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Ado『残夢』インタビュー〜歌録りの機材、完全単独のREC手法

Ado

既存のボーカル曲をカバーして、ニコニコ動画やYouTubeといった動画投稿サイトに公開する活動=歌ってみた。Adoはボーカロイド曲の歌ってみたからスタートし、2020年にオリジナル楽曲「うっせぇわ」で脚光を浴びた歌い手だ。その歌唱は、複数人のシンガーの歌を精密にコラージュしたような複雑さで、聴けば聴くほどに味わい深さが増す。7月10日にリリースされた2ndオリジナル・アルバム『残夢』では、ロックやシティ・ポップ、ダンス・ミュージックなど、多彩な全16曲を持ち前の表現力でまとめ上げる。Ado本人へのインタビューに加え、「唱」「抜け空」「Value」の作曲/編曲者にも取材を試み、アルバムのプロダクションに迫った。ここではAdoのインタビューをお届けしよう。

WARM AUDIOのマイクが声に合う

 ——歌のレコーディングは、普段どちらで行っているのでしょう?

Ado “歌ってみた”は自宅で、オリジナル楽曲はレコーディング・スタジオで録っています。どちらも自分1人で録音しています。デビューの準備をしていた頃に“歌ってみたのスタイルのままやらせていただければ……”とお願いしたことから、スタジオについても機材は整えられていますが、パソコンにへばりついて絨毯(じゅうたん)の上に座りながら自分のペースでやる、という点では家と変わらない感じですね。

——なぜ単独で録音したいのですか?

Ado いわゆる歌い手活動というのは、ニコニコ動画から始まった文化の中にあると思っていて。プロではないのに優れた音楽を作る人たちが登場し、彼らの制作環境もまたプロっぽくない、ラフなものでした。そのスタイルが歌い手にも影響を与えて、1人で自宅録音するのが普通になったのかもしれません。あと私の場合、人に見られながら録るのが苦手で。例えば“ちりぬるを”という歌詞があったとして、頭の“ち”を歌った時点で違う!と思ったら、もうそこで止めたいんです。しかも、そういうのを結構、繰り返してしまいます。はい止めます、じゃあ行きます、みたいな流れを自分のペースで素早くやりたいし、それを人にお見せしたくないのもあって今のスタイルに行き着きました。

——ご自宅の録音環境を教えてください。

Ado ウォークイン・クローゼットに結構な数の服を置きつつ、防音材を壁に貼り付けて反響を抑えています。この空間で、どれほど効果があるのかは未知数ですけれど。DAWはAPPLE Logic Proを使っていて、オーディオ・インターフェースはSOLID STATE LOGICのSSL 2+、マイクはWARM AUDIO WA-87 R2で、ヘッドホンはTAGO STUDIO T3-01です。購入履歴を見てみたらSSL 2+とWA-87 R2を同時に買っていました。当時、エンジニアの方にお薦めの機材を伺って選択肢を教えていただき、扱いやすいかなと思ったのがSSL 2+で、自分の声質に最も合いそうだと感じたのがWA-87 R2でした。

Adoの制作環境

Adoの自宅の録音ルーム。APPLE MacBook ProはLogic Proをインストールしたもので、オーディオ・インターフェースは黒い筐体のSOL ID STATE LOGIC SSL 2+、マイクはWARM AUDIO WA-87 R2、ヘッドホンはTAGO STUDIO T3-01を愛用している。SSL 2+にはSSL SL4000シリーズ・コンソールのテイストを再現する“4K”スイッチが装備されており、高域をエンハンスできるところがAdoのお気に入りだ

——WA-87 R2はNEUMANN U 87スタイルのコンデンサー・マイクですね。

Ado レビュー動画かデモンストレーション動画に、強めに歌う女性シンガーが出ていらして、自分の声質に共通するものを感じたので“私にも合うかな?”と思ったのが購入のきっかけです。

——SSL 2+には“4K”というスイッチがあり、歌声の高域を持ち上げつつハーモニック・ディストーションを加えられます。

Ado 4Kスイッチ、個人的に好きです。子音が立つように聴こえるので、歌ってみたでロックな楽曲をやるようなときに使っています。ただ、使わないほうが滑らかに聴こえるときはオフにしています。

——ヘッドホンのT3-01も、エンジニアの方に薦めてもらったのでしょうか?

