テクニックを学んだり楽曲をコピーしたり 時間をどう活用するかはとても価値のあることだよ
2016年にリリースしたデビュー作『Process』が、イギリス最高峰の音楽賞、マーキュリーを受賞したシンガー・ソングライターのサンファ。シンガーとして、ケンドリック・ラマー、トラヴィス・スコット、ビヨンセなど作品にも数多く客演し、アーティストからも高い注目を集めている。10月にリリースした2ndアルバム『LAHAI』は、前作同様自らプロダクション、トラック・メイクからボーカルまで務めた作品。心地良いビートと柔らかな歌声は、聴き手に大きな癒しをもたらすだろう。彼に話を聞いてみると、機材や制作にかなりのこだわりを持っていることが分かった。ぜひともご覧いただきたい。
制作のきっかけはSEQUENTIAL OB-6 Module
——『LAHAI』は前作『Process』から約6年ぶりのアルバムです。間が空いた理由は何かありますか?
サンファ ツアーがあったし、時には人生を謳歌(おうか)したいと思ったし、アルバムを作る前に自分と向き合う時間が必要だった。パンデミックが起きたり、その頃子供が生まれたりもしていて制作のペースが遅くなってね。また音楽にエキサイトする必要があると思っていたときにシンセを買ったことが、新たな音楽を作るきっかけになったんだ。
——何のシンセを買ったのですか?
サンファ SEQUENTIAL OB-6 Moduleさ。デスクトップ型で、すごくシンプルな64ステップのシーケンサーが搭載されていて、とても楽しかったよ。
——『LAHAI』ではOB-6をかなり使ったのですか?
サンファ そうだね。素晴らしいオシレーターやフィルターが搭載されているんだ。OB-6を使って最初に作ったのは、「Spirit 2.0」のコードだったよ。
——普段の曲作りはピアノからですか?
サンファ ピアノから作ることもあるけど、今回はそれほど。このアルバムにはピアノがたくさん入っているけど、ピアノから始めた曲は3曲しかない。リズム・マシンやセミモジュラー・シンセといったシーケンサー、またはソフト・シンセから始めることもあれば、APPLE Logic Proを開いて、いろいろ試すところからスタートすることもある。スタジオを借りて、ジャム・セッションから生まれる曲もあるよ。
——プライベート・スタジオのような、自身の制作環境はあるのでしょうか?
サンファ 今はあるけど、このアルバムを作っていたときは僕のスタジオはベッド・ルームだったんで、ベッドルームから始まった曲が多いね。でも、主にロンドン周辺の複数のスタジオを使ったんだ。マイアミにも一度行った。というわけで、うちのベッド・ルームとロンドン周辺のスタジオとマイアミのスタジオで作ったんだ。
——マイアミはロンドンから離れていますが、なぜ?
サンファ エル・グインチョというプロデューサーがそこに住んでいるんで、プロセスの最後の方で僕は彼のところに行って1週間ほど過ごしたんだ。ちょっとだけ家から離れて、アルバムの全体像を見つめて、数曲仕上げてアルバムをまとめようと思ったんだよ。
——ロンドンやマイアミのスタジオに行くときは、自身の機材を持ち込むのですか、それとも各スタジオに設置されている機材を使うのでしょうか?
サンファ OB-6 Module、BUCHLA Music Easel、Easel Command、SEQUENTIX GMBH Cirklon、MOOG Mother-32といった、僕のシンセサイザーを幾つか持ち込むんだ。マイクに関しては、スタジオにあるものを使う。ロンドンには僕の好きな機材がそろっているスタジオがあるからね。あと、僕はリッキー・ダミアンというエンジニアと一緒に作業していてね。彼は自分のアパートにスタジオを設けているので、僕は彼の家に行って、彼が所有するマイクのFLEA 49、マイクプリのBAE 1073といったボーカル・チェインを使っている。僕は彼と別のスタジオでも一緒にやっていて、いろんなマイクを使ってさまざまな音を試しているんだ。
——自身ではほかにどのような機材を所有していますか?
