長塚健斗(vo、写真左から2人目)、江﨑文武(k、同右から2人目)、井上幹(b、同左端)、荒田洸(ds、同右端)で結成された“エクスペリメンタル・ソウル・バンド”のWONK。ソウルやヒップホップ、ジャズなど、多彩な音楽ジャンルを吸収したスタイルが多くのリスナーから支持されている。2019年にリリースしたEP『Moon Dance』では“映画のトレーラーのような作品”と本誌インタビューにて井上が語っていたが、その映画本編と言えるアルバム『EYES』がついに完成した。全22曲で構成された大作で、“高度な情報社会における多様な価値観と宇宙”をテーマとしたコンセプト・アルバムになっている。リーダーである荒田とエンジニアリングも担当している井上に、制作についての話を聞いた。
メンバー各自で音作りをすることで
みんなの個性を出すことができた
—新型コロナ・ウィルスの影響でリモート・レコーディングを始めたアーティストも多くいますが、WONKは以前からリモートでの制作を取り入れていましたね。
荒田 今作でもスタジオは使いましたが、9割くらいは自宅での録音ですね。
井上 制作のスタイルは変わりありませんが、やはりライブは無くなったりしています。
—世間ではライブ配信が注目されていますが、WONKとしても配信でのパフォーマンスは考えているのですか?
井上 ライブ・ハウスやスタジオからライブ配信をするということも考えていますし、バーチャル空間でライブをするということができないかと企画を練っているところです。
荒田 みんなとは違ったテイストを出していきたいと考えています。今回のアルバムは一つのストーリーを描くような作品になっているんですが、その世界観に合った形で何かできればいいなと画策中です。
—今回のアルバム制作において、新たに導入した機材などはありますか?
荒田 KORG Minilogueを導入しました。と言ってもCharaさんにお借りしているものなのですが(笑)。音作りがしやすいですし、エフェクトも扱いやすいですね。アルバムにSkit(編注:インタールード)が4曲入っていますが、ほとんどの音はMinilogueです。シンセや効果音系に使いました。基本的にプリセットを元にエディットしていきますが、DAW上でエフェクトをかけたりすることも多いです。最近はEVENTIDE H3000 Factoryを多用しています。
—荒田さんの使用DAWは?
荒田 ABLETON Liveです。オーディオ・インターフェースはUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin MKIIですね。
—Live上でビートを組むときはどのように?
荒田 サンプルを直接切り張りする人もいますが、僕はLiveのDrum RackにサンプルをアサインしてMIDIで打ち込むんです。サンプルはいろいろと集めていて、常にアップデートしています。生ドラムのレコーディング時に素材として単発のサンプルも録っていますね。
—ビートを組む際にしっかり音も作り込みますか?
荒田 前作までは、幹さんに渡す段階でほぼすべてのエフェクトを外していました。でも、今回はリバーブなどもインサートしたまま書き出して渡したりして、自分のイメージが伝わりやすい形にしていましたね。空間系はUAD-2プラグインのリバーブ群やOcean Way Studios、Galaxy Tape Echo、WAVES Renaissance Reverbなどを使っています。
井上 文武もエフェクトをかけたまま渡してくることが多かったです。各自で作ったものは音作りまで済ませて、最後にミックスで合わせていくという感じでした。
—メンバーそれぞれで音作りをした方が理想の音に近付きやすい?
井上 その方がみんなの個性をより出すことができていると思います。
荒田 以前は、幹さんのミックスを聴いてから“高域を抑えてほしい”など、ドラムに対するリクエストをすることも多かったんです。今回はEQやコンプもある程度かけて渡していたので、やり取りも少なくなってスムーズに進められた印象ですね。
独特なリバーブが突然出てくるのは
必ずしも悪いことではない
—各自が音作りをすることで、ミックスでの処理もこれまでと変わってきたのでは?
井上 そうですね。メンバーたちがDAWスキルをかなり上げてきていて、基本的な音作りは各自に任せたのですが、やはりリバーブ感が違ったりするとうまく音がまとまらないこともあります。そういう場合は再度調整して戻してもらったり……と、今作でのミックスは難しかったですね。
—リバーブなどの空間系だけミックスでかける、ということにはしなかったのですか?
井上 “ここはリバーブ感を統一すべき”というポイントはありますが、独特なリバーブが曲中に突然出てくるというのは必ずしも悪いことではないと思っていて。例えば、曇った感じのリバーブがかかっているピアノがアウトロに突然出てくると、それだけで曲の印象がかなり変わってくる。表現としてそういう部分を生かすようにしていました。リバーブに対して低域をガッツリと削ったり、ゲートをカチッとかけたりはしないことも多かったです。
—空間系はセンド・トラックで扱うのが定石と言われることもありますが、音作りにおいてはそれに限らないのですね。
井上 その方が現代っぽいですね。今は突飛なサウンドによって鮮烈な印象を与える、という表現が多いですし。Aメロではボーカルにリバーブがかかっていないけど、Bメロではかなりかかっているとか。一本調子ではないというのが表現として有りなのだろうと思います。
—ミックス・バランスやセンド量を曲中で調整する?
