WONK インタビュー 〜Dolby Atmosを採用した最新作『artless』の制作とは?

WONK インタビュー 〜Dolby Atmosを採用した最新作『artless』の制作とは?

井上幹(b、写真左端)、長塚健斗(vo、同左から2人目)、荒田洸(ds、同右から2人目)、江﨑文武(k、同右端)の4人で結成された“エクスペリメンタル・ソウル・バンド”のWONK。ソウル、ヒップホップ、ジャズなど、多彩な音楽ジャンルを独自のスタイルへ昇華した音楽が、数多くのリスナーから支持されている。そんな彼らが今年5月、2年ぶりのニュー・アルバム『artless』をリリース。WONK自ら“原点回帰作”と謳う本作は、有機的なバンド・サウンドへと仕上げられており、さらにはDolby Atmosを採用するという新しい試みも見られる。ここでは全曲のミックスを手掛ける井上に、制作についての話を聞いてみよう。

Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki(*)

音数の少ないアレンジになった分、一つ一つの録り音にこだわりました

冒頭の「Introduction #6 artless」は、メンバーがスタジオに入ってきて、演奏の準備をしているような情景を想像させますが、今作はセッションを軸に作り上げたのでしょうか? 前作『EYES』と比べ、今作はオーガニックなバンド・サウンドがより全面に出ているように感じます。

井上 『EYES』はリモート環境下ですべて作り上げましたが、今作は約1週間、山中湖付近にあるBellbottom Studiosにメンバーと合宿して作業したんです。スタジオでセッションしたり、おのおのが自分の部屋にこもって書いた曲をメンバー全員でアレンジしたりしました。

 

前作とは一変して、今作は対面方式で制作したということですが、何か大きな違いを感じましたか?

井上 一度ギターやピアノで作曲したデモを、すぐにスタジオで演奏して確認できるのが一番大きかったです。細かい部分のすり合わせが行えることで、より自分たちらしい曲になったと思います。

 

細かい部分のすり合わせとは、具体的にどのような?

井上 デモを作っている段階で“いいね!”となった曲でも、実際にバンド全員で演奏してみると、“ドラムが曲にしっくり来ない”や“ピアノのフレーズがなんだかぎこちない”といったことが分かるんです。それらは各パートを演奏するメンバーが持つグルーブ感だったり、音楽的なフィーリングに由来することが多く、違和感を覚えたらその都度微調整するようにしました。具体的にはテンポを変えたり、フレーズを変えたり、曲の展開を変えたりなどです。「Migratory Bird」は何度もテンポを変えましたね。こういった部分を一つずつ改善していくことで、曲がよりバンド・メンバーに寄り添った形になってくるんです。

 

本番の録音はどのスタジオで行ったのですか?

井上 STUDIO Dedeです。今作では“シンプルさ”をすごく意識していたので、アレンジは音数の少ないものになっています。その分、一つ一つの録り音にこだわりました。

 

“シンプルさ”を意識した理由は?

井上 これまでは皆で持ち寄った曲のモチーフや断片を一つに合体させ、WONKらしい曲にまとめようという意識があったんです。ただ今作においては、作り始める前に“WONKらしさって何?”ということをすごく考えたんですよ。前作まではいろいろな音楽ジャンルを取り入れてきたのですが、果たして今作もこの路線でよいのだろうか?となったんですね。その結果、原点となる“バンド”というスタイルに一度戻ってみよう、すべてをシンプルにしてみようという考えに行きついたんです。よってサウンド面に関しても、余計な音を極力省いたアレンジにすることになりました。

 

先ほど“一つ一つの録り音にこだわった”と話していましたが、例えばどのようなところでしょうか?

井上 STUDIO Dedeの吉川(昭仁)さんにいろいろと協力していただきました。「Migratory Bird」や「Umbrella」で使用したコントラバスは、ビンテージのリボン・マイクALTEC 639 Bで録りましたね。良い意味で高域が落ちた、どこか懐かしいサウンドになって心地良かったです。いつも僕はハイファイで録ってミックスでローファイに加工するというやり方なので、こういった体験は新鮮でした。また「Euphoria」ではキック、スネア、ハイハット同士のカブリを無くすため、毛布でセパレートしてレコーディングしたことも記憶に残っています。今回は“あとでスネアのピッチをいじるといった作業をしない”と決めていたので、録りの段階でドラムや各パートの音作りに時間をかけたんです。ミックスでは再現できないような部分をレコーディングの時点で追い込めたことが、作品全体のナチュラルな質感につながり、大きなメリットとなりました。

STUDIO Dede。この部屋で『artless』におけるDolby Atmosのミックス作業が行われた。スピーカー構成は7.1.4chで、ハイト・スピーカーにはGENELEC 8331Aを4台、サラウンドには3ウェイ・アクティブ・タイプのATC SCM150ASL Proを7台、サブウーファーにはATC SCM0.1/15SL Pro Subを装備。写真は後日、当時の状況を撮影用に再現してもらったもの

STUDIO Dede。この部屋で『artless』におけるDolby Atmosのミックス作業が行われた。スピーカー構成は7.1.4chで、ハイト・スピーカーにはGENELEC 8331Aを4台、サラウンドには3ウェイ・アクティブ・タイプのATC SCM150ASL Proを7台、サブウーファーにはATC SCM0.1/15SL Pro Subを装備。写真は後日、当時の状況を撮影用に再現してもらったもの

WONKは常に新しいテクノロジーを作品やライブに取り込むようにしている

今作におけるトピックの一つとして、Dolby Atmosを採用したことが挙げられます。

井上 WONKは常に新しいテクノロジーを作品やライブに取り込むようにしているのですが、ちょうど今作の制作に入る前、2021年の暮れにAPPLEがLogic Pro 10.7からDolby Atmosに対応するというニュースを発表したんです。これはぜひ“取り入れるしかない”と思いました。

 

STUDIO Dedeで録音したデータをLogic Pro Xに取り込み、井上さんがDolby Atmosミックスを行ったということですね。

井上 はい。自分のプライベート・スタジオである程度ミックスしたあとにSTUDIO Dedeへ行き、そこのDolby Atmosシステムで最終的な調整を行いました。

 

ご自身のスタジオはどのような環境ですか?

