ベス・ギボンズの初となるソロ・アルバム『Lives Outgrown』がついにリリースとなった。10年ほど前からうわさとなっていた作品だ。多くの時間を費やしたというよりも、時間の経過を必要としていた、と言うべきなのだろう。寡作だったポーティスヘッドを思えば、このリリースもそれほど驚くことではない。ギボンズが信頼する少人数のクルーと制作に取り組んだことは、音源から十分に伝わる。そこにはポーティスヘッドのアブストラクトなビートや音響はない。さまざまなアコースティック楽器を中心として、オーガニックで柔らかな響きに包まれている。オーケストレイトというロンドンのクラシック音楽の演奏家集団もフィーチャーされているが、まるでベッド・ルームに室内楽を忍び込ませたかのようだ。すべてが、ギボンズのパーソナルな世界から広がっている音楽に聴こえる。
『Lives Outgrown』Beth Gibbons(ビート/Domino)
ポーティスヘッドのボーカリスト、ベス・ギボンズの初のソロ作。アークティック・モンキーズなどを手掛けるジェームス・フォードとの共同プロデュースで制作された
しかし、それはプライベートな何かをさらけ出しているわけではなく、素朴なもので満たされた世界を表現しているわけでもない。奇妙で不安定な世界に向き合っている深みがあり、その意味ではポーティスヘッドから変わらぬ表現がある。そして、このアルバムを聴いて思い出したのが、トーク・トークのボーカリストだった故マーク・ホリスが残した唯一のソロ・アルバム『Mark Hollis』だった。一貫した世界観、サウンドの質感や響きなどに似通った点があるのだが、それ以上にホリスやトーク・トークが作り上げたものがギボンズの中で大切にされていると感じたのだ。『Lives Outgrown』の録音にはトーク・トークのドラマーだったリー・ハリスが参加していて、プロデュースとエンジニアリングも担当している。また、ギボンズは20年以上前にトーク・トークのベーシストだったポール・ウェッブ(ラスティン・マン)とのアルバム『Out of Season』を制作してもいる。こうした関係性からも、その背景にあるものを、いま一度振り返ってみたいと思う。
『Mark Hollis』Mark Hollis(POLYDOR)
UKのシンセ・ポップ・グループ、トーク・トークのフロントマン、マーク・ホリスが1998年に発表したソロ・アルバム。室内楽的な演奏を生々しく収録
1980年代前半のデビュー当時は、デュラン・デュランなどと比較されるキャッチーなシンセ・ポップのバンドだったトーク・トークは、その後、音楽性を大きく変化させた。アレンジに凝り、即興演奏に取り組み、編集にも多くの時間を割いて制作された1980年代後半の『Spirit of Eden』や『Laughing Stock』といったアルバムでは、よりオーガニックなサウンドを志向して、トランペット奏者のヘンリー・ロウサーやコントラバス奏者のダニー・トンプソンなどジャズやクラシックのミュージシャンも積極的にフィーチャーしていった。そのサウンドは同時代のポストパンクでもフュージョンでもなく、1990年代に表れるポストロックの先駆けといえるものだった。1991年にトーク・トークは解散するが、ハリスとウェッブは'O'rangというアンビエント・ダブのユニットを結成し、そのボーカルのオーディションをギボンズは受けていた。ポーティスヘッドが成功を収めたため、彼女はそれに専念したが、二人との関係はその後も継続した。
『Laughing Stock』Talk Talk(POLYDOR)
トーク・トークの5作目であり、本作がラスト・アルバムとなった。ホリスのソロ作の萌芽(ほうが)とも言えるような、静かで穏やかな雰囲気が通底している
一方、子供を育てるために活動を休止をしていたホリスが1998年にリリースした『Mark Hollis』は、トーク・トークが行き着いた音楽を発展させ、オーバーダブをせずライブ録音でアコースティックの室内楽的なサウンドに仕上げた。トーク・トークに関わったジャズ、クラシックのミュージシャンの他に、ギターのドミニク・ミラーやブルース・ハープのマーク・フェルトマンら総勢14人が演奏に参加したが、アンサンブルは控えめに聴こえ、誰かの演奏が際立つことはなかった。意図的に一度に5つ以上の楽器を響かせず、常に数人のミュージシャンだけがそこにいるような印象を与えたとホリスは幾つかのインタビューで語っている(※1)。静かだが起伏があり、特に聴き応えのある「A Life (1895 - 1915)」という曲は3つのセクションに分かれたクラシックの組曲のように構造が変化する。楽器の録音レベルを低く保って少しのニュアンスの変化も捉え、ささやくような声や弦のフィンガー・ノイズ、椅子のきしむ音まで拾った。マイルス・デイヴィスがギル・エヴァンスと録音した『Porgy and Bess』や『Sketches of Spain』にインスパイアされたホリスは、緩さと慎重な構成のバランスというものを常に意識し、できる限り空間を生かしたミニマルなアプローチを好んだ。
