LA拠点の世界的音楽プロデューサーが造った
全電力を太陽エネルギーで賄うスタジオ・バス
通常のレコーディング・スタジオにはないメリットとは?
一見、結びつくことがなさそうな自動車と音楽制作。しかし世の中には、クルマを音楽制作に活用する事例があります。車内をレコーディング・スタジオにしたり、燃料電池自動車の水素燃料電池を楽器の電源として使ったり、カー・ステレオでミックス・チェックを行ったりと“各車各様”です。ここでは、フランス人のプロデューサー/コンポーザーで、アーティストでもあるジョアキム・ガローが登場します。カイリー・ミノーグ、デヴィッド・ボウイ、ビヨンセ、デヴィッド・ゲッタと、さまざまなアーティストを手掛け、2000年代にはダフト・パンク、ボブ・サンクラーなどのフレンチ・ハウスの録音にも関与。12年前にカリフォルニアに移住してスタジオを設け、パリにもレコーディング・スタジオを持つ彼が、さらにバスを改造してスタジオ化したのがLAGOODVIBEです。
LAGOODVIBE
キャンピング・バスを改装してレコーディング・スタジオ化したLAGOODVIBE。すべての電力を屋根に配置した10枚のソーラー・パネルで賄っており、1時間に最大で3,600W発電可能。晴天の多いLAの気候にマッチした設計だ。
運転席の上に、オーディオI/Oとして用いるデジタル・ミキサーMIDAS MR18を設置。車内前方は、エンジニアリングやシンセの演奏なども可能なスタジオ・ブースとなっている。コンピューターのAPPLE iMac Proを常設し、利用者の持ち込みにも対応する。後方は、ギターやドラムなどの各種楽器、ボーカルの録音が可能なレコーディング・ブース。また、ベッドが4台あるのだが、レコーディング時にはベッドのスペースを外に向かってスライドさせることで空間を確保できる。
天井にはFOCALの8台のスピーカーと3台のサブウーファーが埋め込まれており、カー・オーディオとしても迫力のサウンドを演出。MR18からはスネーク・ケーブルが車内に張り巡らされ、ブース間を接続している。また、入出力系統を車の外側にも装備。野外にスピーカーを立ててリスニングできるほか、ボーカルや楽器のレコーディングも可能になっている。
ノイズ皆無が太陽光発電の魅力
——どうしてバスをレコーディング・スタジオにしようと考えたのでしょうか?
ガロー 3つのビジョンを融合させることができたからだ。まずは、“太陽エネルギー”。次に“移動”。僕は旅をするのが好きで、移動していろいろな場所を見るのが好きなんだ。そして3つ目は“音楽”。自然環境を利用して、どんな文明からも離れたところに行って、最高のサウンドを出す。自然にインスパイアされて音楽を生み出すのが僕の夢だったんだよ。例えば、画家が美しい場所に行って美しい絵を描くようなもので、音楽でも全く同じことをやりたかった。外からのインプットを僕の音楽に取り込みたかったんだ。
——いつ頃からその構想を現実に?
ガロー 造りはじめたのは、2018年だね。
——LAGOODVIBEという名前にはどんな意味が込められていますか?
ガロー 英語では、“エルエイ・グッド・バイブ”と読む。“ロサンゼルス(LA)の良い雰囲気”という意味だ。フランス語では、“ラ・グッド・バイブ”(編注:LAはフランス語の女性名詞単数の前につける定冠詞)。僕の母国語とアメリカの言葉を掛け合わせているんだ。フランス人と話すときは“ラ・グッド・バイブ”と言うし、アメリカ人と話すときは“エルエイ・グッド・バイブ”と言っているね。
——では、日本人に対しては?
ガロー 日本人には……“ラ・グッド・バイブ”と言うかな。日本語の“お水ください”の“お”みたいな感じにしたいんだ(笑)。
——日本語、ご存じなんですね。
ガロー 日本が大好きなんだ。僕のお気に入りの国だよ。日本には何度も行っていてね、東京、京都、大阪でいろいろなライブをやってきたんだ。
——バスと自身のスタジオとの使用割合は?
ガロー バスにいるのは3分の1くらいかな。パリのスタジオでの仕事もあるし、NYにもスタジオがあるから、パリ、NY、LA、そしてバスの間を行き来しているよ。
——スタジオ・バスを造る上で、特に苦労したポイントはどこですか?
