楽器の音色がマスターの音圧アップを阻む場合もある。そういうバグはアレンジの段階でつぶしておくんです
砂原良徳(syn、prog/写真右から2番目)、LEO今井(vo、prog/写真左から2番目)、白根賢一(ds、vo、prog/写真右)、永井聖一(g、vo、prog/写真左)の4ピース・バンド=TESTSET(テストセット)。2022年のEP『EP1 TSTST』を経て、この7月にリリースされたフル・アルバム『1STST』(ファーストセット)は、80'sのエレクトロ・ファンクをモダナイズしたような作風。弾むような低域のグルーブとツヤのある高域は、バンド・サウンドを超えて現行ハウス/テクノなども想起させる。作編曲に加えミックス&マスタリングを担当した砂原、そしてパワフルな歌を聴かせてくれるLEO今井をキャッチできたので、アルバムの制作について伺った。
UVIやARTURIAのシンセを活用
——TESTSETは、2021年のFUJI ROCK FESTIVALに出演したMETAFIVEの特別編成が発端なのですよね?
砂原 はい。僕ら2人の編成に白根さんと永井君がサポートで入ってくれて、4人で出演しました。
——EPの時点では、今の4人が正式メンバーになっていたのでしょうか?
砂原 あのときはぼんやりしていて、僕はみなしメンバーだと思っていました。みなし公務員みたいな……それが言いたかっただけなんですけどね(笑)。一緒に曲作りしていたので、内部的には正式だったと考えて問題ないと思います。
——普段、制作はどのような方法で?
砂原 みんな曲を作るし、打ち込みもやりますから、フルオケのデモを持ち寄って4人でいじりながら仕上げていくのが基本です。主にオーディオ・データのやり取りですね。
——これまで通り、砂原さんはPRESONUS Studio One、今井さんはAPPLE Logic Proを使っているのですか?
砂原 はい。で、白根さんもLogic Pro。永井君がAVID Pro Toolsです。僕はもう、ほとんど Studio One……コンピューターのみに近いですね。外部音源も少し使いますけど、UVIのソフト・シンセをどっさり持っているから、それで7~8割を賄う感じです。UVIのシンセには、ある程度エディットすれば自分の望む音になるようなプリセットがたくさん入っていて。よく使うのは、E-MU Emulatorシリーズを再現したEmulation IやEmulation II、FAIRLIGHT Fairlight CMIをシミュレートしたDarklight IIXなどです。あと、Falconに標準装備されている“Falcon Factory”というサウンド・バンクからも、よく選びます。例えばシンセ・ベースの音とか。
——今井さんは、どのようなシンセを?
今井 Logic内のシンセをよく使います。サード・パーティではARTURIAが気に入っていて、特にOBERHEIM系のものは使用頻度が高い。あと、Fairlight CMIを再現したCMI Vは、必ずどこかに使いたくなります。オールドのサンプラーっぽい音質が良いんですよね。
砂原 僕もARTURIAのシンセを使うんですけど、割とクラシカルな音っていうんですかね。音源部のクオリティが高いと思います。例えば、YAMAHA DX7のエミュレーション。幾つかのメーカーから出ていますが、僕はARTURIAのDX7 Vを使います。UVIのFMX-1 XLも好きですけどね。
——そういった80'sスタイルのシンセ・サウンドが、アルバムを象徴する要素だと感じます。
砂原 ただ、当時の実機を鳴らすのとは、何かが違うなあと思いながらやっています。その違いをよしとしてやっているというか。あと、ミックスやマスタリングの手法も、1980年代から大きく変わっていると思うんです。だからミックスやマスターを作るときにこそ、シンセの音の違いを強く感じるのかもしれません。
——ミックスと言えば、アルバムの収録曲は要素が多いにもかかわらず、低域が抜け良く聴こえるものばかりです。
砂原 ローは、ダンス・ミュージック的なふくよかさに加えて、スピード感もそれなりに出るように作っています。でも、それらを両立させるのは、なかなか難しいんですよね。アレンジが進んで音が増えたときに、ローが望ましい状態で聴こえてこなければ、音を差し替えたり足したり、エフェクトを少しいじってみたりします。ただ、各自のデモにアイコンっぽい特徴的な音が入っていたら維持しようとするし、変えるにしてもキャラクター性を残せるように触っていく。デモであっても、音を聴けばキャラが立っているのか、差し替えを前提にしているのか何となく分かるんです。
——ミックスの際に“これはこういう音色に変えた方が良い”とジャッジするのは、音響的に問題を感じるからなのか、音楽的により面白くするためなのか、どちらですか?
