ジャンルは統一されていなくても、それぞれが持つポップスのセンスが奇麗に残った
永井聖一(g、写真左端)、大井一彌(ds、同左から2番目)、Daoko(vo、同中央)、網守将平(k、同右から2番目)、鈴木正人(b、同右端)が、バンドQUBITを結成! Daokoのサポートメンバーとしてライブを支え、それぞれのフィールドでの活躍も目覚ましい5人が集結して奏でるサウンドは、ポップなフィールドに挑戦的な表現をちりばめながらリスナーの耳を引きつける。ここでは、永井と網守へのインタビューを敢行。サポートとバンドでの表現の違いや彼らの制作スタイルを通し、QUBITの音の魅力に迫る。
QUBITのひな形であり通過点である「anima」
──QUBITはどのようなきっかけで結成したのですか?
網守 2019年のYMOトリビュートライブ『Yellow Magic Children 〜40年後のYMOの遺伝子〜』で、僕はDaoko&片寄明人と初共演しました。その後Daokoのサウンドプロデューサーでもある片寄さんが、バンド編成でライブをやるから一緒にやってみようと。最初はキーボードとギターのアンプラグドで、僕が永井さんを指名しました。その後ドラムが(大井)一彌、ベースが(鈴木)正人さんと決まって。
永井 ほぼパーマネントメンバーになり、Daokoちゃんのアルバム『anima』にも参加して気心が知れてきた段階で、去年のツアー後にサポートチームはいったん解散となったときに、このフォーメーションがいちいち解体されるのはもったいないし、1枚アルバムを作った方がいい残り方をするのでは?と思って“いっちょ形にしませんか?”と僕が話しました。
──アルバムを作る上で目指したい音はありましたか?
永井 網守君は今後のDaokoちゃんのステップを左右するキーパーソンだと思っていて。網守君が作編曲した『anima』収録曲の「anima」が主軸になると思ったので、“Daokoちゃんソロのストックを使えば?”って言ったら、“いや、こんな感じで作る”って網守君が持ってきたんです。
網守 それがデビュー曲の「G.A.D.」です。サポートだとある程度自分の楽しみは担保しつつ彼女のためにやるんですけど、バンドとして活動する場合は自分たちもアーティストになるわけです。そこを押し出す意味で、QUBITのひな形であり通過点である「anima」に近い手法で全員の音が絡み合うような曲を作りました。僕はDaokoサポートのバンマス的な立ち位置で、一人一人が出す音の癖や好きな音楽なども把握しているので、何小節の何拍目はこの人がかっこよくなるべき音が入るから、他のメンバーの音は使わない、みたいなルールを決めてパズルのようにDAWで配置するんです。
──QUBITはポップなサウンドと実験的なサウンドのバランスが絶妙ですね。
網守 それこそ徹頭徹尾意識してるつもりで、いつも自分のソロとかアレンジは実験的で難しいと言われがちなので、今回こそはもう少しポップだなって感想が欲しいです。
永井 願望ね(笑)。
──永井さんのQUBITでの作曲手法を教えてください。
永井 初回なのであえて派手なものを作ろうと思ったのと、トラックメイキングを網守君と協力するプロセスを意識して、サポートで培った関係性で作りました。僕がここまで作れば数倍派手にして返してくれるだろうと。
──例えば、二人で共作した「Big Mouth」はどのように?
永井 速くて派手な曲が1曲入っているとバンド感が出て面白いと思ったので、ギターが目立つデモを作って網守君に投げて“あとはご自由に”という感じでした。
網守 この曲は、Xfer Records SERUMやUVI 8-Bit Synthのリードシンセやアルペジエイターシンセでトランス感を出しました。細かいシーケンスはHEAVYOCITY Evolveを使って、おもちゃ箱をひっくり返したような感じを出しています。
永井 構成もすごくいい感じでいじってくれるので、返ってきたものには基本的に文句がないです。僕になくて網守君が持つエレクトロニックの要素やトラックメイキングのセンスは全部信頼しています。QUBITでは、音楽的なプロデュースは網守君、曲順によってどういう流れを作るかというようなトータルバランスは僕が見ています。
──制作がスタジオセッションで始まることはありますか?
永井 空き時間をそろえることも困難なバンドなので、全員そろってスタジオに入れることはなかなかないですね。スタジオに入ってこねる作業もフィジカルなバンドでは大事な要素なのかなと思いつつ、できることは家でやるのが近年のデフォルトで、落ち着いて一番いいテイクを決め打ちで投げた方が効率もいいし、最終的に納得できる音楽が作れるんじゃないかなと思って。正人さんが空いてるときにベースを差し替えて、網守君の曲は一彌君と網守君が空いた奇跡的なタイミングで生ドラムに差し替えたりはしました。
メロディに対してどういう韻が気持ち良いか考える
──ポップなリード曲の「Mr. Sonic」は、作品のキャラクターを位置づける重要な曲ではないでしょうか?
