1994年にテキサス州西部の都市アマリロで生まれたヘイデン・ペディーゴ。彼は、フィンガーピッキングのアコースティックギターの名手であり、アンビエント、ドローン、プログレッシブロックなどのマニアで、市議会議員候補でモデルという肩書も持つ、実にユニークなアーティストだ。米NPRの人気番組『Tiny Desk Concert』に2023年11月に登場した際は(※1)、6弦と12弦のアコースティックギターと、ハムバッカーピックアップを3つ装着した奇妙なFender Telecaster Customを弾き、最新アルバム『The Happiest Times I Ever Ignored』と前作『Letting Go』からの曲を演奏した。それは本物のフィンガースタイル・ギタリストであることを伝えたが、ペディーゴにはまた別の一面がある。
(※1)Hayden Pedigo: Tiny Desk Concert https://youtu.be/Xn5wfH_erZ0?feature=shared
『The Happiest Times I Ever Ignored』Hayden Pedigo(Mexican Summer)
米インディーレーベル、メキシカンサマーからは2枚目のリリースとなるヘイデン・ペディーゴの最新作
『Letting Go』Hayden Pedigo(Mexican Summer)
Tiny Desk Concertで披露した「Carthage」を収録したメキシカンサマーからのデビュー作
ペディーゴは、『Kid Candidate』(2021)というドキュメンタリー映画の主演を務めている(※2)。2018年秋、当時25歳だったペディーゴがアマリロ市議会議員選挙に立候補した姿を追ったもので、当初はちょっとしたアートプロジェクトのように選挙へのアプローチを始めたのが、次第に本格的な選挙活動に関わっていく様子が描かれる。ペディーゴは、アクティビストだったわけではない。ただ、選挙広告のため作った不条理でローファイなビデオが、保守主義がはびこるアマリロに変化の必要性を感じている人々の関心を引いたのだ。“ペディーゴなら勝てる”という地元メディアの記事が掲載されるなど、彼にとって追い風の吹く状況になり、悪ふざけだと思われた選挙キャンペーンはにわかに活気を帯びて、全米メディアで取り上げられるほどになった。
結局、第一候補の現職議員との一騎打ちに破れ、当選は叶わなかったが、この特異なパフォーマーへの注目は一気に高まった。政治への関心を高めることに手応えを感じたペティーゴは“僕くらいの年齢で政治に関心を持たなかった多くの人たちに刺激を与えたと思う”(※3)という言葉を残している。以降、彼を取り巻く状況も随分と変わった。セイント・ヴィンセントやフィービー・ブリジャーズ、スティーヴ・レイシーらと共にグッチのランウェイを歩くモデルに登用され、シンガーソングライターのジェニー・ルイスのツアーに参加してギターを弾いた。だが、ペディーゴ自身は、その後も変わることなくエクスペリメンタルなギターミュージックを演奏し続けている。その一貫性は一体どこから来ているのだろうか?