砂原 そこはね、音響的な部分が実は多いかもしれないですね。例えば、周波数レンジが狭く聴こえるから広げたいなとか、アタックがやや弱いから足してみようとか、そういう視点で音色を判断することの方が多い。
生か打ち込みか簡単に分からないのが良い
——音色に関しては、生ドラムなのか打ち込みなのか、判然としない曲が多いという印象です。
砂原 ドラマーの持ってくる曲が、打ち込みのドラムで作られていたりするから……。
今井 「Dreamtalk」のことですね。みんな、デモのドラムは打ち込みで作ってきたんですけど、アレンジが進んだ段階で“どの曲に生ドラムが必要か?”と話し合う機会があったんです。で、「Dreamtalk」について“白根さん、この曲は生ドラム必要ですか?”って聞いたら“いや~要らないかな”って言われて……ですよねー!と(笑)。
砂原 アルバムを作りはじめたときに、白根さんから“ドラム要らないんじゃないですか?”って言われて。いやいやいや、たたいてくださいよ!って(笑)。でも、ドラムが生か打ち込みか分からない、と言ってもらえたのは良かったですね。どっちなのか簡単に分かるよりも、どうやってるの?って思われる方が、作り手としては気持ち良い感じがするし。
——「Dreamtalk」は、明らかに打ち込みのドラムに聴こえるので、アルバムにおいて異色だと感じます。
砂原 「El Hop」も打ち込みなんですが、「Moneyman」や「Japanalog」「Bumrush」辺りは生+打ち込みのハイブリッドです。両者のブレンド・バランスで、音のキャラクターが決まってきますね。そのバランスは、どの曲でも同じというわけではなく、例えば「Over Yourself」は生ドラムが前に出ていますが、打ち込みも入っているんです。
——サブキックが入っているように聴こえます。
砂原 そうですね。ただ、サブキックと生のキックを重ねたら特定の帯域が凹んだり、ものすごく出っ張ってきたりして大変だったんです。だから一音一音、位相を合わせようとしたんですけど、“これ終わんねえな”と思ってやめました。
——では、両者をバスにまとめてコンプレッションして、まとまりを作り出すような方法を採ったのでしょうか?
砂原 はい。大まかに言えば、それに近いと思います。
——ボーカルの音作りも特徴的です。
砂原 LEO君は歌がうまいだけでなく、録った声の加工もハイレベルなんです。特にピッチ・シフトの使い方。
今井 メイン・ボーカルを複製してピッチ・シフトを挿し、やりすぎるくらいにピッチやフォルマントを上げ下げするんです。単体で聴くと気持ち悪いですけど、メインに薄っすら足せば全体として気持ち良く聴こえます。よく使うプラグインはLogicのVocal Transformer。今回は「El Hop」に使っていて、質感がすごく荒くなるんです。Logicのプラグインでは、Pitch Correctionを「Stranger」に使いました。こっちは結構、奇麗にかかりますね。
——素材録りは、2016年の本誌METAFIVEインタビュー時と同じく自宅で?
今井 はい、同じ。進歩ゼロ(笑)。NEUMANN KMS 105をMOTU 828 MK3 Hybridに挿して録っています。最近は、テンションが上がるからハンドマイクですね。あと今回、自分のボーカルに関しては、すべて宅録なんですよ。
“音量だけでミックスすること”の危うさ
——砂原さんはマスタリング・エンジニアとしても著名ですが、他者の曲をマスタリングする場合と自身のミックスに対して行うときとでは、どのような違いがありますか?
砂原 人の曲の方が、躊躇(ちゅうちょ)なく触れますね。自分の曲は、触るのが難しい。“こういう音にしたい”っていうのをミックスでやって、すぐマスタリングに取り掛かるので、ミックスのときの“残像”が自分の中に残ったまま着手することになる。すると、思い切ってパラメーターを触れないんです。半年くらい空けると少し違うのかもしれませんが、時間に追われる中でミックスしてすぐにマスタリングというのは、本当はあまり良くないのかもしれません。でも1つ、利点があって。マスタリング中に“これはどうにもできないな”と思ったら、すぐにミックスに戻れるんですよ。
——“どうにもできないこと”とは、具体的には?
砂原 人の曲をマスタリングしているときにありますね。例えば、音圧を上げようとしてコンプレッションすると、ものすごく大きくなってしまう音が出てくる。キックが大きくなりすぎたりね。それは、“音像”や“音圧”よりも“音量”を重視してミックスされているからだと思います。音楽には、音像や音圧、音量、密度といった要素があると考えていて、それらのすべてを感じながらミックスするのが、私は正しいと思うんです。でも、ただ音量だけでミックスする人もいます。そういうミックスは、ミックスされたままの状態で聴く分には良いんですけど、音圧を上げようとすると全く違う聴こえ方になる場合がある。あと、各音色の密度に整合性が取れていないミックスは、音圧を上げたときにバランスがガタッと崩れてくるんですよね。
——音圧をしっかり上げる、というのが砂原さんのマスタリングのゴールとしてあるのですね。
砂原 はい、あります。でも、ミックスに戻っても解決できない場合があるんですよ。例えば、楽器の音色そのものが原因という場合。だから、そういうバグは早いうちにつぶしておいた方がいいんです。さっき、音響的な問題から音色を差し替えることがあると言ったのは、そういう理由です。
——マスタリングには、どのようなモニター機器を?
砂原 ずっとFOSTEXのNF-01Aです。全く問題ないですね。あとはBluetoothスピーカーとカー・ステレオ。APPLE MacBook Proを直接カーステに挿して、ベースとキックのバランスを調整して帰ってくることもあります(笑)。
——バンド音楽でありながら、クラブでの鳴りも良さそうな『1STST』ですが、次の制作も進めているのでしょうか?
今井 完全に新しい曲はまだないけれど、今回のアルバムに収録しなかった曲があったり、全く触っていないデモがあったりするんです。そういうのをタイミングで聴き返して、新しい曲に発展させていくかもしれませんね。
Release
『1STST』
TESTSET
ワーナー:WPCL-13490
Musician:砂原良徳(syn、prog)、LEO今井(vo、prog)、白根賢一(ds、vo、prog)、永井聖一(g、vo、prog)
Producer:TESTSET
Engineer:砂原良徳、Tadashi “Urban” Nakamura
Studio:Y.Sunahara’s STUDIO、SHIRANE STUDIO、Potato Studio、Leo’s House、Studio TYL