アルバム『NO MOON』のミックスを務めた髙山徹氏。D.A.N.のほか、METAFIVEやスピッツ、コーネリアスなど数多くのビッグ・アーティストを手掛けてきた希代のエンジニアだ。氏が主宰するSwitchback Studioを訪れ、「Overthinker」の音作りをメインにインタビューを敢行した。
Text:辻太一 Photo:小原啓樹
超低域を生のキックに任せた理由
ーSwitchback Studioにはアウトボードが用意されていますが、アルバムのミックスでも活用したのですか?
髙山 いえ、今回はAVID Pro Toolの中で完結させました。何曲も並行してミックスしていたし、D.A.N.のメンバーは3人とも、本当に細かいところまで聴いてリクエストしてくるので、設定を素早く、完全に再現できるものでないと対応し切れないと思ったんです。
ー「Overthinker」のミックスについては、メンバーからどのようなリクエストがあったのでしょう?
髙山 ほかの曲では、ミックスの前に“ドラムはオーヴァーモノやフローティング・ポインツ、モーゼズ・ボイドみたいな感じ”とか“ベースは2つのトラックをこれくらいの割合で混ぜて、全体像はジェイムス・ブレイクのこの感じ”といった指示が入ったのですが、「Overthinker」では細かい話はせず、自分なりの解釈でミックスして提示しました。
ーその最初のミックスが、今回提供していただいた「#0」なのでしょうか?
髙山 はい。「#0」は、ラフ・ミックスを聴いたときの印象から作ったんです。冒頭の歌詞が“別に いいんじゃない?”だし、ベックの「セックス・ロウズ」的なひょうひょうとした感じがいいのかな?と思い提示しました。それを聴いたメンバーからは“迫力があって面白いけど、ドラムのコンプ感が強過ぎるかな?”という意見が出たので、あっさりボツにして(笑)、もうちょっとナチュラルな方向にしたんです。「#0」は、普通だったら陽の目を見ないわけですが、今回の特集の内容からして“こんな方向性のミックスもありますよ”って公開したら面白いかなと。こっちの方向じゃなかったという、悪いお手本みたいな感じで(笑)。
ー「#0」以降は、楽曲のどういった部分に主眼を置き、どのような手順でミックスを進めたのですか?
髙山 ドラムの温度感を調整しつつ、ベースがクリアに抜けるようにするのが主眼でした。あとは各楽器の立ち位置、見え方のバランスですかね。メンバーとのやり取りは、このご時世なので極力E-Mailで行い、「#0」の次に「#0.1」を作って送って、曲によっては「#0.2」や「#0.3」も提示しました。それから彼らにここへ来てもらって、微調整を繰り返したんです。
ー「Overthinker」で行った“ドラムの温度感の調整”について教えてください。
髙山 「#0」の音からコンプレッションを弱めていくような調整でした。ドラムの各パーツにはUNIVERSAL AUDIO UADのStuder A800とPLUGIN ALLIANCE Brainworx BX_Console SSL4000Gを使用し、バスでまとめた音にはPurple Audio MC77をかけていたのですが、コンプ感を弱めるためにPurple Audio MC77をUADのFairchild 670に変えて音作りしたんです。「#0」と採用版のミックスを比べると“コンプレッションの種類”が異なるように思います。例えば、ロック寄りのコンプのかけ方とテクノのコンプでは熱量の感じが違いますよね。僕の中では「#0」がロック的な解釈で、採用版の方はどちらかと言うとテクノやダンス・ミュージック寄り。もう少しクールな方向です。
ードシャっとリリースが伸びるようなロック・スタイルのコンプレッションではなく?
髙山 もう少し空間を作る感じですね。自分のミックスの進め方として、#0のバージョンで多めにアイディアを出しておいて、そこからアーティストの好みに応じて削っていくパターンが多いんです。“何かが足りない”って悩むより、“これは要らない”と判断する方が分かりやすいと思うから。
ーキックやスネアにはエレクトロニックな素材がレイヤーされていますが、例えばキックに重なっているサブキックはどのように扱いましたか?
髙山 実は、超低域は生のキックで賄っていて、サブキックにはローカットを入れています。双方の低域を出すと逆相になるところが発生し、量感にバラつきが出るので、どちらか一方に任せる方が安定しやすいんです。また“808”系のキックなどは、音の減衰とともにピッチが下がっていく傾向にありますよね。超低域を持ち上げるとピッチの下がった部分が大きく聴こえるため、ビート全体が後ろノリになってしまう。もちろんそれを狙う場合もあるんですが、「Overthinker」には軽快なグルーブの方が合うと思ったので、生キックの超低域を使いました。生のキックには、ピッチ・ダウンしていくような変化があまり無いんですよ。あと彼らがサブキックを使ったのは、テクノ的な雰囲気を出したかったからだろうと思っていて。つまり、最終的に低域の感じられる仕上がりにできればOKなので、そのための方法として今回は生の方を選んだということです。サブキックでは80~100Hz辺りを強調していますね。
ボーカルの複雑なトラック構成を整理
ーミックス前のマルチでは、ボーカルの録り音が音域別に細かくトラック分けされていたと思いますが、どのようにアプローチしたのですか?
髙山 録音時に歌いやすさを重視したからか、かなり複雑な分け方になっていたので、同様のフレーズを同一のトラックにまとめ、曲を5つのセクションに区切った上で音域別に処理しました。基本的にはWAVES Renaissance EQ、UADのTube-Tech CL1B MKIIやUA 1176を使ったのですが、一つのセッティングで何とかしようとはせず、各セクションに合わせた設定にしています。
ーセクションによって中域を担う声部が主旋律に聴こえたり、かと思えば高音部がそうだったりと、一筋縄では行かなかったのではないでしょうか?
