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野口文のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

野口文のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

23歳の若き音楽家が選んだ一部屋。計り知れない創造性がここから羽ばたく

 2023年にリリースした1stアルバム『botto』が、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)が設立した『APPLE VINEGAR  Award』第7回の特別賞を受賞するなど、高い注目を集める音楽家、野口文。彼の拠点を訪問し、さまざまに話を伺った。

部屋の一角を作業スペースとして構築。左の収納スペースが広く、機材倉庫として有効活用している

部屋の一角を作業スペースとして構築。左の収納スペースが広く、機材倉庫として有効活用している

場所や季節でできる曲が変わる

 都内の大学に通う23歳の野口。自身のYouTubeチャンネルでは、『botto』制作時のボーカルやドラム、管楽器などのレコーディング映像がアップされている。当時の録音を「実家で無理やりって感じです(笑)」と振り返る。大学院に進学するタイミングで現在の場所に移り、大きな音は出せないそうだが、歌やギター、管楽器などできる範囲で日々制作や録音を行っているとのことだ。まずはその制作スタイルから聞いていこう。

 「『botto』のときは割と人を呼んで録っていたこともあり、デモを作って“ここをこう演奏してほしい”みたいに渡していました。けど、リリースはまだですが既に作り終えている2ndではデモをあまり作らなかったし、今作っている途中の3rdはデモを作らず、本チャンとの垣根をなくしました。例えば打ち込みでドラムを作ると、手数を増やさなければ足りないと感じていたのが、生音で録ると“半分にしていいな”と感じることが結構多かったんです。ギターとかもそうで、デモで作り込むのはよくないなと。エンジニアの奥田泰次さんとも“デモは粗く作っておいて、バンドで編曲したほうがいいね”みたいな話をして、本当にそうだなと思っています」

 2nd、3rdの制作/レコーディングは、それぞれ別の場所で行ったそうだ。

 「2ndは那須の家を1カ月借りて、機材を持ち込んで録りました。まだ実家にいる頃でしたが、狭いしあの家でやりたくないなって(笑)。もう少し広いところで好きにやれたらと考えていました。スタジオとかではなく普通の家でしたが、周りに家もないから音を出しても問題なかったです。基本的には1人で作って、最後の1週間くらいで必要な楽器のメンバーを呼んで録っています。1人でずっとやっていると“何やってるんだろ?”みたいに思って頭がおかしくなりそうでした(笑)。3rdは同じような形で、9月に熱海の家を1カ月借りました。場所や季節によってできる曲も全然違うし、それが面白いと感じています」

 『botto』のミックスを手掛けた奥田は、以前野口が活動していたバンド“C子あまね”の作品からの付き合いで、機材のチョイスにも影響を受けているそうだ。

 「AUSTRIAN AUDIO OC18は奥田さんに薦めてもらったマイクで、録ってみてビックリしましたね。クリアだしローも抜けるような印象がある。マイクによる“違い”が分かったような気がします」

デスク周り。コンピューターのOSはWindowsでDAWはPRESONUS Studio One、スピーカーはYAMAHA HS3。コンピューターの隣にあるポータブル・レコーダーのZOOM H2Nはフィールド・レコーディングなどに用いている。レコード・プレーヤーにはジョン・コルトレーン『Both Directions at Once: The Lost Album』がセットされており、影響を受けたアーティストとしてコルトレーンとストラヴィンスキーの名前を挙げてくれた

デスク周り。コンピューターのOSはWindowsでDAWはPRESONUS Studio One、スピーカーはYAMAHA HS3。コンピューターの隣にあるポータブル・レコーダーのZOOM H2Nはフィールド・レコーディングなどに用いている。レコード・プレーヤーにはジョン・コルトレーン『Both Directions at Once: The Lost Album』がセットされており、影響を受けたアーティストとしてコルトレーンとストラヴィンスキーの名前を挙げてくれた

キーボードのKORG Krome 61はMIDI鍵盤として使用。2オクターブ目の“レ”が欠けてしまっており「めっちゃ不便です(笑)」と話す野口だが、買い替える予定はないそう。なお、ピアノ音源はXLN AUDIO Addictive KeysかSPECTRASONICS Keyscape、シンセはStudio One内蔵音源をよく使っているという。その下はオープンリール・レコーダー/ミキサーのTASCAM 388

キーボードのKORG Krome 61はMIDI鍵盤として使用。2オクターブ目の“レ”が欠けてしまっており「めっちゃ不便です(笑)」と話す野口だが、買い替える予定はないそう。なお、ピアノ音源はXLN AUDIO Addictive KeysかSPECTRASONICS Keyscape、シンセはStudio One内蔵音源をよく使っているという。その下はオープンリール・レコーダー/ミキサーのTASCAM 388

