ソフト・シンセは音色を読み込むとノブも連動して保存されたときの状態を表示してくれますが、ハード・シンセは動きません。現時点では“別に動かなくてもよくね?”という意見がほとんどかもしれませんが、実際に使ってみると“これ、いいじゃん”と考えがコロっと変わってしまう温水洗浄型便座のような現象って世の中にはたくさんあります。今回登場するNinaは、ハードウェア型のシンセサイザーでありながら、ノブが動くというシンセサイザー史上、初めての製品となります。早速レビューしてみようと思います。
アナログ・オシレーターに加えウェーブテーブル・オシレーターも搭載
NinaはMELBOURNE INSTRUMENTSというオーストラリアのメーカーが開発した12ボイスのアナログ・ポリフォニック・シンセサイザーです。まずはシンセ部分の主要箇所を追いかけてみましょう。
OSC(オシレーター)は3基搭載され、OSC 1と2がディスクリート・トランジスターで組まれたアナログ・オシレーターです。ノコギリ波、三角波、パルス波が選択可能ですが、ほかにパルス波〜ノコギリ波〜三角波を任意のタイミングで連続的に変化させたり、あるいはパルス幅の変調をしていたかと思うと、突然、三角波の幅を変化させるなんてことができるあたりは、マニアックでニヤリです。
OSC 3はデジタル・ウェーブテーブル・オシレーターで、最高127種類までウェーブテーブルを内蔵可能。読みこんだウェーブテーブルでは、ポジション(ウェーブテーブルの各ひとこま)同士を滑らかにつなぐか、つながないかの選択ができるので昔ながらのザリザリした音も出せます。さらに、ユーザーが作成した波形をインポートすることも可能なので実験好きなウェーブテーブル・ユーザーたちには朗報でしょう。
オシレーター以外のサウンド・ソースとして、ノイズ・ジェネレーター(ホワイトとピンク)やリング・モジュレーター(XORと呼ぶ)、そして外部入力などが可能となっています。背面のオーディオ入力端子はTRSフォーン・ジャック(ライン入力)が3つとXLR/TRSフォーン・コンボ・ジャック(マイク/ライン入力)が1つありますが、TRSフォーン・ジャックは、外部からCV信号を入力して、後述するモジュレーション・マトリクスのソースとして使うこともできるという、ここでもマニア心をくすぐる仕様です。
オシレーターとフィルターの間にはオーバードライブ回路が組み込まれており、簡単に言うと音を太くしてくれる効能があります。フィルターはMOOGでおなじみ、4ポールのトランジスター・ラダーです。カットオフとレゾナンス、そしてEG1がフィルター用にアサインされています。
レゾナンスは自己発振しますから、キー・トラッキングすれば音階も可能……ですが、Ninaは専用ノブではなく、LCDに表示されるKey Trackで設定します。合理的判断でしょう。
VCAはカスタム仕様になっていて、位相差を利用することで360度フィールドにボイスを配置したり、音を回転させたりすることが可能になっています。本当はこのパンニング系だけでも2ページ使ってご紹介したいくらいなのですが、ここでは“従来のアナログ・シンセではお目にかかれない新機能”とだけ覚えておいてください。
オーディオ出力は、背面にある4つのTRSフォーン・ジャックのどこから出すかを選択でき、1と2はエフェクトをかけることができます。
変調系はEGとLFOが2基ずつ、そしてモジュレーション・マトリクスが用意されてます。雑なくくりですが、ほかにGLIDEやUNISONなどシンセでおなじみの機能はほぼ用意されています。
ところで、UNISONやマルチティンバーで使う場合の各レイヤーのボイス数設定など、パネルにないものはLCD内で選択、設定を行います。“LCDを行き来するのはうんざり”と思う方、ちょっと待ってください。Ninaの開発者たちも“メニュー・ダイビングをしない”を合言葉に取り組んだそうで、なるほど、Ninaはせいぜい一段階潜る程度です。加えてLCD画面はノブと連携していますから、たとえばEFFECTノブを触るとLCD画面もただちにEFFECT画面になり、細かい設定に入れるようになっています。これ、慣れるとものすごく速い編集ができるようになるのが、トピックの一つだと思います。
