シンガー・ソングライターのビッケブランカが4thアルバム『FATE』をリリースした。国内のアーティストにとって永遠の課題と言える“洋楽ポップスの先進的サウンドとJポップを絶妙なバランスで混ぜること”に対する、彼の強い意志を感じるダンス・ミュージック12曲を収録する。プライベート・スタジオであるElephant Studioの機材紹介も交えつつ、『FATE』の音作りを語ってもらった。
Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki
インタビュー前編はこちら:
PRISM SOUND Lyra1は一番お気に入り。フラットな音質で解像度も高いです
ーダンス・ミュージックを作るために、DAWをFL Studio 20に乗り換えるなどツールを変えていましたが、制作の流れ自体にも変化はありましたか?
ビッケブランカ そこまで変わっていないかもしれません。昔から作曲の大本はピアノでするんですけど、それが完パケ状態でどれぐらい残るかが変わったとは思います。間奏に入ったときに鳴るリードなども、昔はピアノだったのをシンセで鳴らすようになった感じですね。最終的にピアノがそこまで残らないだけで、シンセのフレーズも歌メロも、僕はまだピアノで考えています。ピアノの打ち込みで使うのはCASIOの88鍵MIDIキーボードPX-S1100BKです。
ーデスクにはASTON MICROPHONES Aston Originがセットされていますが、ご自宅でも録音をしたりしますか?
ビッケブランカ やりますね。Aston Originは仮歌とゲーム実況用に使っています。防湿庫にしまっているNEUMANN U87AIは、家では滅多に使わないのでお守りみたいな感じ。あと、LEWITT LCT 550はカリッと録れるのでお気に入りなんですよ。この音で録りたいときはスタジオにも持っていきます。「蒼天のヴァンパイア」「Death Dance」はLCT 550で録りました。あとデスクに置いているチャンネル・ストリップのRUPERT NEVE DESIGNS Shelford ChannelとコンプのEMPIRICAL LABS Distressor EL8も通します。それでオーディオI/OのPRISM SOUND Lyra1からPro Toolsに取り込みますね。Lyra1はフラットな音質で解像度も高く、どの音も傷付けずに出してきてくれる。ここElephant Studioにある機材の中では、一番お気に入りです。録音素材にはコンプのWAVES Renaissance Voxなどで処理していきます。
「Death Dance」の極太ベースはFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLab
ーデスクの横にはKORG MS-20 FSがありますが、こうしたハードウェアのシンセもよく使うのですか?
ビッケブランカ 基本的にソフト・シンセを使いますが、たまに実機を弾くこともあります。MS-20 FSは「Death Dance」の間奏で、ビルド・アップしているところの “ウヨヨヨ~”っていうライザーを作るのに使いました。もしかすると、これからライブで使うかもしれませんね。ほかにはBEHRINGER MS-1も持っています。
ーソフト・シンセではどういったものを使いますか?
ビッケブランカ 例えば「蒼天のヴァンパイア」なら、冒頭のシンセ・プラックはREFX Nexus 3、バースで使っているピアノ・コードは4FRONT TruePianos。ドロップのシンセ・リードはNexus 3にLENNAR DIGITAL Sylenth1を重ねた音です。Nexus 3はプリセットを選んで内蔵エフェクトを変更することが多くて、最初から音を作りたいときはSylenth1をチョイスしています。
ーシーン切り替えのインパクト・ノイズはサンプル?
ビッケブランカ 僕KSHMRが好きなので、KSHMRの作ったサンプル・パック『Sound of KSHMR Vol. 3』から選んで使っています。デッドマウスがプロデュースしたLOOPMASTERS『DEADMAU5 XFER』にはMIDIループも入っていてすごい便利なんですよ! この2つでサンプルはほとんど補えていますね。同じ音を繰り返すと退屈しちゃうから、これらの中から何種類も使っています。
ートラックは全体的にクリーンでブライトな音が多いですよね。
ビッケブランカ そう、僕はサチュレーターとかをあまり使わないですね。どのトラックにもまずNATIVE INSTRUMENTSのTransient Masterをかけるところから始めます。キックからサイドのシンセまで、本当に全パートで最初に挿しているプラグインです。アタックを上げて、サステインを下げるという簡単な操作で、タイトかつ抜けの良い音が作れます。
ーそのほかのプラグイン・エフェクトで気に入っているものはありますか?
