しかし何となくパラメーターをいじっただけでは、なかなかイメージする音を作るのは難しいはず。そんなときの頼もしい味方が“プリセット”。先述した“音色プログラム”は、音を作成する際に使用したすべてのパラメーター、つまりフィルターやエンベロープの設定、エフェクトまで含めて記録しているのに対し、プリセットはオシレーターに関するパラメーターだけを読み込み/保存することが可能です。また、ウェーブテーブル、ウェーブフォーム、パーティクルの3つの音源アルゴリズムにもそれぞれのプリセットが備えられており、テンプレートとして使うことができるので便利ですね。
例えばウェーブフォームの音源で3つのノコギリ波をそれぞれ4つに重ね、微妙なデチューンをかけた状態を作ります。これをプリセットに登録しておけば、次に“極太シンセ・ベースを作ろう”と思い立ったとき、まずこのプリセットを選択するところからスタートすることが可能。結果、手間が省けるといった具合ですね。気に入った音ができたらフィルターやエフェクトをかける前に、プリセットに保存しておきましょう。
2基のアナログ・ローパス・フィルターと
1基のデジタル・フィルターを搭載
3つのオシレーターはミキサーを通過し、デュアル・アナログ・フィルター・セクションへ。先述のようにQuantumは2基のアナログ・ローパス・フィルターを搭載しています。フィルター・カーブは−12dB/octと−24dB/octの2種類がありますが、それぞれにひずみ成分を加えるバリエーションが2種類ずつあるため、実際は全部で6種類となっています。あえてWALDORFがここにアナログ回路を挟んだだけのことはあり、アナログ独特の質感を堪能することができるでしょう。
もちろんレゾナンスは自己発振しますので、オシレーターを使わずにエンベロープとアナログ・フィルターだけでキックなどを作成することもできます。
このセクションの下部に位置するデジタル・フォーマー・セクションでは、デジタル・フィルターやシグナル・エンハンス系のエフェクトを使ってオシレーター信号を処理することが可能です。Typeノブを回すとゲインやビット・クラッシャー、ドライブ、そのほかさまざまなフィルターを選択できます。WALDORFのソフト・シンセ=PPG Wave 3.VやNave Plugin、Largoで人気を博したフィルターが用意されており、感激もひとしおです。
Quantumの魅力の一つとして、このデジタル・フィルターと2つのアナログ・ローパス・フィルターの組み合わせが挙げられるでしょう。例えばオシレーター1は直接アンプに接続し、オシレーター2はアナログ・フィルターを経由してデジタル・フォーマー・セクションに、オシレーター3はまっすぐデジタル・フォーマー・セクションに、というようなルーティングがQuantumでは簡単に行えます。ルーティングを表示させるにはタッチ・ディスプレイの上部、右から4番目にあるFILTERSボタンを押し、ディスプレイ内のRoutingタブをクリック。
すると、オシレーターから出力されたオーディオ信号のルーティングが図で表示されますので、ここで素早い確認/変更が可能です。
デジタル・フォーマーの音色はどれも好印象。まずドライブにはトランジスター・タイプのディストーションや、真空管タイプのサチュレーション、ピックアップをシミュレートしたサウンド、ダイオード・タイプのディストーション、サイン波を用いたウェーブシェイパーの5種類があり、どれも特徴をとらえた秀逸なサウンドです。また、ビット・クラッシャーも良い出来です。便利なのが目盛りの間隔を変更する機能。ビット・クラッシャーの場合、最小0.002ビット刻みまで変更することができて驚きました! この機能はほとんどのパラメーターにありますので、ぜひ試してみてください。
エンベロープとLFOを6基ずつ装備
エフェクトは8種類を内蔵
次はエンベロープ・セクションを見てみましょう。エンベロープ6基のうち2基はフィルター・エンベロープで、もう1基はアンプ・エンベロープです。これらはフロント・パネルにあるノブで操作できますが、残りの3基はタッチ・ディスプレイ内のエンベロープ画面からアクセスでき、自由にアサインできるフリー・エンベロープとなっています。またQuantumは代表的なADSR式エンベロープ・ジェネレーターを採用。ディスプレイ内のパラメーターでエンベロープ・ジェネレーターの作動開始時間やアタック/ディケイ/リリースのエンベロープ曲線のタイプなどが選択可能です。
