原音と混ぜるBLENDや
低域でのサイド・チェイン・フィルターを装備
この535は、API 500規格のモジュールで、対応フレームに入れて使用することになる。535モジュール自体は電源を持たず、コンパクトな本体となっているので、高機能な機器を意外とリーズナブルな金額で手にすることができる。
フロント・パネルから見ていこう。濃紺のつまみは上がTHRESHOLD、下がRATIO。RATIOは1.5:1から設定できるので、ナチュラルなレベル・コントロールには重宝するだろう。その下の白いつまみはTIMINGとBLEND。TIMINGはアタック・タイムとリリース・タイムを6種類の設定から選べるようになっている。FAST位置からSLOWに向かってアタックとリリースが遅くなるような組み合わせになっていて、そのほかにAUTOも用意されている。
BLENDはコンプレッションしたサウンドを原音と混ぜることができるつまみだ。コンソールでのミックス時にやっていたパラレル・コンプの技を単体で行うことができる。最近のプラグインは当たり前になりつつある機能を、ハードウェアに搭載したものである。そして一番下にある赤いつまみがGAINである。他社ではオート・メイクアップ機能が搭載されていて、自動でゲイン・ロスを補うものもあるが、個人的には細かくレベル設定できるGAINつまみはありがたい。
そして何より素晴らしいのがすべてのつまみがステップ・タイプとなっていること。RATIOとTIMINGは当たり前だとしても、THRESHOLD、BLEND、GAINまで細かいステップのつまみとなっているため再現性に優れている。
ボタンは上からS/C HPF(サイド・チェイン・ハイパス・フィルター)、FAST、LINK、COMP INという構成。プラグインのコンプでは最近当たり前になりつつあるサイド・チェイン・ハイパス・フィルターはうれしい機能だ。このボタンを押すことにより、本機では150Hz以下の信号に反応するコンプの動作を抑制できる。聴感上認識しづらい低い音にコンプが反応して不自然なかかりをするといったことを容易に避けられる。そしてFASTボタンは、TIMIMGで選択したタイムを半分にする機能を持つ。TIMINGでFASTを選択し、FASTボタンを押した場合、535での最速のアタックとリリースを体験することが可能だ。LINKボタンはもう一台の535とコンプレッションのリンクができる(同社R10など、LINKモードに対応したフレームが必要)。COMP INボタンはいわゆるバイパス。元の音との比較を瞬時にできるのはありがたい。
そしてアウトプット・メーターとゲイン・リダクション・メーターも個別に搭載されているのはうれしい。
温かみと粘りで出音に存在感が増す
低レシオでナチュラルなリダクションも可能
それではサウンドのチェックをしていこう。まず準備できる音源をかたっぱしから通してみて、あまり細かくいじらず基本的なこの535の印象を探ってみた。名機NEVE 2254を継承するダイオード・ブリッジ・コンプだけあって、ドラムはもとよりベース、ギター、そして声、すべてにおいて厚みが増し、なおかつオケの中での存在感が増す。音が締まって張り出すというより、温かみはあるのだが音の粘り感が増した印象だ。
次にラフにいじって好印象だったスネアの音源を細かくチェックしてみよう。RATIOを4:1、TIMINGをMEDでやや強めのリダクションでは、意外とコンプ感は強く感じないのだが、音質に厚みが出て、音の粒立ちが奇麗にそろう。RATIOを8:1、TIMINGをFAST、そしてFASTボタンをオン、リダクションを強めにすると、音の粘りと厚みはそのままでカッコ良く暴れた感じが作れる。暴れるといってもオケ中での聴こえ方のバランスは良く、余韻を引きずった派手なサウンドで、僕の好みの音を容易に作ることができた。
キックに関しても同じ印象だ。S/C HPFスイッチを入れるとオケ中でのバランスの安定感はより良くなる。中高域のアタックのみにうまく反応している結果であろう。エレキベースも中低域の厚みが増す。特にライン・ダイレクトの音の変化率は高く、好みのポイントでEQをしたかのような印象だ。
エレキギターに関しては、ヘビー・ディストーションで低域がズンズン鳴るリフにはS/C HPFスイッチが非常に有効。中高域と低域の周波数レンジのバランスが取りやすい。僕の好みとしては、ソフト・ディストーション系やクリーン系のサウンドで、音の粘りの印象が強調されていく印象が良い。
ボーカルは、過激に張り付くようなキャラと言うより、レベルの安定感に加えて音質の無駄な暴れがなくなり、オケになじむ印象だ。僕としてはRATIOを1.5:1や2:1でタイミングをMEDやMSにして、ナチュラルにリダクションさせた状態が非常に良かった。実際、UREI 1176系で張り付かせ、その後に535というシグナル・チェインにすると、535の良さをより一層引き立てられた。
最近のハードウェア・エフェクターは、昔に比べ多彩な機能が備わった製品が多く登場している。仕事でDAWのプラグインを多用するようになって以来、“この機能がハードにもあったら便利だろうな” と思っていたものが次々にリリースされている。535のようにそんな機能を搭載しつつ、昔の良きサウンドを継承し、多彩な使い方に対応した機器は非常にありがたい。
撮影:川村容一(メイン写真)
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年2月号より)