ビッケブランカ CAMEL AUDIO CamelCrusherやXFER RECORDS OTTとかですね。ダンス系は音を選んだり好みの音色を作るところからミックスが始まっているので、これらは欠かせないツールです。
ーTransient MasterとOTT、CamelCrusherはどのように使い分けるのでしょうか?
ビッケブランカ Transient Masterは基礎的なところ……というかアタックを少し足してパンチを出す目的で使うんですよね。あとは直感。元の素材が丸めな音ならばCamelCrusherで、パンチがあるならOTTですかね。あんまりやり過ぎるとコンプ酔いするのでDepthとかは弱めて使っています。
ー「Death Dance」の極太ベースは、歌が入って音量が落ちても存在感がありますよね。
ビッケブランカ あれは極太ソフト・シンセのFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLabの音で、実はエフェクト処理はそんなに頑張ってない! ほぼEQぐらいしかしていないんですよ。Nexus 3やSylenth1は一回OTTやCamelCrusherで音を分厚くさせないといけないけれど、SubLabはその処理の手間が省けるほど太い。内蔵エフェクトで音色を細かく加工もできるので使いやすいです。それにTransient Masterをかけて、あとは緻密(ちみつ)なEQで不要な音をカットして、純度を高めていってから、CamelCrusherでちょっとひずませてます。本当に基礎的なEQを頑張っているだけなんですよね。キックとの兼ね合いで、サイド・チェイン・コンプのNICKY ROMERO Kickstartを併用しています。
「蒼天のヴァンパイア」プラグイン・シンセ/エフェクト
ジョシュ・カンビーの居るLAで3カ月間サウンド・メイクを学びたい
ーこのリュックは何ですか?
ビッケブランカ 僕の最近のマイブーム、UDGのDJバッグに入ったモバイル・セットです! これ持っていればどこでも曲が作れます。この前は一人で箱根に行って、ホテルで山を見ながら曲を作りました。別に“山だー!”って言って、山っぽい曲ができるわけではないんですけどね。
ービッケブランカさんの本名は山池純矢ですもんね。
ビッケブランカ まぁ、山とか見ると頭が柔らかくなるんですよ。そこで作って出来上がった曲はめっちゃ暗い「Luck」なんですけど。読者の皆さんには“スタジオでギーク”みたいなイメージではなく“ま、僕は外にも行きますよ。場所にとらわれていないんで!”みたいな雰囲気であることを感じ取っていただきたいです。
ーきっと感じ取っていると思います。DJバッグの中には何が入っていますか?
ビッケブランカ マイクやオーディオI/O、モニター・スピーカーのIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitorもあって、使うときは低音を少しカットしています。ARTURIA MiniLab MKIIは初めて買った小型鍵盤で、使いやすい。普段使うヘッドフォンはオープン・エア型のBEYERDYNAMIC DT1990ですが、外ではYAMAHA HPH-MT8で聴きます。次は海沿いとかで曲作りしてみたいですね。
ー『FATE』はかなり意欲作だったと思いますが、次作に向けてこれから挑戦したいことはありますか?
ビッケブランカ 「蒼天のヴァンパイア」で“Jポップとビルボードのチャートに入る洋楽ポップスは混ざんないのかな?” っていろいろチャレンジしてみたので、これを突き詰めてさらに洗練させていきたいです。これからも海外ミュージシャンとのコラボは続けていきたいですし、成長して帰るから給料をもらいながら3カ月間LAに行きたいですね! ジョシュのところに行って、サウンド・メイクの技を盗みに行きたい。でも今はリリースとかライブもあるのでなかなか日程の確保ができないんですよね……でも絶対にやります。打ち込みができるようになってから良い音をどんどん言語化できるようになってきたので、これからも学び続けたいです。
ー最後にトラック・メイカーを目指す若者にお薦めしたいツールはありますか?
