デッド・スペースの十字路でパブリック・プログラムとしての展示
11月18~20日に国立京都国際会館で開催されたArt Collaboration Kyoto(以下ACK)というアート・フェアに、初めて自分の作品を出品しました。神宮前にあるGallery 38からです。きっかけは2022年12月号に記録した、老舗旅館の板室温泉大黒屋さんでの4時間だけのインスタレーションの作品でした。ギャラリーのオーナー堀内晶子さんが、偶然その日に大黒屋さんに宿泊していて作品を見て、その後みんなで食事をしたときに偶然席が近く、作品の話をして……。
数日後、私がすごくお世話になっているお姉さんがなんと晶子さんの親友で、その方経由で連絡があったのでした。最初にギャラリーのWebサイトを見たとき、これまで自分が鑑賞してきた作品の作家の方がGallery 38の所属だと分かって、しびれる~と思ったのを覚えています。特にステファニー・クエールの作品は金沢で見てから好きだった! ギャラリーがどういうものかなんとなく分かってはいるものの、自分には縁が無いと思っていました。第一、私の設営や制作は無謀なことが多く、どう(自分が)考えてもお金にならなそう。オブジェクトだけで完結する作品を作っておらず、ほぼすべてが空間を意識させるためのインスタレーションだったこともあり、出品の“品”になるなんて思ってもいなかった。でもなんとかやりました。
実際に展示した作品は平面で電源の抜き挿しだけで完結する仕様に。大黒屋さんでの展示がきっかけだったこともあり、エンジニアはYCAM安藤充人さんです。今回、合計240chの作品となったので、確実に一番の地獄だったのは安藤さんです。安藤さん、本当にありがとう。
ACKでの展示場所はホワイト・キューブのエリアではなく、ホワイト・キューブの間に生まれるデッド・スペースの十字路で、パブリック・プログラムとしての展示でした。おかげで普段の自分の制作の脳みその使い方のまま検討できたのでした。とは言え、一回プランを練り直した経緯があります。少し“アート・フェア”というイメージを意識したプランだったので(行ったことないのに)、晶子さんと親友の方に初めてプランを話したとき“それは本当に作りたいものなのか?”という話をしてくれました。“新しい世界に順応すること>やりたいこと”のバランスになっていたところを指摘してもらえたのはさすがだったし、これまで一人でやってきたこともあり、こういうコミュニケーションがこれからできるんだ、と思ってわくわくしています。いろいろな都合を考えた奇麗なものより、醜いピュアの強さを忘れない(と自分に言い聞かせる)。
作品が時間を持つタイムベースド・メディア 私という人間の一瞬を固定する
今回の《Fixation 5》は、時間がテーマの作品です。音や映像、パフォーマンス作品は、タイムベースド・メディアと呼ばれ(興味のある方は京都市立芸術大学が実施した「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存のガイド」がお薦め)、文字通り作品が時間を持っています。ただ自分が作品鑑賞を重ね、自分自身も作品を作る中で、時間の進行が時に非常に暴力的に思えることが増えてきたのです。
例えば本当はもっと見ていたいのに作品が終わってしまうとき。本当は見たくないのにずっと見なければいけないとき。もちろん、作家側としては、意図した時間軸での展開を保証できる利点があると思うのですが、ふと、時間を持たない作品を見ることがあって、私はここに何時間でもいられるし、1秒で通り過ぎることもできる……と思ったときに、このコンセプトにしようと決めました。音を聴くには時間が必要だが時間の進行にとらわれる必要は無く、はりつけられた一瞬が自由に再生するような……。
作品からは音が再生されるので、素材にタイムベースド・メディアを用いていることに変わりありません。《Fixation 5》は4つの平面のシリーズで、1面のサイズは400(W)×2,000(H)mm、表からは一切見えませんが、大小4種の合計60chのスピーカーを使用しました。各スピーカーからは私のハミングが1ピッチずつロング・トーンで延々とループしています。つまり、音楽的な展開は(音源だけでは)ありません。
《Fixation 5》の「5」は、作品を通り過ぎるまでに必要なのが5歩であることに由来していて、つまり、この作品に時間を与えることができるのは鑑賞者の5歩であることを示しています。2mの中にいろいろな展開やダイナミクス(=スピーカーの粗密)を固定していて、鑑賞する速度や位置によってそれぞれに再生されることを目指しました(playでもあるし、reproductionでもある)。
展示の様子を見て、行き来したり、方向を変えて通ってみたり、近づいたり離れたり、背の高さによる違いまで、ありとあらゆる再生方法があるという発見もありました。“Fixation”の由来はこれが初出ですが、“perfusion fixation”から取りました。私という人間の一瞬を固定する、と考えていたのですが、そのままだと医学の言葉のインパクトが強すぎるので、“Fixation”だけを採用しました。
アート・フェアという場所でサウンド・アートの展示に挑戦することについて、ACKパブリックプログラムのキュレーターであったJam Acuzarのコメントを引用します。
この作品は、多くの「鑑賞者」が、急いですべてを見ようとしがちなアートフェアという場所において、とくに興味深いものと言えるでしょう。自身の作品を通じて、細井は、人々に対し、立ち止まり、近づき、耳を傾けるよう促します。細井は、彼女が「時間をベースにしたメディア」として捉えているサウンドアートを用い、これを巧みに操り、発する音のループを通じて「非時間(non-time)」という意識を喚起します。彼女の目的は、来場者が自らのペースで作品を体験できるようにすることです。これは、アートフェアという環境で作品を展示することの限界に対する彼女の回答です。アートフェアでは、見るという行為が人々のペースを決定します。このように視覚的に支配された、熱狂的な空間でサウンドアートを展示するというチャレンジは、細井にとっては歓迎すべき実験の機会なのです。
初出品を終えて本当にたくさんの刺激を受けました。また、出展していたほかのギャラリーの方々、事務局の方々にも大変良くしていただきました(毎度のことながら現場でギリギリまで作業で……次の課題……)。次の作品がどうなっていくか、自分でも楽しみです。
2023年は1月19日に母校の慶應義塾大学SFCで徳井直生さんの授業での講義、翌20日には六本木アートカレッジ「未来を拡張するゲームチェンジャー U-35」にて独立研究者の山口周さんと対談があります。正月ボケしていられない。年末年始は徳井さんと山口さんの本をおさらいして過ごすことになりそうです。良いお年を~!
今月のひとこと:先日Ryoji Ikedaのライブで鼻、肺、歯が震え、無事2022年の厄を祓えました
CREDIT
Fixation 5
Audio cables, 60 channels of speakers, electronic substrate, glass fiber mesh, wires
Engineer : Mitsuhito Ando
Drafting : Ken Hirose (TWOTONE)
Production/Installation : SUPER FACTORY Inc.
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。