12歳からギターを弾き始めたペティーゴは、スティーヴィー・レイ・ヴォーンやライ・クーダーのスライドギターのコピーに明け暮れていたが、14歳のときにジョン・フェイヒーのフィンガースタイル・ギターと出会う。そして、彼や故ロビー・バショウ、レオ・コッケのようなアメリカンプリミティブと言われるギタリストを発見する。フェイヒーの主宰したレーベルTakomaが紹介したギタリストたちは、スチール弦アコースティックギターの楽器としての可能性を追求し、カントリーやブルーグラス、フォーク、ブルースなどアメリカのルーツミュージックを掘り下げる一方で、不協和音を多用したチャールズ・アイヴズのような現代音楽から、ガムランやインド音楽までさまざまな音源を探求した。フェイヒーの再評価のきっかけを作ったジム・オルークのように、影響を受けた次の世代のギタリストがその後に登場してきて、音楽的に自由な発想を持ったプリミティブギタリストの系譜というものが確実にでき上がっている。ペディーゴは間違いなく、そこに位置づけられる新しい世代の代表的な存在である。
『Valley Of The Sun』Hayden Pedigo(Driftless Recordings)
ペディーゴの4作目。フォーク/インディーロック風のフレーズが新鮮な「Glider」を収録
ペティーゴは、若きオルークがそうであったように、テクニックだけではなくアイディアやコンセプトのレベルにおいても早熟なギタリストだった。それは、彼が20歳のときにリリースしたアルバム『Five Steps』に既によく表れており、フェイヒーが認めた知る人ぞ知る故マーク・フォッソンや、バショウに影響されたドイツのステファン・バショウ・ジャングハンスをゲストに招いて共演を実現した。一方で、アンビエントプロデューサーのロバート・リッチや、インプロバイザーでギタリストのフレッド・フリス、ドラマーのチャールズ・ヘイワードなど異なるシーンの先駆者たちも招いた。その選択の自由度の高さに、プリミティブギタリストとしての誇りを感じさせるものがあった。事実、ペティーゴは折に触れて、自由な表現を確立したフェイヒーをヒーローだと認め、その影響を語っている。それは音楽だけではなく、彼のより広範な創作活動全般に影響を与えたのだという。
『Five Steps』Hayden Pedigo(Debacle Records)
ペディーゴが20歳のときに制作したアルバム。ステファン・バショウからフレッド・フリスや河端一までゲストに招いている
だが、ペティーゴが伝統に根ざすだけでなく、ユニークで現代的なアーティストだとも思うのは、多様な参照元があることだ。『The Happiest Times I Ever Ignored』の制作には、ウィンダム・ヒルのウィリアム・アッカーマンとアレックス・デ・グラッシの作品にある精細で汚れのないサウンドから多くのインスパイアを得ているという(※4)。彼らのような完璧でクリーンなサウンドを探求したというが、出来上がったものは異質な要素をはらんでいる。クリーンさなど感じさせないアルバムのアートワークとの対比も異様だ(かつてのオルークのアートワークもほうふつさせる)。汚れたサウンドが入っているという意味ではない。ただ、クリーンなだけではない少し複雑な要素が絡み合ったサウンドであり、世界観なのだ。
(※4)https://reverb.com/news/how-hayden-pedigo-made-the-next-great-instrumental-acoustic-album
このアルバムは、初めて全編通してレコーディングスタジオで録音されたアルバムで、ギターは、TELEFUNKENのELA M 260のステレオセットと、NEUMANNのM7カプセルとU 67の計4本のマイクで録音された。そのギターのテイクに、慎重にシンセサイザーやペダルスチール・ギターが加えられている。例えば、「Elsewhere」という曲では、プロデュースとミックスを手掛けたハンドレッド・ウォーターズのトレイヤー・トライオンが、ペティーゴが親指で低音弦を弾くパターンに合わせて、moog SUBSEQUENT 37でベースのパートを加えている。一見素朴なフィンガーピッキングに思えるが、これまでにはなかった低音の厚みを得ている。このアイディアは、ペティーゴが同郷のアンビエントプロデューサーのアンドリュー・ウェザースと『Big Tex, Here We Come』を制作した際に試みられた。
『Big Tex, Here We Come』Andrew Weathers & Hayden Pedigo(Debacle Records)
アンビエント作家アンドリュー・ウェザースとペディーゴによる共作。ギターやバンジョーが織りなすアンビエントが美しい作品
そして、『The Happiest Times I Ever Ignored』の表題曲のMVは、安っぽい昔のギター教則ビデオを模したもので、ペティーゴはギター講師に扮し、曲の弾き方についての具体的な指導が実際にテロップで流される(※5)。そのコミカルな姿には、“ソロギターの音楽からは先進的なことは起こらないから、アール・スウェットシャツやボルディ・ジェームスのラップを聴く”というペティーゴのアイロニーが表れてもいる。だが、そんなユーモアとアイロニーの表現に、プリミティブギタリストというイメージを刷新し、伝統を陳腐化させない希望があるように感じられるのだ。
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』