飛び抜けたプレイも生かして演奏者の個性を受け入れてくれる
5月27日に突如として情報が解禁され、同月29日にリリースされた椎名林檎の新アルバム『放生会』。ここでは、本作のキーマンとなったベーシストの鳥越啓介(写真右)とドラマー石若駿(写真左)の対談をお届けしよう。
個性を引き出す的確なディレクション
——椎名さんと関わった最初のきっかけは?
鳥越 2007年にリリースされた『平成風俗』というアルバムの収録曲「カリソメ乙女(TAMEIKESANNOH ver.)」で、編曲を手掛けた斎藤ネコさんにご紹介いただいたんです。椎名さんのファンだったので緊張しながら参加しましたね。録音当日、スタジオに到着してスタッフの方にルームへ案内してもらったのですが、機材のセッティングが終わってコントロール・ルームで椎名さんと対面した際、先ほど案内してくださった方が椎名さんだったと気が付きました(笑)。緊張しすぎて、スタッフの方だと思い込んでいたんでしょうね。レコーディングが始まって、せーので録ったんですけど、歌い出した途端にあの“椎名林檎”が現れて、すごく鳥肌が立ったのを覚えています。
石若 僕は、昨年のツアー『椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常』です。ツアー・メンバーの林正樹さん(p)はBanksia Trioなどでここ数年一緒に演奏している仲で、林さん経由でご紹介いただきました。リハの初日は“どうしよう”ってめちゃくちゃ緊張していたのですが、“ドンと構えていていいよ”と鳥越さんが声をかけてくださって。鳥越さんとは、アニメ『坂道のアポロン』(2012年)のサウンドトラック制作や、原田知世さんのライブなどで、10年以上前から親交があったので心強かったです。
——椎名さんはボーカリスト/プロデューサーという2つの側面を持っていますが、それぞれの印象を聞かせてください。
鳥越 ボーカリストとしては、椎名さんがデビューしたときの衝撃が忘れられません。編曲を担当している亀田(誠治)さんのベースの演奏も、今までにないスタイルですごかった。当時からセンセーショナルなボーカルで、その印象が今でも続いています。プロデューサーとしては、その人自身の良さを引き出すのがとにかくうまい。ほかの現場では否定されてしまうような飛び抜けたプレイや突き出た部分を全部生かして、演奏者の個性をちゃんと受け入れてくれるんです。
——石若さんから見て椎名さんの印象は?
石若 一緒にツアーを回って実感したのは、超サイヤ人くらいの集中力と、バンドの演奏をコンダクトしていく歌のパワーのすごさです。毎公演、鼓舞されていました。プロデューサー面で思い浮かぶのは、『放生会』1曲目の「ちりぬるを」のイントロ。チャイニーズ・ゴングという小型のドラの演奏に“ゆっくりスタートして、速くしていってください”という指示があって、正直どういう効果をもたらすのかピンと来ていないまま演奏したんです。でも、完成した曲を聴いたらとてもかっこよくて、“そういうことだったのか!”と納得しました。先の先まで見据える力と、そのビジョンを的確に言語化してオーダーする器量に驚かされます。
——緻密な楽曲の裏側には、椎名さんの的確なディレクションがあったんですね。
鳥越 ベースに関しては“ここはちょっとお休みにしましょう”とか、“ここからはガーンと行きましょう”といった具合で。それを受けてこちらが提案したアイディアを、しっかり受け入れてくれましたね。椎名さんは間口がとても広いから、“ここでこれをやったら普通はダメだよね”みたいなプレイも “それ、良いね”と受け入れてくれるんです。
石若 鳥越さんは正解のさらに先を行くような演奏をしていて、 “おおっ”って、みんなが驚いていた印象です。椎名さんのドラムに関する言及では、特にフィルへのこだわりを強く感じました。フィルって結構悩んだりするんですよ。“これは、次のサビに行くドラムの役割としてふさわしいのだろうか?”とか思うんですけど、行き詰まったりすると椎名さんが言葉だけでなく、リズムも歌ってくれたりして。“ワラワラ~”とか。
鳥越 確かに“マロマロ”とか、“ワラワラ”とかってよく言ってたよね。
石若 そういう具体的な指示をいただけたことで、演奏の新しい引き出しを見つけられた気がします。昨年のツアーの際も、リハのときに椎名さんの横に鍵盤が置いてあって、林(正樹)さんに、“ここのコードは、トップ・ノートはここで、このボイシングでお願いします”っていうのを弾きながら椎名さんが伝えていて。演奏の指示っていろいろなパターンがあると思うんですけど、プレイヤー目線の具体的な言語で共有されているのが印象的でした。
鳥越 “良い積みですね”みたいに言ってくれますよね。
石若 ハーモニー、リズム、フィルなど、すべてのギミックに対して指示が的確で、本当にすごいなと思います。
電子的なビートを生ドラムで表現
——今回のレコーディングで使った楽器は?
