Night Tempo(写真右)が約1年ぶりのアルバム『Connection』をリリースした。人や時間、思い出など、幅広い意味での“つながり”をテーマにしたという本作は、彼が2021年に発表した『Concentration』の続編として位置付けられた作品。インスト楽曲を中心に、土岐麻子、竹内美宥によるボーカル・ナンバーや南野陽子と広末涼子によるナレーションを収めたトラックなど計16曲を収録する。今回はマスタリングを担当したKOTARO(小島康太郎/写真左)のホームであるFLAIRマスタリング・KOTARO Roomにお邪魔し、Night TempoとKOTAROに『Connection』ができるまでを伺った。
Liveと自前のサンプルをフル活用
——『Neo Standard』から約1年ぶりのアルバムとなりましたね。
Night Tempo 制作には2カ月もかからなかったと思いますが、考えをまとめるのに3年ほどかかりました。というのも、2021年にアルバム『Concentration』を出して、その続編を作ろうと考えていたんです。あの作品を出した後に感じたことをまとめている中で、続編のテーマを“コネクション”に決めました。人と人のつながりのほかに、思い出などを含めた時間と時間のつながりとか、最近すごく考えている“引き寄せの法則”についてとか。そういうものも表現したいと思いました。
——『Concentration』もそうでしたが、今回もインスト曲が多くなりましたね。
Night Tempo はい。歌モノは2曲です。『Concentration』の続きなのでインストにしなければっていうのがあって。でもインストのみだと、これまで関わってきた人とのつながりを表現するには足りませんでした。とはいえ、全部を歌にするのも違うな、と。それで歌モノと、ナレーションが入っている曲も2曲入れて。
——ナレーターとしては、広末涼子さんと南野陽子さんが参加されていました。
Night Tempo 南野さんには、1990年代のトレンディ・ドラマ風に演じていただきました。広末さんには、“初期の頃の声”を意識してもらったんです。僕、映画『鉄道員』の広末さんの演技が印象に残っていて。あの頃の声の感じをまねしてほしいとオーダーしました。
——コンセプトをサウンドで表現するために、どう制作に着手していったのですか?
Night Tempo 自分の中にも正解がなく……というのも、今回テーマにしている“つながり”って具体的なものだけではなく、いろんなつながりがあるから。1つのやり方でまとめるよりは、“オムニバス”というか、1曲ずつ“これはこういう雰囲気で”って作りつつ、質感だけは統一しようという考え方で進めました。
——結果として、ビートや曲調など、ジャンル感が多彩な作品になりましたね。
Night Tempo これまで取り組んできたことをいろいろ反映させたかったんです。ローファイ・ヒップホップ・サウンドのみで作ることも方法としてはあったかもしれませんが、それだけになるとローファイ・ヒップホップ・アルバムのフレームの中から出られなくなります。そういうことをやっている人はいっぱいいるから、自分がやるのであれば、音楽アルバムというよりは“ギャラリー”のような作品集にしたかったんです。だから、自由に作りたい音色を合わせて、いろんなジャンルを表現しました。
——楽曲について伺います。中園亜美さんが参加されている「Truth?」は、キックとサブベースのひずみのかっこよさが印象的でした。
Night Tempo あのキックは、サンプルを何枚か重ねています。角松敏生さんが“キックを作るとき、何枚か重ねることでコンプ感を出す”とおっしゃっていたというのをどこかで聞いたことがあって。それを知ってからできる限り重ねて作るようにしているんですけど、そのうえでフィルターなどを足していったら、音がぶつかる部分が出てくるんですよ。それでちょっと汚くなるというか。僕はその汚れが気持ち良くて、わざとそのままにしています。
——キックの素材は?
Night Tempo キックだけではなく、ドラムは自前で集めているサンプルを使います。市販のライブラリーなどは、使うサウンドが誰かとかぶってしまったらちょっと恥ずかしいなって。集めていたサンプルとしては、生ドラムを録っておいたものだったり、ドラマーの方が自分でたたいたドラム・パターンをサンプルとして直接販売しているパックだったり、あとはROLAND TR-808やBOSS Dr. Rhythmシリーズなどからサンプリングしていた素材などです。「Truth?」だと、キックは3種類ほど重ねたと思います。
——フィルターをかけているとおっしゃっていましたが、どういったプラグインを?
