地道な作業を繰り返していくのを間近で見て、何かを作るというのはそういうことなんだと再確認できた
シンガーソングライター/詩人の柴田聡子(写真左)によるニューアルバム『Your Favorite Things』は、バンド形態“柴田聡子inFIRE”のメンバーでもあり、以前より柴田の作品にプレイヤーとして参加していた岡田拓郎(同右)を共同プロデュースに迎え制作された。岡田の柔軟なサウンドプロデュースが相乗効果を生み、柴田の類いまれなソングライティングがさらに深みを増した仕上がりとなった今作について、主なレコーディングが行われたIDEAL MUSIC FABRIKにて柴田、岡田の両名に話を聞いた。
自分を見つめ直すためのセルフレコーディング
——岡田さんが柴田さんの作品やライブに関わるようになったきっかけは?
柴田 昔、岡田さんのバンドと対バンをしたときに、うれしいことに“(演奏を)いつでもやりますよ”と話しかけてくださって。時が流れて、バンド形態のメンバーを探しているときに、そのときの言葉を頼りに岡田さんにお願いしました。
——今作はそんな岡田さんとの共同プロデュースですね。
柴田 前作『ぼちぼち銀河』を作り終えて、充実感もありつつ根本的に違う制作方法も試してみたいと思っていたんです。そのタイミングでちょうど岡田さんと話していて、共同プロデュースという形で今回の制作をお願いしました。
岡田 歌のアレンジやテイク選びは柴田さんで、自分は全体のアレンジ面やミックスを担当するといった役割分担です。
——制作はどのように進めていったのでしょうか?
柴田 去年の3~6月にかけて「Synergy」と「目の下」をゆるゆると作って、それがアルバムの起点です。そこから半年間かけて一気にほかの曲も制作していきました。
岡田 柴田さんのデモがまずあって、そこからの進め方は曲によってまちまちです。例えば、「目の下」はバンドでベーシックを録る前に、二人でリズムのアプローチをどうするか考えました。レゲトンとかで出てくる“ドッカドッカ”みたいなリズムを使えたらいいねという話をしたりして。
——デモはどのように作っていきましたか?
柴田 これまではギターの弾き語りで作ることが多かったんですけど、今作ではMIDIキーボードを弾きながらメロディとコードを同時に考えていきました。デモ制作には主にAbleton Liveを使っています。鍵盤の弾き語りで作る際はWURLITZERの音色をサンプリングしたLive付属のElectric Keyboards、ビートを打ち込むときはRoland TR-808かTR-909の音色のLive付属のドラムキット、シンセはARTURIA ANALOG LAB Vを使うことが多いです。歌やコーラスなどをたくさん録るときはAvid Pro Toolsを使います。
——歌詞はどのタイミングで作っていくのでしょうか?
柴田 デモの段階で歌詞はほぼできていますね。作詞に関しては、毎回ただただ頑張って、根性を出して書いています。
——語感の良いワードが独特のグルーブ感で歌われている部分が心地良かったです。
岡田 ラップみたいなノリだったり、ゴーストノートみたいな日本語の使い方が毎回聴いていて新鮮に感じます。
柴田 海外のヒップホップとかR&Bから学ぶことは多いですね。外国語の曲だとゴーストノートだったり、破裂音みたいな音楽的な言葉の使い方が多くて。K-POPとかの譜割のノリも新鮮で、影響を受けていると思います。
——押韻は意識的に取り入れているのでしょうか?
柴田 日本語で脚韻をしたときのすっとこどっこいさにずっと悩んでいて。韻を踏んでるな~感が出てしまうというか。もちろん、ラップのような表現方法だったりで、解決することでもあるんですけど。どうしても歌になると、脚韻はすっとこどっこいな感じになってしまうと思って。なので頭韻だったり、中間韻で踏むように意識しています。といっても全然脚韻のことも多いんですけど(笑)。できるだけ自然に聴こえるようにそこは調整しています。
——歌録りはどのように?
柴田 最初に作った「Synergy」「目の下」はエンジニアの宮崎洋一さんに一度録っていただいたのですが後日自分で録り直して、結局歌は全曲セルフレコーディングです。
——セルフレコーディングに切り替えた理由は?
柴田 自分の歌だけオケから浮いているように感じていて、どうにかしたいなと思っていました。それで自分を見つめ直す時間が必要だなと思い、一人で録ろうと。自分は恥ずかしがり屋というか、人前だと感情をうまく出しにくい部分があって、歌の作業ってそういう精神的な部分が大きく関わってくるものなんです。一人だとリラックスした状態で時間を気にせず作業できたので、試してみてよかったなと思います。
——セルフレコーディングはどのようなスタイルで?
