リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第3回は、今年74歳で亡くなったダモ鈴木がボーカリストとして在籍していたジャーマン・ロック・バンド、カンのアルバム『Future Days』から「Moonshake」のグルーヴを分析します!
『Future Days』
カン
同じリズムを繰り返すことへの執着
1970年代のジャーマン・ロックの最も偉大な成功例として、現在に至るまで大きな影響力を持ち続けているカン。その魅力は作品を聴けば誰もがすぐに理解できる普遍性を持っています。大きな要素となっているのが生演奏のグルーヴの良さです。今回は、カンのグルーヴが明快に現れたアルバム『Future Days』(1973年)A面のラスト(配信やCDでは3曲目)を飾る楽曲「Moonshake」を取り上げて分析してみましょう。
1968年にドイツのケルンで結成されたカンは、最初期にはそれまでになかった音楽をやろうという意志だけで、特定の音楽性を目指していたわけではありませんでした。ボーカルに20歳のアメリカ黒人、マルコム・ムーニーを迎えたところ、マルコムの即興ボーカルとドラムのヤキ・リーべツァイトの間に化学反応が起き、ミニマルでタイトなロック・ビートの方向性が定まったのだそうです。リーべツァイトはインタビューで、“初期のリズム・セクションはマルコムと私、マルコムが去ってからのリズム・セクションは私一人”と語っています。ベースのホルガー・シューカイのアプローチは、“低音でグルーヴをキープする”というものでは全くないため、かえって新鮮で驚きに満ちたアンサンブルの創出につながりました。ちなみに、後期のカンは元トラフィックのベーシスト、ロスコー・ジーを迎え、シューカイはテープ操作やエフェクトに専心するのですが、その時期のリズム隊は普通の良いグルーヴになって、かえってつまらなくなってしまいました。
カンが音楽的な成果を生み出した鍵は、最初から自分たちの録音スタジオを持ったことにあります。結成以降の数年間、彼らは毎日集まって長時間(寝る以外は!)集団即興演奏をし、それらを2トラックのテープ・レコーダーに録音しました。後でそれをすべて聴き直して面白い箇所を編集し、もう1台の2トラックのテープ・レコーダーに(ダビングをしながら)録音していくことで作品が作られていきます。たまにリズム・マシンを併用することもありましたが、クリックは使っていません。このやり方が可能になったのは“機械よりも機械らしい”とメンバーに評されたリーベツァイトの“同じリズムを繰り返す”ことへの執着で、長時間の即興演奏を編集しても違和感のないリズムがキープされていたわけです。
また、メンバーの同時演奏を一気に2ミックスにすることで、音のかぶりや互いの演奏をしっかり聴いて反応するやり取りのすべてが、生き生きとしたアンサンブルを生み出すことに役立ちました。1975年のアルバム『Landed』からマルチトラック・レコーダーを導入したことにより、バンド・サウンドや演奏の緊張感が一気に薄れたことを、のちにメンバーたちは口々に反省しています。
10ms前の“DRIVING/WITH EDGE”
「Moonshake」のテンポやリズム・パターン、グルーヴは、1970年の「Mother Sky」(イエジー・スコリモフスキ監督の映画『早春』のサウンドトラックとして使われたことで有名)とほぼ同じなのですが、こちらのほうがドラムの部屋鳴りが抑えられてよりタイトなサウンドになっています。リズム形はノイ!の「Hallogallo」などとも共通する、いわゆるハンマー・ビートと呼ばれる8ビートです。
冒頭部分の2小節をループにしてみると、テンポは♩=146.82で、ドラムのパターンは画面❶のようになります。スネアやバスドラの位置は波形を拡大して細かく合わせ、ハイハットは波形で分からないところは耳で合わせています。
まず、ハイハットは8分音符で音量も均等にたたかれていて、おおよそグリッドか、2〜5ms後ろに位置しています(Audio❶)。表裏の違いがなく、8分音符単位ではスウィングしていません。
これに対して、スネアは2拍、4拍ともにグリッドから5〜10ms前に位置しています(画面❷、Audio❷)。バスドラは1小節目の頭はグリッド位置ですが、そのあとはほぼ均等にハイハットから5〜8ms遅れています。
これをまとめると、ほぼ正確でストレート(ノー・スウィング)だけれども微妙に遅れ気味のハイハットに対して、スネアは顕著に前、バスドラはハイハットよりも少しだけ後ろに位置しています(Audio❸)。
また、それぞれの音色や音量のバランスも重要です。スネアやバスドラがハード・ヒットされずに適度な音量であることで、安定したグルーヴとなっているのです(Audio❹)。
ミュージシャンでプロデューサーのマイケル・スチュワートは、1987年のSound on Sound誌において、スネアの微妙なタイミングのズレを分類し、グリッド位置より10ms前に来るものを“DRIVING/WITH EDGE”としています。リーベツァイトの「Moonshake」における演奏は、まさにこれにあたるもので、リズムを“DRIVE”してグルーヴさせています(※1)
※1(参照動画):https://www.youtube.com/watch?v=I3lzbNLxYhQ&t=250s
このリーベツァイトのドラムに対し、シューカイのベースは低音のEを8分音符でキープするシンプルなパターン。弦に軽く触れてハーモニクスを出しているので低音感も薄いです。タイミングは、ハイハットに対して安定して5〜10ms遅れています(Audio❺)。
ベースがバスドラと同じ帯域にいないことでドラムのグルーヴ感が逆に明確になるというリズムのあり方は、のちのヒップホップを20年近く先取りしています(Audio❻)。
カンのキーボードのイルミン・シュミットは“ヤキはいつも、ものすごく注意深くドラムをチューニングしていた”と語っていて、“和声進行が複雑になればなるほど、グルーヴを破壊してしまう……基本はドラムなんだ”とも話しています。
今聴いても新鮮な『Ege Bamyasi』
カンと同時代にロック型の集団即興のアンサンブルとして際立った成果を挙げたものは、マイルス・デイヴィス・グループ、ピンク・フロイド、ソフト・マシーンなどがあります(キャプテン・ビーフハートのマジック・バンドは、基本作曲されたものの再現で即興成分は少ない)。カンはシューカイやシュミットのアイディアが現代音楽的であることによって、新しい音楽に到達しました。
グルーヴという面では、1972年の『Ege Bamyasi』が大傑作で、7拍子の「One More Night」(これもスネアの位置が前にある)や、スネアのゴースト・ノートを使った16ビートの「Vitamin C」、リズム・ボックスをドラムと併用した「Spoon」など、ハンマー・ビート以外のグルーヴも素晴らしく、今聴いても新鮮です。
カン以降のリーべツァイトの功績
リーべツァイトの素晴らしい音色と安定したグルーヴは、カンの解散後も多くの素晴らしい作品で聴くことができます。代表作を幾つか挙げておくと、ホルガー・シューカイの『Movies』(1979年。名曲「Percian Love」のドラムとパーカッションもリーべツァイト)、DAFのガビ・デルガドの『Mistress』(1983年。打ち込みのラテン・ファンクと共存しドライブするリーべツァイトがすごい)など。
また、晩年のリーべツァイトはバスドラを足で踏むのではなく手でたたくという、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのモーリン・タッカーのようなスタイルに変わったのですが、このスタイルでシンセ/エレクトロニクスのバーント・フリードマンと作った5枚のアルバムは、いずれもドラムとパーカッションの音色が素晴らしくリズムの観点から必聴の名作ぞろいです。
※本稿のカンの軌跡については『別冊ele-king カン大全──永遠の未来派』(監修/編集:松山晋也 Pヴァイン刊)を参照しました。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。