どんな機材を使うかではなく、どれだけ使いこなせるかが大事
世界の各都市で活躍するビートメイカーのスタジオを訪れ、音楽制作にまつわる話を聞く本コーナー。今回紹介するのは、ベルリンを拠点に活動するエジプト人プロデューサー、アバディール。上海のレーベルSVBKVLTから2022年に『Mutate』を発表。アラブ音楽の要素を取り入れながら現代的ジャングルとも呼べるエネルギッシュな作風で注目を集める。昨年は、またガラリと違う教会音楽をモチーフとした最新作『Ison』を発表した。
キャリアのスタート
1990年代後半〜2000年代にかけて、バンドでギターをやっていたのですが、ジャムりながら曲を作るのが面倒になり、一人で作る方法を模索しはじめました。2015年に、その後0N4Bというユニットを組むことになるオンシーと仲良くなったことで、本格的に電子音楽の制作を始めました。
制作機材の変遷
まず購入したのが、Roland MC-909というワークステーション。それまで生楽器しか演奏してこなかったので、ちんぷんかんぷんでしたね(笑)。電子音楽というものがどうやって作られているのか謎でした。そんなとき、先述のオンシーが、クラブ音楽以外の電子音楽をいろいろと教えてくれて、ものすごく可能性を感じるようになりました。そこで一大決心をして、1年間音楽制作をやめて、音作りの基礎を徹底的に学ぶことにしました。2016年にAbleton Liveを手に入れてから、電子音楽を作りはじめて、それからは基本的にLiveで制作をしています。次に一念発起したのが2018年。フルタイムの仕事を辞め、音楽に専念することを決めてブレーメン芸術大学の修士課程に入学しました。デジタルメディアデザイン専攻です。30代も後半になってからでしたから、周りと比べるとだいぶ遅咲きだと思います。
現在のスタジオ
2020年のパンデミックで、授業がすべてリモートになったことをきっかけに現在の拠点であるベルリンに引っ越しました。制作スペースは、ヴェディング地区の自宅のリビングの一角です。生活空間の中で思いついたらすぐ制作できるので、とても理想の状態です。
ビートメイクのこだわり
一番影響を受けたのは、生前に交流があったフランスのプロデューサー、Qebrusです。彼が教えてくれた“マイクロエディティング”という短いオーディオクリップを編集する方法が、やがて僕のプロダクションの特徴的な手法になりました。クラブ系のトラックの場合はリズムを組むところから始め、次にそれに合うサンプルを探して肉付けしていきます。サンプル素材は、YouTubeやTikTok、携帯のフィールドレコーディングなど、こだわりなく探すようにしています。アラブ音楽の膨大なアーカイブライブラリーも使っていますね。
最新作について
『Ison』は、前作『Mutate』と比較すると、よりシネマティックで、作曲に注力しました。エジプトのさまざまなキリスト教会の合唱曲をモチーフにした作品で、自分が個人的に触れて親しんできた“記憶”の音楽です。僕の親は少し変わっていて、宗派に関係なく、より静かな教会を探していろんな教会を巡っていたのです。最初の4曲がギリシャ正教、アルバム中間部分がコプト正教などアラブ地域の教会、最後の2曲はローマ・カトリック教会と、セクションごとに異なる宗派の合唱を用いています。
読者へのアドバイス
基本的な知識はある程度つけてから制作を始める方がいいと思います。僕は、YouTubeのチュートリアル動画から本当にたくさんのことをじっくりと学んでいきました。焦らずに、すぐに結果が出なくても辛抱強く取り組むことです。そして、どんな機材を使うかは重要ではないと思います。どれだけ使いこなせるか、ということの方がずっと大事ですね。
SELECTED WORK
『Ison』
アバディール
(SVBKVLT)
「この作品に込められているのは信仰心というより、僕自身の記憶を呼び覚ますということ。これが僕にとって、親しみと魅力がある音楽です」