【お知らせ】2024年10月29日(火)午前1:00〜午前3:00頃まで、メンテナンスのため本サイトをご利用できなくなります。ご不便をおかけしますが何卒ご了承ください。

Ovallの“余裕”を感じさせる『Still Water』制作ストーリー

言葉を使わずとも作品ができていくような
あうんの呼吸というのが今の僕らにはある

Shingo Suzuki(b、prog/写真左)、mabanua(ds、vo、prog/同中央)、関口シンゴ(g、prog/同右)から成るバンド=Ovall(オーバル)。ソウル・ミュージックやジャズ、インディー・ロックなどを独自のアート・フォームでまとめ上げる彼らが、『Ovall』以来、約4年半ぶりとなるフル・アルバム『Still Water』をリリースした。“バンドの余裕”を感じさせる全8曲で、それぞれソロ・アーティスト/プロデューサーとしても活躍する3人の力量が結実している。所属するorigami PRODUCTIONSのエンジニア、yasu2000によるDolby Atmosミックス版も用意されている本作について、メンバーたちに話を聞いた。

“バンド外の活動”もバンド継続の一因

──皆さん、ソロ活動やプロデュース・ワークなども忙しいと思いますが、Ovallとして曲作りする機会は意識的に設けているのでしょうか?

関口 実は、そうでもないんです。例えば「It's all about you feat. SIRUP」は、サンレコでUNIVERSAL AUDIO Lunaの企画をやらせてもらったときに作った曲が土台になっていて。今回は、バンド外の方々から機会をいただいたからこそ、作りはじめることになった曲が多い気がします。

mabanua だから、自分たちの価値みたいなものが反映されたアルバムという感じ……こういう感覚で作ったのは、初めてかもしれません。前作までは、アルバムを作るぞ!って言って、何に使われるか分からない状態で作った曲が多かったから。

──収録曲は2~3分台のものが中心ですが、ストリーミング・サービスで聴かれることを意識しての尺なのですか?

Suzuki そこは、あまり考えていなかったかもしれません。僕らはインスト・バンドでありながら、Xタイムで長いアドリブを取って楽器のテクニック的な部分を見せるようなことはしないんです。そもそもアドリブ主体の曲がないし、展開もJポップのようにコード進行が次々と変わって、16小節や32小節が一区切りになるような長いストーリーではない。むしろ2小節や4小節といった短い単位を基準に展開していくので、結果的に2~3分になるのかな?と、作りながら思っていましたけどね。

関口 年々、メンバーみんなの足並みというか、感じ方がすごく近づいている印象なので、コミュニケーションの必要がどんどんなくなっているんです。曲作りでも“言わずもがな”的な部分がすごく多くなっていて。極論、ライブをやってもやらなくてもいいし、アルバムを出しても出さなくてもいい……くらいのニュートラルさがずっとあるというか。それはやる気が低下しているわけではなくて、やりたいことがあったらストレートにやってしまえるようにもなったし、そういう良いムードがバンドの中にあるのかなと思っています。

mabanua ここへたどり着くまでに、コミュニケーションを重ねてきたので。最近結成したバンドが、いきなりこういうふうになりたくても、なかなか難しいと思います。言葉でコミュニケーションを取る時期が10年くらいあって初めて、11年目から言葉を使わなくても作品が出来上がっていくような、あうんの呼吸というのがあるから。今、楽にやっているように見えるかもしれないけど、そこに至るまでが人間って大変なんだろうなと感じます。あと、やっぱり“逃げ口”っていうんですかね。僕らみんな、ソロやプロデュース、ライブ・サポートなどをやっているので。

──バンド以外で発散できる機会があるということですか?

mabanua そうですね。もしバンドのみにすべてを投じていると、どうしても硬直してくる気がするんです。リーダーの意見などが、もろに自分の人生に直結してくるわけじゃないですか。そう考えると、別にストレスがあるわけじゃないんですけど、逃げ口が3人ともある。これはすごく大きいことだなと。でも、バンド活動に悩む若い人たちに“みんなプロデュースとかソロをやるべき”とは言いませんよ。キャリアを重ねていくと、それぞれで見えてくるものがあるはずですし。