柴田 Apple MacBook Pro、オーディオインターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin、ヘッドホンのTAGO STUDIO T3-03などをIDEAL MUSIC FABRIKに持ちこんで録りました。マイクは昨年購入したMANLEY Reference Cardioidか、スタジオにあるビンテージのTELEFUNKEN U47で、スタジオ所有のマイクプリNeve 1073とコンプレッサーのUrei 1176も使っています。
——マイクの使い分けは?
岡田 柴田さんと話し合いつつ、ビンテージっぽい質感の「Movie Light」「Kizaki Lake」「Reebok」「素直」にはU47をチョイスしました。
柴田 U47はEQやコンプのかけ方でグングン幅が広がっていく感じで、Reference Cardioidは録り音の時点でバチッと仕上がっている印象です。
手元にある機材でいかに構築するかを考える
——全体を通してボーカルの空間処理が見事でした。
岡田 リバーブで用いたのは、ARTURIA REV PLATE-140、REV INTENSITY、REV LX-24の3種類。アコースティックな質感の曲ではKORGのテープエコーSTAGE ECHO SE-300をスプリングリバーブとして使っています。
柴田 テープエコーで言うと、岡田さんのRoland RE-201使いが圧巻でした。
——RE-201は、どのような使い方を?
岡田 発振させたものを変調させたり、録りながらずっとディレイタイムを調節してコーラス効果を生んだり、さまざまです。20代の最初、RE-201しかエフェクターを持っていなくて、それだけでコーラスもリバーブも作っていました。ダニエル・ラノワの“手元にある機材でいかに構築するかを考える”という言葉に、当時お金のなかった僕はそれだ!って思って。今でもその考え方は大切にしていますね。
柴田 実際に制作作業を見ていると、それがめちゃめちゃ伝わってきて感動しました。
——これまでもさまざまなプロデューサーの方と制作されていますが、岡田さんの印象はどうでしたか?
柴田 ひたすら地道な作業を繰り返していくというのを間近で見て、やっぱり何かを作るっていうのはそういうことなんだよな、とあらためて思いました。音への探究心というか、粘りがすごくて。刺激を受けた結果、締め切り直前に私も歌を録り直したりとかしちゃったんですけど(笑)。
——岡田さんから見て柴田さんの印象は?
岡田 前々から結構同じタイプだなとは思っていて。昔、大滝詠一のトリビュートアルバムで、柴田さんが松田聖子の「風立ちぬ」を使いはじめたばかりのApple Logic Proで完全再現していて。ああいう1980年代の歌謡曲のサウンドプロダクションを全部打ち込みで再現するって、とにかく粘り強くないとできないので、すごいなと。そんなふうに自分と同じくらい粘れる人とアルバムを作ってみたいという気持ちもあって、今回ようやく実現できました。
——とても良い関係性ですね。
柴田 私としては岡田さんに引き上げてもらっていた印象だったので、まさかそんなふうに思ってもらっていたとは驚きで……めちゃくちゃうれしいです。
大活躍のデジタルギターCASIO DG-20
——ここからは、『Your Favorite Things』収録の全10曲を1曲ずつ解説していただきたいと思います。
M1「Movie Light」
岡田 比較的バンドサウンドでほかの曲は作っていたので、この曲に関しては1960~70年代の頭ぐらいのプロダクションのイメージで作りました。フィル・スペクターやバーバンクのレコードだったり、そういった懐かしい雰囲気を今っぽく聴かせるのにトライできる曲だと思って、ストリングスを入れてみました。
M2「Synergy」
——タイトでキレの良いドラムが素晴らしい一曲ですね。
柴田 前作を経て、ドラムの音をさらにこだわりたいですよねっていう話はしていて、結構頑張って音作りしました。
岡田 ルーム感がちゃんと左右にある感じで録りたくて、エンジニアの宮崎洋一さんと相談しながら試行錯誤しましたね。
——ギターのピッチダウンさせたような音はどのように?
柴田 あれはDigiTech Whammyで作っています。
M3「目の下」
——打ち込みのように聴こえるドラムの音作りは?
