曲を発表しない期間が2カ月以上空いてしまうと、もう体がソワソワして勝手に曲作りを始めてしまいます(笑)
2009年の活動開始以降、精力的にオリジナル楽曲を発表し続けるピノキオピー。近年はYouTubeで5,700万回以上再生された「神っぽいな」を筆頭に、「ノンブレス・オブリージュ」「魔法少女とチョコレゐト」「転生林檎」といったヒット曲を次々と生み出しているボカロPだ。そんな彼が、5月17日に6thアルバム『META』を発表。磨き抜かれた初音ミクの歌声をはじめ、繊細なシーケンスや躍動感のあるドラムのグルーブなどからは、丁寧な音作りが垣間見える作品となっている。ここではピノキオピーのプライベート・スタジオにて、同作のプロダクションについて詳しい話を聞いてみよう。
複数の音源を絡めるのがポイント
——前作『ラヴ』と比べて今作『META』は、全体的にギターの使用率が減り、逆にシンセが増えたように感じます。
ピノキオピー そうですね。ギターは若干減っています。“シンセだけでも説得力のある作品が作れたらいいな”と思って。ギターって音像のスペースをすぐに埋めてしまいますし、簡単に説得力が出せてしまうので。最近は音数を少なくして、ソリッドな曲を作りたいというモードになっています。
——音数少なめのプロダクションを意識されているのですね。
ピノキオピー はい。とはいえシンセは1本だけじゃなく、幾つもレイヤーしたり、部分的に生音を入れてみたりなど、そういうアプローチをする曲が増えましたね。基本的にロックっぽい曲は好きだし、ギターの音も好きなんですけど。
——ちなみに「甘噛みでおねがい」では、カッティング・ギターが登場しています。
ピノキオピー カッティング・ギターの音、好きですね。だからギターを入れるとしても、メロディやコードというよりはリズム寄りのアプローチを取っています。粒立ちのいい音が好みなんです。
——先ほど“音数少なめ”を意識されているという話でしたが、『META』のアレンジからは“華やかさ”も感じます。
ピノキオピー 前作を作ったときはミニマルな音作りを目指して音数を減らしはじめた時期だったんですが、今作ではそこに華やかさをプラスできたらいいなと考えました。なので、『META』は“シンプルさ”と“華やかさ”を両立させられるように意識して作ったアルバムなんです。
——その“華やかさ”について、音楽制作においてはどのようなところを意識されたのでしょうか?
ピノキオピー シンセの音作りや音色選び、コンプのつぶし具合、ステレオ感の設定、パンニングの使い方、ディレイの飛ばし方といった感じです。シンプルなプロダクションの中でどうやったら華やかに見せることができるか、前作までの制作で少しずつ培われてきたので。
——音作りに関してですが、どのパートにおいても細かい配慮を感じました。
ピノキオピー 1つのパートに対して音源を1つ使うのではなく、複数の音源を絡めることを意識しました。例えば「匿名M」で登場するマレットのようなシンセは、バラフォン(アフリカの木琴)に特化したソフト音源とNATIVE INSTRUMENTS Kontaktライブラリーの中にあるマレットの音源を組み合わせています。前者はアタックに特化しており、後者はアタックが弱く中域が豊かだったので、両者を組み合わせることによって説得力のある音になるかと思って。
「神っぽいな」は『ラヴ』の制作中に完成していた
——今作では、ボーカルやシンセ、ドラムなどといったパートに細かいスタッターのような処理が施されていますが、これはどのように?
ピノキオピー 手法はいろいろあるのですが、一番多用しているのはオーディオ・ファイルに一度書き出し、それをPRESONUS Studio One上で切り刻む方法です。それが一番楽なので(笑)。場合によってはミックスが終わった後に作業することもあります。後はStudio Oneにあるミュート機能をオートメーションで細かく設定し、ゲートのように聴かせているところもありますね。そのほかだと、lLLFORMED Glitchっていうリアルタイムにゲートやランダマイズなどが施せるマルチエフェクト・プラグインを使っています。最新版のGlitch2は32ビット/64ビットの両方で利用できますが、初期バージョンは32ビットのみ対応していました。自分は初期バージョンの質感が気に入っているため、今もなおそれを使用しています。
——ニコニコ動画でミリオンを達成した「神っぽいな」では、ハイハットの細かい連打が耳を引きました。
ピノキオピー これにはハイハットに特化したソフト音源のDIGINOIZ Hattricksを使っています。MIDIキーボードにキー・スイッチが割り当てられていて、ハイハットが刻むリズムを16部音符や32部音符、3連符などから選べるので、直感的かつ効率的に打ち込めますね。「神っぽいな」のハイハットは、全部Hattricksで作りました。
——ちなみに「神っぽいな」は2021年9月にリリースされましたが、前作『ラヴ』は8月にリリースされていました。前作から時間があまり経っていないですね。
ピノキオピー 「神っぽいな」は『ラヴ』を制作している最中にもう出来上がっていました。単純に『ラヴ』との方向性が合わなかったので、一旦は「神っぽいな」を残して『ラヴ』をリリースしたような感じだったんです。結果的に、『ラヴ』の直後にリリースしたこの曲が『META』全体の方向性を決めることになりましたね。
ベースは中域だけステレオに逃がす
——アルバム全体を通して、絶妙なグルーブ感も印象的です。
ピノキオピー Studio Oneにはヒューマナイズという機能があって、普段はこの機能を使用して、打ち込んだMIDIノートに人間的なノリを加えることがあります。あとはスネアにUVI Drum Designerというドラムに特化したソフト音源を使っていて、これでピッチが微妙に違うスネアを鳴らしているんです。こうすることで、ベロシティが同じでもスネアに変化を付けることができるので、曲全体にグルーブが生まれているのだと思います。
——ドラムのキックやベースに関してはいかがでしょうか?
