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煮ル果実 インタビュー 〜メジャー第1弾アルバム『FRUITÁGE』の音作りを聞く

煮ル果実 インタビュー 〜メジャー第1弾アルバム『FRUITÁGE』の音作りを聞く

感情を持たないボーカロイドが懸命に歌っている……そんな情景がとても美しいと感じるんです

2018年2月に「アンドリューがいったから」でボカロ・デビューした煮ル果実。これまでYouTubeに投稿した動画の総再生回数が1億5千万回を超えるボカロPだ。そんな彼が9月6日にメジャー第1弾アルバム『FRUITÁGE』をリリースした。同作はグルービーなバンド・サウンドを中心に、多種多様な音楽ジャンルのエッセンスを取り込んだ内容となっている。ここでは同作の音作りについて、本人へのインタビューを実施した。

ライブ経験が音楽制作のやりがいに

——今作『FRUITÁGE』は、前作『POPGATO』と比べると、プロダクションのクオリティがさらに高くなったように思います。

煮ル果実 ありがとうございます。制作環境における大きな変化はなかったのですが、ミックスまで一人でやっているので、日々培ってきたDTMスキルの経験値がたまってきたのかなと思いますね。『POPGATO』から『FRUITÁGE』までの期間で大きく変わったのは、マインドの部分でした。それはライブの影響がかなり大きくて、リスナーの方々の顔を直接可視化できたおかげで、その経験が音楽制作のやりがいやモチベーションにつながった気がします。だから今作は、制作時からリスナーの方たちをイメージしながら作ることができたのかもしれません。

——2022年2月配信「トリコロージュ」を皮切りに、全部で6曲のシングルが収録されていますが、いつから今作の構想を練っていたのですか?

煮ル果実 実はそれがあんまりなくて……気づいたらアルバムになってたって感じが強いです。初めての経験だったんですけど(笑)。次のリリースが終わったらまたその次のリリース、というふうに一曲ずつ集中して作っていたら、いつの間にかもう曲が溜まっていてみたいな感じです。

——本誌2022年9月号の特集『ボカロPに学ぶ調声テクニック』に登場いただいたときは、YAMAHA Vocaloid5 EditorでGYNOID V4 Flowerを使用されていましたが、今作では?

煮ル果実 相変わらずV4 Flowerで、今作では全曲に登場しています。エディター・ソフトはVocaloid6 Editorにアップデートしました。あと、iOSアプリのYAMAHA Mobile Vocaloid Editorはスマホで愛用しています。

——両者の使い分けはどのように?

煮ル果実 具体的には、まずMobile Vocaloid Editorで作成し、それからVocaloid6 Editorで細かい調声を行っているという感じです。Mobile Vocaloid Editorの方がボカロの打ち込みがしやすくて好きなんですよ。こっちの方が使い慣れているというのもあります。

——煮ル果実さんは多くの楽曲でV4 Flowerを使用されています。V4 Flowerのどのようなところに魅力を感じますか?

煮ル果実 ずっとV4 Flowerを使い続けている理由は、その声が僕にとって一番しっくりくるからです。好きな声で曲を作ることで、僕が伝えたいメッセージをリスナーに届けられる気がします。サウンド面での魅力は、どんな曲にも適応できる声質があり、なおかつオケ中に埋もれない鋭さを持っているところですかね。あと、V4 Flowerの人間過ぎない声質が好き。だから、調声するときはあえて機械的な声の部分を残すように意識しています。感情を持たないボカロが懸命に歌っている……それがとても美しいと感じるんです。

煮ル果実のプライベート・スタジオにあるメイン・デスク。MIDIキーボードはIK MULTIMEDIA IRig Keys Proを使用

煮ル果実のプライベート・スタジオにあるメイン・デスク。MIDIキーボードはIK MULTIMEDIA IRig Keys Proを使用

メインのオーディオ・インターフェースのIK MULTIMEDIA IRig Pro I/O(写真左)と、これから使っていく予定だというRME Babyface Pro FS(同右)