関口 2010年に1stアルバムを出した頃も、その前に3人ともソロ・アルバムを出していたので、成り立ちから普通のバンドとは少し違うとは思っていたけどね。

音の良し悪しみたいなところに関しては
機材以上に自分なりの方法論を確立するのが大事

ドラマーがドラムの音作りに責任を持つ

──アルバムの楽曲は、各自が自宅スタジオで作ったデモを元に制作されたと伺っています。

関口 例えば「Neon」と「Joker」は、僕がデモを作った曲です。「Neon」ではドラムとベースを弾いてもらいましたが、おのおののスタジオで録ったデータを送ってもらって、僕のほうでミックスした感じです。集まってリハをして本チャンの録音を……というのは、Ovallでは基本的にやっていないんです。「Joker」に至っては、ドラムもベースも僕が作ったままですし。

──「Joker」のベースは、Suzukiさんによるものではないのですね。

Suzuki その辺も、“何が何でも自分で”というこだわりがないというか、曲に合っていればいいと思っていて。だから僕も「影 feat. さらさ」では、当初せっきー(関口)にギター・ソロを弾いてもらう予定でしたが、APPLE Logic Pro Xのプリセットで打ち込んだシンセ・ギターがハマっていたので、それはそれで良いんじゃないかと思って進めてしまいました。

mabanua とは言え、ギターを録っている曲もたくさんあるよね。最近は録音に何を使っているんだっけ?

関口 ラインで録って、Logic ProのAmp Designerで音作りすることが多いかな。

mabanua せっきーと僕の共通認識として、最近は一周まわってAmp Designerが一番使いやすいということになっていて。音の良し悪しみたいなところに関しては、ものすごくお金をかけて高い機材を買わなくても、自分なりの方法論を確立しておけば、ある程度の水準に持っていけると思うんです。ドラム録りだってSENNHEISER MD 421とかSHURE SM57とかしか使っていませんし

──ドラムは曲によってサウンドの質感が大きく違いますよね。

mabanua 打ち込みだけで作っている曲もあるんです。もしくはハイブリッド……「Cubism」がそうですね。キックは打ち込みで、スネアや金モノは生。4つ打ちのキックを聴きながら、スティックで鳴らすドラム・パーツだけをマイク録りしています。あとはハイハットのリズムを空中で刻みながら、スネアだけをたたくようなこともあって。生ドラムのメリット/デメリットというのは、よく感じるところです。例えば、生のキックはそのままだとアタックに対してサステインの成分が大きいので、前に出てきにくい。だから、曲に応じて生と打ち込みを組み合わせてドラムを作っていくほうがいいんじゃないかと思います。ドラマーが最後まで責任を持って、自分のビートはこうしたいというビジョンとか、そのための手法を持っていないと、今の時代は目標とする音になかなか到達できないと感じます。

グロービジョン九段スタジオでの経験

──ミックスも、メンバーそれぞれで手掛けたのでしょうか?

Suzuki 3人それぞれが、自宅でミックスした曲が8割くらいかな?

mabanua 「Cubism」とかは僕がミックスして、マスタリングはyasu2000君にお願いしています。「影」は?

Suzuki オケは僕がミックスして、歌をなじませるための音作りをyasu君にお願いしました。あの曲はドラムが2ミックスしかなかった……mabanuaからもらわなかっただけなんですけど、その2ミックスのドラムに対してトランジェント・コントロール系のプラグインやコンプなどをかけて、音作りしていきました。そして、マルチで処理できなかったからかエレキベースよりもシンセ・ベースのほうがハマったんですよ、音像的に。

──あのシンセ・ベースは非常に印象的です。音の粘りがアナログ・シンセのように聴こえましたが。

Suzuki あれはUNIVERSAL AUDIO UADxのPolymax Synthの音なんです。そこにLogic ProのVintage Tube EQをかけて少しドライブさせて、シンベ全体をワイド・レンジに聴かせています。