ピノキオピー 最近はサイド・チェイン・エフェクトのDEVIOUS MACHINES Duckをベースに挿して、キックとのすみ分けを作っています。キックのアタック音が好きなので、ベースがそこに干渉しないように調整しているんです。自分はどのパートにおいても、基本的にはアタック感を重視しています。
——シンセのシーケンスからもそれを感じました。
ピノキオピー まずシンセの音色選びが大事で、次にコンプやトランジェント・シェイパーといったプラグインでパツパツになるように追い込んでいきます。
——“華やかさの演出”についての話では、シンセのステレオ感についても触れていましたね。
ピノキオピー シンセは一度オーディオ・ファイルに書き出して、KILOHEARTS Haasでステレオ感を演出しています。L/Rの位相を調整することで、音の広がりを再現するというシンプルなプラグインです。よく使っています。一方で、ベースやキックといった低域にまつわる楽器類は、“センターに寄せまくる!”っていう意識が強いです。
——どのような処理をしているのですか?
ピノキオピー ベースには、KILOHEARTS Multipassというマルチバンド処理に特化したラック・プラグインを使っています。MultipassにHaasを取り込んで、中域だけステレオに逃がすというテクニックです。モノラルの音源だけど、中域はサイドに逃がしたいというときによくやります。Haasをかけるのは大体200Hz〜6kHz辺りですが、曲によって変わってくるのでいつも感覚でやっていますね。
——ベースの音源は何を?
ピノキオピー ベースはソフト・シンセのREVEAL SOUND SpireやXFER RECORDS Serumです。サブベースとしては、Serumの方が多いかもしれません。
ビニールをこすったときに“ギュイッ”となるあの感じ
——今作でよく使用したシンセの音源は何ですか?
ピノキオピー SerumとUVI Falcon、ほかにはREFX NexusやNATIVE INSTRUMENTS Kontaktといったソフト・シンセ/サンプラーをよく使います。
——これらの使い分けは?
ピノキオピー 高域のシンセ・リードにはFalconで、シンセ・ベースにはSerumを選びがちです。特にSerumは倍音が魅力なので、ベースに多用しています。またギターっぽい役割というか、中域を担当するシンセにもSerumが多いですね。Nexusは、アルペジエイターやトランスゲート機能でカットアップのリフを作るときに重宝しています。
——シーケンスやパーカッシブなシンセにもこういった音源を?
ピノキオピー はい。ただ、そのまま鳴らしてもなじまないことが多いので、フィルターや空間系エフェクトで処理しています。あと、基本的にシンセはポルタメントさせるのが好きで……ビニールをこすったときに“ギュイッ”となるあの感じ(笑)。なので、シンセのグライドをよく調整しています。今作では「エゴイスト」に登場する細かいシーケンスで確認できますね。音源はNATIVE INSTRUMENTS Analog Dreamsです。たまたま見つけて面白い音だったので採用しました。
——「余命2:30」ではピアノの音色が印象に残りました。
ピノキオピー ピアノ専用ソフト音源のSYNTHOGY Ivory 2 Grand Pianosです。基本的にはこれを多用しています。ちなみに「ノンブレス・オブリージュ」ではXLN AUDIO Addictive Keysを使っていました。ピアノにはUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのVertigo Sound VSC-2 Compressorで処理することが多く、挿すだけで説得力のある音になるので大好きですね!
初音ミク V4XのDarkを使用
——2022年のサンレコ9月号の特集『ボカロPに学ぶ調声テクニック』でお伺いしたときは、CRYPTON 初音ミク V4Xをお使いでしたが、現在は?
