『サウンド&レコーディング・マガジン』のバックナンバーから厳選したインタビューをお届け! レーベルHyde Out Productionsを主宰していたNujabesは、独特の美意識を徹底したトラックで国内外のインディー・ヒップホップ・シーンで人気を博した。2010年に交通事故で他界した後も、2018年には、Spotifyの「海外で最も再生された国内アーティスト」ランキングで3位に。今年1月には渋谷スクランブル交差点にて、彼に捧ぐ映像作品『Play for Nujabes』が大型ビジョン×6面で再生されるなど、現在に至るまで大きな影響力を持っている。メディアにほとんど登場しないことでも有名だった彼が、本誌に唯一登場した2003年10月号の「People & Tools」をお届けしよう。
撮影:八島崇(※を除く)
Max/MSPなどのソフトを活用することで
サンプリング・ベースの音楽の可能性を広げられる
サンプリング・ソースの質感を生かしたHyde Out Productionsレーベルからの作品で注目を集めるアンダーグラウンド・ヒップホップの実力派トラツク・メイカーがNujabes氏だ。気鋭のMCや生楽器奏者とのセツションを織り交ぜつつ、サンプリング・ミュージックの魅力をあらためて感じさせてくれる初のソロ・アルバム『Metaphorical Muslc』の制作現場となったプライベート・スタジオを訪ね、トラック・メイキングについて話を伺っていこう。
Hyde Out Productionsレーベルを主宰し、1999年からFunky DLやPase Rock(ファイヴ・ディーズ)、Shing02、Apani B-flyといったアンダーグラウンド・ヒップホップの注目MCをフィーチャーした12インチ・アナログ・シングルをリリースしてきたNujabes氏。自身がプロデュースを手掛けるこれら一連の作品は、日本はもとより海外でも高い評価を獲得している。そんなNujabes氏がサンプリングをベースとしたトラック制作を開始したのは1998年ごろだそう。
「高校生のころに音楽を作っていたことがあったけど、のめり込まずにやめてしまったんです。でも、再びトラック制作を開始したのは、好きな古いソウル/ジャズをサンプリングした音楽を聴いてみたいという欲求から。最初は曲を作ろうというよりも、このレコードからサンプリングしたものをループさせて、別のサンプルを重ねたらどうなるか?みたいな感じでしたね。フレーズをループさせた時点で既に快楽があったし、初めてループを作ったときは1日中それだけを聴いていたくらいです(笑)」
当初の制作システムはシーケンサーがMARK OF THE UNICORN Performerで、サンプラーのAKAI PROFESSIONAL S3000との組み合わせ。レコーダーとしてROLAND VS-880を仕様し、ミキサーにはROLAND M-12Eを使っていたそうなのだが、トラック制作へのめり込むにつれいて機材も徐々に拡充していった。
「サンプラーはすぐにAKAI PROFESSIONAL S950に移行して、その後は容量やシステムの相性でE-MU E5000 Ultraを使い続けています。あと、トラック制作を再開して1年くらいして、シーケンサーはSTEINBERG Cubase VSTに移行しています」
このようなシステムで制作されるNujabes氏のトラックだが、サンプラーに取り込んだサンプルはCubaseVSTにレコーディングされずにマスターとなるDATに落とし込まれるという。
「Cubase VSTはラップを録ったものとMIDIシーケンスを統合するためのものなんです。サンプラーから直接鳴らしたものとコンピューター内に取り込んだものとでは音が違うんですよ。だからドラム音などにはプラグインを使わずにMPC2000XLの内部とSPL Transient Designer Model 9946、あとはYAMAHA 03DのEQとコンプで音作りをしています。特にドラム音ではデュレーションの調整が気になるので、Transient Designerは使用頻度が高いですね」
さらに、サンプリング・ソースを大切にしているトラック・メイカーらしく、サンプルの切り刻み方にも細心の心配りがなされている。
「最初にPROPELLERHEAD ReCycle!の存在を知ったときには“こんな便利なものがあるんだ”と思ったんですが、ソフト側で算出して分割されたものと、手で切り分けたものとでは明らかな違いがあるんです。サンプルの切れ味に味が無くなるというか、明らかにReCycle!で切ったなというのが分かるんですね。こういった作業を延々やっていればそういった違いを感じてくると思うけど、その違いは重要な部分。サンプルのニュアンスを大切にしたいものは必ず手で作業するようにしています」
このようにサンプリング・ベースのトラック制作に強い愛情を持つNujabes氏の1stソロ・アルバム『Metaphorical Music』は、Pase RockやCise(Cyne)、Shing02、SubstantialといったMCをフィーチャーした6曲とインストの9曲によって構成され、さまざまなサンプルが幾重にも交錯する重厚にして幻想的なサウンドが印象的だ。
「これまでトラック制作をやってきて、自分が音にしたいものが、よりハッキリした座標として見えてきたんです。強いて言葉にするなら普段から自分が思っていること、感情のようなものを音として出す……アルバム・タイトルのように“比喩としての音楽”という感じで。音楽にはいろいろあるけど、トラックを作っている人が見えてこないものって多いと思うんです。ある定石に即しているというか、流行を分析してという方法論が存在するように、音楽が商業的な部分から切り離せなくなっている。だけど、僕はインディペンデントでやっているんだから、それと同じ目線で活動しているMCたちにも参加してもらって、自分が大切だと思う部分を表現していきたい」
この“同じ目線で”という発言は今作のMCのレコーディングでも一貫されており、これまでのHyde Out Productionsレーベルからの一連のリリースも含め、すべてNujabes氏のプライベート・スタジオにMCを招いて録音されている。
「出来上がったトラックを海外に送って、それにラップを重ねてもらうこともできるけど、その場でディレクションができなかったり、MCと面識もないのに、ということはやりたくないんです。もちろん費用もかかって大変なんだけど、その形は維持してきました。ラップのレコーディングはすべてAKG Solid Tubeと03Dのマイクプロの組み合わせを使っているので“音質”という部分ではまだまだ追い込めていないんだけど、自分でミックスをやっていることも含めて、音質ではなく“作りたい音のイメージ”に近づける作業が大切だと考えています」
この“イメージ”に近づける作業の一環として生まれたもののの1つが徳井直生とのユニットURBAN FORESTだそう。
「Hyde Out Productionsの作品はサンプリング・べースであることに変わりはないけど、プログラミングで作られた音楽は不確定要素があまりない。だから、CYCLING '74 Max/MSPなども導入したいと思っていて、直生とURBAN FORESTとして一緒に研究しているんです。Max/MSPなどのソフトを活用すれば、例えばグラニュラーのようにサンプリング・ベースの音楽の可能性が増えるし、そういった“オプション”も増やしつつ、パーカッションなどの生演奏もトラック制作に取り入れていきたいと思っています。あと最近、新たにレコード・ショップ“Tribe”を始めたんですが、ここは店自体がHyde Out Productionsの延長のように考えています。置いてあるのはすべて自分が海外に行って仕入れたものだし、古いレコードをゆっくり試聴して、そのレコードにインスパイアされて、いいトラックを作る人が出てくればと思って。これからは、そういう環境作りも大切にしていきたいですね」
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