Ado スタジオに置いてあって、歌いやすい音だしデザインもかわいらしいので、お店に問い合わせて買いました。頭にフィットする感覚で、すごく使いやすいです。

——オリジナル楽曲に関しては、自宅でプリプロを行った後、スタジオで本チャンをレコーディングするのでしょうか?

Ado 自宅ではオリジナル楽曲のレコーディングはいたしません。試し録りもせず、頭の中でイメージを作っておいてスタジオに入ります。ぶっつけ本番じゃないですけれど、スタッフさんもいない中、1人でヌルッと入ってヌルッと取り掛かるという感じです。機材はスタジオにあるものを使用していて、音に個性やパンチを出すためにアウトボードをいじることがあります。“ちょっとコンプが気になる”とか“何かシャリシャリしすぎじゃない?”って思うときに自分で調整しています。

——スタジオ・グレードのアウトボードに触れるのは、貴重な体験だと思います。

Ado 確かに、そうですね。もう本当に、セルフ・レコーディングだからいじれるみたいなところはあります。

短いフレーズを細切れに録っていく

——Adoさんの歌は声音が次々と変化するため、1曲の中で複数人のシンガーが歌っているように聴こえます。

Ado 楽曲を2~3回、通しで聴いたら歌のイメージが出来上がるんです。ここは最近のKポップ・アイドルみたいな感じにしようとか、ここは何十人もが同時に歌っているような太い声にしようとか、この詞はこんなふうに立たせようとか……歌い方の理想形が歌う前に出来上がっているので、そのゴールに向かってひたすらレコーディングしていく感じです。ただ、いざ録音するとなると結構、時間がかかります。

——手間暇をかけているうちに、イメージが逃げてしまうことはないのですか?

Ado それはないです。でもイメージが出てきすぎてしまって、“これはこう”と決めていたものが“いや、こっちも良いんじゃないか?”というふうに変わってしまうことはあります。あと、いったんは最初のイメージを具現化するようにしているのですが、数時間や1日置いて聴くと“これで合ってるの?”となることも結構あって。そういうときは、違うと感じる理由をよく考えて、歌の流れや個々のフレーズの歌い方を変えてみています。

——テイク選びやテイクのつなぎも自ら行うのでしょうか?

Ado 基本的には、最新のテイクが一番だと思っています。例えば“あいうえお”というフレーズがあったとして、“あい”にテイク3を使い、“うえお”にはテイク10を使う、みたいなのはやったことがなくて。全部、一息で録るっていうのでしょうか。でもテイクはたくさん重ねます。少なくとも20、多いときは120とか。「唱」には120テイクほど重ねたフレーズが入っていて、もう気持ち悪いっていうくらい録っていました(笑)。

——一息で録音するのは、ワンコーラスやセクションといった単位ではなく、フレーズなのでしょうか?

Ado そうですね。2小節ごとに録って止めてを繰り返すこともあれば、曲によっては一言みたいな短い部分にテイクを重ねることもあります。

——16小節や32小節を一息で録るようなことはないのですか?

Ado 全然ありません。もっと短いです。

——それだけ細切れに録っていくのは、どうしてなのでしょう?

Ado こだわりたい音がいっぱいあるというのでしょうか。ここはしゃくりたいし、ここはがなりたい。でもここは抜けたい、みたいな感じでたくさんあります。だから、DAWを回しっぱなしにしてワンコーラスを一気に録るようなやり方だと、各部のニュアンスをイメージ通りに表現することができない。それがものすごく嫌で、やっぱり一部一部を大切にしたいから、一部一部にこだわっています。

——自身の声を使って打ち込みしていくような録り方ですね。

Ado 確かに。人力ボカロじゃないですけれど……(笑)、自分の歌や歌い回しを作っているという感覚ですね。

映画のセリフの声音も歌の参考になる

——作り込むが故に、ライブでの再現が難しいのでは?