井上 プリディレイもですね。基本的に、同じプラグインだけどプリディレイが違う2種類のリバーブを用意しています。「Fantasist」では、冒頭のボーカルの広がりはかなりリバーブを深めにかけて作りました。プリディレイは長くなく、急に広がるような大きな印象のリバーブです。バンドが入ってくるところではリバーブのセンド量を変え、広がりがバンド・サウンドの邪魔にならないようにしています。
—広がりや奥行きというだけでなく、リバーブによるサウンドの質感がWONKのビート・ミュージックとバンド・サウンドの融合に寄与している印象を受けました。例えば「Signal」でのピアノのルーム感が、そのほかのサウンドとの対比を生んで面白い音像になっています。
井上 あのピアノは文武がかけたリバーブをそのまま使いました。ほかのサウンドは広めのリバーブにすることで、ルームで録ったようなサンプル感のあるピアノに感じられます。サンプリングされたようなサウンドというのは、WONKが始まってから大事にしていることです。ビート・ミュージックの格好良さは素材の異質性にあると思いますし、その部分は意識しています。
荒田 空気感を作るという点で言えば、ビット・クラッシャー・プラグインのD16 GROUP Decimort 2が活躍しました。AKAI PROFESSIONAL MPCなどハードウェア・サンプラーの音質を再現できるので、ドラム全体にかけて当時の機材の癖や空気感を加えましたね。
コンプレッサーを使って
歌の距離感をコントロールしている
—ボーカルのレコーディングはどのように?
井上 事務所にボーカルが録れるブースがあるので、今回はそこで録音しました。マイクはNEUMANN TLM 107です。単体のマイク・プリアンプは用意せず、UNIVERSAL AUDIO Apollo Twin XのUnison機能を使ってレコーディングしています。プリアンプのUAD-2プラグインはAvalon VT-737 Tube Channel StripやManley VoxBox Channel Stripを使うことが多かったですね。
—「Nothing」ではボーカルの音像が近くに感じられますが、それは録音時のセッティングによるもの?
井上 ミックスでのコンプを使った距離感のコントロールです。UAD-2プラグインの1176で、アタックを遅く、リリースを速くしてかけています。1176はアタックとリリースのコントロールでかなり変わるので、通常の距離感を演出するときはもう少し緩やかな設定に、近い音像にする場合はアタックとリリースを振り切ってコンプレッションするんです。
—これまでに比べて、ボーカルのコーラスやピッチ・エフェクトが大胆に使われているのも印象的です。
井上 IZOTOPE VocalSynthを使った曲が多いです。ピッチ・エフェクトが強くかかっているものはANTARES Auto-TuneとVocalSynthを組み合わせたりしました。
—声をどのように重ねて配置するのかも重要ですよね?
井上 どういう印象を持たせたいのかを意識して、パンニングはかなり気を付けて調整しています。例えば「EYES」ではコーラス隊のように聴かせたかったのでL/Rに3声ずつ置いて、思い切りパンニングしました。でも、L/Rに既に別の楽器があったり、全体の音像が広い場合に同じことをしてしまうと、ごちゃっとしたサウンドになってしまいます。その場合は、パン自体は振らずにリバーブで広さを演出し、センターのボーカルに寄り添うくらいにしておくのが有効です。
—コンセプトを持った22曲入りの大作となりましたが、次のアプローチは何か考えていますか?
井上 WONKとしては、海外のアーティストとのコラボレーションをやっていきたいですね。今はリモートで何でもできる時代ですから。
荒田 今回はシングルをあまり出さず、アルバムで22曲をバーンと出したわけですが、次からはコラボをベースとして1曲単位でリリースするスタイルもやってみたいですね。
—WONKのメンバーはソロでの活動も積極的に行っています。自身の今後のソロ活動についてはいかがですか?
井上 『EYES』ではいつもより作曲することも多かったんです。今後は自分で曲を作ってリリースすることにもチャレンジしたいですね。
荒田 僕もソロ作品を作っていきたいです。WONKでは打ち込み系の音が多く、ビート・ミュージックの側面を押し出していますが、ソロ作品では音を聴いて空間をイメージできるというか……どこかの場所を想像できるサウンドの作品を作りたいと思っています。DAWのエディット画面を想起するような音ではなく、どこかに行ったような気分になれる音作りをしてみたいです。
『EYES』
WONK
Caroline International/EPISTROPH:デジタル(アルバムのみ/配信中)、POCS-23906(アート・ブック+CD/完全予約限定で7/22にリリース)
- Introduction #5 EYES
- EYES
- Rollin’
- Orange Mug
- Sweeter, More Bitter
- Filament
- Skit 1 - Behind The World
- Mad Puppet
- Blue Moon
- Signal
- Esc
- Skit 2 - Encounter
- Third Kind
- Depth of Blue
- If
- Skit 3 - Resolution
- HEROISM
- Fantasist
- Nothing
- Phantom Lane
- Skit 4 - Prayer
- In Your Own Way
Musicians:長塚健斗(vo)、江﨑文武(p、k、syn、prog)、井上幹(b、syn、prog)、荒田洸(ds、syn、prog)
Producer:WONK
Engineer:井上幹
Studio:プライベート、他
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