ヘッドホンのNEUMANN NDH 20。本来はスピーカーで作業を行いたいが、環境的にあまり音量を大きくできないため、ヘッドホンでのモニタリングが中心になっている

ヘッドホンのNEUMANN NDH 20。本来はスピーカーで作業を行いたいが、環境的にあまり音量を大きくできないため、ヘッドホンでのモニタリングが中心になっている

ギター、ベース、ウクレレなど。ベースはARIA PRO IIの5弦ベースで、「できることが多いほうがいいかな」と思い5弦を選んだとのこと

ギター、ベース、ウクレレなど。ベースはARIA PRO IIの5弦ベースで、「できることが多いほうがいいかな」と思い5弦を選んだとのこと

マイクは左からAUSTRIAN AUDIO OC18×2本、DPA MICROPHONES 4091×2本、SE ELECTRONICS×2本、AKG D12 VR、ELECTRO-VOICE RE320、UHER M539、CASCADE MICROPHONES Fat Head。OC18×1本、D12 VR、4091、M539、Fat Headはエンジニアの奥田泰次から借りているマイク。リボン・マイクのFat Headについては「トランペットに立ててみたら、息がツーっと抜ける音までよく録れていてビックリしました。リボン・マイクが欲しくなりましたね」と語る

マイクは左からAUSTRIAN AUDIO OC18×2本、DPA MICROPHONES 4091×2本、SE ELECTRONICS×2本、AKG D12 VR、ELECTRO-VOICE RE320、UHER M539、CASCADE MICROPHONES Fat Head。OC18×1本、D12 VR、4091、M539、Fat Headはエンジニアの奥田泰次から借りているマイク。リボン・マイクのFat Headについては「トランペットに立ててみたら、息がツーっと抜ける音までよく録れていてビックリしました。リボン・マイクが欲しくなりましたね」と語る

ステレオ・マイク・バーにDPA MICROPHONES 4091を立てたところ。那須や熱海でのレコーディングについて、「広いからマイキングも自由にできるし、部屋によって鳴りも全然違いました。3rdはまだ、熱海で完成できる希望が見えたって段階です(笑)」と語る

ステレオ・マイク・バーにDPA MICROPHONES 4091を立てたところ。那須や熱海でのレコーディングについて、「広いからマイキングも自由にできるし、部屋によって鳴りも全然違いました。3rdはまだ、熱海で完成できる希望が見えたって段階です(笑)」と語る

奥田泰次に対する大きな信頼

 部屋にある機材の幾つかは奥田から借りているものとのことで、まさに“全幅の信頼”を置いているという印象を受けた。

 「1人で作っているとわけが分からなくなって、2つで迷ったときにどちらを選ぶか判断できない。誰か1人信じられる人がいると、そこを軸に進めていくことができるんです」

 一方、友人のバンド“こけつまろびっツ”の作品では録音からミックスまで野口が担う。

 「ミックスは難しいけど好きです。作曲を始めてPRESONUS Studio Oneを買って、次になぜかWAVESのDiamondバンドルを買って“どう使うんだこれ?”みたいな(笑)。今思えば最初からミックスに興味があったのかなと。どちらかというとレコーディングが好きで、その続きでミックスまでしている感じです。レコーディングはネットで録り方とかを参考にしましたが、ちょっと角度を変えるだけで音が全然違ってくるし、実際にマイクを立ててみないと分からないですね」

 オープンリール・レコーダー/ミキサーのTASCAM 388の存在も目立っている。

 「やっぱりテープ・レコーダーに憧れる時期ってあるじゃないですか。だから大きいけど買っちゃいましたね。ヘッド・アンプが好きで今もミキサーとして使っています」

 さらには機材の自作も行っている。

 「真空管のギター・アンプやエフェクターも作っています。最初はお金がないからって理由でしたが、やっぱり作るのが好きで。回路のコピーから入って、最近は回路を作るところからやっています。マジで趣味なんですけど、自分で作ったもののほうが良く聴こえるんです(笑)。ライブでも使っていますよ」

 音楽に対する興味の幅が底知れない野口。今後の野望はあるのだろうか。

 「制作や、好きなときに機材を作って、みたいなことが続けられればいいなって感じですかね。スタジオが欲しい気持ちはあんまりなくて。環境によって音楽が変わるのが楽しいし、ちゃんと防音された部屋とかを造る必要はないかなって思います」