サンファ YAMAHA DX7、KORG Prologue、WALDORF Quantum、Mother-32が数台……要はシンセをたくさん持っているんだよ(笑)。NORD Nord Lead A1、KORG R3なんかもあって、長年かけていろいろ集めたんだ。ハードウェア・シーケンサーはよく使っているCirklonのほかに、KILPATRICK AUDIO Carbonもあるよ。あとはNEVE 1084やUREI 1176なんかも持っている。
——オーディオ・インターフェースやスピーカーは何を?
サンファ オーディオ・インターフェースは、長年RME Fireface 800を使っていたんだけど、最近ANTELOPE AUDIO Galaxy 32 Synergy Coreに替えた。スピーカーは、以前PMC Twotwo.6を持っていたが、ATC SCM25にしたんだ。素晴らしいモニター・スピーカーで、とても気に入っているよ。
——ボーカル録りは主にダミアンのスタジオで?
サンファ 僕のボーカルの大半は、リッキー・ダミアンと彼のスタジオやその他のスタジオで録っている。マイクはFLEA 47のほかにNEUMANN U 67を使うこともあった。ガイ・チェンバースというプロデューサーが運営するスタジオのSleeper Soundsでは、TELEFUNKEN Ela M 251Eもたまに使ったかな。すごくうまくいったし、素晴らしいマイクだ。高価なマイクだよね。あと、マイアミではハンドヘルド・マイクのNEUMANN KM 86を使ったよ。
生楽器なのにコンピューターが弾いている
——「Can’t Go Back」をはじめ、収録曲の多くで逆再生やピッチ・シフトなどを使って、さまざまに声が加工されているのが印象的です。
サンファ いろいろなことをやったよ。ステレオの幅を広げたり、フランジャーやEQを使ったり、単に配置にこだわることもあった。「Can’t Go Back」では、コール&レスポンスをちょっと違ったテクスチャーにしている。レスポンスの方の幅を少し広くして、4トラックを左右に2トラックずつパンを振って配置した。あと、リバーブはSTRYMON BlueSkyやBigSkyを使っていて、GRM TOOLSのプラグインでグラニュラーやフリーズといった加工もしている。僕のボーカルをフリーズさせて、ほんのわずかなサウンドをサンプリングして引き延ばし、リバーブやディレイをかけたりするんだ。でも、なかなか思い出せないな。僕は試行錯誤して作業しているから、自分が何をやっているのか必ずしも分かっているとは限らないんだ。
——メモなどは取っておかないのですか?
サンファ メモを取るのがとっても苦手なんだ。得意なこととしては、プロジェクトを保存することだね。以前はよくプロジェクトを保存したと思っていてもできていなくて、戻りたいと思ったときに戻れなくなくなっていた。だから、保存しておくのはとても重要なことだと思うよ。
——ピアノも「Stereo Colour Cloud」の高速フレーズ、「Dancing Circles」のスタッター効果などのように、大胆に加工されていますね。
サンファ あれには、自動演奏機能が付いたピアノのYAMAHA Disklavierを使ったんだ。“生楽器を使ったループ・ベースの音楽”というアイディアが僕にはあってね。ドラムでも、MIDIやUSBなどからの信号をトリガーにして自動でたたくPOLYEND Percを使って同じことをやっているよ。だから、アルペジオのMIDIデータをLogic Pro内で作ってDisklavierに送って、それに合わせて僕が弾くということもやった。つまり、僕とDisklavierの両方が弾いているんだ。より興味深いものにするためにね。生楽器なのにコンピューターが弾いているものを耳にすると、何だか分からなくなる。素敵なハイブリッドの世界だ。すごくインスパイアされたし、とても楽しかった。僕はいまだにピアノを弾いているし練習もしているけど、とてもクリエイティブな作曲の手法だと思ったんだ。
——「Spirit 2.0」や「Jonathan L.Seagull」などバンドの曲と打ち込みの曲が混在しています。曲によって打ち込みかバンドはどのように決めていますか?
