アタック/リリース・タイムが連続可変対応
M/Sでのリンク・モードも追加
オリジナルFAIRCHILD 670の設計者はレイン・ナーマ氏(ナルマとも)。NEUMANN U47やAMPEXテープ・レコーダーのアンプの改造をしていた後、シェアマン・フェアチャイルド氏と出会い、FAIRCHILDのチーフ・エンジニアになります。そして、1950年代後半に誕生したのが、モノラル・タイプの真空管コンプレッサー660で、その第1号機を購入したのが、ジャズ・レコーディングの最重要人物である、ルディ・ヴァン・ゲルダー氏なのです。その後、ステレオ・タイプの670が誕生します。ナーマ氏は660および670をデザインするにあたり、音楽の本質と同じような反応を示す機械を目標にしていたそうです。そのためにはより速く音に反応し、音の性質によって自在に挙動を変えるリミッティングやコンプレションを追求し、“音楽的な要素を感じさせない機械的なリミッティングやコンプレッション動作”を克服することを目的としていたといいます。
それではUnfairchild 670M IIに目を向けてみましょう。大きさはオリジナル670と同じく8U。ほぼオリジナルと同じに見えるのですが、パネル下段部分は670には無いセクションです。オリジナル670では内部にあったトリムなどを、調整しやすいようにフロントに移行した形になっています。アタック&リリース・タイムのプリセットであるTIME CONSTANTも、オリジナルの1〜6に加え、可変設定のVAR1〜4が用意されています。サイド・チェイン用出力/入力も追加されました。
また、DC THRESHOLDは、670では内部にあったスレッショルドを表に出し、レシオやニー・カーブ、効き始めの挙動をコントロールすることができるというパラメーターです。そのほか、オリジナルではLAT/VERT(LATERAL/VERTICAL)表示だったM/Sは現代的に“M-S”と表示され、リンク・モードが追加。扱いやすさはかなり向上しています。
目に見える部分以外にも、回路内部ではメインテナンスや信頼性に配慮し、オリジナルより真空管プレート電圧を下げ、真空管へのダメージを減らすなどして、現在でも安定して機器を使えるように、品質を向上させているとのことです。
奇麗にまとめ上げるトータル・コンプから
リンゴ・スター風のファットなドラムまで対応
まず2ミックスのトータル・コンプレッサーとして使ってみると、とにかくハイファイなサウンド。これはTIME CONSTANT設定にもよるのですが、3〜6は非常にナチュラルで、UREI 1176やDBX 160のようにコンプレッション感やひずみが耳で分かるようなことは皆無です。まるで、この8Uの中に人が入っていて奇麗にミックスしてくれているような感覚にとらわれます。その秘密の鍵となるのが、0.1msからという異常に速いアタック・タイムと、10秒までという遅いリリース・タイムに隠されているのだと思います。つまり、常にコンプレッションされている状態になるのですが、それぞれの楽器の表現や温度感を失うどころか、それらをうまく持ち上げて表現し、楽器同士を奇麗に並べてまとめてくれるイメージです。
さて、FAIRCHILDと言えばザ・ビートルズでしょう!という方も居るはずです。もちろんその通りでした。TIME CONSTANT 1または2でドラムのキックやタム、トップなどを通すと、泣く子も黙るほどリンゴ・スターのようなサウンドになります。アタックもリリースも速い、いわゆる野蛮(?)な設定ですが、ただひずみっぽくドライブするのとは違い、ドラム自体の残響部分がファットに膨らみ、力強いサウンドになります。VARモードを使えば細かい調整も行えますので、さまざまなドラム・サウンドを作るのにも、最適なコンプと言えます。
そのほか、ボーカルなどにも試してみましたが、当たり前のように素晴らしく、やはり誰もが認めるキング・オブ・コンプレッサーなのではないでしょうか。それでもやはりステレオ仕様ということもあり、ミックス時のトータルや、バス・アウトに使うのが最適ではないかと感じました。
今回のテストに際し、久しぶりにコンソールでミックスして、Unfairchild 670M IIを含むアナログのアウトボードを使用し、アナログ・テープに録音するという作業をしましたが、感無量でした。人間って、利便性に負けて、ついつい良い物を過去に置いてきてしまうんですよね……。こうやってアナログの素晴らしさを継承することは義務でもあり、責任でもあり、世界の財産だと感じました。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年4月号より)