ZAKが語る坂本龍一との制作 〜『Playing the Piano 2009』から『12』『Opus』

ZAKが語る坂本龍一との制作

『12』はある意味、むき出しの坂本さん。“音楽っていうのはこういうものなんだよ”ということかもしれません

 2023年3月28日に坂本龍一さんが他界されて、1年を迎えた。この追悼企画では、ソロ作品を中心に坂本さんと共作したミュージシャンやクリエイター、制作を支えたエンジニアやプログラマー、総計21名の皆様にインタビューを行い、坂本さんとの共同作業を語っていただいた。

 2009年のツアーでPAを務めて以来、最後のアルバムとなった『12』まで、録音作品やインスタレーションなど多方面でエンジニアとして坂本作品に寄与したZAK。現在もなお、展示や映画などで坂本龍一の音楽に寄り添い続けている。

コンサートが終わった後に坂本さんから「今日の最後の曲、PA使わずに生だったでしょ?」と

——ZAKさんが坂本さんと最初に仕事をされたのは、2009年の『out of noise』リリースツアーにPAエンジニアとして参加されたときですよね。それ以前はお会いされたこともなかったのですか?

ZAK 全く会ったことがなかったですね。だからオファーがあったときはびっくりしました……なぜ僕なんだろう?と思ったらサンレコ(編注:当時)の國崎さんからの推薦だと(笑)。

——オファーが来たときはどう思われましたか?

ZAK 全然つながりのない人だったし、当然、向こうも知らないだろうし……自分とは一生交わらない人だと思っていました。でも、僕はオファーが来たものは基本的に断らないし、単純に面白そうだからやってみようと。このタイミングで自分に来るのも何かの縁だなと。

——『Playing the Piano 2009』と題された『out of noise』のツアーは、PAスピーカーにスタジオモニターのmusikelectronic geithain RL901Kを、左右6本ずつ使用するという異例のシステムでした。ZAKさんからの提案だったのでしょうか?

ZAK 僕も坂本さんも普段からmusikelectronic geithainのスピーカーを使っていて、“PAで使ってもいいんじゃない?”みたいな話をして決まったんだと思います。

——会場ではコンピューターからのオケ出しもありつつ、自動ピアノを含む2台のピアノから発せられる音がすごく自然に響き、すべてがアコースティックなものに聴こえました。

ZAK アコースティックっていうのは楽器そのものだけでなく、それが鳴っている空間のことも含めてなんです。坂本さんはステージ上のモニターではなく、客席も含めたホール全体の音を聴きながら演奏する人でした。それで僕もあまりPAの音が強過ぎないよう弱音でやっていたんです。ピアノの生の音が聴こえてきて、それにPAで拡声されたピアノの音がブレンディングされている感じです。曲によってはPAの音をどんどん落としていって、マスターフェーダーが完全に下がってる状態のときもありました。さすがにコンサートの冒頭ではやりませんが、お客さんの耳が弱音にだんだん慣れてきたりとか、曲の前後関係でそういうのが可能だったりするんです。だから本番中、僕はずっとマスターフェーダーを触ってましたね。コンサートが終わった後に坂本さんから「今日の最後の曲、PA使わずに生だったでしょ?」って言われた日があって、ちゃんとそこが分かってるんだなと思ってうれしかったです。

2009年5月号より、『坂本龍一 Playing the Piano 2009』のレポート。スタジオモニターのmusikelectronic geithain RL901K×12本をメインスピーカーとして使用。公演翌日にはiTunes Storeで販売するという意欲的な試みも行われたツアーだった

2009年5月号より、『坂本龍一 Playing the Piano 2009』のレポート。スタジオモニターのmusikelectronic geithain RL901K×12本をメインスピーカーとして使用。公演翌日にはiTunes Storeで販売するという意欲的な試みも行われたツアーだった

——『Playing the Piano 2009』の後、ZAKさんはPAだけでなく、録音でも坂本さんに関わるようになりました。

ZAK はい、2015年の映画『母と暮せば』と『レヴェナント:蘇えりし者』でサウンドトラックの録音をやりました。坂本さんが最初のガンから復帰された直後で、2つを同時進行で進めたので大変でしたね。『母と暮せば』のオーケストラ録音を東京オペラシティのコンサートホールで行った後、Bunkamura Studioのコントロールルームで僕がそのミックスをしている間、坂本さんはブースの方に『レヴェナント:蘇えりし者』用の制作セットを組んで作曲していました。時々坂本さんがふらふらの状態でコントロールルームに入ってきて、「ミックスできた?」って言うから、「聴きましょうか」って言って何曲か聴いて、「じゃあ、それで落としておいて」とか、そういう感じでした。