(※1)『Mark Hollis (Talk Talk) interview 1998』
ボリスがこうした音作りに進んでいったのは、メロディ主導でいつも同じサウンドが使われる展開を変えたかったからだ。音響がその一つの解決策だった。アコースティック楽器を使用して、ジャズ、クラシック、フォーク、ブルースなどに共通する空間へのアプローチを追求した。3カ月かけた『Mark Hollis』のレコーディング・セッションには当初、ヴィニー・カリウタとスティーヴ・ガッドも参加していたが、ドラムの音があまりにも強すぎるという理由でこの著名なドラマーたちの演奏は最終的にすべて削除された。ステレオ・マイクで部屋全体の音を捉えて録音する手法を採るはずが希望通りに行われず、ホリスが追加の録音費用を負担して再録音も行った。こうしたプロセスを経て完成したアルバムをリリース元のポリドールは売れないと判断してお蔵入りにしようとしたが、Mo'WaxとA&Mがリリースに興味を示したこともあり、最終的にはポリドールからリリースされた。
その後、ホリスは目立った音楽活動をすることはなく、2019年に64歳でこの世を去ったが、『Mark Hollis』はレコードでもリイシューされ、今では多くの新たなリスナーを獲得している。「音楽をやらないなんて考えられないが、音楽を演奏する必要性も感じないし、録音する必要性も感じない」と悟りきったように語っていたホリスの音楽が人を魅了するのは、リスナーが親密に感じ取れる余地を残しているからだろう。ポップであるか、先鋭的であるか、またどんなジャンルであるかにかかわらず、ただ、音楽が身近にあるものだと気が付かせるのだ。そのことをホリスは「音楽を聴くことは、ある意味、参加型であるべきだ」とも言い換えた。そして、『Lives Outgrown』もまたリスナーに余地を残している音楽だ。インタビューを受けないギボンズは言葉でそれを伝えようとはしないが、このアルバムは『Mark Hollis』のようにリスナーの近くに存在している。
偶然にも、1990年代のポストロックを象徴するガスター・デル・ソルの『We Have Dozens of Titles』も近頃リリースとなった。『Mark Hollis』のリリースと前後するように解散したジム・オルークとデイヴィッド・グラブスのユニットだ。彼らの音楽には、ホリスやトーク・トークからの影響も色濃くうかがえた。この先鋭的だったユニットの忘れ去られていた未発表曲やライブ音源を丁寧にまとめたアルバムも、リスナーに親密に働きかける。それは25年余りの時間の経過がもたらしたのかもしれないし、編集によってそう聴こえるのかもしれない。ただ確かなのは、自分の表現を批評的に捉えてきたオルークの音楽は、常にリスナーの視点を伴っていたということだ。それが最良の形で表現されているのが『We Have Doze ns of Titles』だと思う。
『We Have Dozens of Titles』Gastr del Sol(Drag City)
ジム・オルークとデヴィッド・グラブスから成るユニット、ガスター・デル・ソル。解散から25年近くを経た彼らが今年発表したアーカイブ音源集
本稿をもって長年続けてきた当連載は最終回となります。これまで読んでいただいた読者の皆様と、お世話になった編集者の方々に心から感謝を申し上げます。
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサーを務め、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpの設立に関わり、DJや選曲も手掛ける。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』