メインのオーディオ・インターフェースのIK MULTIMEDIA IRig Pro I/O(写真左)と、これから使っていく予定だというRME Babyface Pro FS(同右)

良いタイトルが生まれるとモチベーションが上がる

——曲タイトルは、前作だと「サルバドール」「アランダーノ」のようにカタカナ縛りでしたが、今作では「魔天楼」「命辛辛」「YOMI」など漢字や英語のタイトルも登場していますね。

煮ル果実 曲にもよりますが、実は僕、一番最初に曲のタイトルを決めるんですよ。良いタイトルが生まれると曲作りのモチベーションが上がるんで(笑)。そしたら曲の世界観も定まるので、そこから歌詞とメロディを進めていくんです。良いメロディが浮かんだら、そこに合う言葉を探していく感じ。そしてAPPLE iPhoneのボイスメモ・アプリで録っておいて、今度はそれを聴きながらMobile Vocaloid Editorに歌詞とメロディを打ち込んでいくんです。

——メロディ/歌詞先行の作曲プロセスなんですね。

煮ル果実 でも最近作り方が変わってきました。まずアレンジも含めたオケを作り、そのあとに歌メロをMIDIで打ち込むパターンも増えてきましたね。歌詞を作るのが最後みたいな。『FRUITÁGE』の収録曲は前者のやり方が多いけど、これから出る作品は後者の方が多いかも知れません。

——「YOMI」「魔天楼」など、今作では細かいドラム・パターンやアタックの強いキックが印象的です。ドラムの音源は何を使っていますか?

煮ル果実 APPLE Logic Pro付属のドラム専用ソフト音源Drum Kit DesignerやDrum Machine Designerです。以前はWebサービスのLoopcloudからサンプルをダウンロードして使っていましたが、今作ではLogic Proの付属音源/エフェクトでどこまで良い音が出せるのかを追求しました。すると曲を作るたびに、どんどんオリジナルのプリセットやドラム・キットがたまってくるんです。結果として外部のサンプルや音源を使わなくても、Logic Proだけでめっちゃ良い音を出せるようになったんですよ。

マイク・スタンドにはAUDIO-TECHNICA AT4040がスタンバイ

マイク・スタンドにはAUDIO-TECHNICA AT4040がスタンバイ

ヘッドフォンのAKG K712 Pro

ヘッドフォンのAKG K712 Pro

演奏ミスでも良いフレーズなら採用

——「命辛辛」「魔天楼」「ブーケガルニ」などに登場するシンセにも、Logic Pro付属のソフト音源を?

煮ル果実  はい。Logic Pro付属のソフト・シンセAlchemyを使っています。プリセットの“Epic Hook Synth”の音がすごく好きなんですよ。リリースの短さといい、ファンキーかつ鋭く、適度にかすれたような音色……すべてが僕の理想にぴったりのシンセ・サウンドなんです。最近ハマっていて、どの曲にもこの音が入っています。メインで使うときもあれば、V4 Flowerの声やギターなどに薄く重ねて使うときもありますね。

APPLE Logic Pro付属のソフト・シンセ、Alchemyは煮ル果実のお気に入りだ

APPLE Logic Pro付属のソフト・シンセ、Alchemyは煮ル果実のお気に入りだ

——プリセットを元に、各パラメーターを微調整したりも?

煮ル果実  そうですね。僕は細かい数値を調整するのがあまり好きじゃないんですが、Logic Proに付属するソフト・シンセは感覚的に扱えるものが多いんです。

——「ZOO」や「トリコロージュ」のイントロで登場する、ビット・クラッシュしたような音色のシンセも好きでした。

煮ル果実  それには、YMCKのYokemura氏が開発したソフト・シンセMagical 8bit Plugを使っています。ピコピコしたゲーム・サウンドが出せるので気に入ってますね。