岡田 生ドラムにバチバチにゲートをかけてます。デモに合わせて浜さんにたたいてもらったテイクの良かった部分を切って貼っていきました。後半のビートが複雑になる部分は、OUTPUTのPORTALでピッチとかフィルターとかをいじって作りましたね。
柴田 ドラムンベースみたいに聴こえるけど、ドラムンベースではないみたいな絶妙なバランスが好きです。
M4「うつむき」
——CASIOのデジタルギターDG-20を使用していますね。
柴田 「うつむき」「白い椅子」「Your Favorite Things」が制作の2個目のターンで、そのときに岡田さんが突然持ってきて。魂が呼び起こされるような音というか。
岡田 ギター弾きなのでどうしても鍵盤が得意ではないのですが、これ1本でシンセの音も出せるしMIDI鍵盤としても使えるし、プリセットの音も豊富で本当に最高の楽器。この曲でシンセのように聴こえる音は、ほぼDG-20の音です。
M5「白い椅子」
——同じフレーズでも細かいコーラスワークによって表情が変わって聴こえるのが印象的です。
柴田 今まではセンターでダブルにするアプローチが多かったんですけど、 “ちゃんと効いてるのか?”みたいに思うときもあって。それでディアンジェロとか、いろいろな人のコーラスワークを勉強したんです。それをもとに、左右に分けたり、オクターブ違いを重ねたりしたら、すごいしっくりきて。ちゃんとコーラスが効いてるな、と。
——16分音符で鳴る印象的なシンセのフレーズは?
岡田 DG-20のマンドリンの音色です。DG-20はリズムマシンも内蔵していて、この曲と「うつむき」のドラムがダブっぽく混ざる部分で使っています。
場面の移り変わりをテンポチェンジで表現
M6「Kizaki Lake」
柴田 “ワンコード“というテーマでデモを制作しました。分数コードにしたり、いろいろと岡田さんが試行錯誤してくださって、ワンコードなのに生き物みたいな和音の響きになりました。
岡田 この曲だけ2ミックスをオープンリールMTRのFostex A-8に通しています。ヒスノイズを抑えることもできたんですけど、そのバランス含めて良いなと思って、採用しました。
M7「Side Step」
柴田 この曲のテーマは“イタロディスコ“で、最終的にイタロっぽい哀愁が抜けてディスコになりました。
岡田 イントロのローパスフィルターが徐々に開いていく部分は、ARTURIA TAPE MELLO-FIで作っています。
M8「Reebok」
柴田 テーマは、“ネオ・シティポップ“。まずキーを決めて、ダイアトニックコードを調べながら作りました。職業作家が作った雰囲気を意識してというか。後々、コードレスキューもしていただきました。
——コードレスキューというのは?
岡田 鍵盤系の演奏で参加している谷口雄さんと僕で、柴田さんが付けたコードを再検討していくという役割です。
柴田 コードを見直していただいたおかげで、曲のスムーズさがグンと上がりました。
M9「素直」
——「たった一度~」からガラッと風景が変わって広がっていくようなアレンジが素晴らしかったです。
岡田 デモを聴いたときに、あそこから場面が変わって気持ちが込み上がっていくような印象があって。その雰囲気を表現するために、あの部分から、数小節ごとにテンポを上げ下げしています。ドラムはLANDRのサンプルを刻んで打ち込みました。
M10「Your Favorite Things」
岡田 途中のビットクラッシュのようなエフェクトは、TAPE MELLO-FIによるものです。アウトロのフィードバック音などはRE-201などを発振させて作りました。
——全曲解説ありがとうございました。次作の構想などは?
柴田 超ミニマルR&Bみたいな作風に興味があります。
岡田 今回はバンドっぽいアレンジで作っていったので、確かに音数を減らしたやつは作ってみたいですよね。柴田さんが全部打ち込む形式でもできそうじゃないですか?
柴田 どうだろう……その際はまた相談させてください(笑)。
Release
『Your Favorite Things』
柴田聡子
AWDR/LR2 DDCB-12121
Musician:柴田聡子(vo、g、k、prog)、岡田拓郎(g、b、k、syn、auto harp、bell、chord rescue、prog)、まきやまはる菜(b)、浜公氣(ds、perc)、谷口雄(org、p、chord rescue)、大光嘉理人(vln)、山本啓(vln)、眞岩紘子(viola)、増村和彦(perc)、別所和洋(k、syn)、副田整歩(alto, tenor & baritone sax)、香田悠真(strings arrangement)
Producer:柴田聡子、岡田拓郎
Engineer:宮﨑洋一、岡田拓郎、柴田聡子
Studio:IDEAL MUSIC FABRIK、DUTCH MAMA STUDIO、抹茶スタジオ、studio Aoyama、 OKD Sound Studio