トピックと言えば、Ninaはラック・マウント可能なサイズなのでパネルもコンパクトです。従ってボタンやノブに複合的な機能を持たせることになります。例えばパネル左下に並ぶ8つのボタンの中にあるLOADボタンを押すと、メモリー・エリアから音色を読み込むことが可能になりますが、その時点で選ばれているエリアの最初の16個のプリセットを、パネル下部に並ぶ1〜16のボタンを一つ押すだけで即座に呼び出すことができます。ライブでは重宝する機能ですね。このボタン複合機能についてはいろいろな使い方があるので後述することにします。
プリセットを読み込むとノブがしかるべき位置へ自動で回転
ここからはいよいよモーター駆動式のノブを中心とした解説に移りたいと思います。Ninaに搭載されているノブにはモーターが仕込まれており、各ノブはCPUからの信号を受けて自動でしかるべきポジションに移動します。この機能を使って何ができるかというと、まずはメモリーされた音色を呼び出した際、その音色作成のために記憶している数値、例えばカットオフが55で、レゾナンスが15……などにノブが自動で回転し、明示してくれます。当然、音色を呼び出すたびに32個のノブが回転するのですが、驚いたのは回転音がほとんどしないことと動きが非常に高速なことです。多分多くのユーザーは“モーターより先にガリで壊れるだろうな?”と思うところでしょうが、これが的外れ。そもそもNinaで使われているノブは、従来の可変抵抗ポットにモーターを取り付けたものではなく、光学式という従来とは根本的に違う構造になっています。従って従来型のポットより寿命ははるかに長いので、ガリ問題は発生しません。しかも、光学式なので解像度がめちゃくちゃ高い。実際に手動で回転させた際も実にスムーズですし、解像度も高いから、例えばピッチを変化させたり、カットオフを回したりした場合、階段状に音が変化するなどということもありません。この光学式ポットは特許出願中だそうで、たしかにここまで完璧なら特許取得も時間の問題でしょう。
そして、こんなにもすごいモーター・ドライブ・ノブを開発しながら、その用途を音色を呼び出す際にノブが動くということだけにとどめなかったことが素晴らしい。では、応用編をご紹介しましょう。Ninaは最大4マルチティンバーのシンセとして使えます。例えば、Nina1台でリズム・マシンを作ろうと考え、キック、スネア、ハイハット、カウベルと4つの音色を各レイヤー上で音を作っているとしましょう。恐らく、その過程では各レイヤーを切り替えながら、“もうちょいキックのアタックがほしい”“スネアのピッチを変化させたい”などの調整が必要になります。このとき、Ninaはレイヤーを切り替えるたびにノブが瞬時に回転して現在値を教えてくれるので、“この音はどんな設定だっけ?”と悩む必要がないのです。見ればすぐにわかるのだから。
もう一つ。Ninaは2つのプログラムをロードし、ノブを使って切り替えることができます。例えば、音色Aにベース、音色Bに金属的な音をロードしたとします。何かフレーズをDAWで鳴らしながらMORPH(モーフィング)ノブを一番左から反対の右まで回します。
すると、フレーズは同じなのに、最初はベースだった音が金属的な音に変化します。もちろんMORPHノブ以外も回転角に合わせて追従していきます。これが何を意味するかというと、こうしたモーフィングをするというシンセはこれまでにもありましたが、ほとんどはA音からB音へオーディオ的にクロスフェードしていく仕様でした。ところがNinaの場合、A音とB音の数値をノブの現在位置から再計算します。つまり、A音からB音に変化していく中で、“あ、この音いいじゃん!”となったら、そのポイントで音色を保存すれば新しい音が作れるわけです。もちろん“ベースからメタリックに変化する音”として2音色のまま保存することも可能。これは素晴らしい発想です。
モジュレーション・マトリクスの状況もモーター・ドライブ・ノブで一目瞭然
さらに、ノブと複合ボタンの組み合わせは複雑なモジュレーション・マトリクスの接続状況を教えてくれます。モジュレーション・マトリクスという概念自体は今では珍しい機能ではありませんが、多くのシンセはその接続状況をLCD画面上にリスト表示します。従って複雑になるほどリストをスクロールしないと状況はつかみにくいし、どのノブに何がどうなっているのかを視覚的に理解することはまず無理です。ここでもNinaのモーター・ドライブ・ノブが大活躍します。