Night Tempo ABLETON LiveのAuto Filterです。Liveのエフェクトが優秀なので、サード・パーティ製のエフェクトはほぼ使っていないですね。ほかにドラムの音作りということで言うと、基本的にドラムはピッチ・ダウンして使っているんですよ。ピッチを−3〜−5semitoneくらいにすると、味というか、いわゆるローファイ感が出るんです。今回、サウンド・コンセプトとしてはチルというか脱力感を目指していたので。
——「Digital Detox」でも、サンプラーでピッチを落としたようなキックが聴けますね。
Night Tempo あのベタッとした感じを出すために、LiveのSamplerで−10semitoneまでピッチを落としています。また「Sigh」のスネアやキックが徐々にピッチ・ダウンしていくところは、Samplerのピッチのパラメーターをオートメーションで動かして作っています。
——土岐麻子さん参加の「Lil Bit」はスウィングしたビートが印象的でした。リズムの跳ねはどう作っているのですか?
Night Tempo Liveは打ち込んだフレーズのスウィング・パターンをピアノロール画面で設定できるんです。いろいろなパターンを試して、程よいものを選んで合わせました。
——相変わらずLiveをフル活用して作られているのですね。
Night Tempo そうですね。便利だし、楽しんでいます。ほかにLiveの良いところとしては、グループ機能が便利です。トラックをグループ化して、そのグループにそのままエフェクトをかけられる。さらに、複数のグループをまたグループにして、そこにエフェクトをかけたりもできる。本当に優秀で、音楽制作をLiveで始めることができたのは運が良かった。ただ最新バージョンは12ですが、僕はまだ11のままです。アップデートするのが怖いんですよね(笑)。
USBマイクでラップを録音
——アルバムを通して複雑なコード進行が多いと思ったのですが、打ち込みは鍵盤で?
Night Tempo 打ち込みはマウスが多いです。Spliceなどで購入したコード進行のオーディオを耳コピしてピアノロールに打ち込んだりしています。それとよくやっているのが、YouTubeでコード進行を教える動画を配信している人たちがいるんですけど、それで学んだコードの押さえ方を実際に打ち込んで、さらにピアノの音色でエクスポートして、それをサンプルとして使っているんですよ。
——打ち込んだものをオーディオで書き出し、それをサンプリングしているのですか?
Night Tempo 「Possession」などがそうなのですが、例えばフランスのハウス・ミュージックって、フレーズが切れたりしているものがあるんです。それはサンプリングして作っているからなんですけど、僕、その感じが好きで。切れずにそのまま音が伸びていると、僕の中では“演奏”になってしまう。そうなったら不自然感がなくなって面白くないなって思うんです。作為的に切れた音を採用しているのがサンプリングの味だと思うんですよね。
——「Sigh」では、Night Tempoさんがラップもしていますね。
Night Tempo 部屋でAPOGEEのUSBマイクMic 96Kで録音して、声のピッチを下げています。高い声のラップも入っているのですが、そちらはピッチを上げたもの。ラップにはフィルターをかけ、さらにホワイト・ノイズを足して、バイナルのサウンドを意識した音作りをしています。昔のヒップホップ・アーティストって、自分の部屋でダイナミック・マイクとかでラップを録ったりしていたじゃないですか。そういうイメージで部屋で録音しました。Mic 96Kは周囲の音を拾いにくいので、部屋でも割と奇麗に録れるんですよ。ただ、ボーカル曲やナレーションは事務所のKila StudioでAUSTRIAN AUDIO OC18で録りましたけど。
——「Sigh」はベースもかっこいいですね。
Night Tempo ベースもフルートのサウンドも、基本的に全てREFX Nexus 4で打ち込みました。Nexusは、以前はEDM系サウンドの印象が強かったのですが、最近は生楽器っぽい音も素晴らしいので。
アメリカ・ツアーで大盛り上がり
——ここからは、ミックスからマスタリングにかけての話を、KOTAROさんも交えて伺います。ミックスはNight Tempoさんが手掛けているとのことですが、ミックス時のモニターは?