モジュレーションをかけるには、タッチ・ディスプレイの上部、右から2番目にあるMODボタンを押してモジュレーション・マトリクス画面を表示させます。そこでモジュレーションのアサイン先の設定変更や追加が行えるのです。
QuantumにはLFOが6基搭載されています。エンベロープと同じく3基はフロント・パネルに備えられ、残り3基はディスプレイの上部、一番左端にあるLFOSボタンを押し、LFO画面からアクセス可能です。LFO波形はサイン波、三角波、短形波など全部で6種類ありますが、ウェーブフォーム同様LFOにもワープ・パラメーターが用意されています。そのため、より複雑なLFO波形を生成することができるでしょう。
もし、それでも物足りないのであればコンプレックス・モジュレーター・セクションがお薦め。コンプレックス・モジュレーターは、2つの異なる波形を複合した複雑なLFOをモジュレーションとして使っており、これを利用すればモーフィング効果を含んだアトモスフィア・サウンドなどを作り出すことができるでしょう。フロント・パネルにある6つのパラメーター・ノブで音作りができますが、より細かい設定は先ほどのモジュレーション・マトリクス画面内にある、コンプレックス・モジュレーター・タブをクリック。するとパラメーター設定画面が出現します。ここではまず、ディスプレイ内に表示されたステップ・ポイントを指でタッチしてステップ数をセット。次に2つの波形レベルやカーブ・タイプなども、それぞれタッチして調整していくことができます。
例のオシレーターに関するパラメーター情報だけを記録した“プリセット”も用意されていますので、慣れないうちはこれを読み込み遊んでいればすぐに使えるようになるでしょう。使いこなせば、ますますサウンドの幅が広がること間違いなしです!
アルペジエイターやシーケンサーも実装
独特の質感と解像度の高いサウンド
さらにQuantumはフェイザー/コーラス/EQなどの計8種類のデジタル・エフェクトを内蔵しています。また、各音色プログラムごとに最大5つまでのエフェクトを使用可能。そのうち3つは、エフェクト・セクションにある各パラメーター・ノブで主要パラメーターを操作できます。個人的には、欧州的な響きを感じさせるリバーブが好印象でした。これらのエフェクトはQuantumで読み込むオーディオ・サンプルの音ネタ作りにも積極的に使えるでしょう。例えばあるサンプルを読み込みエフェクトをかけたら、すぐにその音をQuantum内蔵のオーディオ・レコーダーで録音してしまうのです。手順は中央の選択ダイアルの右側にあるGlobalボタンを押し、オーディオ・タブ→録音ボタンと押すだけ。ケーブルなどは何も必要ありません。録音したサンプルは約2GBの内蔵メモリーに保存されるので、パーティクルやレゾネーターですぐに使用できます。
パフォーマンス・モードでは細かいパターンなどが調整できるアルペジエイターのほか、タッチ・ディスプレイを触ってピッチやベロシティを直感的に設定できるステップ・シーケンサーを搭載。また、2つのパラメーターをアサインしたXY式の画面を指でコントロールできるモジュレーション・パッド機能は、ライブなどで間違いなく重宝するでしょう。
肝心なQuantumのサウンドですが、これがまたびっくりしました。まず目立つのはどっしりとした低域で、そこにシャキッとした高域が絶妙のバランスでチューニングされています。近年、シンセは本当に音が良くなったなあと感じていたのですが、Quantumはさらにその一つ上。WALDORF独特の質感を感じさせる解像度の高いサウンドとなっています。
Quantumに搭載されている音源は、今どきのソフト・シンセをかき集めればそろうのでは?と思う人も居るかもしれませんが、そうではありません。なぜなら、一つの筐体の中で必然性のあるセクション同士が相互作用して起こす化学変化……それがQuantumの優れたサウンドだからです。ちなみにQuantumの守備範囲は、ほぼ全音楽ジャンルと言っても過言ではないでしょう。強いて言うならEDMやテクノ系のクリエイターや、映画/ゲームのサウンド・トラック制作者など。またサウンド・デザイナーにとっても大活躍すると思います!
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年8月号より)