網守 最初から、バンドのコンセプトをフューチャリスティックやSFに寄せようと話す中で、「G.A.D.」や「Fast Life」を作って、5人の出せる音やサウンド的な世界観は分かってきたんです。あと必要なのはキャッチーなメロディで。「Mr. Sonic」は僕の中でいいリフレインが歌詞ごと浮かんだので、作詞も含めて2週間くらいかけて黙々と作りました。僕が作詞するときは音韻や語尾を重視していて、当てはまるべき言葉がメロディから分かったりするんです。ここに小さい“つ”があって、次にパキッとした子音が来ないとキャッチーに聴こえない、みたいな。「Mr. Sonic」は、サビの5小節目で絶対“何〜”って言葉が来ると決めて、最初のサビではSFがテーマだから“何世紀”、次のサビでは、量子力学もQUBITのモチーフだから、世界線の違いをイメージして“何通りも道を間違えてる”って入れたり。自分の言いたいことを言うのではなく、音として聴きたい言葉を使って作詞します。
永井 僕も韻のパズルで作りますね。ストーリーは後で、まずメロディに対してどういう韻が気持ち良いか考えると“でたらめ英語”が出てくることも多くて。日本語と英語は子音の場所が全然違うので、日本語に切り替えるのは難しいんですけど、いかにシンプルなものに置き換えるかは気にします。運良く意味がつながれば、読む人によって“これはラブソング?三角関係の話?”みたいに深読みできていいなと。
──「Mr. Sonic」冒頭のギターの見せ場がありますが、このラインは永井さんが作られた?
永井 これは網守君が考えたんです。
──永井さんらしいラインだったのでそれは意外です!
永井 網守君はAIみたいに人の特徴が分かっていて、僕が考えたような、でも今や自分では何カ月もかかるフレーズをいっぱい持っているので、いっぱいお世話になろうと(笑)。
──網守さんの分析力はとてもすごいですね。
網守 永井さんのギターは、昔から相対性理論を聴いていて音色ごとインプットされてるんです。何を隠そうアカデミックなところでずっと音楽をやってきたので、嫌でも分析力は付いちゃいます。純粋に楽しめない確率が高いので、めちゃくちゃ煩わしくなる瞬間もありますけど、自分は純粋に楽しめる人がどういう感覚で聴くかを分析できるから、クライアントワークではその分析力をブーストさせて作ります。でも、QUBITでは自分がいいと思わなきゃ嫌ですね。
──「Room Tour Complex」「Neon Diver」は奇麗な曲の奥に、攻撃性を秘めたサウンドが入っているように感じました。
網守 「Neon Diver」では、声ネタはNATIVE INSTRUMENTS Duetsで今っぽくして、ビートはRAZORのピッチ感強めなスネア、エレピはSPECTRASONICS KEYSCAPEのJD-800で80'sっぽさ、シンセストリングスはKORG Collection - TRITON / TRITON Extremeで90'sっぽさを出して、パートごとに時代感を振り分けました。「Room Tour Complex」は、“今のネオソウルっぽいけど、入っている音は20年前くらいのエレクトロニカ”みたいな時代錯誤パズルを、ポップなフィールドでこそやろうと思って作った曲です。ビートの基本スタイルはネオソウルやヒップホップ寄りで、メインのパッドはTELETONE AUDIO Scarboです。TELETONE AUDIOは“今時アナログシンセに出会ったバンド野郎のための音”という感じがして、トロ・イ・モワとかマイルド・ハイ・クラブが使ってそうな音が好きですね。Logic Pro付属シンセAlchemyのシンセベースとIK Multimedia Modo Bassのエレキベースをユニゾンさせたり、10年くらい前にCycling '74 Maxなどで作りためたノイズやグリッチをビートの中に散りばめてエレクトロニカの質感を付加しました。全曲にわたって今鳴らして問題ない作品にしたかったので、エンジニアにはとにかく今っぽくしてほしいと強く言いましたね。
──エンジニアはどうやって決めたんですか?
