klanghabitat(クラングハビタット)は、2022年に設立されたドイツのメーカー。今回レビューするLYRAは、api 500モジュール互換タイプのチューブサチュレーターです。ステレオ仕様のCASSIOPEIAも発売されていますが、両者とも全く同じ回路を搭載しているようです。現在、サチュレーターはプラグインを中心に多くの種類がありますが、実機が登場というのはうれしいものです。気にならざるを得ません。
パネル構成はシンプル 細かい音の粒子のままつぶれていく質感
フロントパネルは大変シンプル。一番上のSATURATIONノブは、文字通りサチュレーション度合いの調整。時計回りでエフェクト増となり、真空管をノンリニア状態から飽和状態に変えていきます。中央のINTENSITYノブはドライ/ウェットの調整で左振り切りが0%、右いっぱいで100%です。一番下はOUTPUTノブ。12時近辺が±0dB(ノブは固定されません)で、約12dBの範囲で増減できます。すべてのノブが連続可変式です。ノブの左下はバイパススイッチ。真空管はECC83S管が使われています。
今回は、生楽器のバンド曲と打ち込み曲のミックス作業をメインに、ギターやベース、さらに歌の録音でもチェックしてみました。なお、LYRA本体は米国楽器店オリジナルの500シリーズ用シャーシに格納して使用。電源を入れるとモジュール内部が奇麗に光り、バイパス時には緑、オンにすると黄色に変わり、SATURATIONを右に回すと、どんどん濃い橙色に変わっていく仕様で、信号が入るとそれに合わせて点滅するところにデザイン性の高さを感じます。
まずはガシガシつまみを回しまくり、ドラム類から使ってみました。最初は一般的なサチュレーターの要領で操作していましたが、LYRAは少し感覚が違いました。INTENSITYを100%にしてSATURATIONを増幅させていくと、ひずんではいくのですが、主に音の表面というかアタック(ピーク)部分がひずみ、サステインやリリース部分はあまりひずまずに原形を留めている感じです。これまで使ってきたような音すべてに対して影響を与えるサチュレーターとは一線を画している印象があり、クリッパー、リミッター的な要素も感じられます。“音が砕け散らない”というイメージです。
サチュレーターの要素として重要な、音粒の粗さ度合いはサラサラ系で、細かい音の粒子のままつぶれていく今っぽい質感でした。加えて、DAWのピークメーターで見ると、LYRAでサチュレート処理した音はリミッターのようにピークが抑えられていることもわかりました。
タイトなドラム音像作りに効果的 キーボード系のミックスにも有効
いろいろ試した結果、SATURATIONを右に振り切った状態で、INTENSITYで混ぜ具合を調節する使い方が筆者としては効果的でした。また、再現(リコール)は難しそうなので、音を決めたら早めに録ってしまい、ほかのトラックにもどんどん使うのが有効な使い方かもしれません。
特に効果的だったのは、バスドラに立てたオンマイクや打ち込みキックのようにアタックがしっかりとある音色で、サチュレート効果(アタックの制動)によりミックス内で良い居場所を得られました。音色や余韻部分などの原音を損ねずに作用するところにほかのサチュレーターとは異なる新しさを感じます。また、クラップやリムショット、ハイハットのような鋭い音は出し過ぎず、引っ込め過ぎずという具合にしたいところですが、これもアタックを抑えて相対的に音色を少し太くすることにより、程よい居場所を作ることができました。一方、生ドラムのオフマイク類には効果が薄い印象で、オンマイク中心でドラムサウンドを作りたいときやタイトなドラム音像に仕上げたい場合などで効果を発揮しそうです。
生ベースでも同じ傾向で、アンプよりもラインで録った音に対して好感触。素のライン音に粘りとグルーブを付加することができ、ミックス全体の中で聴いてもそれがよく感じられます。シンセベースもサチュレーションにより低域が引き締まってコントロールしやすくなり、低域へかけたエンハンサーがより効果的になりました。
想像以上に良かったのがピアノやシンセ、キーボードなど。SATURATIONを右振り切りでひずませた音を薄く混ぜると、音の階層がほかの音とは違ってくるためミックス内のたたずまいが非常に良くなります。バッキングボーカルにも効果ありで、ウェット音を薄く混ぜるとメインボーカルとの分離感が出つつもうまく共存している感じになりました。本機はモノラルなので片チャンネルしか試せませんでしたが、2ミックスやリズム系バスでも活躍すると思います。そのほか薄く混ぜるだけでなく、INTENSITY100%でのひずみ声などは、独特のラジオトーンエフェクトとしても使えそうです。
レコーディングでもミックス同様、ライン録りのようなアタックのしっかりしたソースに対して効果がありました。クリーンでスッキリ録れるマイクプリの後に、“LYRAでほんのり味付け”くらいの録り方は、ひずみさえ気をつければ(重要)、良い選択肢になるかもしれません。
なお、同社にはプラグイン版のCASSIOPEIAもありますが、実機のLYRAの方が分離感や奥行き感をよく表現できている印象。これは真空管のなせる技でしょう。操作性を含め実機を使う意味は大いにあると感じます。なお、プラグインとしてはほかにマルチバンドサチュレーターのLYRA:mbもリリースされています。
新感覚サチュレーターとも言えそうなLYRAは、サウンドの居場所の明確さ、奥行き、レイヤーなど、ミックス内での聴こえや質感を向上させてくれます。操作もシンプルなので、出番多く活躍してくれそうです。個人的にはステレオで欲しいので、実機のCASSIOPEIAも試してみたいと思いました。
福田聡
【Profile】レコーディング/ミキシング・エンジニア。ファンクやR&Bなどグルーブ重視のサウンドをメインに、最近ではENDRECHERI.、DEAN FUJIOKA、SING LIKE TALKING、韻シストなどを手掛ける。
klanghabitat LYRA
118,000円
SPECIFICATIONS
▪周波数特性:10Hz〜22kHz ▪全高調波ひずみ率+雑音(INTENSITY 0%):0.0031%@0dBu、0.01%@+10dBu ▪全高調波ひずみ率+雑音(INTENSITY 100%):0.024%@0dBu/SATURATION 0%、26.3%@0dBu/SATURATION 100% ▪ダイナミックレンジ(20Hz〜22kHz):最大入力レベル/+20dBu、最大出力レベル/+20dBu ▪入力インピーダンス:10kΩ ▪出力インピーダンス:68Ω
製品情報
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