木村健太郎のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

那須高原の別荘地に設えた、ウッディな空間でより研ぎ澄まされる音への感覚

 KIMKEN STUDIO主宰のマスタリング・エンジニア、木村健太郎が東京を離れ栃木県の那須に移住し、新しいスタジオを造ったという。場所は那須高原の真っ只中。都心とは真逆の、自然豊かな環境だ。移住の理由を、スタジオの機材システムとともに伺おう。

平面図

1階は作業場として広い空間を確保。階段を上がった2階は倉庫として利用

那須高原の別荘をリフォーム

 木村が東京の大通り沿いに建つマンションの半地下にあったスタジオを引き払い、那須に移住したのはコロナ禍の直前のこと。「最初の緊急事態宣言が発令される直前にこっちに来たのを覚えています」というから、もう約5年前になる。東京を離れた理由について、「窓がなくて、こもっているのに疲れたんです。それで山に行こうと」というのも木村らしい。

 「漠然と長野や山梨の物件を探していたのですが、那須の実家に帰省したついでに空き物件を見ていたら、"もう那須でいいかな"って思って決めちゃいましたね」

パソコン・デスク

パソコン・デスクには、メインDAWのMERGING Pyramix(左)とSTEINBERG Nuendo(右)をインストールしたWindowsマシンをそれぞれ用意。主にPyramixはレコーダー、Nuendoはデータ再生用として使い分けている。奥の壁に貼られた紙は、EQアウトボードTERRY AUDIO CEQの説明書

 それから約5年、スタジオとは別に住宅も建て、那須での暮らしも板についてきた。不便を感じることはなかったかと聞けば、「東京で用事があっても車で2時間ほどだし、不便は全くありません。最初は雪が大変でしたが、車をランドクルーザープラドに替えたら車高が高くなって、楽になった(笑)」と語る。さらに車社会での生活は、仕事面でも新しい視座を与えてくれたそう。 

 「すごく良いのが、運転中に"集中せずに"音楽が聴けるようになったこと。スピーカーの前で聴くのとは違い、客観的っていうか、遠い目線で音を聴ける。その時間が良いんです。ラジオで自分が手掛けた曲が流れてくると、"やっぱこういう音だよな""ここ直しとけばよかったな"って、スタジオで思ったことがそのまま感じられるんですよね」

 というわけで、スタジオを拝見していこう。新スタジオは、別荘として使われていた木造2階建の物件をリフォームして造られた。玄関に入ってすぐ目に飛び込んでくるのは、ウッディな内装の作業スペース。2階の床板が取り払われ、足場として木材が渡されているのも面白い。

 「リフォームしたのは、主に壁と床。爆音を鳴らしながら響くところを殺していく作業でした。音響的にはまだライブ感があるので、もう少しデッドになるように調整中です。2階は倉庫にしていて、音響を考えて床を剥がして吸音材をあしらっています」

2階の様子

2階の様子。階下のスタジオの音響のために床板を剥がし、足場として木材を渡している

天井に貼られた吸音材

天井に貼られた吸音材

壁に貼られた吸音材

壁に貼られた吸音材

 東京のスタジオにはなかった大きな窓のそばには、達磨ストーブや革張りのソファがあしらわれ、およそスタジオとは思えない温かな雰囲気。その空間でひと際存在感を放つのが、2種類のスピーカー、FOCAL Twin 6 BEとPMC MB1だ。スピーカー・スタンド下に音響拡散体として石が撒布されているのは、東京のスタジオと同様だ。

 「MB1は引越しを見据えて東京で入手しました。Twin 6 BEは慣れていて作業しやすいのですが、慣れから抜け出してさらに良いマスタリングを目指すために、今後はMB1に絞ろうと思っています。MB1の音はめちゃくちゃ普通。普通で、癖がない。好きですね」

スピーカー・システム

スピーカー・システム。内側のスピーカーはFOCAL Twin 6 Beで、外側がPMCMB1。中央のサブウーファーはFOCAL CMS Sub。木村はかねてからメインとして使ってきたTwin 6 Beに甘んじず、さらなるアップデートを目指して今後はMB1に絞っていくという。スピーカー・スタンドの下に音響拡散体として大小の石が積まれてある

JVC HA-MX10-B

モニター・ヘッドホンのJVC HA-MX10-B。ヘッドホンはノイズ・チェックにのみ用いているそうで、「一番ノイズが分かりやすいものを選んだ」とのこと

CROOKWOOD Monitor Controller C2 Basic 8/1

木枠が空間とマッチしているモニター・コントローラーのCROOKWOOD Monitor Controller C2 Basic 8/1

ソフト/ハードの利点を生かしたシステム

 スピーカーと向き合うように設置されたデスクには、メインDAWであるMERGING PyramisとSTEINBERG NuendoをインストールしたWindowsマシン。その右にはアウトボードを格納した3つのラックが並ぶ。木村はプラグインとアウトボードを併用したシステムを構築しているそうだ。使い分けの基準についてはこう語る。

