シンガー・ソングライターの朝日美穂が前作『ひつじ雲』以来7年ぶりのアルバム『島が見えたよ』をリリースした。出産や育児を通した日常の中での出来事を、グルーブ感たっぷりに表現した本作。前作に引き続き、プロデューサーの高橋健太郎と、楠均(ds)、千ヶ崎学(b)のリズム隊が作品の土台を固める。さらに、「旅するバルーン」にリモートで参加した三枝伸太郎(p)をはじめ、アンドウケンジロウ(cl)やエマーソン北村(key)らが奏でる軽やかでカラフルなサウンドも聴き逃せない。ここでは、朝日と高橋にインタビューを敢行。朝日がインスパイアされた音楽や制作のスタイル、高橋が打ち込みと生演奏の融合のために行ったテクニックなどを語ってもらった。
Interview:iori matsumoto Text:Kanako Iida
毎回ゼロの素人から始めるような感覚で
同じ手法を2回はやらない
ー7年ぶりのアルバム『島が見えたよ』は、打ち込みも交え、いろいろな表情が見える楽曲が並びますね。
高橋 初期のアルバムはバンド・スタイルの録音で作っていたけど、3枚目の『Thrill March』はリズム録りから入る形ではなく、打ち込みや何かの楽器を録りながら、着地点を探るような形で作ったんです。その後は現在のバンド・メンバーであるチガちゃん(千ヶ崎学/b)と、楠ちゃん(楠均/ds)のリズム隊で固まった録音が続いたんだけれど、今回は頻繁にリハできる状況じゃなかったこともあって、『Thrill March』に似た感じで詰めていったところがあります。
朝日 2013年の『ひつじ雲』リリース後は、育児で自分の制作がまるでできない状態が続いていたので、このままじゃまずいと思って、2016年に勤めている会社に休暇を3週間もらったんです。新しい音楽を聴いたり作曲をして過ごして、『島が見えたよ』の半分の曲ができました。
ー新しい音楽にインスパイアされた部分は大きかった?
朝日 私は以前から、人の音楽を聴いて“こういうのをやってみたい”と思ったら自分なりにトライして、形ができてきたら完成させるスタイルなんです。今回は休暇中に聴いた音楽の中から、自分にとって鮮度の高かったものにインスパイアされました。「スイミースイミー」は、ハイエイタス・カイヨーテ「ブリージング・アンダーウォーター」の疾走感とストップ感が同居している感じを自分なりに表現したくて打ち込んだ曲です。「Wednesday ブルース」や「春が来た」はヴォルフペックにインスパイアされ、バンドでやりたかったのでベースとドラムの2人のサポートで作りました。「オートフライト・コントロール」はノウアー「ハンギング・オン」のように打ち込みのベースと生のベースが切り替わるのをやりたくて。
ー作曲はどのようなシステムで行いましたか?
朝日 APPLE Mac Proと鍵盤を使ってLogicで思い付いたことを打ち込んでいきましたね。
高橋 僕のプライベート・スタジオMemory Lab内に朝日の制作スペースがあって、彼女がLogicですべて作る。そのMIDIデータを僕がAVID Pro Tools 上で使ったり、最初から打ち込み直したりします。今回は彼女の打ち込みがまずあって、それをバンドでどうやるかという形が多かった。打ち込みと生演奏の融合については約20年いろんなことをやっています。今回「スイミースイミー」では生で録った楠ちゃんのドラムをMIDIデータ化して、録音したサンプルを細かく組み直しました。演奏自体は基本同じなんだけど、クオンタイズがかけられるし、生ドラムを空間で録った感じは無くして、打ち込みと一緒に演奏が走っているようにしました。「旅するバルーン」はギターが打ち込み。最初は生演奏に差し替えようと思ってたけど、リズム・セクションと合わせたらハウス的なグルーブが出て、この方が面白い、と思い細かく打ち込み直しました。
ーPro Toolsでサンプルを扱うときは何を使いますか?
