ICONはDAWのコントロール・サーフェスのブランドとしてご存じの方が多いと思いますが、実はマイクからヘッドホン、モニター・スピーカー、オーディオI/Oまで幅広く手掛けています。今回レビューする32CIは、伝説のコンソールHARRISON AUDIO 32Cにインスパイアされたマイクプリを搭載し、24ビット/192kHzの録音に対応した12イン/12アウトのオーディオI/Oです。32Cはマイケル・ジャクソンの『スリラー』やポール・サイモンの『グレイスランド』など数々の名盤を生み出した名機として知られていますから、32CIがどんなサウンドを聴かせてくれるのか、大変気になりますね。
スマホを接続できるUSB OTG端子を装備 個別のミックスがモニターできるヘッドホン出力2系統
32CIはダイナミック・レンジ125dBのADコンバーターと129dBのDAコンバーターを搭載し、20Hz〜20kHzの録音、再生が可能。駆動させるには付属の+12V DC電源アダプターが必要です。入出力の内訳は、マイク/インスト・イン(XLR/フォーン・コンボ)×2、ライン・イン(TRSフォーン)×2、メイン・アウト(TRSフォーン)×2、ALTアウト(TRSフォーン)×2、ADAT入出力、MIDI入出力。そのほかUSB端子(USB-C)とUSB OTG端子があり、Mac/Windowsのほかに、iOS/Android機器への接続にも対応します。ヘッドホン出力はフロント・パネルに2系統用意されています。
トップ・パネルにはマイク/インスト・インとモニターのコントロール・セクションが各2系統まとめられており、アナログ・ミキサーを使ったことがある人には直感的に扱いやすい構成です。マイク/インスト・イン・セクションは、マイク/楽器で入力を切り替えるINST、位相反転、48Vファンタム電源、−20dBのPADの各スイッチが配置されています。中段にはゲイン、ローパス・フィルター(160Hz~20kHz)、ハイパス・フィルター(25Hz~3.15kHz)のツマミがあります。ゲインは20~70dBで、PADを入れることで0dBから調整することが可能になります。下部にはBUMP機能とフィルターのオン/オフ・スイッチ。BUMPは聞き慣れない機能ですが、ハイパス・フィルター使用時にカットオフ周波数で共振を発生させることにより、フィルターで不要な低音をカットしながら、知覚される低音域のエネルギーを保持する機能だそうです。
モニター・コントロール部は、上からパソコンからの出力とダイレクト入力のミックス・バランスを調整するツマミ(PC 1-2、PC 3-4)と、ヘッドホン・ボリュームが各2系統、中段にマスター・ボリューム、最下部にはALTERNATE(代替)スイッチがあります。これはメイン・アウトとALTアウトを切り替えるもので、例えばモニター・スピーカーとラジカセなど2組の再生機器を切り替えて使うことが可能。1組のスピーカーのみを接続している場合、このスイッチはミュート・ボタンとしても機能します。なお本機の2系統のヘッドホン出力は独立しており、ヘッドホン出力1でPC 1-2、ヘッドホン出力2でPC 3-4をモニターする仕組み。そのためエンジニアは録音のモニターをしながら、プレイヤーはクリック込みのモニターを聴く、といった使い方も可能です。
HARRISONやMCIの往年の卓に通じるバイブス 中域に密度がありつつ過度な脚色がない音
実際に音を聴いてみましょう。今回はAVID Pro ToolsでNEUMANN U 87、SHURE SM57、BEYERDYNAMIC M160でのボーカルとアコギのマイク録音と、FENDER Precision Bassでのライン録音を試してみました。まずはアナログ出力とヘッドホン出力の音質ですが、どちらも素直で癖がなく、大変聴きやすいサウンドです。次にマイクプリの音質をチェック。一聴した印象は、これまでのオーディオI/Oで聴いたことがないくらい“しっくりくる”サウンドで録れています。オーディオI/Oの内蔵マイクプリは、“クリアでハイファイ”か“味付けの濃いビンテージ系”かのいずれかが多いのですが、32CIは聴き覚えのある1970~80年代風のサウンドで、良い意味で“普通”に感じます。中域にちゃんと密度があり、過度なザラつきや脚色がなく、使いやすい音色。ボーカルの録り音は中高域に少し押し出し感があり、アコギにはわずかにチリッと派手な感じがありましたが、“皆さん、クリーンな音よりこういうほうが好きでしょ?“と問いかけられている気持ちにもなりました。
筆者はHARRISON AUDIOのコンソールのノック・ダウン品を所有していたことがあり、現在も創設者のデイヴ・ハリソンが開発したMCIのコンソールを使っていますが、32CIはそれらのビンテージ機と比べると、共通したバイブスはありながら、モッサリ感はなく、“薄皮がはがれたようにスッキリした、使いやすい音”という感じです。フィルターもかなり効きが良く、アコギを弾きながら低域をスウィープさせてみると、プラグインで感じるような“狭くなる感じ”もなく好印象でした。BUMPスイッチを押してみたところ、少しシンセのフィルターのような風味が感じられ、これは好みで使い分けるのが良さそうです。そしてライン録音したベースは、レンジが広く使いやすい音でした。
気になる点があるとすれば、ゲイン、フィルターいずれも最大値付近でカーブが急になるポイントがあるところと、筐体がそこそこ熱くなるところですが、そういったところも含めて本機はものすごく“アナログ機材感”のあるデバイスだという印象です。オーディオI/Oとしては珍しく、使い続けていくことで愛着が湧くタイプの機材かもしれないと思いました。
中村公輔
【Profile】レコーディング/ミキシング・エンジニア。KangarooPawとしてソロ・アーティスト活動を行ったのち、近年は宇宙ネコ子、大石晴子、折坂悠太、さとうもか、ルルルルズらの作品に携わる。
ICON 32CI
77,000円
SPECIFICATIONS
▪入出力:12イン/12アウト ▪内蔵マイクプリ数/2 ▪電源供給:電源アダプター(+12V DC) ▪ビット/サンプリング・レート:最高24ビット/192kHz ▪対応OS:Mac/Windows/iOS/Android ▪付属品:ユーザー・マニュアル、USBケーブル(USB-C)、電源アダプター ▪外形寸法:235(W)×56(H)×197(D)mm ▪重量:1.23kg
※外形寸法と重量は実測値