Ado ライブを経験する前は、そう思うことがありました。“作り込みすぎて、自分の首を絞めているな”って。でも何テイクも重ねているからか、身体が覚えていて。“ここどうやって歌ってたっけ?”となって、リリース済みの音源を聴き直して“そうだった、そうだった”と思い出して、練習し直すこともありますけどね。

——歌唱表現を作る過程で、新たに何かを研究して取り入れることはありますか?

Ado 例えばHoneyWorksさんの「可愛くてごめん」を歌わせていただいたときは、そもそも可愛いって何だろう?と考えるところから始めて、原曲を聴き込んだり、世の中で可愛いと言われている“歌ってみた”をたくさん聴いたりしました。自分の経験だけで賄えない場合はインプットの作業がとても多くなります。

——音楽ではなく、映画や小説などをヒントにすることは?

Ado 自分の引き出しの中には、映画やアニメもあります。“窮地に立たされた主人公は、こういう声を出すんだな”というように、感情と声音の関係性を見て、歌のヒントにすることがあります。やっぱり声音って、感情がダイレクトに現れるものだと思いますから。制作中の楽曲に悲しみやつらさなどの要素があれば、“こういうシーンはあの映画にもあったよな”と思い出して、再度見たりもします。

——声音に着目しながらセリフを聴くというのはユニークですね。

Ado そうなのでしょうか(笑)。私は割と感情重視で歌っているというか、さまざまな感情について、それが何なのかを考えるところにヒントがあると思っています。

——歌唱表現においては、声域も重要な要素かと思います。Adoさんにも得意な声域というのがあるのですよね?

Ado もともとは低い声域が得意だったのですが、トレーニングをして高い方にも広げていきました。ボカロ曲のカバーには高い声域で歌われるものが多く、私も憧れの歌い手さんのような声を出したいと思って毎日毎日、ホイッスル・ボイスを出す練習をしていました。

——ボーカロイドの声そのものも好きなのでしょうか?

Ado 本当に大好きです。ボカロをはじめ、いろんな音声合成を聴いています。ボカロって、人間には出せない説得力があるというか、歌詞を言葉の意味通りに、楽曲をただ楽曲として聴かせることができると思っていて。人間が歌うと、その人の人間性や人生観が詞に乗ってきて、言葉本来の意味とは違う聴こえ方になることがあります。もしくは、その人の声の良さや感情の使い方に引っ張られすぎることもある。でも、ボカロの声にはキャラクターこそあれ人生観のようなバックグラウンドはないので、言葉の意味や強さにフォーカスして聴けたり、楽曲そのものや作曲者の意志の部分にスポットが当たったりします。そういう音楽の聴き方をできるのが、ボカロの良いところだと思います。

——音声合成と言えば、Synthesizer Vについてはどのように感じますか?

Ado 面白いと思います。“ついにここまで来たな”という感じで。私はこれまで、人間の声と音声合成を聴き分けられる自信があったのですが、最近“この人の声、奇麗だな”と思ったら、実はSynthesizer Vが歌っていたんです。それを知ったときには“ヤバい、これ音声合成だ。しまった!”みたいな感じで、自分に対してショックでしたね。ついに見抜けなかった……じゃないですけど(笑)。あと、ネット上に“AI Ado”というのがいて、いろいろなアーティストさんの楽曲を歌っているんです。

——Adoさんの歌唱を学習したAIライブラリーなのでしょうね。

Ado うわ~、知らない私がいる~って思いながら聴いていて。楽曲によっては、AIでここまでできるのかと純粋に感心しましたが、コメント欄に“このカバーめっちゃ良い”と書かれているのを見たら複雑な気持ちになりました。私は普段、カバーをするときは原曲や作曲者をリスペクトしながら歌っていますし、オリジナリティにもこだわっています。それなのに“このAIで満足しちゃうんですか!? 私じゃなくて!?”という感じで。やっぱり私の解釈とは違う歌い方のものもありますからね。

アイドル・プロデュースが良い経験に

——続いてはミックスについて伺います。どの作品も、楽曲提供者の方々がミックスしているのでしょうか?

Ado オリジナル曲のミックスは、サウンド・プロデューサーのNaoki Itaiさんにお願いすることが多いです。過去の楽曲ですが、「うっせぇわ」のミックスではギター用エフェクターを私の声にかけたそうで、すごくロックというか新しい感じにしてくださったんだなと。実験的な面だけでなく、Itaiさんの安定したクオリティをとても信頼しています。

——Adoさんが、エンジニアのボーカル処理に求めるものとは何ですか?