サンファ 直感やフィーリングで決めることが多いよ。どんなアイディアも直感から生まれるんだ。そのアイディアを試してみることでどんどん学習していくし、出したい音に固執してやり続ける。今回のアルバムでは、“ドラムをいろいろと動かして、このロボット・ドラムでクールな音を出してやろう”とか、“その下に何か別のものを入れたらいいかな”といったことを考えられて、とても満足したよ。特にマイクの配置のようにエンジニアリング的な側面にね。もちろんエンジニアはちゃんといたけど、僕にもLUDWIG Acroliteとか、使いたいスネアがあったりもしたからね。
——前作のミックス・エンジニアはデイヴィッド・レンチでしたが、今作も同じでしょうか?
サンファ そう、デイヴィッド・レンチだった。ミックスのことを考えたとき、彼が一番理解してくれていると思ったし、僕たちはいい仕事関係にあるんでね。
——どのような音にするか、ビジョンはありましたか?
サンファ 音によっては、より深みのあるものにしたかったんだ。あとはバランスにすごくこだわったね。とてもいろんなサウンドが飛び交っていたから、『LAHAI』ではバランスが極めて重要なものだった。僕は西アフリカの民族音楽が好きで、密度があると同時にシンプルなところが気に入っている。ポリフォニーが多々あって、音数がたくさんあるのに、それでもミニマルに感じられるんだよ。「Spirit 2.0」ではたくさんの音が使われているけど、ある意味これはかなりミニマルであるという解釈も成り立つ。そのように、アルバム全体が似た世界観を持つように心がけたんだ。曲が違っても使っているリバーブが同じだと均質性が生まれる、というようにね。
——自身でも、エンジニアにデータを渡す前にミックス的な作業を行うのでしょうか?
サンファ するよ。作りながらミックスしていくんだ。僕にとってミックスは、曲作りの一環さ。デイヴィッドに渡す頃には“彼はこれをどうするんだろう?”と思うね。できる限りベストなミックスにするようにしているから。でも、曲に対してもっとできることがあることがわかるのはいつだって興味深いよ。周波数のせいか何かで、“このトラックはそんなに意味のあるものじゃなかったんだ”って後で思うこともある。デイヴィッドは、周波数などをいじってボーカルが落ち着くようにしたりして、すべてを収まるべきところに収める。「Can’t Go Back」では、ドラムが止まったところで彼がミックス全体を2dBほど上げてインパクトを高めたんだよ。低音をもうちょっと加えたりする代わりに、トラックのレベルをちょっと上げたんだ。ベースとキックが競合しないようにするのはチャレンジングで、僕はキックとベースのバランスにはいつも苦労しているよ。
——本誌を手に取る読者の方には、あなたのように音楽制作を行っている方も多いです。日々制作に取り組むにあたって、何かアドバイスをもらえますか?
サンファ 好奇心を持って、それを実践することだね。プログラムを開いて楽しむんだ。そうすると、そのほかのことは自然とついてくる。プロダクション・スキルを学ぶ時間があるといいね。僕もたまに2週間かけてプロダクション・スキルを学んで、それを次の10年間で活用するんだ(笑)。時間をどう活用するかは、とても価値のあることだよ。プロダクション・テクニックを学ぶ時間を見つけたり、ほかの曲をコピーしたりするのがいい。僕はLogic Proを開いて楽しんで、いろいろと試している。特に決まったルールはない。とにかくオープンになって、いろんなものを試してみることかな。あとは、謙虚になって人から学ぶことだね。
Release
『LAHAI』
サンファ
ビート/ヤング
Musician:サンファ(vo、p、syn、prog、他)、イェジ(vo)、ローラ・グローヴス(vo)、リサ・カインデ=ディアス(vo)、ナオミ・ディアス(vo)、レア・セン(vo)、シーラ・モーリス・グレイ(tp)、ユセフ・デイズ(ds)、マンスール・ブラウン(g)、モーガン・シンプソン(ds)、他
Producer:サンファ、エル・グインチョ、他
Engineer:デイヴィッド・レンチ、リッキー・ダミアン、他
Studio:Sleeper Sounds、RAK、Baltic、他