——musikelectronic geithainのスピーカーもそうでしたが、ZAKさんと坂本さんはマイクの好みも似ていましたよね。お二人ともAKG C12が大好きで。

ZAK 別に申し合わせたわけじゃなく、たまたまですね。耳の性能とか脳の解析度は違うかもしれないけど、音に向き合う好みとかは似ていたのかもしれません。

ピアノを弾いてるときの坂本さんは集中力がすごくて、演奏している瞬間は輝く鏡のような感じになっていた

——コロナ禍以降、ZAKさんは坂本さんの配信ライブを何本か手掛けられました。結果的に坂本さんの最後のパフォーマンスとなった2022年12月に配信の『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』は、再編集されてこの春から映画『Ryuichi Sakamoto | Opus』として公開されます。

ZAK あのパフォーマンスは2022年の9月にNHKの509スタジオで収録したんですが、坂本さんの体力が落ちている状態でしたので1日に数曲しか収録することができず、8日間にわたって行いました。ただ、体力が落ちているとはいえ、ピアノを弾いてるときの坂本さんは集中力がすごくて、演奏している瞬間は何だろう……輝く鏡のような感じになっていました。

——録音に際してピアノへはどんなマイキングを?

ZAK まずはMYBURGH M1を4本……ピアノの低音弦、高音弦、その間、そしてテール部分を狙って立てました。そして全体をとらえるようにSONY ECM-100Uをステレオで、さらにそこから2mくらい離れたところにSONY ECM-100Nをステレオで。あと、坂本さんの真後ろにSCHOEPS CMC 56Uもステレオで立てました。

——映像ではもっと多くのマイクがピアノを取り囲んでいるように見えました。

ZAK はい、ピアノの周りを環状に囲むように12本のマイクを均等に配置しています。NEUMANN M 50、M 49とM 149を無指向で立てました。

——では、合計で22本のマイク?

ZAK いや、まだあるんです(笑)。ピアノの真上の高いところにEARTHWORKS QTC40をステレオで、そして坂本さんの気配を録るためにDPA MICROPHONESのラベリアマイク4060をピアノの前框に設置して、あとYAMAHIKOのピックアップCPS-PF1Rを使ってダンパーペダルの動作音などを拾っています。

——環状に配置した12本のマイクはどういう役割ですか?

ZAK 映画になるということが分かっていたので、5.1chだったりDolby Atmosのミックスが作れるようにと置きました。このパフォーマンスからは結局、6種類のミックスを作っているんです。まずは最初の配信用のステレオ、配信当日に町田の映画館109シネマズグランベリーパーク プレミアムサウンドシアターSAIONで上映する際に使った5.1chミックス。次に昨年4月に109シネマズプレミアム新宿で『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+』として期間限定上映された配信に1曲加えたバージョンでの5.1chミックス。そして今度公開される映画『Opus』としてのDolby Atmosミックス、さらには後のパッケージ販売に備えたBlu-rayのDolby AtmosミックスとCDのステレオですね。

——2022年12月に配信されたときのミックスは、坂本さんの呼吸音がとても生々しく聴こえてきたので驚きました。

ZAK 呼吸音を残したのは2つ理由がありました。1つはピアノが発している楽音以外の音……ノイズも楽音としてとらえようということ。呼吸音以外にも衣擦れやダンパーの動作音も含め、坂本さんが発している音は全部音楽としてとらえたかったんです。そしてもう1つは、配信されたときは坂本さんはご存命で、最後の力を掘り絞って演奏しているっていうのがあったから、その大切さを知らせたい……坂本さんという生命から丁寧に作り出された音が、物質的な境界を越えてこの世界全体を祝福していると伝えたかったからです。そういう意味で、『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+』、そして『Opus』のミックスでは、より作品に注意がいくように呼吸音は減らしています。

——『Opus』の試写を拝見しましたが、ダンパーペダルが発する低音にものすごく存在感がありました。

ZAK 坂本さんはペダルを踏むときはすっと踏んでいますが、上げ方は均一じゃないんですよね。今弾いたフレーズに対して、ペダルを上げる速度をどうすればいいかを計算しているんだと思います。その上げ方も含め、音楽だと思います。

——109シネマズプレミアム新宿での試写で聴いたDolby Atmosミックスは、物体としてのピアノ、そしてそれが置かれている空間としてのスタジオが繊細に表現されていました。