高橋 ドラムはNATIVE INSTRUMENTS Batteryにどんどんサンプルを読ませて打ち込みます。演奏のMIDIデータはAKAI PROFESSIONAL ME35Tで楠ちゃんのドラム・セットを読み込んで作りました。サンプルの差し替えや便利なツールも体験してきたけど、“つまみがこの辺だとこのくらいのベロシティで入ってくる”みたいなアナログなやり方が今でも身に染み付いているのかもしれないです。
ー今回の出発点が現代の音楽にトリガーされたことを考えると、打ち込みでコントロールをした方がいいというのは音楽性との兼ね合いとしてあったのでしょうか?
高橋 こうしようというよりは結果的にそうなった。方法論として“こういうものがあるんだ”と思っても、僕は1曲で使い果たしちゃって同じ手法はほぼやらないんです。制作に7年かかってるから7年前と今では同じソフトを使えなかったりもするし。毎回ゼロの素人から始めるような感覚で、“これを使うとこういうことができるんだ”とか勉強しながら作るけど、結局2回目はやらない(笑)。
ーLogicのプリプロでほぼ形はできているのですか?
朝日 私の中で完結できるところまで仕上げて、全く形を変えるものも、それを元に作るものもあります。「四つ葉のクローバー」はピアノと歌だけで作ったものをBabiさんに全部預けて、クラシカルなアレンジにしてもらいました。
高橋 アレンジを外部に頼んだのは今回が初めてですね。
朝日 「スウィンギン・デイズ」は、ミュージカル風の曲を作りたいと思ってピアノと歌だけで作ったんです。だけどアカペラにしたら面白いんじゃないかということで健太郎さんにコーラス・アレンジしてもらい、全く違う形になりました。「ベーグルソング」や「春が来た」はエレピで弾き語りしてドラムだけガイドを入れて、ベースは千ヶ崎君に考えてもらって。
ーたくさん音が入っているのに全体的に軽やかに感じましたが、音作りでその点は意識しましたか?
朝日 意識はしていないですが、子育てをしていて生活に密着したような言葉が出てくるので、明るいものを作りたいという気持ちもありました。子供向けのイベントで目の前の子供に楽しんでもらえるパフォーマンスをすることが身に付いているので、今までより明るくなった気がします。
高橋 このプロジェクトはあまりリファレンスや音像のことは考えなかった。ゴリッとした強い音みたいなものへのあこがれも無くなって、歌に合う聴きやすいサウンドを作ることを一番に考えました。2~3年前までの音圧競争から完全に自由になったのはすごく大きいです。
ー楠さんは弱音が魅力のドラマーでもあるので、そんなに立ってこない感じになるよう意図したのかと思いました。
高橋 楠ちゃんのドラムはミックスのとき“うわ、こんなに細かいことをやってるんだ”と思いますね。1台のドラムでどうやって演奏するんだろうと。「旅するバルーン」のドラム・パターンは1テイクなのにスネアが3種類くらい聴こえるし。
朝日 本当に皆さん細やかに演奏しているので各楽器のトラックだけで聴くとすごく楽しいですね。そのトラックだけでリリースしたいくらい(笑)。
グルーブのある音楽で日常で聴こえる言葉を
表現するというのにすごくこだわりました
ーバンドのベーシック録りはどのように?
高橋 2017~18年にパストラル・サウンドで録りました。マイクプリはMILLENNIA HV-3やGRACE DESIGNも使ったけど、今回はAPIが多かった。僕が4つ持ち込んだほかにパストラルにも4つあって。その分、HELIOSやNEVEで録った前作より明るいんです。
ー高橋さんが音色を差し替える場合や足す場合もある?
高橋 朝日はエレピで作ることが多い。でもそのエレピの音をそのまま使わず、毎回ゼロから作るんです。例えば「スイミースイミー」のちょっとひずんだエレピはDAVE SMITH INSTRUMENTS Prophet 12 Moduleで作ってます。「オートフライト・コントロール」はNATIVE INSTRUMENTS FM8のサイン波から作りました。
ー歌録りはどのように行いましたか?