ガロー 最も困難だったのは、とても効率の良い空調を準備すること。ノイズの発生しないもの、そしてしかるべき設置場所を見つけることだった。通常、バスの空調は屋根に設置されているけれど、今回はソーラー・パネルを敷くため、屋根に空調装置を配置するのは不可能だった。別の場所を見つけないと、と考えていたところ、バスの下部に良い場所を見つけて空調を2台設置したんだ。デスバレーみたいなとても暑い地点でもバスの中にいるためには、効率の良い空調が必要なんだよ。しかるべき場所を見つけて、しかるべき空調製品を選ぶ。すべてを計算しておかないと、完全な自家発電は困難だったと思う。バスを電源に接続しなくていいし、バス自身が必要なエネルギーを生成しているんだ。
——太陽光発電はほかの安定した発電装置に比べて不安定な印象もありますが、これまでにトラブルはありませんか?
ガロー 一度もない。完璧だよ。毎日太陽が降り注いでいるから、日々エネルギーが供給される。ちょっと曇っていることもあるけど、それでもエネルギーの35%を失う程度だね。太陽エネルギーは無限だし、毎日無料で手に入るエネルギーさ。ちなみに、スタジオを造ってから自宅の屋根にもソーラー・パネルを設置するようになったよ。
——バスの屋根には何枚のパネルを?
ガロー 10枚ある。各パネルは360Wで、最大で1時間に3,600W発電できる。つまり、天気が良い日で太陽がさんさんと照っていれば……カリフォルニアでは大抵そうなんだけど、1日に19,000Wが供給される。かなりの量のエネルギーだよ。それに太陽エネルギーなら完全な無音状態を作れる。発電機がないからノイズが全く発生せず、すべてがオンになっていても無音なんだ。例えば、U2が昔、太陽エネルギーでレコーディングしようとしたときに、電力の効率があまり良くなかったから従来の発電機を使わないといけなかったという話もあったけど、発電機のモーターの音ってすごいんだよね。それがこのバスのシステムは本当に静かで、シンガーが自然の風景の真っ只中にいてもノイズが出ないんだ。これはクレイジーだよ。騒音公害もないしね。
FOCALスピーカーを計13台セット
——車内にはどのような設備がありますか?
ガロー 僕が手に入れたバスは、キッチンの設備がとても充実していたんだ。アメリカ製のバスで、アメリカ人は料理をするのが大好きだから、巨大な冷蔵庫や冷凍庫、オーブンや電子レンジもある。文明から遠く離れたところでも1週間滞在できるようにしたくて、巨大な冷蔵庫には5人分の5日間の食料が入っている。それから巨大なテレビが前後に1台ずつ、合計2台ある。
——音響設備はいかがでしょうか?
ガロー FOCALの大きなスピーカーを、運転席、キッチン、ベッドルーム、バスの外側に2台ずつ、さらに3台のサブウーファー・システムを埋め込んでいて、美しい音を出せるようになっている。あとデスクにもモニタリング用にSolo 6が2台ある。それから前方と後方をつなぐためのパッチベイがバスの内外にあってね。バスの外側にもスピーカーがあるから、外でもプレイすることができるんだよ。誰かがバスの中でギターをレコーディングしている間に、外でボーカル録音もできるんだ。
——スピーカーをFOCALにした理由は?
ガロー フランス製だからさ!(笑)。FOCALは僕のパートナーでもあり、このバスがショールームになっていることをとても喜んでいる。スタジオ・バスを作りたいという夢を彼らに話すと、“ぜひうちのスピーカーを使ってくれ、ジョアキム!”と言われてね。また、FOCALのスピーカー・サイズがバスにピッタリなんだよ。大きなサブウーファーもあって、素晴らしい音が出せるんだ。
——車内にはほかに何がありますか?
ガロー 日本製のコレクションもある。1979年製のオープンリール式のテープ・マシン、PIONEER RT-707さ。東京で買った、僕の宝物だよ。
——どのような用途で使っていますか?
ガロー 正直言うと、まずはデザインや見栄え、そしてビンテージ感のためなんだ。アーティストがやって来て最初にこれを目にすると、“何これ、本物?”と言う。“ああ、本物だよ。レコーディングにだって使える”と僕が言うと、“えっ!?”と言う。特に若い世代はそうだね。彼らはフルデジタルでやっているから、テープにレコーディングできることを知らないんだ。あと、ディレイやエコーといったエフェクト用に使っている。とてもビンテージなサウンドができるんだ。
最大24chのインプットを録音可
——車内でレコーディングを行う際は、バス内をブースとコントロール・ルームに分けるのでしょうか?