永井 現代的な手法に対して、フレキシブルに手早く対応してくれる人。今までの信頼関係は最優先ですけど、新しいものに興味があってどんどんアップデートしている人にお願いしました。あとはボーカルの録りが速くて上手な人かな。molmol(佐藤宏明)さんや米津(裕二郎)君は、こちらの意図をくみ取るのも速いんです。molmolさんは、デスクトップ上でシミュレートしてもそのシミュレーションくささを奇麗に取ってくれたり、こっちが未熟でもカバーしてくれるセンスがあって、ギターの扱いをとても信頼しています。それは米津君も同じで、彼が忙しいのは重々承知でしたけど、1日48時間働いてるような人なので、多少入れ込んでも大丈夫でしょうと(笑)。そしたら中村美幸さんと熊谷邑太さんの優秀なチームを引き連れてきてくれて。みんな録りに関して百戦錬磨の人だし、ミックスも過不足なく作ってくれたので頼んで良かったです。中村さんは過去にもDaokoちゃんの録りに立ち会ったことがあるらしく、今回のレコーディングでも彼女のコンディションを和らげてもらえたことで良い歌のテイクが録れたんじゃないかなと思います。
Project Data&Work Space〜網守将平〜
Session Data&Work Space〜永井聖一〜
初回にしかできない華やかさと特技をちりばめた
──今作の音作りでキーになった機材はありますか?
永井 ギターを録るときはUniversal Audio apollo twinと、ギターのシミュレーションからエフェクター、ベースまで全部入ったNeural DSP Quad Cortexのどちらかを使いました。Quad Cortexは今年の途中で導入しました。キャプチャーしたFender Twin ReverbやRoland Jazz Chorusが入っていて、ナチュラルに音が録れるんです。作った音をプリセットしておけばライブでも全く同じ音を使えて、ステレオ出力もできてパンの位置も決められるので、ソトオトでディレイをパンで振ったりもできます。ソフト音源は、基本的にNATIVE INSTRUMENTS Komplete内のプラグインをKomplete Kontrolで操作していました。
網守 僕は「Room Tour Complex」や「Big Mouth」などの情報量が多い曲でErica Synths SYNTRXを使ってSE的な音を少し入れました。普通に弾いた音でハードウェアは使っていなくて、アナログシンセっぽい音もソフトシンセです。
──『9BIT』で特に面白かった印象的な音はありますか?
永井 網守君はサンプルの組み合わせが毎回面白いですね。ガラスの割れる音とか叫び声とか、これDaokoの声?それともどこかで録った?っていうのとか。「Big Mouth」の頭でいきなり放送事故みたいな感じが出るのもすごく好きです。
網守 あれはスタッターで、声のトラックを入れるとぐちゃぐちゃに刻まれて出てくるんです。学生時代に作ったMaxパッチを今のMaxで動くようにしています。あとはモジュラーシンセ感覚で使えるエフェクトのNATIVE INSTRUMENTS Molekularに“こんなの誰もサンプリングしてないだろう”みたいな素材を突っ込むのもすごく楽しいですね。
永井 「Beautiful Days」の最後に爆発音を入れたのも、見事に意図をくんでるなと。そういうものを入れるサンプリングのセンスがすごく好きですね。
──『9BIT』はどういった作品になったと感じますか?
永井 初回にしかできない華やかさと、その人が持つ特技をちりばめて個性が見える感じになりました。ジャンルは統一されていないけど、それぞれが持つポップスのセンスはコアとして奇麗に残ったと思うので、ジェットコースター感覚で楽しんでもらえたらと思います。
網守 2023〜4年に通用する音になってるはず! 僕はKポップとか最近の音楽がすごく好きなんですけど、競争社会出身だから自分の中のせめぎ合いがあってずっと逆張りばっかりやってきたので、初めてそういうのを素直にできました。みんなポップなものを作りたい気持ちは一緒で、自分の信じる良いものを素直に落とし込めたと思いますね。
永井 バンドにはライブで完成するものが必ずあるので、その場数はとにかく踏みたいですし、視覚的にはCOSMIC LABが作ってくれた「Mr. Sonic」のMVもとても良いのでぜひ見てください。音楽的にもそれぞれが持つ古いものから新しいものまで全部の名刺を出せたので、この先は全員で知恵を絞りながら洗練させて、この方向にチャレンジしようっていう引き出しがまだまだいっぱいあるので楽しみですね。
Release
『9BIT』
QUBIT
(日本コロムビア)
初回盤(CD+Blu-ray):COZB-2059~60
通常盤(CD):COCB-54362
Musician:永井聖一(g、cho、prog)、大井一彌(ds、cho、prog)、Daoko(vo、rap、cho)、網守将平(k、cho、prog)、鈴木正人(b、cho、prog)
Producer:QUBIT
Engineer:佐藤宏明、米津裕二郎、中村美幸、熊谷邑太、稲田範紀、吉崎拓郎
Studio:BS&T、青葉台、prime sound studio form、Torch