Shingo Suzukiが「影 feat. さらさ」のシンセ・ベースに使った音源、UNIVERSAL AUDIO UADxのPolymax Synth。矩形波のオシレーターを使用した存在感抜群のサウンドで、アナログ・シンセのような粘りを感じさせるのも特徴だ

「影 feat. さらさ」のシンベには、アナログライクな味付けを施すべく、Logic ProのVintage Tube EQを使用。PULTEC EQP-1AとMEQ-5を思わせるGUIで、Suzukiは倍音の付加にも活用。「サード・パーティ製のプラグインも良いんですけど、動作の軽さから、最近はLogic Proの付属ツールを積極的に使っています」と語る

Logic ProのChromaVerbは、シンベにセンド&リターンで使用。ルーム・リバーブが高域だけにかかるようにセッティングしているという。ほかにもLogic Proのプラグインが活躍しており、Side成分の高域を伸ばして存在感を出すような処理も行っている

──ミックスと言えば、本作はDolby Atmos版もリリースされていますね。

関口 Dolby Atmosミックスは、yasu君にお任せしました。聴くほうとしても作るほうとしても、経験値がステレオに比べて少ないから手探りなんですけど、音の当たりがすごく柔らかくなるし聴き疲れしないし、その空間に身を置きながら聴いている感じがすごく新しいと思います。yasu君が上モノの広がり方や微細なパンの動きなどを調整してくれたので、“自分たちの曲にこういう見せ方もあるんだ”という感じに捉えていますね。

mabanua yasu君とorigami PRODUCTIONSのエンジニアの藤城真人君と一緒に、グロービジョン九段スタジオのDolby Atmosルームを見学しにいったんです。そのときに高水準のDolby Atmos環境で幾つかの作品を試聴したところ、何となくミックスの傾向が分かって。やっぱり、リバーブ系の成分とかは上方や後ろのほうに配置されていて、実体のある楽器音は前面のほうに配置されています。例えば、ギターはフロントの右側のスピーカーで鳴っていたりするんですけど、ギターに対してのリバーブは天井のほうで鳴っていたり。アクロバティックにいろんなポジションにいろんな楽器を配置する、っていうミックスだとステレオ・ミックスの印象からかけ離れてしまうというのが、試聴後に僕ら3人が抱いた共通認識でした。その経験があったから、今回のアルバムは“Dolby Atmosにしたのはよいけどステレオと全然違う”みたいな結果にならなかったのだと思います。yasu君も、グロービジョンでの経験を生かしてミックスしてくれたはずです

Ovallの所属事務所origami PRODUCTIONSが運営するレコーディング・スタジオ、big turtle STUDIOS。そのAコントロール・ルームが7.1.4chのマルチスピーカーを擁するDolby Atmos対応スペースへと生まれ変わった

──新たな取り組みを続ける姿勢にも脱帽です。アルバム・リリースに伴って、今後はどのような展開があるのでしょう?

Suzuki ツアーがあります。8月23日の名古屋CLUB UPSETを皮切りに、8月24日の大阪・梅田BananaHall、10月20日の東京・恵比寿LIQUIDROOMなど全国5カ所を回ります。アルバム自体がとてもカラフルな内容になっているので、ぜひ現場にも足を運んでいただきたいですね。

Release

『Still Water』
Ovall

origami PRODUCTIONS:OPCA-1061

Musician:Shingo Suzuki(b、prog)、mabanua(ds、vo、prog)、関口シンゴ(g、prog)、SIRUP(vo)、さらさ(vo)、Nenashi(vo)、タブゾンビ/SOIL & "PIMP" SESSIONS(tp)、MELRAW(sax)
Producer:Ovall
Engineer:Shingo Suzuki、mabanua、関口シンゴ、yasu2000、藤城真人
Studio:プライベート・スタジオ、big turtle STUDIOS

 

関連記事