まずは保存済みの音色を呼び出し、そのモジュレーション・マトリクスがどうなっているかを知りたいなら、MODボタンを押すとパネル下部にある1〜16までのボタンがモジュレーションのソース用ボタンとなって点灯します。
そしてこれらのボタンを押すとデスティネーションのノブもしかるべき位置に自動で回転し、表示してくれます。これはノブが電動であることに加え、NinaのUIそのものがユニークな作りになっていることをも意味します。LOADボタンのショートカットに1〜16のボタンを使えることを先述しましたが、MODモードの間は1〜16のボタンがモジュレーション・ソースの選択ボタンとなりますから、新たにモジュレーションを加えたければ、1〜16のボタンのどれかを押し、デスティネーションとしたいノブを回すだけで設定完了となります。
ボタンの話に少しシフトすると、パネル左下の8つのボタン群の中にあるKBDボタンを押すと、1〜16のボタンを鍵盤として使うことができます。また同じボタン群にあるSEQボタンを押すと、16ステップのシーケンサー・モードになり、16個のボタンは現在位置を表示するほか、休符やタイの入力にも使えます。
プリセットはオールドスクールからモダンまで音作りも迷うことなく楽しくできる
さて、肝心要の音についてです。プリセットされている音色については何の文句もありません。オールドスクールなものから、Ninaならではのパンを使ったモダンなものまで各種そろっていますから初心者も安心です。
音を作るのがまた楽しい。まずはおなじみのパネルの初期化をするために音色ロード画面にある“INIT PATCH”を選択すると、ノブがシャキン(実際にはほとんど音は出ません)と動いて、しかるべきデフォルト・ポジションに配置されます。極太ベース、ストリングス、ブラス、パッド、アナログ・ドラムなど昔なじみの音なら迷うことなく作ることができましたし、音の質感も非常に筆者の好みです。
お勧めは12ボイスのアドバンテージを生かし、音を積み重ねながら作りあげることでしょうか。一例として、まずは“ドッ”というキックを作ります。次のレイヤーでもっとディケイ成分が長い“ドーン”という低いキックを作ります。その次のレイヤーで低い“ボーン”というノイズ成分を追加。さらに次のレイヤーでアタックに使える“キンッ”というメタリックな成分を追加。これらを混ぜながら楽曲に合わせるなんていうぜいたくなキックができるのが多ボイスの魅力です。
Ninaの評価ポイントは、シンセ、UI、ノブの3つだと思いますが、どれも高いレベルにあり、非の打ち所がないと思います。特にモーター・ドライブ・ノブは圧巻としか言いようのない出来栄えで、今後のハードウェア・シンセはモーター・ドライブ・ノブが標準になるのでは?と思ったほどです。なお、NinaのOSはオープン・ソース・ソフトウェアなので、世界中の剛腕プログラマーによるアップグレードも期待できそうです。今後の動向に目が離せませんね。
H2
【Profile】音楽家/テクニカル・ライター。劇伴、CM、サントラ、ゲーム音楽などの制作に携わる。宅録、シンセ、コンピューターに草創期から接しており、蓄積した知識を武器に執筆活動も展開している。
MELBOURNE INSTRUMENTS Nina
オープン・プライス
(市場予想価格:623,040円前後)
SPECIFICATIONS
▪最大同時発音数:12 ▪オシレーター:アナログVCO×2、デジタル・ウェーブテーブル×1 ▪ノイズ・ジェネレーター:ホワイト、ピンク ▪フィルター:4ポール・トランジスター・ラダーVCF ▪エンベロープ・ジェネレーター:2 ▪LFO:2 ▪モジュレーション・マトリクス:16種類のソースから27種類のデスティネーションへアサイン可能 ▪マルチティンバー/レイヤー:4 ▪エフェクト:3系統(直列または並列で使用可能) ▪シーケンサー:最大16ステップ、ポリフォニック ▪オーディオ出力:ステレオ・メイン出力(TRSフォーン×2)、AUX出力(TRSフォーン×2)、ヘッドフォン出力(ステレオ・フォーン) ▪オーディオ入力:4(XLR/TRSフォーン×1、TRSフォーン×3)、TRSフォーン入力はCV入力としても使用可能 ▪MIDI:IN/OUT/THRU ▪USB:USB-A×2(MIDIデバイスとの接続用)、USB-C×1(コンピューターとのMIDI接続用) ▪外形寸法:446(W)×71(H)×230(D)mm ▪重量:5.5kg