井上 スピーカー構成は7.1chで、APPLE Mac StudioにLogic Pro Xを立ち上げています。モニター・スピーカーはL/RにFOCAL Shape 40をセットし、そのほかのサラウンドにはGENELEC 8330APMを、サブウーファーには7350APMを配置しました。Dolby Atmosにおけるほとんどのミックス作業は、Logic Pro X上でバイノーラル・レンダリングした上で、ヘッドフォンのSENNHEISER HD600でモニタリングしています。

 

最終的にはSTUDIO DedeでDolby Atmosミックスを仕上げられたということですが、そこではどのような作業をしたのでしょう?

井上 ハイト・スピーカーにおけるリバーブの返し具合を調整する作業が多かったです。バイノーラル・レンダリングでもそれなりにモニタリングできていた感触はありましたが、物理的にハイト・スピーカーがあるのと無いのではやはり違いを感じましたね。

井上幹のプライベート・スタジオ。スピーカー構成は7.1chで、L/RにFOCAL Shape 40、それ以外のサラウンドにはGENELEC 8330APM、サブウーファーには7350APMを装備する。デスク上には開放型ヘッドフォンのSENNHEISER HD600の姿も見える

井上幹のプライベート・スタジオ。スピーカー構成は7.1chで、L/RにFOCAL Shape 40、それ以外のサラウンドにはGENELEC 8330APM、サブウーファーには7350APMを装備する。デスク上には開放型ヘッドフォンのSENNHEISER HD600の姿も見える

ドラム/ベース/ピアノ/ボーカルなど曲の中核となるパートはベッドで鳴らす

「Cooking」では、食器をたたく音がリアから聴こえたり、ウィンドチャイムがLchから頭の後ろを通ってRchに流れていく表現がリアルでした。これらはオブジェクトですか?

井上 そうですね。オブジェクトは“点で聴こえる音”の演出が得意なので、動きを出したいパートによく使います。本当に“そこにある”ように鳴らせるので、今作ではいろいろなところに使いました。例えば「Euphoria」は“陶酔感”という意味のタイトルなのですが、口笛やワウがかったピアノなどをオブジェクトにして、オートメーションでぐるぐる回転させることで酩酊した人の感じを表現しています。

 

「Butterflies」のアウトロで登場するボーカルのフェイクは、とても近くでささやかれているようで驚きました。

井上 オブジェクトの長所を生かした結果ですね。こちらもタイトルに「Butterflies」とあるように、ちょうちょがひらひら飛んでいるような動きを再現しました。高さ方向にパンニングできるのはオブジェクトのみなので、これをうまく使えたかなと思います。

 

一方「Cooking」のコーラスは頭部全体を包まれるようなサウンドで、とても心地良いです。

井上 このコーラスはベッドでリアから鳴らしており、あえてオブジェクトにしなかったんです。オブジェクトは位置関係の表現に向いている一方、リスナーのモニタリング位置やスピーカー構成に左右されやすいため、曲のメインとなるパートに使ってしまうと意図した音像にならないことが多いんですよ。だから、今作では核となるパート……ドラムのキック、スネア、ハイハットやボーカル、ベース、ピアノはベッドというふうに使い分けています。

 

「Butterflies」の間奏で登場するシンセ・ベースの大胆なパンニングは、まるでアトラクションを体験しているように感じます。

井上 音源はNOVATION Bass Station IIで、フェードインは実際にノブをひねって録音したんです。そっちの方が、オートメーションを描くよりも躍動感が出せるかもしれないと思って。パンニングには、Logic Pro Xに付属するプラグイン・パンナーのSurround Pannerを使っています。

「Butterflies」の間奏で登場するシンセ・ベースの大胆なパンニングには、APPLE Logic Pro X付属のプラグイン・パンナーSurround Pann erを使用。3D空間内をシンセ・ベースが四方八方から鳴るような演出を表現している

「Butterflies」の間奏で登場するシンセ・ベースの大胆なパンニングには、APPLE Logic Pro X付属のプラグイン・パンナーSurround Pann erを使用。3D空間内をシンセ・ベースが四方八方から鳴るような演出を表現している

今作はご自身にとって初のDolby Atmosミックス作品ということですが、どのような音源をリファレンスにしたのでしょうか?

井上 Apple Musicで空間オーディオのプレイリストをたくさん聴きました(笑)。中でもマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、ガヤの配置など臨場感を追求したミックスとして勉強になりましたし、ティエスト&Sevenn『BOOM』はまさにアトラクションのような派手なパンニングが参考になりましたね。2ミックスの作業では“どれだけ音を格好良くするか”に注力していましたが、Dolby Atmosミックスでは“いかに3D空間を再現&活用できるか”を求めた気がします。正直、リアルな3D空間を追求するだけなら、ライブ会場に足を運んだ方が早いですからね。臨場感だけでなく、Dolby Atmosミックスを取り入れたことによって演出できる“面白さ”を、今作では表現できたと思います。この点においては、まだまだ研究の余地があるので追求していきたいですね。

Release

Musician:長塚健斗(vo)、江﨑文武(k)、井上幹(b)、荒田洸(ds)
Producer:WONK
Engineer:井上幹、吉川昭仁
Studio:STUDIO Dede、Bellbottom Studios

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