山下達郎が1976~82年に在籍していたレーベル=RCA/AIR。当時のアルバム8枚が、今年5月から毎月、アナログ盤/カセットでリイシューされています。その中から1曲を選び、印象的なコード進行を解説するのが本連載も、とうとう今回が最終回。ラストは、9月6日に再発された『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』から「あまく危険な香り」を取り上げます。講師は、山下達郎に多大な影響を受けたというKASHIFです。
今月の1曲:「あまく危険な香り」
『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』(「あまく危険な香り」収録)
山下達郎
ソニー アナログ盤:BVJL-98|カセット:BVTL-9
転調や小節数が生み出す繊細な感情表現
アダルトかつグルービーな名曲「あまく危険な香り」。この曲について語る際、度々トピックになるのが、男性が語るような間奏の低音のピアノ・ソロです。先日、音楽関係者ではない友人がラジオから流れてきたこのソロに心をつかまれ、未聴だった達郎さん作品を聴くようになったという出来事が身近でありました。文脈的な先入観のなかった人も一聴で引き込んでしまうこのソロと達郎さん楽曲の魅力をあらためて痛感し、個人的にとても印象的なエピソードとなりました。
さて、「あまく危険な香り」のコード進行はすべてが特徴的とも言えますが、まずBメロ〜イントロの変奏を含むリフレインへの流れをチェックしていきます。D♭メジャー・ダイアトニック上でのⅡ→Ⅴ→Ⅰの動きの後、同曲メインのA♭メジャーへ転調したセカンダリー・ドミナントを経て、F△7(9)へ転調、さらにイントロの進行に戻った後も、F△7(9)→D♭△7(9)の転調を内包したリフレインが続きます。要するに、短いBメロ〜イントロ変奏の終わりまでの中で3回転調があるわけです。
さらにコードの話題に付随して言及したいのが、同曲のセクションごとの小節数です。スタンダードな4や8刻みではなく3、5、6といったある種プログレッシブな小節数が目立ちます。それらは前述の万華鏡のように色合いがくるくると変わる転調構造と結びついて最適な間と呼吸感を作り出し、大人の複雑な恋愛の心情をためらいがちに吐露するような歌唱&メロディと相まって、同曲の繊細な色合いや奥行きを効果的に表現することに大きく寄与しています。
そして、ここで過去に取り上げた曲と共通する手法とも言える、“効果的なコントラストを生み出すストレートな進行”として、A♭メジャー・ダイアトニック上のCm7→B♭m7という進行が出現。ピークを感じさせるアレンジも相まって、一気に心情が流れ出すようなエモさを演出しています。しかしここでも尺は長くせず、スッとAメロに戻るところに、どこまでも絶妙な機微のさじ加減を感じずにはいられません。
「あまく危険な香り」はコード進行のみならず、構成するすべてのマテリアルが美しくかみ合い、一分の隙もなく魅力が散りばめられた完璧な楽曲と言えるのではないでしょうか。
KASHIF
【Profile】横浜PanPacificPlaya所属。ゼロ年代以降インディーズにおける重要アーティストを中心にギタリストとして好サポートしつつ、サウンド・プロデュースなども行う。2017年にソロ・アルバム『BlueSongs』発売。9/6にリリースされたTOWA TEIのアルバム『TOUCH』ヘギターで参加。