鳥越 ウッド・ベースのメインは日本製のCREMONAです。知人から中古で8万円くらいで譲ってもらって、それをいまだにずっと使っていて。
——CREMONAの鳴りが気に入っているんですか?
鳥越 正直あまり鳴らない楽器なんですけど、基本的にラインを中心に使うので生音の鳴りが良くなくても問題ないんです。
——エレキベースはFENDERですか?
鳥越 そうです。4弦はFENDER Jazz Bassで、5弦はL's TRUSTが僕用に作ってくれた鳥越カスタム・モデルです。
——石若さんはどのようなセットで?
石若 今回は、ツアーでも使ったLUDWIG Vistaliteのセットと、日野元彦さんが使っていたPEARLのカスタム・ペイント仕様のセット。この2つがメインでした。ガッツリとハードにヒットするのがVistaliteで、アコースティック・サウンドで倍音を出したいときはPEARLを選択しましたね。デモをレコーディングの前にいただいていたので、それを参考にキットを準備しました。椎名さんのデモのビートの組み方がすごく刺激的でしたね。
鳥越 電子音楽的なアプローチなんです。
石若 それを生のドラムでどう演奏するかっていう部分が挑戦でした。どんなシンバルを使おうとか、どんなチューニングにしようとか考えるのも楽しかったです。
——アコースティックな構成でも、デモではデジタルなサウンドのことが多かったのですか?
鳥越 はい。エレキベースなのか、ウッド・ベースなのか、弾く楽器の選択は自分の判断に任せてもらっていました。例えば「ちりぬるを」は“エレキベースでやったほうがいいかな”という印象を最初は持ちましたが、そこをあえてウッド・ベースでやってみたりして。結果、うねり感がよく表現できてよかったり。
石若 録った後はすごいスピードで採用テイクが決まるので、最初のジャッジは重要でしたよね。 鳥越 確かにファースト・テイクが採用されることは多かった。 石若 それもスリリングで楽しかったです。“シンバルのチョイス、大丈夫だったかな……”と不安になりつつ、採用されたら“よっしゃ!”みたいな(笑)。
鳥越 あと、制作のスピードだけじゃなくて、時間帯も早かった(笑)。みんな、忙しいからっていうのもあって早朝レコーディングが多くて。 石若 フレッシュな音が録れてるってことですよね。今作で夜録ったものって、あんまりない。大体昼には終わっていたので。
——先ほど話題に挙がった「ちりぬるを」のウッド・ベースは、ひずみ感あるラインの音が印象的でした。
鳥越 ウッド・ベースのラインの音が好きで、音質もそれなりにこだわりを持っています。楽曲にも寄りますが、基本はラインの音を生かしてもらっていて、むしろ“ラインだけでもいいんじゃないか?”くらいの勢いで(笑)。ひずみ系はエフェクターで足したりしますが、(井上)雨迩さんがひずませている部分もあるかもしれないですね。
——ベース録りで活躍したエフェクターはありましたか?