高橋 Memory Labで行いました。ほとんどの場合マイクプリはNEVE 1073のオリジナル・モジュールを改造したSHEPSN8。コンプはADL ADL1000やUREI 1176LN Rev.Fでかけ録りです。マイクは彼女の声に一番合うAKG C12A。ただ、途中でC12Aの調子が悪くなったので、LOMO 19A19やNEUMANN U67も使いました。コーラスはAKG C414やSENNHEISER MD421ですね。以前はチューブ・マイクでしたが、SN比の問題で24chくらい重ねるとさすがに気になったので、普通のコンデンサーにしようかなと。
ー「旅するバルーン」は三枝伸太郎さんの端正なピアノが印象的ですが、リモートで録ったと聞きました。
高橋 三枝さんには2年くらい前にピアノを弾いてくださいとお願いし、ようやく3月くらいにやろうとなったけど、セッションは厳しいかなということでリモートでやることになりました。
ー録音したファイルが送られて来るのでしょうか?
高橋 ソフト音源を使ったと思うけど、MIDIファイルではなく2ミックスでトラックをもらったから完全に波形編集でした。
朝日 こちらもどう弾いてもらいたいか見えていない部分があり、まずは細かいことを伝えず自由に弾いてもらったんです。
高橋 最初はかなり攻めたジャズ的なアプローチで、希望を伝えて何度も弾き直してもらううちに、歌モノに合う配置にできました。でも実は、最終的に採用したオーディオの素材は最初のテイクなんです。圧倒的にリズム・セクションと一緒にやっている感じがあって。そのテイクを最後に弾いてもらったようなデザインにするためのエディットが大変でしたね。ここだけ欲しいと思ってもぶつ切れになって次の音が入ってきちゃうから、減衰部分をリピートして、逆回転にして、位相を反転して、そこにフェードをかけたりしました。
ー7年ぶりにアルバムができて、朝日さんご自身の作品としてもアップデートしたかと思いますが、いかがですか?
朝日 今までの総まとめという感じかしら。子育ても第1フェーズが終わり、そのまとめとしてすごく記念になったなと。
高橋 日常で聴こえる言葉が普通に音楽になっている。グルーブのある音楽でこういうことを表現するというのはすごくこだわりました。
ーグルーブ感は朝日さんの音楽のポイントですよね。
高橋 歌の譜割りとか全然普通じゃないですからね。あと、演奏していると気持ち良くなるところで小節数や拍数が半端だったりするから、ものすごく注意してないと間違えるんですよ(笑)。楠ちゃんやチガちゃんのそういう歌モノへの対応が絶妙で、僕はいつまでたっても慣れないんだよね(笑)。
ー以前朝日さんは“普段生活をする中で音楽を作ってライブができるのは特別なこと”とおっしゃっていましたね。
朝日 育児と会社勤めをしていることもあり、Logicを使っているときや歌入れをするときもすごくぜいたくな時間に感じますね。バンドで演奏するときはなんでこんな素晴らしい人と一緒にできるんだろうと思います。
ー次作はどんなスタイルになるのでしょうか?
朝日 今回のでゼロに戻っちゃったので、また詰め込んで。
高橋 同じことは2回やらないから、どうなるんでしょう(笑)。
Release
『島が見えたよ』
朝日美穂
asahi chikuon:ASCO-9006
- スイミースイミー
- 旅するバルーン
- Compass Piont 90
- 朝がくるよ
- オートフライト・コントロール
- Compass Point 180
- 四つ葉のクローバー
- Wednesday ブルース
- スウィンギン・デイズ
- ベーグルソング
- 春が来た
Musicians :朝日美穂(vo、p、prog)、千ヶ崎学(b)、楠均(ds)、高橋健太郎(g、b、prog)、三枝伸太郎(p)、アンドウケンジロウ(cl)、 他
Producers : 朝日美穂、高橋健太郎
Engineers : 高橋健太郎
Studios : Memory Lab、パストラル・ サウンド
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