Night Tempo NEUMANNのオープン型ヘッドホンNDH 30をパソコンに直挿しです。部屋を造るのも大変だし、KOTAROさんにマスタリングをお願いするという前提があったので、ヘッドホンのみで作りました。なるべくスピーカーで聴いたときと近いモニター環境を意識して、オープン型のヘッドホンを使っているところもあります。ただ今回はコンセプトがあったので、本番のマスタリングの前に1回このスタジオでミックスの確認をさせてもらったんですよ。
——FLAIR・KOTARO Roomのモニター環境を教えてください。
KOTARO PMC MB1とNEUMANN KH 120 Aが中心です。ただ、どう聴かれても作り手のニュアンスが伝わるように、ヘッドホン、イヤホン、スマホなどさまざまな環境で確認することはあります。ヘッドホンとしてはSHURE SRH1840がかなりスピーカーに近い印象でモニターできるので、確認用に重宝していますね。
——ミックスの際、マスターにエフェクトは?
Night Tempo 何もかけずに、24ビット/48kHzでミックスしたデータを渡しています。マスタリングをしてもらった後でどうしても調整したいところは、ここに来て自分のLiveのほうで修正して、書き出してまた渡す。
KOTARO こちらのマスタリング用エフェクトに頼るのではなく、ミックス段階のマルチを調整してマスタリング・チェインに戻すんです。時代というか、これまではそんなことはなかったですよ。昔、ミックス・エンジニアを連れてAVID Pro Toolsシステムごと持ち込んで、そのアウトをマスタリング・チェインに流し込んだアーティストはいましたが(笑)。ある種理想的ではありますよね。
——マスタリングとしては、どういうところがポイントになりましたか?
KOTARO 普段はアルバムの1曲目からやるんですけど、今回は歌やラップが入っている3曲を先行して作りました。やっぱり歌は大事なので、どう聴こえるのがいいのか互いに探りながら。残りはインストなのでレベル調整も余裕を持ってできますからね。曲によっては、あえてマスタリングをしないってジャッジをしたものもあります。聴いて良ければ、全然いじる必要はありませんから。
——使用したマスタリング・チェインは?
KOTARO 2ミックスの再生はPro Toolsです。それをLAVRY ENGINEERING DA924でD/Aし、スイッチャーのMANLEY BackboneでEQのAVALON DESIGN AD2077、GML 9500、TUBE-TECH EQ1AMに分岐します。それからマルチバンド・コンプのTUBE-TECH SMC 2BMに送って、PRISM SOUND ADA-8XRでA/Dし、最後にダイナミクスを調整するためにTC ELECTRONIC Finalizer 96Kを通して、MAGIX Sequoiaに録ります。
——Night Tempoさんから、マスタリングの方向性にオーダーなどはありましたか?
KOTARO 曲によっては“地味にしてほしい”というリクエストがありましたね。
Night Tempo “ボーカルをもっと遠く”とお願いしたりもしました。
KOTARO それはコンプのスレッショルドを変えて調整しました。数値的にどうというより、“こういう感じにしたいんだろうな“と解釈して、それに自分の耳で近づけていく感じでした。
——マスターの仕上がりはいかがでしたか?
Night Tempo アメリカ・ツアーを回りながら「Possession」を会場でかけたんです。するともう、ベースが鳴った瞬間みんなすごく盛り上がってました。昔は趣味のような感じで自分でマスタリングをしていましたが、プロになり聴き手を意識するようになって、“マスタリング、どうしよう”って思っていたんです。ビクターに移籍してからは、経験がある専門家にいろいろ教えていただける機会が増えて、“ここまでやれば大丈夫”というのをすごくつかめていますし、これからも自分が分からないことはとにかく何でも聞こうと思っています。質問できる人がいるだけですごく安心だし、より“好き勝手に作れる”って思えるんですよね。
Release
『Connection』
Night Tempo
ビクター:VICL-66013
Musician:Night Tempo(prog、vo)、土岐麻子(vo)、中園亜美(alto sax)、Yasutaka Mizunaga(g)、Kuroji(b)、竹内美宥(vo)、広末涼子(narration)、南野陽子(narration)
Producer:Night Tempo
Engineer:Night Tempo、石川翔平(ONEly)
Studio:プライベート、Kila