 「リミッターはプラグインのほうが絶対的にクリーンなので、あえてザラザラさせたい場合を除いてはFABFILTER Pro-L 2やNEW FANGLED AUDIO Elevateを使っています。ダイナミックEQは使いたいアウトボードがないので、主にTHREE-BODY TECH Kirchhoff-EQです。アタックもリリースも自由に変えられて調整しやすいんです。ほかには、LEAPWING AUDIOのステレオ・イメージャーStageone 2やマルチバンド・コンプDynoneも便利に使っていますね」

 スタジオを拝見していて気になるのは、東京のスタジオからの機材の変更点。これについては「TERRY AUDIO CEQを導入したのと、AD/DAコンバーターをMERGING TECHNOLOGIES Horusにした程度」とのことだ。

MERGING Anubis Premium SPS

パソコン・デスクの上にセットされたAD/DAコンバーターのMERGING Anubis Premium SPSは、那須に移住してから導入した機材

アウトボード・ラック1

アウトボード・ラック1。上からCROOKWOOD Stereo VU Meter(VUメーター)、MASELEC MPL-2(リミッター)、REQUISITE AUDIO ENGINEERING L2M Mark III(リミッター)、AVALON DESIGN AD2055(EQ)、DANGEROUS MUSIC Bax EQ(EQ)、FORSSELL TECHNOLOGIES MADC-2(ADコンバーター)、CROOKWOOD MultiDAD(DAコンバーター)。EQは、繊細な処理を行いたいときはAD2055、大雑把に使いたいときはBax EQといった具合で使い分けているのだそう。MultiDADは、モニター・コントローラーMonitor Controller C2 Basic 8/1の本体

アウトボード・ラック2

アウトボード・ラック2。KNIF Vari Mu II(コンプレッサー)、TERRY AUDIO CEQ(EQ)、ELYSIA Alpha Compressor(コンプレッサー)、TECHNICS SU-9200(パワー・アンプ)。木村はVari Mu IIについて「几帳面なFAIRCHILD 670」と説明する。見た目にも楽しいTERRY AUDIO CEQは、パネルの模様がEQのカーブを表している。「たぶん、"感覚でいじれ"ってことなんだと思います。音はオーガニックな感じ」とは木村の弁

アウトボード・ラック3

アウトボード・ラック3。MERGING TECHNOLOGIES Horus(AD/DA/DDコンバーター)、ANALOGUETUBE AT-101(コンプレッサー/リミッター)、TC ELECTRONIC System 6000(シグナル・プロセッサー)、WEISS DS1-MK2(ディエッサー)、STUDER D732(CDプレーヤー)。AT-101も気に入っているそうで、「アタックもリリースもFAIRCHILD 670と同じ挙動。違うのは、バイパスがあるくらい。"今っぽいフェアチャ"って感じで使っています」と話す

 大自然の中に設えた新拠点で、日々サウンドに向き合っている木村。自身の仕事が多くのアーティストから高く評価される理由については「分からないですね......聴いた感じでジャッジしているだけなので、理屈とかがなくて。やっぱり感覚の部分が強いと思う」と分析する。最後に、このスタジオを今後どう育てていきたいかを尋ねれば、意外な答えが。

 「やっぱり寒さがキツいので、標高が低くて、大きなホーン・スピーカーでシンセを爆音で鳴らして遊べる広い空間に引っ越せたらいいと思っています」

Equipment

Computer:Windows

DAW:MERGING Pyramix、STEINBERG Nuendo

Audio I/O:FORSSELL TECHNOLOGIES MADC-2(A/D Converter)、MERGING Anubis Premium SPS(AD/DA Converter)

Speaker:FOCAL Twin 6 BE、CMS Sub(Subwoofer)、PMC MB1

Headphone:JVC HA-MX10-B

Other:ANALOGUETUBE AT-101(Compressor/Limiter)、ELYSIA Alpha Compresso(r Compressor)、TERRY AUDIO CEQ(EQ)、NEWFANGLED AUDIO Elevate(Plugin Limiter)、THRE E-BODY TECH Kirchhoff-EQ(Plugin EQ)

Close up!

多機能でオールラウンドに活用できるコンプ

 ELYSIA Alpha Compressorは必ず使うと言えるほどお気に入りです。かかり具合がちょうど良く、多機能なのも魅力。中でもM/S が個別で処理できたり、回路をフィードフォワード&フィードバック回路の 2 種類から選べるのが便利で、曲によって使い分けられるのがすごく良いんですよね。

 Profile 

木村健太郎:KIMKEN STUDIO主宰のマスタリング・エンジニア。ジャンルを問わず、幅広いアーティストからの信頼を集める。2020年にスタジオを東京から栃木県那須郡に移転。独自の審美眼を生かしたツールを用い、数多くの作品を世に送り出している。

 Recent Work 

『O'share』

Hedigan’s

(F.C.L.S.)

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