Ado もう、本当にお任せしています。基本的には“できました。お願いします”しか言わないので(笑)。整えてもらいたいんです。よどみであったり、ちょっとひずんだりした部分を奇麗にしてほしい。ただ、楽曲によっては“ちょっとKポップを意識してください”とか“もう少しタイトにしてほしいです”とか、はたまた“こういうリバーブ感はどうでしょう?”などと提案させていただくことはあります。

——全16曲の『残夢』ですが、Adoさんの世代にとっては、ストリーミング・サービスで単曲配信の作品を聴いていくのが主流かと思います。そういった状況下でアルバムをリリースすることについて、どのように考えていますか?

Ado やっぱり楽曲の世界観やAdoっていうもの……Adoに限らず、そのアーティストの世界にずっと浸っていられるのがアルバムだと思います。私もSpotifyで好きなアーティストのアルバムを聴きますし、ワールド・ツアーに出たときは飛行機の中で、いろいろな方のアルバムを丸ごと聴いてみるというのをやりました。だからアルバムを出せるのは、うれしいことです。

——『残夢』を引っ提げての全国アリーナ・ツアー“Ado JAPAN TOUR 2024『モナ・リザの横顔』”が開催中ですね。

Ado 10月13日のKアリーナ横浜まで、全9都市/18公演を回ります。今までにやってこなかったことにも挑戦しているので、新しい姿をぜひ、ご覧いただきたいです。それと最近、私がプロデュースしたファントムシータというアイドル・グループがデビューいたしまして。公演のオープニング・アクトとして、一緒にツアーを回っています。ボーカル・ディレクションも行っているので、ご注目いただけたらと思っています。

——これまでは、ご自身に対するセルフ・ボーカル・ディレクションだったわけですが、その経験を生かしたのですね。

Ado はい。でも初めての経験だったので、いろいろなアイドルさんやグループの方々が公開しているレコーディング・ビハインドの動画を見て、一生懸命に勉強したつもりです。“エンジニアさん、ここでこういうリクエストをしている。こんなふうに話せばいいのか”って。

——今後も、他者を交えつつ表現の領域を広げていきたい?

Ado そうですね。こういう指示の仕方はこういう勉強になるとか、逆にこういう言葉はこんな意味に解釈されるんだなみたいな、自分の頭の中をアウトプットすることによって、それを逆輸入じゃないですけど、インプットし直すっていうのも面白いかなと思っています。

Release

『残夢』
Ado
ユニバーサル ミュージック:TYCT-69310(通常盤/初回プレス) ※初回プレス分のみの封入特典:『残夢』トレーディング・カード(6種類のうち1枚をランダムに封入)、価格:3,520円(税込)

Tracklist

❶抜け空 作曲/編曲:雄之助 作詞:牛肉 ❷ 行方知れず 作詞/作曲/編曲:椎名林檎 ❸ DIGNITY 作曲:松本孝弘 作詞:稲葉浩志 ❹ ショコラカタブラ 作曲/編曲:TAKU INOUE 作詞:かめりあ ❺ クラクラ 作詞/作曲:meiyo 編曲:菅野よう⼦×SEATBELTS ❻ アタシは問題作 作詞/作曲:ピノキオピー ❼ リベリオン 作詞/作曲/編曲:Chinozo ❽ オールナイトレディオ 作詞/作曲/編曲:Mitchie M ❾ 向⽇葵 作詞/作曲:みゆはん 編曲:40mP ❿ 永遠のあくる⽇ 作詞/作曲/編曲:てにをは ⓫ MIRROR 作詞/作曲:なとり ⓬ ルル 作詞/作曲:MARETU ⓭ 唱 作曲/編曲:Giga & TeddyLoid 作詞:TOPHAMHAT-KYO(FAKE TYPE.) ⓮ いばら 作詞/作曲:Vaundy ⓯ Value 作詞/作曲/編曲:ポリスピカデリー ⓰ 0 作詞/作曲:椎乃味醂

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