デュアル・モノ/ステレオ/M/S
3モードの4バンド・アナログEQ
_HyperionはAPI 500互換の4バンド+HPFを装備したアナログのステレオEQです。WESAUDIOの製品は外装/基板回路が美しく高級感があって、本製品もサウンドを聴かずとも作りの良さが伺えます。アナログ機材特有の倍音成分を加えるTHDモードや、デュアル・モノ/ステレオ(L/R)/M/Sモードなどを備えた多機能な製品で、最大の特徴はWESAUDIOが提唱しているAPI 500互換のNG500規格に対応している点でしょう。この規格に対応している製品は、DAW上でプラグインからコントロール/リコールをすることができます。余談になりますが、同社のNG500規格に対応している製品はすべて、本製品と同じくモデル名の先頭にアンダー・バーが付いているそうです。
まずはつまみから見ていきましょう。HFは2〜25kHz、HMFは600Hz〜8kHz、LMFは200Hz~2.5kHz、LFは30~350Hzとなっており、それぞれQ値の調節が可能です。また、アウトプット・ゲインとHPFも搭載。ゲイン幅は右下にあるGAINボタンで5dBまたは15dBのブースト/カット・レンジの切替えが可能です。これらのパラメーター値は外側の白く光るLEDで確認できるようになっています。
次にパネル下部について。メーカー・ロゴの上にあるコネクターからコンピューターに接続してDAW上からコントロールできます。DUO(デュアル・モノ)、STR(L/R)、MS(Mid/Side)の3モードを搭載しており、それぞれのボタンを押すことでモードの切り替えが可能。白いボタンのLEFT/MID、RIGHT/SIDEを押すことで、それぞれのチャンネルをパネルにアサインすることができます。また、このボタンにはクリップ・インジケーター機能も備えられており、クリップ時には赤く点灯します。
さらにTHDボタンを押すことで、倍音成分を付加することができます。HIGH/MEDの2種類が用意されているので、ソースによって使い分けができそうです。そのほかにもトゥルー・バイパスや、A/B比較など、機能性に富んだ設計になっています。
滑らかな音色変化で細かな処理が可能
低域から中域まで均一な倍音付加特性
実際にAVID Pro Tools上でプラグインをインサートして使用しましたが、特に複雑な設定は必要無く、すんなりとDAWに接続することができました。プラグイン画面ではハードウェア本体には無い入出力のメーターやEQカーブも表示されるため、視覚と聴覚の両方から設定を追い込むことができます。プラグインの設定はDAWのセッションとして保存されるため、次にセッションを開いたときにすぐに設定のリコールが可能。さらに、この設定はプラグインのプリセットとしても保存できるため、異なるセッションでも即座に呼び出すことができます。ちなみにハードウェア本体のつまみをプラグイン画面のコントローラーとして使用することで、オートメーション情報を書き込むことも可能です。
THDモードは、倍音を付加できる機能を持った製品を多く出しているWESAUDIOらしさを感じました。これはデジタル・レコーディング全盛の現在において、NEVE製品に代表されるようなアナログ色の強いサウンドを得るために非常に有効な手段です。実際にTHDボタンを押すと、適度な倍音成分が加わって音の抜けが良くなり、サウンドが前に出てくるようになりました。サイン波を入力して、THDモードを切り替えたときのスペクトラムを確認したのですが、THDモードをオンにすることで入力信号に対する倍音が上昇しているのが確認できました。一般的なトランスによる倍音付加の場合、中域よりも低域に多くの倍音が付加されるケースが多いのですが、THDモードは低音から中域までほぼ均一に倍音が付加されているようです。また、HIGHとMEDの特性を比較してみると、HIGHの方が多くの倍音成分を付加していました。一方、MEDは未使用時とHIGH使用時の中間に位置するサウンドでした。
実際にボーカルやドラム、2ミックスなどに使用してみると、滑らかな音色変化で細かな処理ができるEQだと思いました。つまみをザックリと回して“OK! 良い音!”といった使い方ではなく、各バンドごとのゲイン/周波数/Q値を丁寧に調整して音を作り込む方が向いていそうです。周波数とQ値の可変幅が広いことに加えてM/Sモードも搭載しているので、録音やミックスだけではなくマスタリング時にサージカルEQとして細かい処理をすることもできるでしょう。
ミックス時のトータルEQとして設定を保存したり、レコーディング時にボーカリストの設定を保存しておくなど、リコール機能はさまざまなシーンで活用できると思います。EQの基本性能の高さに加えてリコーラブルなアナログEQはありそうで無かった製品です。そんな使い方に興味がある方はぜひ試してみてください。
撮影:川村容一
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年8月号より)