コントロール・ルームの音ですべてが決まる 〜【第4回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 このスタジオ造りは実験の場でもあります。自分自身が当事者になることにより、スタジオ造りの大変さをリアルで体験しています。自らお金を出していますから、妥協するのも追求するのも自分次第ということです。

軽量鉄骨ではなく松材を構造材に使用
図面に無い天井梁の出現で二転三転

 まず現況の報告から。第2回で解体について書きましたが、その結果、天井からビル図面にも無いコンクリート梁が出現。現場は、大幅な図面修正を余儀なくされました。

 

 骨組みの木材(軽量鉄骨は使いません)は、プレカット工法で加工済み。しかし、追加で発注するとお金も納期もかかってしまいます。世間はコロナの自粛開け後、一斉に物事が動き出しているときでした。

 

 また、地下物件には多くの制約があります。天井の配管や梁もさることながら、電気周り、貯水槽などの水周りの施設もあります。この貯水槽系は定期的に点検が必要で、そのフタの開閉を保たないといけません。地下のスタジオの下にはもう一つ巨大な空洞があると思ってください。良いリバーブのIRが録れそうですね(笑)。

 

 さまざまな既存設備の間をかいくぐって、スタジオの部屋の形は決まります。幸い、先述の出現した梁に対して全体の位置を30cmほど動かしたら、数mmの差で予定のコントロール・ルームの基礎がすっぽり入りました。

 

 しかしそこはプロの矜持なのか、最善を尽くすために、設計者であるリビングアイ池田さんは、プレカットのやり直しを指示します。

 

 軽量鉄骨の柱では簡単に形を変えられますが、今回は柱は4寸の松材。低音対策のために“壁揺れ”を極力回避するのが今回のコンセプトの一つです。部屋のサイズも勘案して、ギリギリの太さの柱を使用しています。

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一般的には軽量鉄骨が使われる構造材だが、壁揺れが低音に影響するのではないかと考え、松材を使用。天井の梁は図面にはなく、解体で存在が判明したため、それを避けて施工することに

スピーカーの出音はその性能が3割
部屋の影響が7割

 さて、Dolby Atmos対応のスタジオも、ステレオのスタジオと同様に、モニター環境は大事。日本の住宅環境や生活習慣では、ヘッドホンやイヤホンの需要が年々増えていますが、音楽制作現場においては今でもスピーカーの割合が高いのが現実です。僕は、モニターは部屋の影響が7割、スピーカーの性能が3割だと思っています。

 

 音とは空気の振動、振動とは音源です。アコギの弦が揺れ、木材のボディが共鳴し、ふくよかな音が出るように、スピーカーが発音し、部屋が共振して鳴ります。

 

 部屋鳴りとは、四方の壁、床、天井の6面の材質の揺れです。スピーカーのキャビネット(箱)も共鳴していますが、ほとんどの人は、スピーカーからの音と、この部屋の音とを一緒に聴いています。さらに無数の反射も混ざりますし、スピーカーの音色の特徴も加味します。

 

 DAWの普及で波形が視覚的に見られるようになって久しく、昨今はアナライザーが付いているプラグインEQがスタンダードになりました。しかし、聴いている音は目には見えませんし、DAWの中で見ているアナライザーもあくまでもコンピューターに記録された音であって、今その瞬間スピーカーからあなたが聴いている音とはかけ離れているかもしれません。でも決して、音楽を作る上で、無響室でモニタリングした音が必ずしも正しい音ではないのです。

 

どんなスピーカーでも
“正しい音が鳴る”スタジオを目指す

 ルーム・アコースティックで助力をいただいているのは、戦国武将:真田氏の故郷、長野県上田市にあるSALogicの創設者、村田研治氏。元東芝EMIのレコーディング・エンジニアです。東芝EMI第3スタジオや日本初のサンプラーLMD-649を作った、僕たちエンジニアの大大大先輩にあたります。

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レコーディング・エンジニアの大先輩、SALogicの村田研治氏はサンレコ創刊期にたびたび登場&寄稿。これは1982年6月号(月刊化第2号:Web会員の方はこちらから読めます)のYMOサウンド研究の一部で、LMD-649について自ら解説している。この翌年にはLMD-645 Miniなどデジタル機材の自作(!)セミナーも担当していた

 僕の中でルーム・チューニングの重要性に確信を持ったのは、エンジニアの村瀬範恭氏、佐藤宏明氏との出会いがターニング・ポイントでした。それまでは、リファレンスとしての自分のスタジオを持ち、その部屋の音を熟知し、スピーカーから出る音に慣れたら、それを脳内補正さえすれば良いミックスができると思っていました。長年悩んでいた低音も、防音さえできていれば出し放題。出せば聴こえるものだと思い込んでいたのです。しかし、決して手を抜いているわけではないのに、ミックスの仕上がりにムラが出ることが悩みでした。

 

 スピーカー、電源、ケーブル、インシュレーター……どれを変えても音は変わります。そして、さまざまな考え方が存在することも理解していますが、部屋の重要性に確信を持った僕は、そこから数年、村田さん、村瀬さん、佐藤さんからさまざまなことを学びながら、5〜6カ所のスタジオ造りにかかわり、放送大学の授業を履修するなどして知識を深めてきました。いつか自分でスタジオをゼロから造るときに、理想の音場を手に入れるための試行錯誤です。

 

 村田さんとのやり取りで生まれた答えの一つが、どんなスピーカーでも“正しい音が鳴る”スタジオ。音質調整も用途に応じて変幻自在で、地方の工務店でも作れるフォーマットにそれらを落とし込むことでした。“正しい音が鳴る”スタジオとは、良い音は良い、悪い音は悪いと判断でき、ノイズや意図せぬひずみを見つけ出し、リバーブの残響時間や空間が正しく追い込める、余計な残響時間の無いコントロール・ルームのことです。

 一昨年、村田さんとともに、Ovallのmabanuaさんのスタジオを基礎部分から携わらせてもらったことにより、確かな手応えを得ることができました。リビングアイの池田さんとのつながりも生まれ、このチームで東京の自分のスタジオを実験台にすれば、どんなことも納得するまで試すことができる。日本のスタジオ業界に新たなモデル・ケースが一つ提示できる。そう考え、今も開発しながら、一歩ずつ工事を進めています。

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群馬にあるmabanuaさん(Ovall)の自宅スタジオは、1月号の特集「プライベート・スタジオ2020」に掲載(Web会員の方はこちらから)

 “スタジオはいつ完成するの?”といろいろな人にツッコまれますが、FUJIKURAの電線の国内在庫が切れたり、仕上げのツガ材が関東近郊から無くなったり、はたまた特殊構造の仕上げ材の刃物が欠けて作れなくなったり……面白いようにさまざまな困難に直面します。音が出せるまで、あと1/3工程残っているのが現状です。でも、基礎部分が組み上がってからの村田さんとの残響測定結果は、非常に素晴らしい結果となりました(次回に詳しく書こうと思います)。だからこそ、知恵を出し合い、皆で挑戦している最中です。

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基礎が組み上がったところで、定在波パネルをはめ込み、残響測定をするSALogicの村田研治氏

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残響測定の様子。スピーカーは筆者のGENELEC 8020A(写真)+サブウーファー7050A。マイクはB&K 2669と専用アンプ5935のセットで測定している

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroki Obara

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