ピノキオピー 変わらず初音ミク V4Xで、エディター・ソフトはYAMAHA Vocaloid6 Editorです。バージョン6からStudio Oneとの同期がスムーズに行えるようになって良かったなと思います。
——ボイス・ライブラリーは初音ミク V4XのOriginalですか?
ピノキオピー 昔はSoftとSolidを使っていて、両者をグラデーションのように徐々に切り替えられるクロスシンセシスという機能で、曲展開に応じて使い分けていました。最近はDarkを使用しており、「神っぽいな」を制作した頃から使いはじめたと思います。
——Darkにシフトされた理由は何だったのでしょうか。
ピノキオピー Darkはしっとりとしたカッコいい声という印象があるんですが、こちらの方がマイナー調の曲に合うなと感じたんです。マイナー調の曲でSoftとSolidを使ったら何となく“合わないな”という感覚があったので。
——今作でも、初音ミクのボーカルに合わせてご自身のボーカルをユニゾンされている曲が収録されています。
ピノキオピー 2016年に出したアルバム『HUMAN』辺りから、ミクと自分のボーカルの重ね方をいろいろと試行錯誤していて、自分にとってベストな方法がだんだん分かってきました。曲にもよりますが、まず1オクターブ下でユニゾンする自分のボーカルを2本用意し、L/Rへ50°ずつパンニングします。これらをピッチ補正ソフトのCELEMONY Melodyneで修正し、タイミングもミクとしっかり合わせます。そして、もう1本ハモり用のボーカルを録り、ミクと重ならないように若干センターからずらして配置するんです。自分のボーカルは、ミクの歌声に“厚みを出す”といったイメージでミックスするようになりました。ここに、さらにミクのハモりを数本重ねていますね。
——ボーカル録りはこのスタジオで?
ピノキオピー はい、YAMAHAのAvitecsという防音室を別室に置いているので、そこで録っています。マイクはBLUE MICROPHONES Blueberryで、マイクプリはRUPERT NEVE DESIGNS Portico 5017、オーディオ・インタフェースはAPOGEE Duet 2を使用しています。ミクの声とバッチリあうようにタイミングを合わせるのが難しいこともありましたが、最近は慣れましたね(笑)。あまり声を張って歌わない方が、重ねたときにミクの声に合うので、それを意識しています。
自己流で実験してきた初音ミクの音作り
——「神っぽいな」では“とぅ とぅる “風””というフレーズが登場しますが、どのようにエディットしているのでしょうか。
ピノキオピー 特に変わったことはしていませんが、基本的には“と”と“う”では、下からしゃくり上げるようノートを置いていて、最後の“風”だけ上から下がってくるように打ち込んでいます。「魔法少女とチョコレゐト」に出てくる“らりぱっぱら〜”もそうですが、こういったオノマトペを歌詞に用いることで曲の躍動感が増しているのかもしれません。
——作品全体において、言葉尻の切れ具合が耳を引きます。
ピノキオピー これはコンプの処理が大きく関係していると思います。偶然発見したことなんですけど、とあるコンプで、それこそリミッターみたいにミクの声をつぶしまくると、プチッというノイズがアタックのところで鳴るんです。これが滑舌良く聴こえる理由だと思います。
——そのほか、EQや空間系といったエフェクト処理は?
ピノキオピー EQ処理はあまりしないです。あとはひずみ感を足したり、ステレオ感を調整したり、リバーブを使ったりと、結構いろいろ挿さっています。ボーカル処理に関するプラグイン名は企業秘密ということで(笑)。自分がボカロを使った音楽制作をはじめた頃に、“このミクの声は聴き取りやすいな”と感じた曲があったんです。それからずっとその音を再現するべく、自己流でいろいろ実験してきた結果かなと考えています。長年ボカロPを続けてきたことで、ようやく自分ならではのミクの音作りが確立できてきました。
——ピノキオピーさんは、大体2〜3カ月に1曲くらいのペースで必ず新曲を発表されていますよね。
ピノキオピー もう習慣になってしまっていて……。長期間やり続けていることだからなのか、曲を発表しない期間が2カ月以上空いてしまうと、もう体がソワソワして勝手に曲作りをはじめてしまいますね(笑)。あとは、曲が完成したときのうれしい気持ちや達成感というのをずっと覚えているので、どうしても曲を作りたくなってしまうんです。完成するまではしんどいときもありますが、やっぱり音楽制作は楽しいですね。
Release
『META』
ピノキオピー
(mui)
Musician:ピノキオピー(all)
Producer:ピノキオピー
Engineer:ピノキオピー
Studio:プライベート