アウトボード・ラック。上から、TASCAM 112(カセット・デッキ)、RME Fireface UFX(オーディオI/O)、SUMMIT AUDIOのTD-100(DI/プリアンプ)とTLA-50(コンプ)、WARM AUDIO WA73-EQ(EQ/マイクプリ)、FOCUSRITE Scarlett OctoPre Dynamic(8chマイクプリ)、TASCAM AV-P250(電源モジュール)。Fireface UFXは活動の初期から使い続けるI/Oで、「ADはすごく大事なんじゃないかなと考えていて、買って正解でした。モニターの音もすごくクリアです」と語る。112はライブ音源をカセットとして販売するためのもの

アウトボード・ラック。上から、TASCAM 112(カセット・デッキ)、RME Fireface UFX(オーディオI/O)、SUMMIT AUDIOのTD-100(DI/プリアンプ)とTLA-50(コンプ)、WARM AUDIO WA73-EQ(EQ/マイクプリ)、FOCUSRITE Scarlett OctoPre Dynamic(8chマイクプリ)、TASCAM AV-P250(電源モジュール)。Fireface UFXは活動の初期から使い続けるI/Oで、「ADはすごく大事なんじゃないかなと考えていて、買って正解でした。モニターの音もすごくクリアです」と語る。112はライブ音源をカセットとして販売するためのもの

FOCUSRITE Quad Mic-Preは3rdアルバムの制作に入る直前に奥田から借りたマイクプリ。「たぶん奥田さんが2ndで気になったところとかを考えて貸してくれたのかなと。色付けというよりクリアな方向性で、ハイも痛くないです」

FOCUSRITE Quad Mic-Preは3rdアルバムの制作に入る直前に奥田から借りたマイクプリ。「たぶん奥田さんが2ndで気になったところとかを考えて貸してくれたのかなと。色付けというよりクリアな方向性で、ハイも痛くないです」

シンセのYAMAHA PortaSound PC-100。こちらも奥田から借りたもので、「プリセットで音色を選ぶだけなんですけど、すごく音が良くて。ライン録音もできるし、内蔵スピーカーにマイクを立てて録ることもあります。3rdの制作でたくさん使っています」と語る

シンセのYAMAHA PortaSound PC-100。こちらも奥田から借りたもので、「プリセットで音色を選ぶだけなんですけど、すごく音が良くて。ライン録音もできるし、内蔵スピーカーにマイクを立てて録ることもあります。3rdの制作でたくさん使っています」と語る

NIKKANのフルートは実家から持ってきたもの。NIKKANは1970年にYAMAHAに統合された国産のフルート・ブランド

NIKKANのフルートは実家から持ってきたもの。NIKKANは1970年にYAMAHAに統合された国産のフルート・ブランド

ボーカル・プロセッサーのBOSE VE-20。ボーカル以外のパートにもエフェクターとして活用する

ボーカル・プロセッサーのBOSE VE-20。ボーカル以外のパートにもエフェクターとして活用する

年代物のラジオ。ネット回線がないためラジオを聴く時間が多く、お気に入りはTBSラジオとのことだ

年代物のラジオ。ネット回線がないためラジオを聴く時間が多く、お気に入りはTBSラジオとのことだ

Equipment

Computer:Windows

DAW:PRESONUS Studio One

Audio I/O:RME Fireface UFX

Speaker:YAMAHA HS3

Headphone:NEUMANN NDH 20

Other:AUSTRIAN AUDIO OC18(Microphone)、TASCAM 388(Recorder/Mixer)、SUMMIT AUDIO TD-100(DI/Preamp)、TLA-50(Compressor)、WARM AUDIO WA73-EQ(EQ/Preamp)

Close up!

ギター・アンプやエフェクターなどを自作!

 作るのが好きなんです。最初は既製品のコピーから入って、今では回路も自作して、ライブやレコーディングで用いています。材料は秋葉原にある東京ラジオデパートで購入しています。

左が最初に自作したギター・アンプで、FENDER Champをコピーしたもの。右はTEISCOのパワー・アンプを箱として生かし、そこに設計したギター・アンプを入れている

左が最初に自作したギター・アンプで、FENDER Champをコピーしたもの。右はTEISCOのパワー・アンプを箱として生かし、そこに設計したギター・アンプを入れている

左から、ディレイ、オーバードライブ、DI

左から、ディレイ、オーバードライブ、DI

 Profile 

野口文

野口文:2021年にコンポーザーを務めるバンド・プロジェクト、C子あまねを開始。2023年からは野口文としてソロ・プロジェクトを始動。クラシックを下地にしつつ、ジャズ、ロック、ヒップホップなどのあらゆるエッセンスを混ぜ、常に革新的なサウンドを模索している。

 Recent Work 

『botto』
野口文

特集|Private Studio 2025