映像、音楽、VR、ARなどが大集合したイベント
今月は嵐のようにやってきた海外初マルチチャンネル作品展示現場についてお伝えします。展示開始の1カ月前に打診が来た超特急案件で、台湾の文化庁、デジタル庁、高雄市政府による『台灣文化科技大會 TAIWAN TECHNOLOGY×CULTURE EXPO2023』というイベントでの展示です。
これは映像、音楽、VR、ARなどが大集合したイベントで、台湾のテレビ局やNetflixのブース、全天球映像を生成するAI、採れたて3Dキャプチャをすぐに触れたり、超高精細ディスプレイを扱ったりするテクノロジー系のコンテンツなどがありました。私が展示していたのはカオシュン・ミュージック・センターという会場ですが、周辺に巨大な会場が複数あり、メーカー各社がアジア圏リサーチで派遣するのも良さそう。
機材のハメを外せるとコンテンツも変わっていく
台湾には世界シェア上位のディスプレイやLEDの工場があるとのことで、日本でレンタルしたら高い機材をドバドバ投入している様は軽いカルチャー・ショックでした。機材のハメを外せると、コンテンツも変わっていくと思うのです。そして、政府のデジタル関連の強い実行力も感じます。私の展示初日には私の作品を体験する文化庁長官の写真が送られてきました。会場視察だけでなく作品の体験までするとなると、現場もピリっとします。
少し前に渋谷のシビック・クリエイティブ・ベース東京で、台湾を拠点とするDAO(分散型自律組織)のVolume DAOというアーティストがトークしたようで、台湾はアーティストの組織のあり方についてもリサーチしがいがありそうです。
あと、空き時間に立ち寄った私設の美術館ALIEN Art Centreでは、作品設置の妙にそれはそれは唸りました。雰囲気でいうとAesopの店舗の感じなのですが、ブランディングの目指すところと現場が一致していて、作品設置の+αの工夫と、窓の光の取り込み方が美しかったな……。一緒に行ったエンジニアと悔しさを覚えるくらいでしたね。気になって調べてみると、ART+COMの作品をエントランスに所蔵しているホテルの運営会社がオーナーのようで納得です。
GENELEC 8020DのRAWフィニッシュを即手配
本題に移ります。もともと作品の打診があったのは長野県立美術館の屋上で発表した『起点』という、オリジナルのデバイスが必要な作品だったのですが、長野での展示終了から輸送して税関をクリアするためのバッファを考え、既に何度も展示経験がある『Lenna』であれば可能、という判断をしました。会場の広さはかつて展示した未来館の部屋に近かったので、当初はそのイメージを踏襲していましたが、会場に入ってみて万博ということもあり、少しギャルめの要素を増やしました。控えめではなく自ら発言しているようなハキハキさと、キラキラしたいところは光らせる感じです。スピーカーはGENELEC 8020D RAWフィニッシュ。そんなに会場が広くないので、スポット・ライトのハレーションがスピーカーに当たると予想し、どうせ見えるなら渋いものをと思い選定し、正解でした(黒だと隠したいのか見てもいいのか迷いが出る)。8020Dは取り回しが楽で、現地チームからの取り付け方法の提案の様子を見てもスムーズにいったと思います。最初、手違いで通常カラーのグレーが手配されて、微妙に違うんだ!と伝え、台湾ではすぐに手配できなかったので近くの国から輸入したとか。このやりとりがとにかく速い。結果的に主催チームも“シルバーにして良かった”と言ってくれて一安心。システムは頭から、APPLE MacBook Pro M1→RME Digiface USBからADATで3台のRME Fireface UFXⅢと接続し、22台の8020Dに送る、という流れでした。
会場に合わせて入口から作品までに通路を追加
台湾に入る前に、エンジニアのイトウユウヤさんにトラスのイメージやスピーカーのレイアウト、入口からの作品へのアプローチなどを図面化してもらい、現地チームに共有。初期は入口を入ってすぐに作品だったのですが、それだと作品へのアプローチが短すぎると思い、あえて入口から折り返しの通路みたいなものを追加しています(外からの直接光も防げる)。逐一会場や機材の写真を送ってもらい、FaceTimeによる遠隔での現場チェックも済ませた状態で台湾に入りました。例えば、Fireface UFXⅢを重ねるなら放熱対策が必要、というような細かい部分もつぶしておきます。
会場に入ったらまず見た目のチェック。遠隔では分からなかった、暗幕が薄い&古くて穴が空いており微妙に光漏れする部分があったので、すべて二重にしてもらいました。ここは、正直私だけでは強く言えなかったなと思っていて(言うべきです)、エンジニアから台湾チームへの“これだと展示レベルとは言えない”という強いコメントに救われました。その後、作品が技術的に目指している“空間の創成”というコンセプトから、なぜ光漏れが良くないかを伝えたことで意図がよく伝わったような気がします。
『Lenna』チームもまた新たな挑戦が一つあり、今回はオリジナル・メンバーから私と蓮尾美沙希さんのみが現地参加となりました。オリジナル・メンバーが多いと、今回は誰がどう立ち回るかを判断するのに時間がかかったり、フィーが限られる場合は遠慮が発生すると思っています。最近思いはじめた『Lenna』の反省点は、これほど展示の機会があると思っていなかったこともあり、運用の手立てが少し後手に回ってしまったところです。ただ難しいのは、『Lenna』はインストールする場によって再構成されるので“完成して運用”というサイクルにならない。基本的に、今回誰はいなくていいよね、という判断ではなく、スケジュールや予算が厳しいとか、そういう判断で結果的に参加する人数が少なくなる。複数人で作品を作る方は、ぜひ運用面を検討してみてください。今回蓮尾とサシで設営をして、“いつか作曲を担当した上水樽力君の主導するバージョンもやりたいね”と話しました。蓮尾と上水樽君に『Lenna』の構想を最初に話したあの時間を、思い出した台湾でした。葛西敏彦さん、久保二郎さんも事前のサポート、ありがとうございました! ではまた〜!
今月のひとこと:いつも記事を最後まで読んでくださる皆様だけに高雄ガチ地元飯情報:永和小籠湯包、許記蒸餃、老媽氷店、田記豆漿、厚得福湯包麵食專賣店
CREDIT
Lenna(2019)
Concept/Voice/Recording:Miyu Hosoi
Composer:Chikara Uemizutaru
Mix:Toshihiko Kasai, Misaki Hasuo
3D Audio Design:Misaki Hasuo
3D Sound System:Jiro Kubo (ACOUSTIC FIELD)
Recording assistant:Akihiro Iizuka
Mastering:Moe Kazama
(P)Salvaged Tapes
Install Member / Technical Management:Yuya Ito (arsaffix Inc.)
Install support:Takayuki Ito
Management:Akiko Horiuchi(Gallery 38)
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。