ZAK 響きがいいスタジオということでNHKの509スタジオが収録場所として選ばれたのですが、途中から坂本さんと“最終的な仕上がりはそんなに響き過ぎなくてもいいかな”という話になりました。なので特に『Opus』でのミックスは、編集が上がった映像に合うような、それこそサウンドトラックを仕上げていくような形で行いました。マイクのバランスは常に一定ではなく、曲によってかなり変えています。Dolby Atmosだと響きというか聴こえ方が調整できるのですが、自分のスタジオ、映画用のスタジオ、そして映画館とでトップのスピーカーやLFEやトップ、サイドなどの聴こえ方がかなり違うので、仕上げにあたってはエンジニアの古賀(健一)君にかなり助けてもらいましたね。

『out of noise』は音の快楽が詰まっている作品

——『Opus』では小さくなった呼吸音ですが、坂本さんの生前最後のアルバムとなった『12』ではかなり聴くことができます。このアルバムのミックスもZAKさんが行っています。

ZAK はい。ただ、僕のところに送られてきた時点ではほとんど出来上がっているんです。僕がやったことは各トラックにEQを少し施して質感をアップデートしてるくらいで、呼吸音の扱い方も含め基本のバランスはほぼ変えていませんし、音像をはっきりさせるようなデフォルメもしていません。そういう意味ではマスタリングに近い作業でした。

——ご本人が「日記を書くようにスケッチを録音していった」と言うようにとてもパーソナルなものに聴こえました。

ZAK 振り切ってますよね。ある意味、むき出しの坂本さんです。実はその感じは、最初にご一緒した『Playing the Piano 2009』のツアーのときの感触と近いかもしれません。『out of noise』の曲を演奏しているんですけど、ディテールまで再現しようという内容ではなく、むき出しの坂本さんなんです。『12』は本当にこれが最後だから自分が信じたものを出そうとされたのかなと思います。ご本人からしたら“音楽っていうのはこういうものなんだよ”ということなのかもしれません。そういう意味で、亡くなる前に『12』が出せたのが良かったと思います。これが死後5年以上たってからリリースされるのだと、意味合いが随分変わってきますからね。

——ZAKさんは『AMBIENT KYOTO 2023』で展示された坂本龍一+高谷史郎「async - immersion」の音響デザインも手掛け、さらにはそれを元にDolby Atmosミックスを施したものが、先日Apple Musicなどで配信開始となりました。

ZAK 『AMBIENT KYOTO 2023』での展示の際は、『async』の元データから新たに会場用のミックスを作り、37本のスピーカーを使って再生しました。配信用のDolby Atmosミックスについては、展示期間中、お客さんが帰った後にあの場をフィールドレコーディングしたんです。トラック数としては6つくらいかな。それを会場で流した『async - immersion』のミックスデータと混ぜながら作りました。

——そういう意味では、お亡くなりになってからも坂本さんとのお仕事がずっと続いているのですね。

ZAK そうですね。アメリカとイギリスで上演された『KAGAMI』もやりましたし。

——ヘッドマウントディスプレイを使って坂本さんのピアノ演奏を体験できるMRのコンサートですね。

ZAK はい。システムとしてd&b audiotechnikのSoundscapeを使っていて、僕はシステム設計、録音、ミックスと会場でのチューニングをやっています。ほかにも、先日『坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア』で上演された、2017年に坂本さんがNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で行った即興演奏のミックスもやりました。上演は5.1chでしたがミックス自体は9.1.4chでやってあります。あと、オランダで初演され、今年台湾と日本で上演される坂本さんと高谷史郎さんのシアターピース『TIME』のPAも担当します。

——あらためて、ZAKさんにとって一番好きな坂本さんの作品は何になるでしょうか?

ZAK さっきお話しした『12』はとても好きですし、最初に一緒にツアーをしたという意味でも『out of noise』もすごく好き……音の快楽が詰まっている作品ですよね。坂本さんはああいう映像的なもの、光みたいな作品から、『async』以降は彫刻みたいなものへと向かっていったのだと思います。

 

【ZAK】ディレクター、エンジニア。キャリア初期にフィッシュマンズの作品を手掛け注目を集め、以後、録音作品のみならずコンサートPA、映画音楽、演劇、インスタレーションなどさまざまな形態の音の現場に携わる。坂本龍一とも『Playing the Piano 2009』ツアー以降、『12』(2023年)など録音作品/コンサート/インスタレーションなど多くの現場を共にしてきた。現在も映画『Ryuichi Sakamoto | Opus』のミックスやシアターピース『TIME』など坂本作品に関わり続けている

【特集】坂本龍一~創作の横顔

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