——グルーブ感のあるベースも際立っています。

煮ル果実 ベースやギターは自分で弾いています。聴いて心地いいかどうかが大事なので、グリッドからズレいてもあまり修正しません。演奏をミスっても、それが偶然良いフレーズだったら採用します(笑)。ベースやギターの録音は、オーディオ・インターフェースのIK MULTIMEDIA IRig Pro I/Oに入力して、Logic Proの付属プラグインでエフェクト処理しています。よく使うのはアンプ・シミュレーターのAmp Designer。この中にある“Brit and Clean”や“Cool Jazz Combo”といったプリセットが好きです。

ギター・ラックにはGIBSON Lespaul、FENDER Telecasterなどを備える。ベースはMOMOSEのモデルを愛用

ギター・ラックにはGIBSON Lespaul、FENDER Telecasterなどを備える。ベースはMOMOSEのモデルを愛用

エフェクト・ボード。下段中央にあるディストーション・ペダル、OXFORD Tech 21・NYCが今作で活躍したそう。上段の左から2番目にあるディレイ・ペダルANIMALS PEDAL Custom Illustrated 048 Relaxing Walrus Delay by はるまきごはん “PINKIE”は、はるまきごはん本人からの贈り物

エフェクト・ボード。下段中央にあるディストーション・ペダル、OXFORD Tech 21・NYCが今作で活躍したそう。上段の左から2番目にあるディレイ・ペダルANIMALS PEDAL Custom Illustrated 048 Relaxing Walrus Delay by はるまきごはん “PINKIE”は、はるまきごはん本人からの贈り物

ガラスが割れる音をシンバル代わりに用いた

——全体的には、キメやタメといったリズムのメリハリが特徴的だと感じます。特に音の切れ際が、スパッと切れ味鋭いですね。

煮ル果実 今作には、そういった部分がよく登場したと思います。これはすべてのトラックにボリューム・オートメーションを書いているんです。特に「魔天楼」はトラック数が200くらいあるので、死ぬかと思いました(笑)。多分、煮ル果実の曲史上1位かもしれません……。ギターのトラックだけでも30〜40あったりするんですよ。そのワンフレーズやリフごとに音量、EQ/コンプなどのエフェクト処理も変えているのでめちゃくちゃ面倒くさいんです。バスでまとめればいいんですけど、今のままの方が見やすいし慣れているので、まだしばらくはこんな感じでやっていくと思います(笑)。

——CD版に収録されたボーナス・トラック「Bouquet」では、キックがステレオになっていました。この意図は何ですか?

煮ル果実 聴いた感じの印象を考えて調整しました。最初はモノラルだったんですが、それだとキックが強すぎると思ったのでステレオにしてみたんです。その結果、キックのインパクトが柔らかくなったので、そのまま採用しました。

——「命辛辛」では、水の音やカメラのシャッター音などのFXを効果的に挿入されています。

煮ル果実 FXでリズムを刻んでみようと考えて、試しに水の音をスネアの代わりにしたら面白くなったんです。そこからスタートしました。ガラスが割れる音をシンバルや金物系の代わりに使ったりなど、今までやったことがないアプローチで楽しかったです。よくヒップホップで銃声の音が入ることがありますが、そういったサンプリング的なアプローチは大好きですね。

——こういう手法は、聴いたときにハッさせられますね。

煮ル果実 サンプルはLogic Proに付属するものを主に使っています。音楽制作を始めたばかりの方に伝えたいのは、DAW付属の音源やエフェクトのみでもクオリティの高い音楽は作れるということ。僕自身、Logic Proだけで『FRUITÁGE』を含めたこれまでの作品を作ってきました。まずはDAW付属の音源やエフェクトを研究し、十分に使いこなしてみることをお勧めします。楽しみながら追求していくうちに成長するはずです。DTMにのめり込んでみてください!

Release

『FRUITÁGE』
煮ル果実
ユニバーサル: TYCT-60214(CD)

Musician:煮ル果実(g、b、prog)
Producer:煮ル果実
Engineer:煮ル果実
Studio:プライベート

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