ビッケブランカ サンプル・パック『Sound of KSHMR Vol. 3』一択! DAW上に並べてパズルを楽しんでみてほしい。ソフト音源とかよりも“トラック・メイクとは何か”を簡単に理解するチャンスになると思います。
Mix Engineer’s Comment
ジョシュ・カンビー
「FATE」のミックス全体に漂う最高級のきらめきを引き出せた
僕は一緒に音楽をする相手がクリエイティブなプロセスを理解していて、詳細なディスカッションができることが好きなんだ。今回の僕とビッケがまさにそういう関係だったと思う。作品に参加できて光栄に思うよ。
僕がミックスをした「夢醒めサンセット」はこれまで手掛けた中でもかなり興味深かった。特に生ドラムが衝撃的で、あのような要素に出会うことは年に数回しかないね。僕はいろいろ考えて、オーガニックな質感の処理を施す方向に落ち着いた。やったことを正直に話すよ! アコースティック・ギターは滑らかで、オーガニックで、ゆったりとしたものに仕上げたかったから、かなり大規模なプロセス・チェインに頼った。サウンド補正ツールを使って良い下地を作って、SSLのEQをかけて、そこに最近ハマっているSOUNDRADIX Powairという新しいプラグインでコンプをかけた。そこからはVALHALLA DSPのリバーブと、ディエッサー、アナログ・ディレイで空間を作り出して完成さ! ドラムはSOUNDRADIX Auto-Alignですべてのマイクの位相ズレを解消して、シンバルにPLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressorをデュアル・モノで使い、オーバー・ヘッドを少しフラットに。最後にMAAG AUDIO EQ4で明るさを加えた。
ほかにも「夢醒めサンセット」で聴いてほしいのは、3’00”以降でトラックがキャンプファイア・ソングにブレイク・ダウンする部分。リスナーに夢から醒めてミックスに入り込む感覚を体験してもらいたくて、幾つかの音にアナログ・ディレイでテープの逆再生とストップを施してぼやけさせた。これにより、徐々に現実の世界に戻ってくる感覚を与えたんだ。
「FATE」の手柄は、曲中にとんびの鳴き声を入れたビッケにあげるよ。一瞬の中に幾つもの音楽的断片がうごめいているけど、楽しくシンプルに感じられるのが驚きだった。ほかにもビッケが用意してきた豪華なシンセ、ジューシーなベース・ラインと存在感抜群のキック・ドラム……とびきりのサイド・チェイン・コンプ処理を欲しがってるように感じて心地良かったよ。まずはバウンス調整を行って、リズムやフィルにはたくさんの処理をした。ミックスをステレオではなく3次元空間として考えると、確かに小さな空間が見えてきて、過度にコンプレッションせずとも音を配置できる。最近はM/S EQを気に入っていて、作業が進むにつれてEQを施していくんだ。BRAINWORX BX_Digital V3とFABFILTER Pro-Q3がお気に入りだよ。幾つかのプラグインで、ミックス全体に漂う最高級のきらめきを引き出せたかなって思う。
インタビュー前編は、 プライベート・スタジオの制作環境や、世界標準の良い音を追求したポイントを語っていただきました。
Release
『FATE』
ビッケブランカ
(エイベックス)
Musician:山池純矢(vo、all)、カジヒデキ(b)、設楽博臣(g)、佐野康夫(ds)、他
Producer:山池純矢、本間昭光、横山裕章
Engineer:山池純矢、渡辺省二郎、平塚亮太、ジョシュ・カンビー、神戸円、采原史明
Studio:Elephant、POWER BOX、Endhits