大音量で鳴らせば格好良く聴こえる……
そんなまやかしは通じないシビアなモニター
照内氏は、レコーディング・エンジニア/サウニストの高根晋作氏、音楽プロデューサーの西條善嗣氏とともにSTUDIO LIGHTS E-NEを管理している。「日にもよりますが、基本的には午前中にここへ来て、21時くらいまでには仕事を終わらせます」と語る通り規則正しい働き方を採っているようで、終業後の専らの楽しみはサウナへ通うことだそう。
「ミックスは、ここで行うことが多くなりました。当初はYAMAHA NS-10M Studioでモニタリングしていたのですが、部屋の特性上なかなかうまく鳴らせなくて、高根と“新しいスピーカーを入れよう”という話をして。僕らは『Saunaで数えるOneからThousand』というブログをやっていて、大のサウナ好きなんです。で、サウナはフィンランド発の文化なので、最初から“フィンランドのスピーカーが良いな”と思っていて。そんな折、フィンランドのメーカーAMPHIONが話題になり始め、コレだ!と。すぐにデモ機を借りました」
2016年前半のことだそう。レンタルしたというモデルは15cm(5.25インチ)径ミッドレンジ&ウーファーを備える2ウェイ・パッシブ機One15、その18cm(6.5インチ)径バージョンOne18、15cm径ミッドレンジ&ウーファーを2基搭載したTwo15の3種類。
「比べた結果One15かOne18が良いと思ったのですが、後者はこの部屋に対して低域が強過ぎるように感じたので、One15にしました。もっとも、のちにメインテナンスへ出した際、代替機としてOne18を借りて“これはこれで良いな”と感じたので、One15に慣れたら聴こえ方も変わるんだろうなと思いますけどね」
興味深いことに、AMPHIONへの第一印象は「あまり聴きやすいスピーカーではない」というものだったそう。
「デモ機をミックスに使ってみたところ、すごくやりづらいなと。このスピーカー、大丈夫なのか?とさえ思ったのですが、仕上がりをほかの環境で聴いてみたらすごく良かったんです。僕はいつも、スタジオでミックスした音源を持ち帰り、少し時間を置いてからAPPLE iPhoneにつないだイヤホンでチェックする、ということをやっていて。リラックスした状態で聴いてみて是非を判断するわけですが、AMPHIONでミックスした音がとても良かった。特に低域の処理がうまくいっているなと。それまでは、歌や上モノに関してはどんな環境でも同じ印象に聴こえるようミックスできていたのですが、NS-10Mだと低域の加減が判断し切れていなかったということに気付いたんですね。AMPHIONなら、そこがよく分かるんです。鳴り過ぎに聴こえたら、それは本当に鳴り過ぎているということだし、物足りなく聴こえると、どんな環境でも不足して聴こえる。うまく処理しないと鳴りっぱなしだったりする上、いつまでたっても高域が抜けてこなかったりするため非常にシビアですが、AMPHIONできちんと聴こえるようにミックスできれば、どこで鳴らしても大丈夫です。これは本当に。そのシビアさが当初“やりづらい”と感じた要因だったのですが、だからこそミックスに特化したスピーカーだと思います」
大音量で鳴らせば格好良く聴こえる……そんなスタジオ・マジックもAMPHIONには通用しないという。
「大きな音で鳴らすと、処理し切れていない低域が如実に見えたり、高域の耳に痛い部分が顕在化するなどします。各パートのバランスが真に整って、初めてちゃんと聴こえるのだと思います。これは既に世に出ている音楽にも言えて、今まで良いバランスだと思っていたミックスをOne15で聴くと“こんな感じだったっけ?”ということもありましたね」
そこで、One15の導入後、あらゆる音楽を聴いてみたという照内氏。
「中でも当時、ブルーノ・マーズの「チャンキー」はすごくよくできているなと思って、今でも作業する際にリファレンスとして聴くことが多いです。One15で全帯域がバランス良く鳴るのはもちろん、NS-10Mやラジカセ、ヘッドフォンなど、再生環境が違ってもレンジ感の印象が変わりません。お手本のようなミックスだと思います。ほかには、最近だとケミカル・ブラザーズの「イヴ・オブ・デストラクション」はベースとキックの関係性がとてもタイトで格好良いので、リファレンスにしています。ベース、キックといえばビリー・アイリッシュ「bad guy」のロー感もすごい……出過ぎというくらいがっつり出ているけれど、それがクセになる。邪魔な感じがすることなく、きちんと処理されています。ただ、実際にほかの現場でこんなにがっつり低域を出したら怒られるかもしれないので、あまりリファレンスにはしていません」
各トラックの音量設定が的確になり
ミックスに自然と奥行きが出る
One15のウーファー口径は、先述の通り5.25インチと決して大ぶりではない。しかし照内氏は「個人的にはサブウーファーを使わなくても済みます」と言う。
「超低域は見えづらい割にレベルを食うので、NS-10Mでミックスしていたころはカットしてしまうことが多かったのですが、One15を使い始めてから“見える低域”のポイントが少し下がり、処理の仕方が変わりました。単純にカットするよりは、コンプやダイナミックEQで丁寧に処理してから鳴らす方が良い仕上がりになると思い始めたんです。例えばベース。エレキベースでもシンセ・ベースでも、はたまたモデリング音源でも、特定のノートが膨らんで聴こえることがありますよね。そういうのは、ダイナミックEQで一つ一つ抑えていくのが効果的ですし、コンプに関して言うと、例えばFAIRCHILDをモデリングしたプラグインなどは、低域と高域が同じ音量で鳴っていたとしても、低域に反応して動作する傾向なのでキックのリリース調整などに使用します。逆にAPI系のプラグインは高域に反応しやすいため、スネアのアタック感の調整などに用いるという使い分け方です」
照内氏の音作りの手法をアップデートさせたOne15。「解像度の高さも効いています」と続ける。
「一つ一つの音がよく分かるので、“このくらいの音量にしておけば十分だな”というジャッジができるんです。それによって、すべてのパートをしっかり聴かせようとするあまり全体がごちゃついてしまうことが起こらず、自然に音量の凹凸が付くようになるため、結果的に奥行きのある音像が得られていると思います。その意味では、音数の多い音楽において要素を整理していくようなミックスには便利なのかもしれません。ただし、これはとても大事なことなのですが、奇麗にミックスすることが、その曲にとって必ずしも良いことだとは限りませんよね。荒々しいミックスが魅力の音楽だってあるわけですから。AMPHIONのスピーカーを使っていると出っ張った部分などがすぐ気になってしまって、どうしてもそれを整える方向に行くから、その辺はうまい付き合い方を考えないといけません。こういう点でも上級者向けのスピーカーだと思いますし、自分も使い始めて2年以上が経ちますが、さらに仲良く付き合っていきたいところです」
【製品情報】
AMPHION One15
AMPHIONシリーズ機種
※本稿はサウンド&レコーディング・マガジン2019年11月号の記事の転載分となります