鳥越 昔は単体のエフェクターを並べていたんですけど、回線トラブルや操作も大変になってしまうので、今はZOOMが昔出したB1Xっていうマルチエフェクターを使っています。最新のマルチエフェクターって音質が良すぎちゃって。B1Xは昔の機種なので音に若干丸みがあるんです。デジタルなんだけど、ちょっとハイファイじゃないっていうか。ウッド・ベースは基本ピエゾで音を拾うから、ハイファイすぎると特有の硬い部分がどうしても強調されてしまうんですが、B1Xだと良い感じに丸みを帯びて優しい音になってくれます。
石若 そういえば鳥越さん、ライブのときに自分の手元でAPPLE iPad を使ってEQ操作してるじゃないですか。あれはどういうきっかけで導入したんですか?
鳥越 いろいろ機材探求してきて、近年やっと行き着いた方法なんだよね。ウッド・ベースに複数のピックアップとマイクを付けていて、エレキベースみたいに伸びる音をよく拾うWILSON製ピックアップ、箱鳴りを拾うREALIST製ピックアップ、生音をDPA製コンタクト・マイクの合計3系統をBEHRINGER X Airでミックスして、PA側に送っているんです。それぞれ単体で位相やイコライザー、ゲート・アサインなど細かく設定できるのでとても重宝してます。
Jポップの表現方法が拡張している
——お二人を含め、ポップスで活躍するジャズマンが増えましたよね。最近はジャズ的な要素を取り入れているJポップも多くなったと感じています。
鳥越 昔の日本の歌謡曲ってシンプルな作りだから、ジャズ的な要素を入れてしまうとかなり違和感があるんです。ただ、今の世代の音楽はコード進行の変化が多いからか、ジャズ的な要素を取り込んでもサウンドしやすい。
石若 全体的にジャンルレスになってきましたよね。プレイヤー視点でも、いろいろなことができる人が多くなってきていて。
鳥越 そうだよね。演奏レベルもめちゃくちゃ上がってるし、何でもできちゃう。みんな間口広いよね(笑)。
石若 リスナーの人たちも、プレイヤー視点で聴く人が増えてるのかもしれないですね。プロデューサーや、参加ミュージシャンをきっかけにどんどんと聴く音楽が広がったりとか。加えて、表現方法も拡張していますよね。僕も、“自分が歌なんて……”みたいに思っていましたけど、自身のSONGBOOKプロジェクトではピアノを弾いてレコーディングやライブしてますし。弾き語りでライブに挑戦したこともありました。最終的にその人の音楽が滲み出ていたらアリじゃないかと思ったりします。
——Jポップにおいてジャズとポップスの垣根がなくなったのは、椎名さんの影響も大きいと感じています。
石若 椎名さんの作品のクレジットを見て、ギターの中牟礼貞則さんや、ドラムのポンタ(村上 “ポンタ” 秀一)さんといったジャズ界の屈指のプレイヤーを発見したときは驚きました。メジャー・シーンでこういった人選をされる方はなかなかいないですよね。椎名さんの作品って、総じてジャズと言えるんじゃないかと思います。
鳥越 そうなんだよね。『放生会』も大枠としてジャズと捉えられるから、僕らが自然に演奏してもあまり違和感がなかったんじゃないかな。そういう意味では、椎名さんはとても早い段階から人々の音楽の間口を広げてきたってことですよね。僕も、椎名さんと出会ってなかったら、いまだにジャズしかやってなかったかもしれないですし(笑)。椎名さんの作品に参加したことがきっかけで、いろいろなフィールドの音楽に携わらせてもらえるようになったので、本当に感謝しています。
※『放生会』を手掛けたエンジニア井上雨迩のインタビューは、近日公開予定!
Release
『放生会』
椎名林檎
ユニバーサル・ミュージック:UPCH-29472(初回限定盤)、UPCH-20671(通常盤)
Musician:椎名林檎(vo)、名越由貴夫(g)、鳥越啓介(b)、石若駿(ds, perc)、中嶋イッキュウ(vo)、AI(vo)、のっち(vo)、宇多田ヒカル(vo)、新しい学校のリーダーズ(vo)、Daoko(vo)、もも(vo)、他
Producer:椎名林檎
Engineer:井上雨迩、小森雅仁、サイモン・ローズ、マット・ジョーン
Studio:prime sound studio form、SoundCity 世田谷STU
DIO、Victor Studio、LAB Recorders、音響ハウス、Abbey Road Studio、Bunkamura Studio