髙山 そうですね。だから悩んだときは、メンバーに確認していたんです。“ここは、どれをメインにする?”って。
ー空間系エフェクトのかかり具合が場面によって変わっているのは、どうしてなのですか?
髙山 歌詞と声のキャラクター、曲の展開に合わせて変化させたんです。例えば、ドライな音から始めて空間を徐々に広げていくと、曲に引き込まれるような効果が得られます。使用したのは、AUDIO EASEのリバーブAltiverb 7やMCDSPのディレイEC-300など。Altiverb 7では実機のシミュレーションをよく使います。「Overthinker」の歌にかけているのは、EMT 250を再現したものですね。
ーベースも音域や音色によってトラック分けされていました。それぞれに個別の処理を行ったのでしょうか?
髙山 そうですね。ベースと言ってもギター的な使い方をしている場面があったりするので、あまり“Bass”というトラック・ネームにとらわれずに処理しています。主にBrainworx BX_Console SSL 4000Gを使っていて、DIとマイクの時間差はPro ToolsのTime Adjusterで調整しました。ギターのようなフレーズには、Altiverb 7のARP 2600スプリング・リバーブのシミュレーションをかけています。
事前にマキシマイズしてチェックする意味
ーリリース版のミックスを聴いていると、ハイポジションのベースやシンセのステレオ・イメージの広がり、奥行きの作り方などが非常に印象的です。
髙山 広がりや奥行きって、ギャップから生まれると思うんです。例えば、あるセクションをセンター寄りのミックスにしておいて、次の場面で思い切りステレオ感を強めると、その差異によって広がりやスケールが感じられる。広いままだと、意外に“広がっているな”という印象を受けづらいと思います。奥行きについても、近く聴こえる音と遠く聴こえる音の距離感をより明確にしつつ、両者を共存させることで深くなるんじゃないでしょうか。個々の音に対しては、大それた処理をしているわけではないんです。それにD.A.N.の楽曲は、アレンジの段階で素晴らしく練られていますから。
ー具体的に、彼らのアレンジのどういった部分が優れているのですか?
髙山 「Overthinker」の話ではないんですけど、例えばアコースティック・ベース、エレキベース、シンセ・ベースの3つをセクションによって異なる重ね方にしているところとか。そういう作りにした理由を本人たちに尋ねていくと、各パートの関係性をよく考えながらアレンジしていることが分かったんです。“この楽器が鳴りやむから、補完するためにシンベを足しているんだな”とか“歌が柔らかい感じになるから、エレベじゃなくてアコベにしたんだな”という具合に。
ーミックスの段階でトータル処理は行いましたか?
髙山 マスターにUADのManley Variable MuやAmpex ATR-102などをかけています。あと僕は、マスタリング・エンジニアへ送る前にIZOTOPE Ozone 9のMaximizerでリダクションしてみて、マキシマイズされたときの音の距離感を予測するようにしているんです。“もっと奥行きを出しておけばよかった”となるくらいなら、マキシマイズされた状態を想定して音作りする方が良いと思うからです。Maximizerを挿すタイミングは、大体のバランスを作り終えてから。いろいろな曲を参考にして“このくらいはマキシマイズされるだろうな”というのを予測し、その結果からミックスを見直します。“こうなるだろうから、もう少しリバーブを深くしておこう”みたいな感じで。あと、マキシマイズしてチェックしておくと、マスタリング・スタジオで“なぜかレベルが突っ込めない”となるのを未然に防ぎやすい。レベルを稼げない原因がミックスの段階で見付けられて、それを解決した状態で提出できますからね。
ーアルバムのマスタリングは、英メトロポリス・スタジオのマット・コルトン氏が手掛けていますね。
髙山 アメリカのスタジオとは音作りの方向性が違う印象ですね。パキッとしている感じではなく、少しくすんでいるというか。でも、それが格好良いんです。今回は僕がOzone 9で簡易的にマスタリングした「#0」も聴いてもらえますが、世の中にはさまざまな理由で公開されていないミックスや楽曲がたくさんあります。そういうものを聴きたい人だけが聴ける、何か新しいプラットフォームが生まれるといいですね。もちろん、アーティストの権利が守られた上で。
【Profile】22歳でレコーディング・エンジニアに。2004年に独立し、2009年にはグラミーのベスト・サラウンド・サウンド・アルバム賞へノミネート。D.A.N.のほか、METAFIVE、スピッツ、コーネリアス、indigo la End、竹原ピストル、マハラージャンなど数多くのアーティストを手掛けてきた。コーネリアスのリミックスで、ベックやスティングらを担当したことも
【ミックス作品集(Spotify)】
『Recording Engineer 高山徹Works』
Release
『NO MOON』
D.A.N.
SSWB/BAYON PRODUCTION:XQNM-1001(SSWB-013)/通常版CD、XQNM-91001(SSWB-014)/プレミアム・ボックス
Musician:櫻木大悟(vo、g、syn、prog)、市川仁也(b)、川上輝(ds)、Utena Kobayashi(steelpan、vo)、Takumi(rap)、tamanaramen(vo)
Producer:D.A.N.
Engineer:早乙女正雄、髙山徹、山本創、D.A.N.
Studio:aLIVE、Red Bull Tokyo、Switchback、HAJIME STUDIO、プライベート