ガロー そうだね。ドラムとボーカルのレコーディングは十中八九、後方のベッドルームで行われる。ベッドは4つあるけど、この手のバスには外へせり出すスライドが付いていて、開けると幅が6mと、とても広くなるからドラムをレコーディングするのに十分なスペースになる。もしくは、ギターやベースをレコーディングすることもできるよ。
——歌や楽器は、どのようなシステムで録っているのでしょうか?
ガロー オーディオI/Oとして使っているデジタル・ミキサーMIDAS MR18がシステムの中心になっていて、とても役に立っている。すごくコンパクトだし、車内でのレコーディングはもちろん、車外に出て録音する場合の設定もAPPLE iPadやスマートフォンに保存しておける。ベッドルームで誰かがギターを弾いていても、外で葉巻を吸っていても、常に録音できるよ。
——入出力のルーティングはどのように?
ガロー 各部屋はスネーク・ケーブルで接続している。スネークはマルチボックスにつながっていることもあるし、ギターやヘッドホンを直接つなげることもできる。普通のスタジオのように、ブースでレコーディングしているものをデスクで聴くことも可能だ。つまり、僕が既に作っていたようなレコーディング・スタジオを、バスでも実現したんだ。
——同時に何chまで録音できるのですか?
ガロー 車内が16ch、外が8chだから、合計すると24chだね。マルチボックスはMR18の近くに一つと、デスクの下、レコーディング・ルーム、あとバスの外でレコーディングするときのためにも一つ用意しているよ。
大切なのは夢を追いかけること
——レコーディングを行ったアーティストからはどのような反応がありましたか?
ガロー とても気に入ってくれたよ。自然からのバイブスを受けて、山や空や星や太陽のエナジーを使って、すべてを音楽に注ぎ込む。彼らにとってとてもスペシャルな瞬間なんだよ。
——実際にLAGOODVIBEで作業した印象はいかがでしたか?
ガロー 最高さ。このバスのサウンドが大好きなんだ。超大音量でミックスを聴きたくなったら、好きなだけ音をデカくすることができる。ご近所なんていないからね。そして、完全な無音状態にしたかったら音量をゼロにすれば音が全く聴こえない。僕のスタジオがあるLAには常にノイズがあるし、東京だって同じだよね。僕は生まれて初めて、自分の周りのオーディオを完璧にコントロールすることができたんだ。
——通常のスタジオを飛び出すことで、得られるアイディアもあるのでしょうか?
ガロー その通り。去年、幸いなことに僕は映画をプロデュースできた。4人のプロデューサーが4つの別々のロケーションに行って、4曲を手掛けるというものだった。太陽が降り注ぐところ、雪の中、砂漠、それから海の近くに行って、異なるインスピレーションを得た。結果的に、プロデューサーたちはそれぞれ異なるフィーリングの音楽を生み出したよ。
——日本のアーティストやエンジニアにも、あなたのように車をスタジオにしたいと考えている方もいるかと思います。何かアドバイスなど、メッセージをいただけますか?
ガロー 最初のアドバイスは、自国の法律や規則に対処するということ。例えば、海のそばに一晩中滞在することができるのか? 僕は日本の法律は知らないけど、まずはそれを認識すること。2番目は、1日何Wの電力が必要かを考えること。冷蔵庫は1つでいいか、空調は1台か2台か。コンピューターも大きなスクリーンだと電力をかなり消費するから、それも必要なのか。そういったすべてを計算する。そして3番目は、夢を追いかけること。やるんだ!(笑)。やってくれ。夜に星を眺めながら音楽をプロデュースすると素晴らしい気持ちになれるし、太陽からはたくさんのエナジーをもらえるからね。
Close up!
『LAGOODVIBE - 8 MONTHS TO MAKE MY DREAM COME TRUE』
スタジオ・バス造りの始まりから終わりまでを記録
スタジオ・バス完成に至るまでの8カ月間の記録を公開。前オーナーが残した課題、バス暮らしを実践している人への聞き込み調査など、運営できるまでにさまざまな試練を乗り越えた様子を垣間見れる。LAGOODVIBEのYouTubeチャンネルではボーカル録音風景なども視聴可能。