23歳の若き音楽家が選んだ一部屋。計り知れない創造性がここから羽ばたく
2023年にリリースした1stアルバム『botto』が、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)が設立した『APPLE VINEGAR Award』第7回の特別賞を受賞するなど、高い注目を集める音楽家、野口文。彼の拠点を訪問し、さまざまに話を伺った。
場所や季節でできる曲が変わる
都内の大学に通う23歳の野口。自身のYouTubeチャンネルでは、『botto』制作時のボーカルやドラム、管楽器などのレコーディング映像がアップされている。当時の録音を「実家で無理やりって感じです(笑)」と振り返る。大学院に進学するタイミングで現在の場所に移り、大きな音は出せないそうだが、歌やギター、管楽器などできる範囲で日々制作や録音を行っているとのことだ。まずはその制作スタイルから聞いていこう。
「『botto』のときは割と人を呼んで録っていたこともあり、デモを作って“ここをこう演奏してほしい”みたいに渡していました。けど、リリースはまだですが既に作り終えている2ndではデモをあまり作らなかったし、今作っている途中の3rdはデモを作らず、本チャンとの垣根をなくしました。例えば打ち込みでドラムを作ると、手数を増やさなければ足りないと感じていたのが、生音で録ると“半分にしていいな”と感じることが結構多かったんです。ギターとかもそうで、デモで作り込むのはよくないなと。エンジニアの奥田泰次さんとも“デモは粗く作っておいて、バンドで編曲したほうがいいね”みたいな話をして、本当にそうだなと思っています」
2nd、3rdの制作/レコーディングは、それぞれ別の場所で行ったそうだ。
「2ndは那須の家を1カ月借りて、機材を持ち込んで録りました。まだ実家にいる頃でしたが、狭いしあの家でやりたくないなって(笑)。もう少し広いところで好きにやれたらと考えていました。スタジオとかではなく普通の家でしたが、周りに家もないから音を出しても問題なかったです。基本的には1人で作って、最後の1週間くらいで必要な楽器のメンバーを呼んで録っています。1人でずっとやっていると“何やってるんだろ?”みたいに思って頭がおかしくなりそうでした(笑)。3rdは同じような形で、9月に熱海の家を1カ月借りました。場所や季節によってできる曲も全然違うし、それが面白いと感じています」
『botto』のミックスを手掛けた奥田は、以前野口が活動していたバンド“C子あまね”の作品からの付き合いで、機材のチョイスにも影響を受けているそうだ。
「AUSTRIAN AUDIO OC18は奥田さんに薦めてもらったマイクで、録ってみてビックリしましたね。クリアだしローも抜けるような印象がある。マイクによる“違い”が分かったような気がします」
奥田泰次に対する大きな信頼
部屋にある機材の幾つかは奥田から借りているものとのことで、まさに“全幅の信頼”を置いているという印象を受けた。
「1人で作っているとわけが分からなくなって、2つで迷ったときにどちらを選ぶか判断できない。誰か1人信じられる人がいると、そこを軸に進めていくことができるんです」
一方、友人のバンド“こけつまろびっツ”の作品では録音からミックスまで野口が担う。
「ミックスは難しいけど好きです。作曲を始めてPRESONUS Studio Oneを買って、次になぜかWAVESのDiamondバンドルを買って“どう使うんだこれ?”みたいな(笑)。今思えば最初からミックスに興味があったのかなと。どちらかというとレコーディングが好きで、その続きでミックスまでしている感じです。レコーディングはネットで録り方とかを参考にしましたが、ちょっと角度を変えるだけで音が全然違ってくるし、実際にマイクを立ててみないと分からないですね」
オープンリール・レコーダー/ミキサーのTASCAM 388の存在も目立っている。
「やっぱりテープ・レコーダーに憧れる時期ってあるじゃないですか。だから大きいけど買っちゃいましたね。ヘッド・アンプが好きで今もミキサーとして使っています」
さらには機材の自作も行っている。
「真空管のギター・アンプやエフェクターも作っています。最初はお金がないからって理由でしたが、やっぱり作るのが好きで。回路のコピーから入って、最近は回路を作るところからやっています。マジで趣味なんですけど、自分で作ったもののほうが良く聴こえるんです(笑)。ライブでも使っていますよ」
音楽に対する興味の幅が底知れない野口。今後の野望はあるのだろうか。
「制作や、好きなときに機材を作って、みたいなことが続けられればいいなって感じですかね。スタジオが欲しい気持ちはあんまりなくて。環境によって音楽が変わるのが楽しいし、ちゃんと防音された部屋とかを造る必要はないかなって思います」
Equipment
Computer:Windows
DAW:PRESONUS Studio One
Audio I/O:RME Fireface UFX
Speaker:YAMAHA HS3
Headphone:NEUMANN NDH 20
Other:AUSTRIAN AUDIO OC18(Microphone)、TASCAM 388(Recorder/Mixer)、SUMMIT AUDIO TD-100(DI/Preamp)、TLA-50(Compressor)、WARM AUDIO WA73-EQ(EQ/Preamp)
Close up!
ギター・アンプやエフェクターなどを自作!
作るのが好きなんです。最初は既製品のコピーから入って、今では回路も自作して、ライブやレコーディングで用いています。材料は秋葉原にある東京ラジオデパートで購入しています。
Profile
野口文:2021年にコンポーザーを務めるバンド・プロジェクト、C子あまねを開始。2023年からは野口文としてソロ・プロジェクトを始動。クラシックを下地にしつつ、ジャズ、ロック、ヒップホップなどのあらゆるエッセンスを混ぜ、常に革新的なサウンドを模索している。
Recent Work
『botto』
野口文